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半日ほど立って、ニイトは畑の様子を見に行った。すると、キノコ部屋から畑に繋がる扉の前を数人の少女たちが塞いでいた。
「おや? こんなところで何をしてるの?」
「あ、ニイトさま……」
少女たちは扉を背に隠すように陣取った。
「畑に行きたいんだけど通してもらえる?」
「い、今はダメ……なの……」
どういうことだと首をかしげるニイト。この畑は自分が作ったはずなのに、いつの間にか土地を占拠された? まさか。
「ダメって、どうして?」
「そ、それは……、においが、恥ずかしいから……」
要領を得ない答え。
強引に通り抜けようとすると、少女たちはうるうるした瞳で抵抗の意志を見せた。
(うっ、犯罪的に可愛い。これ以上進めない)
仕方なくニイトは退散した。しかしどうしても気になったので、石版の部屋まで戻ってからもう一つの扉を通して畑をのぞく。石版の部屋に続く扉はニイトとマーシャにしか見えない仕様になっているらしく、いわば秘密の抜け道なのだ。
そろ~り。
僅かな隙間だけを空けてのぞくと、少女が畑の地面に穴を掘っていた。まだ種を植えたばかりで収穫はできないのに、何をしているのだろう? 物作りを始めて種を材料にしようと考えているのだろうか? だとしたらやめさせなければ。
そう思い至って声をかけようとした瞬間、少女は掘った穴の上に腰を降ろしてプルプルと震え始めた。
その体勢を見てニイトはとある重大なことを忘れていたのに気が付いた。
(しまったぁ~! トイレを作るのを忘れてた!)
食べることばかりを注視しすぎて、出すことを失念していたのだ。
すぐさま扉を閉じてノアに相談。
「どうしよう、トイレ作ってなかったよ! ノア、もう一部屋増やして欲しいんだけど」
『そう言えば説明してなかったわね。一部屋だけを増やすことは不可能よ』
「何でだよ! 頼むよ、死活問題なんだ!」
『落ち着きなさいって。このキューブっていう領域はね、全体の形が必ず立方体になるようにしか広げられないの。だからもう一枠広げるには部屋を新たに五つ作る必要があるわ。わかり易いように図で表すわね』
ノアは黒光りする石版の表面に光で図形を描く。
□□ 12
■□ 34
『これが現在の状態だとすると、新たに領域を増やすとこうなるわ』
□□□ 123
□□□ 456
■□□ 789
「なるほど。常に規則的に広がっていくわけか」
『そういうこと』
「じゃあ、エリアを4から9に増やすにはいくらポイントが必要なんだ?」
『9000ポイントよ』
安いのか高いのか微妙な数字だ。
「最初は4マスで4000ポイントで、こんどは5マスで9000ポイントか。広くなるとごに、だんだん必要ポイントが増えていくのか」
『少し違うわね。キューブでは一つのエリアを一律1000ポイントで拡張できるわ。ただし、一度拡張した領域を売却することは基本的にできないわ。さらに新たに拡張するごとにその時点で存在している全体の面積分のポイントが必要になるの』
「つまり、今から5×5マスにしたら、2万5000ポイントで、そこからさらに10×10マスに広げたら10万ポイントで合計12万5000ポイントかかる。でも、最初から10×10マスに拡張したら10万ポイントで済むってこと?」
『そうなるわね。広さを優先するならできるだけ一気に拡張したほうが必要コストを抑えられるわ。でもエリアは広さに応じて維持費がかかるから、安定した収入が見込めないときに拡張しすぎると赤字になって死ぬわよ』
「そりゃ怖いな。余裕を見て計画的に拡張しないとな。それで、今はどのくらい広げられる?」
『正直、今のままでも厳しいわよ。でもどうしても必要なら3×3に広げるけど?』
このままではせっかく作った畑が肥溜めになってしまうからやむをえない。
「やってくれ。収入のほうはドニャーフ族が頑張ってくれれば、たぶん大丈夫だと思う」
『そう、なら拡張するわね』
――庭の拡張を行いました。消費9000ポイント。
震度1くらいの微細な揺れが数秒間続いた後、拡張は終わった。
『完了したわ。今はこんな感じに』
□□□ 123 空き 空き 空き
□□□ 456 畑 キノコ 空き
■□□ 789 石版 庭 空き
「石版の部屋が真ん中じゃないんだ」
『エリア数が少ないうちは、なるべくホームを端にしたほうが有利よ。理由は後で説明するわ。それで、新しいエリアはどう使う?』
「とりあえずどこかにトイレをつくらないと。トイレはいくらで買えるんだ?」
『ピンからキリまであるわ。全自動水洗トイレで排泄物を肥やしとして買い取ってくれる優れものなら、一台100万よ』
「高ぇーよ! 今の残金18万くらいだぞ」
『地中に深く穴を掘ったタイプのトイレなら、30万くらいかしら』
「だから、足りないってば!」
『そうなると地面に直接垂れ流してもらうしかないわ。一応、【エリア清掃】っていうスキルがあるから、定期的に綺麗にして衛生管理することはできるけど、一回の発動に最低でも1万ポイントはかかるから、金欠の今は考えものね』
「おいおい、それじゃどうすんだよ! 糞尿を放置したら病原菌とかが発生してマズイだろう。黒死病で全員死亡なんて冗談じゃないぞ!」
『ま、一番コストがかからない方法は、あんたが手動で集めて売却することね。【売却】コマンドはキューブ内でも使えるから、毎日こまめに掃除すればいいんじゃない?』
なんというか、飼い猫のトイレ掃除をするような気持ちになってニイトはせつなくなった。
『でなければ、地面に土を敷いておいて、各自で穴を掘って埋めてもらう手もあるけど? この場合はしばらくすると糞尿が堆肥代わりになって土地が肥える可能性もあるわ』
「そっちの方がいいじゃん。みんな猫の習性がありそうだから、穴を掘るのは苦にならないだろうし」
『それなら設置場所は畑に隣接したエリアがいいわね。後で畑を拡張するときに有利になるわ』
とりあえず仮設トイレとして7番のエリアが埋まった。
「今、畑の拡張って言ったよな?」
『そうよ。ついでだから説明しておくわね。大体のエリアは隣り合った新設マスを結合することで、初期投資をすることなく環境情報をコピーできるの。たとえば、畑地を離れた地に二つ作ると、初期投資の10万が二度必要になるけど、最初に作った畑地に直接繋げちゃえば、二度目の初期投資を省略して2マス分の畑地を得られるわ。その代わり土地が馴染むまで一時的に収穫量は落ちるけどね』
「なるほど、それは確かに得だな」
『逆に隣接した土地にわざと一つずつ畑を作ることもできるわ』
「何でだ? ただ損するだけじゃん?」
『ところがどっこい。新しく作った畑同士を連結すると同エリアボーナスが発生するのよ。具体的には、二つの畑地を連結させたら作物の生育速度や収穫量が20%くらい上がるわ。しかも品質もよくなるの』
「それ、両方の畑地でだよな?」
『両方っていうか、連結して二倍の面積になった一つのエリアってことになるけど、たぶんあんたの考えている通りよ。ポイントに余裕が出てきたら試してみるといいわ。ちなみに最初に石版のあるホームを端にしたほうがいいって言ったのは、こういうときに選択肢が広くなるからよ』
なるほど、あとで拡張することも念頭に置いて立地を考えないといけないのか。うまく工夫すれば少ないポイントで大きな成果をあげられるかもしれないと、ニイトのモチベーションは若干あがった。
「とりあえず、みんなにトイレの場所を伝えてくる」




