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異世界創世記  作者: ねこたつ
1章 幕間
23/164

1-22


 三日目。

 この日は朝から畑の様子を見に行った。

 ちょうど二日ダイコンの葉を収穫できる頃だった。

「お! 結構でかいのが出てるな」

 雑につくった畝だが、一応しっかりと葉は出ていた。実は抜け落ちた乳歯のように小さいが、そこから10センチから15センチくらいの分不相応に大きな葉が青々と茂っている。

「よしみんな、一本のダイコンに2~3本の葉を残して、後は取って食べていいぞ」

 こんなものでも貴重なビタミン源だ。ついでに言えば水分の供給源でもあるので、遠慮なく食べる。

 地球産のダイコンと違って、異世界産のダイコンは葉っぱの生長が早い。そして葉をむしることで植物が危機感を覚えてますます葉の生育を強めてくる性質があるらしい。このおかげで二日に一度は葉の収穫ができるそうだ。しかも栄養は実の部分よりも葉のほうが高いらしい。

 ついでに間引きもしておく。茂りすぎている場所の風通りと日当たりをよくする。

 古代豆のほうはさすにまだ収穫はできない。

(クラフトで稼げそうな見込みもあるし、苗をもう少し増やすか?)

『そうね。それならミニほうれん草なんていいんじゃないかしら。味は落ちるけど、とにかく育ちが早いヤツがあるわ。大体一週間くらいね。一日中光を当てればさらに短縮できるわ』

(一日中光を当てるなんてできるのか!? てか、そんなことして作物に悪影響はないのか?)

『モノによるわ。基本的に日照時間が長いほど光合成できる時間が増えるから作物はよく育つわ。特に葉野菜は24時間光を当て続けると成長が早くて美味になるから、食糧難の世界では地下プラントで栽培されていたこともあるわ』

(マジか。じゃあ、それを頼む)

 ――ミニほうれん草の種 10袋 購入額……5万ポイント。

『ただし一応補足しておくけど、きちんと昼と夜の区別がないとダメになる作物が大半だし、基本的に植物って夜の時間の長さを重要な環境シグナルとして認識するから、完全に暗期をなくすのはやめたほうがいいわ。あくまでそれぞれの品種に適した範囲で日照時間を最大化させるのが吉ね』

 環境情報を自由に設定できるキューブならではの効率的農業ってことだな。

「よぉーし、みんな。新しい種が手に入ったから種まきをするぞ!」

 それからわずか四日ほどでミニほうれん草は収穫できた。


     ◇


 一週間ほどたち、キューブ内での生活にもだいぶ慣れてきた。

 稼ぎ頭の少女たちがクラフトでポイントを稼いでくれるので、僅かずつだが蓄えも増えてきている。どうやら飢え死にの心配だけはなくなったようである。

「それでは、本日は第一回『クラフト選手権』を開始したいと思います」

「「「にゃぉーん!」」」

 二日前に告知しておいたとおり、クラフト大会を開催する。

 というのも、ノア、マーシャ、ロリカ族長のご意見番御三方に聞いたところ、少女たちの実力を伸ばすにはやはり競争させるのが一番とのこと。

 しかしそうなると問題はどういう評価基準で判定するかだ。と言うのも、もの作りに慣れてきた少女たちはそれぞれ得意分野が異なる。

 石工が得意な子。木工が得意な子。編み細工が得意な子。

 素材の偏りによって不公平が生まれてしまうことが懸念された。

 そこで、素材の調達から少女たち一人ひとりに選んでもらうことになった。

 少女たちにはあらかじめ5000ポイントが配られる。それを使って好みの素材を自由に購入してもらおうというわけだ。

 そうして各自が自由に選んだ素材でクラフトを行い、大会終了時にそれぞれの売り上げを競うことで勝敗をつける。

 欲しい素材が必ず入手できて、作った商品は必ず売れる。そんな理想的な経済環境のキューブだからこそできる大会なのだ。

「それじゃノア、頼む」

『ほいさ』

 広場に大きな光のスクリーンが出現して、少女一人一人の名前や残りポイントが一覧で表示される。

 さらにお馴染みとなったシャボン玉ディスプレイで無数の素材サンプルが広場を埋め尽くす。

「う~ん。メインの素材は高くても良いのが欲しい」

「廃材セットなら安くてたくさん手に入るけど、ハズレを引いたら嫌だしなぁ~」

「一から紐を編むと安上がりだけど、時間内に終わるかしら? 最初から紐の状態で買って時間短縮したほうがいいかな?」

 それぞれの思い描く完成形に向けて頭の中で段取りを組み立てる少女たち。その瞳は真剣そのもので、才能に恵まれた職人を思わせる。

 大会期間は二日間。それまでに最高の品物を作り上げてくれたまえ。

 商品を選び終えた少女たちはそれぞれの作業場に散っていった。

 手持ち無沙汰になったニイトは暇を持て余す。

(俺も何かを作ってみようかな?)

『それはあんたの自由だけど、女の子たちよりも低品質な物しか作れなかったら威厳が崩れるわよ?』

(うぐっ、痛いところを……)

 マーシャが言い広めたせいでニイトは神様級の扱いになっている。下手にダメなところを見せてしまえば幻滅されるかもしれない。

 悲しいことに才能の差なのか、ドニャーフ族の成長速度についていけないニイトだった。

「仕方ない。畑でも耕すか」

『それがいいわね。次の世界に向かう前に体力をつけておいて損はないわ』

 少女たちが作った木の棒を農具代わりに担いで、ニイトは一人畑に向かった。

 ちなみに夜になると石磨きの内職でコツコツ稼いでいるニイトであった。少女たちには言えない秘密である。


 二日後。いよいよ結果発表のときである。

 少女たちは自信満々でそれぞれの作品を抱えている。

 一人ずつあーくんで価格を計測していく。

 大会期間中に作製したものなら幾つでも査定に出せる。人によっては数で勝負とばかりに大量の品を出した子もいた。

「それでは結果発表。第3位 9240ポイント、エヴァ。続いて第2位 1万0120ポイント、ショコラ。そして栄えある第1位は 1万3790ポイント、オリカ!」

 どよめきが起こる。二位に3670ポイントも差を付けた圧倒的な勝利だった。

 見事大賞に選ばれたのは木製の収納箱のようなものだった。釘を全く使わずに木組みだけで丈夫に作り上げて、なおかつ木の編み方が綺麗な模様を浮かび上がらせた芸術的にも優れた力作だった。

「おめでとう」

 約束どおり一位に輝いた少女にはしっぽなでなでが行われる。

「やんっ! ニイトさま、くすぐったいですの」

 瞳を潤ませて気持ち良さそうに身をよじる少女。腰を突き出すような格好でプルプルする。

 ずるいずるい、とブーイングの嵐が吹き荒れる。その気持ちは次の大会へのモチベーションにしてくれ。

 それにしても、この子たちは天才じゃなかろうか。車輪の原型のようなものや、ミニチュアの投石器らしきものや、バネの原型っぽいものとか、才能の塊としか思えないような作品が羅列している。

 こりゃぁ、みんな大物になるぞ。

 どうにかノルマを達成してほっとするニイトは、今夜パーティーを開くことを発表する。

「と言うわけで俺は火をおこすから、みんなは食材の準備をよろしく」

 とくに意識せずに軽い口調で話したニイトだったが、少女たちは意外なところに引っかかった。

「ひ? って何かしら?」

「聞いたことないわね」

「食事に関係するんじゃない?」

 その反応がニイトには意外だった。まさか、火の存在を知らなかったのかと。

「なあマーシャ。今まで火を使ったことなかったの!?」

「火とはどのようなものなのか、わたしも知りません」

「マジか……。ロリカは?」

「確か、古い言い伝えに高い熱を持った何かじゃとは聞いたことがあるのじゃが、何せ何百年も前のことじゃし、わらわも実際に見たことはない」

 ニイトは衝撃を受けた。あの瘴気に包まれた環境では火すら起こせなかったらしい。

「じゃあ、今から火を起こすから見ていてくれ。危ないから近づき過ぎるなよ」

 ニイトはこっそりと作っていた弓きり式の火起こし機を使って、火種を作る。

 回転運動によって擦られた火きり棒の先端からキュッ、キュッ、と規則的に音が鳴り、やがて煙が立ち始める。

 十分に火種ができたところで用意しておいた草に引火させて発火させる。

「「「ニャッ!?」」」

 少女たちが一斉に驚く。初めて見る火炎が余程珍しかったようだ。

 格安で【購入】した廃材を薪代わりにしてかまどを作った。

「火はとても危険だから絶対に触るなよ。それから火の近くにあるものも熱くなってるから触るの厳禁な。どうしても動かしたいときは木の棒とかを使え」

 少女たちはたき火に手をかざして、安全な距離を確かめ始める。

「暖かい……」

「むぉーッ! って熱が来るわね」

「綺麗……場所によって色が違うのね」

 それぞれの感想を持ち寄って発火現象を解析しているのだろうか。

「ああ! 弱くなってきたわ。消えちゃうの?」

 火が小さくなってくるとニイトは薪を足す。すると火は再び勢いを増す。

「このように、火は乾いたものなら何にでも移って燃やしてしまうから、大事なものや生き物には絶対に近づけないこと。人間も燃えて死ぬからな、服への引火は特に気をつけろよ」

 それを聴いた瞬間、少女たちはスササっと一斉に後退した。その様子がなんだか可愛い。

 ちなみに煙などはキューブの空調管理システムで自動的に壁から排出されて、常にちょうどいい状態に調整されるらしい。おかげで一酸化炭素中毒になって死ぬことはない。謎の超技術万歳。

「そんなに警戒しなくても……。まあいいや。火は危険なものだけど、上手に使えば大きな利益も生み出すんだ。たとえば――」

 ニイトは棒に突き刺したモフタケを炙って焼く。

 こんがりと焼けたものをマーシャに差し出した。

「食べてごらん」

 恐る恐る口に含んだマーシャは瞳孔を大きく広げる。

「お、美味しい! 外はカリカリで香ばしくて、中はじゅわっとしてます!」

 マーシャの反応を見て少女たちは我先にとモフタケを火に近づけた。

「焼きすぎに注意しろよ。真っ黒にこげちゃったらダメだ。そうなる前に火から離せよ」

 焼きあがったキノコを食べた少女たちは、衝撃を抑えられないように飛び上がる。

「美味――ッ!」

「何これ!? うまうま!」

「キノコって、こんなに美味しかったんだ!」

 絶賛の嵐である。

「こういう風に食材を生のまま食べずに、手間を加えてもっと美味しくすることを『料理』って言うんだよ」

 料理。そのワードを聞いた瞬間に少女たちの目が輝いた。

「料理……これが、料理!」

「料理がうまくなれば、もっと美味しい!」

「練習あるのみ!」

 少女たちが料理人として目覚めた瞬間だった。これから少女たちの尽きない好奇心とあくなき向上心は、惜しみなく製作や料理に注がれていく。

 そんなこんなで、極貧生活ではあってもわりと楽しい三週間はあっという間に過ぎ去った。


                    幕間1 ドニャーフ族の新たな生活  完


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