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「――――はっ!?」
意識が覚醒したとき、視界に広がっていたのは全く見知らない場所だった。
「……どこだよここは?」
周囲を見渡せば、巨大な倉庫のような閉鎖された空間が広がっていた。正面の壁は遠目で見てもわかる綺麗な正方形。そして同じ正方形の壁が左右にも後ろにもあり、よく見れば床と天井も同じ大きさの正方形で囲まれている。
一辺の長さはどれくらいだろうか? 目測だがおよそ10メートルくらいだろう。
つまり自分は一辺が約10メートルの立方体の内側にいることになる。さらに言えば、これほど精密で規則的な空間が自然に生まれるはずがない。あきらかに人工的に作られた場所に閉じ込められているわけだ。
なぜ自分がこんな場所に? そんな疑問と共に自身の姿を見てまたもや驚く。
「なぜ裸!?」
衣服を何一つ身に着けていなかった。下着や靴下さえない完全な全裸だ。
人目が気になって周囲を窺うが、幸か不幸か誰もいない。
「何なんだ? 俺の身にいったい何が起こったんだ」
今の状況を一言で表せば、混乱。
何もない殺風景な空間に、どういうわけか身一つで閉じ込められている。ここはどこなんだ? 日本なのか? 自分は誘拐でもされたのだろうか? ここは監禁場所なのか?
身を屈めて警戒しながら、もう一度周囲に視線を走らせる。
「そういえば、ドアがない……」
いや、ドアだけではない。窓も、階段も、電球や照明器具の類も一切が存在していなかった。にもかかわらず、室内はそれなりに明るい。いったいどこに光源があるのだろうか?
壁が直接発光しているのだろうか?
気になって壁際まで移動したが、光が強まるようなことはなかった。触ってみるとゴツゴツした岩肌のような感触がしてひんやりと冷たい。とくに変わったところは見受けられなかった。
石の壁だろうか? 強く押してみるが、びくともしない。拳を叩きつけてみても手が痛むだけだった。
「おい! 誰かいないのか?」
大声でたずねてみても返答はない。これほど密閉された空間だというのに、自分が発した声の反響音すら聞こえない。いったいどうなっているんだ?
そのときだった。
『マスターの声紋を識別しました』
「――ッ!? 誰だ!?」
何もない空間から、突然人の声が聞こえた。
そして次の瞬間には室内の中心部に光の粒が集結して、ホログラムのように何かの物体をかたどる。
現れたのは表面に光沢が走る巨大な石柱のような黒い石版だった。
「これはいったい……?」
常識を超えた現象を前にして腰がひけた。しかし好奇心にはあらがえず、恐る恐る部屋の中心へと進む。
石版は幅が2メートル、高さが4~5メートルほどある直方体だった。自分の背丈より何倍も大きい姿は、真っ黒な外観もあいまって威圧感を受ける。
「これはいったい、何なんだ?」
『私はこの領域の統括管理システム、通称――《ノア》です』
「しゃべったっ!?」
無機物にしか思えない石版から音声が発せられて、思わずびっくりして仰け反った。
「ひょっとして、俺の言葉がわかるのか?」
『肯定です』
近くで観察すれば鏡のように磨き上げられた石版の表面には魔方陣のような幾何学模様がびっしりと描かれている。どの面にも高度な知性を思わせる記号や線が、それこそ精密機械の配線図のように複雑なパターンで刻まれていた。
まるで電気信号を伝えるように、それらの細い斜線に沿ってたくさんの光の粒がすべるように走っている。さらによく見れば、小さい文字列のような光もまた幾何学模様の隙間を縫うように上下左右へと、休むことなく流れ続けていた。
まるで高度な機械文明によって作られたスーパーコンピューターを思わせる。
「じゃあ、キミは人間なのか?」
『いいえ。私はこの領域の統括管理システム、通称――《ノア》です』
先ほどと全く同じ答えが返ってきた。おそらくこれはコンピューターのプログラム的なものに違いない。
「キミは機械なのか?」
『……金属などを加工して組み合わせた機工に動力を注ぐことで特定の動作を可能にする仕組み……、という意味であれば否です』
辞書をそのまま引用したような受け答えが妙に印象的だ。やはりAIのようなプログラムによって動いていると考えて良さそうだな。
「じゃあ、キミは物体なのか?」
『……物理領域を構成する質量情報を持った各種元素の集合体……という意味では、主要構成要素のおよそ0.000001%以下に該当します』
…………何を言っているのかさっぱりわからん。誰か通訳してくれ。
「……つまり、キミは物質ではない、物質のような何かってこと?」
『……マギ機構や情報配列などを除いた外殻を構成する要素……という意味であれば、高次元半霊体物質にネオエーテル体をアストラル照射した際に得られる複合エネルギーとマイナス反転質量を融合して――――』
「――――うん、もういいや……」
何語だよ! 電波すぎてついていけないから話しを打ち切ってしまった。
「じゃあ、俺はどうしてここにいるんだ?」
『…………《ノア》を起動するためには因果律と運命曲線の交じり合う有機生命体が鍵として必要だった為に、把握できうる世界線に時空検索をかけて導き出された個体に、適応化処理を施した上で時空転移させた結果によるものです』
「あーもう! 何言ってるかさっぱりわからねーよ! もっとわかりやすく説明してくれよ!」
イライラして無意識に出たセリフだったが、
『…………音声解説のパターン変更を行いますか?』
なんかヒットしたっぽいので、ヤケクソ気味に希望を伝えてみる。
「……そんなことできるの? じゃあ、標準的な日本のアニメオタクが理解できるような感じで頼むよ。ついでに話し方も人気声優みたいにしてくれるとありがたい」
無茶振りだってことはわかってる。AIにそんな器用な真似ができるはずもないし。
と、思っていたが、
『設定を変更します。少々お待ちください………………』
ノアは数秒ほど沈黙した後、
『ああ、もうめんどくさいわね。これでいいかしら?』
「え?」
いきなり流暢な話し言葉に変わり、言葉を失う。
『ちょっと、聞こえてるの?』
「……お、おう。聞こえてるぞ」
『なら、ちゃんと返事をしなさいよ。まったく、そっちから呼んだくせに失礼しちゃうわ』
これはいったいどういうことだろうか。さっきまでコンピューターのような受け答えしかできなかったのに、いきなり流暢な人間の言葉遣いになった。
しかも結構自分好みの声質だ。昔はまっていたツンデレのアニメキャラに似ている。
にしても不思議なできごとだ。こんなことが人工知能ごときにできるのだろうか?
いや待てよ……、今こいつ、『そっちから呼んだ』って言ったよな?
――ははん。わかったぞ。
「ふっ、そういうことか。意味不明な専門用語を連発していた今までのやり取りは全てブラフだったんだろ。本当は中に人が入っていて俺をからかっていたんだな!」
自信たっぷりに指を突きつけてやった。
『……あんた、何言ってるの?』
「とぼけたって無駄だぜ。俺の目は誤魔化せないさ。全てわかっちゃったんだよ。これはドッキリテレビか何かなんだろ?」
『…………は?』
おうおう、返答に間があったぜ。困ってる困ってる、ぷぷぷ。
「つまりはこういうことだ。なんらかのトリックをつかって突然石版が現れたように錯覚させたんだろう」
『……どんなトリックよ』
「そうだな。ホログラムみたいなのは光りエフェクトでも使ったんだろ……。いや、ひょっとして、この石版は最初からずっとこの場所にあったんじゃないか!? 背景と同化することで何もないように錯覚させていたんだよ。そしてタイミングを見て派手な光エフェクトを表面の電光掲示板に流して、あたかも一瞬で現れたように演出した……、そうだ! これがトリックの正体だっ!」
勝ったな、がはは。
『…………』
「ふふふ。正解を言い当てられてぐうの音も出まい。わっはっは。さあ、カメラマンさんもそろそろ出てきていいですよ。どうせ『ドッキリテレビでした』って看板を持った人とか待機してるんでしょ? さあ、カメラはどっちかな?」
隠しカメラがありそうな場所をキョロキョロ探すと、魔方陣の一部に色の濃い部分を見つけた。きっとそこに穴が開いていて中から小型カメラで撮っているに違いない。
「ここかな? ハーイ、見えてる? 俺の勝利だろ?」
『……はぁ~、負けたわ。あんたって、意外と賢いのね――』
「よっしゃ! 推理漫画はたくさん読んだからな。推理力には自身があるんだぜ」
完全勝利と有終の美を飾るはずだったのだが、
『――とでも言うと思ったの? バッカじゃないのっ! あんた、本当に頭の悪い下等生物なのね。何でこんなのがあたしのマスターに選ばれちゃったのよ! もう最悪っ!』
いまだノアは敗北を認めない。しかもひどい言い草だ。
「おい、言いすぎじゃないか? 確かに俺はツンデレヒロインが好きだけどさ、あくまで二次元での話だ。リアルで罵倒されるとさすがに気分が悪くなるよ。そのへん勘違いされると困るんだよね。とりあえずこの箱から出てきて謝罪の一つでもあっていいと思うけど?」
『はぁ~、もうどうしたらいいのよ、コレ?』
「だから、とりあえず出て来いって!」
少々ムキになって黒柱を開こうと手をかける。
「あれ? おっかしいな、どこから開くんだ?」
黒柱は今までに触ったことのない感触をしてたし、継ぎ目のようなところも見当たらない。
苦闘していると、ノアが呆れた口調で投げかけた。
『一つ質問があるのだけど、いいかしら?』
「何だよ」
『たとえば、あんたが犬を飼っていたとするでしょ。もしもその犬がテレビに映るメス犬を見て発情して、画面に入ろうと必死にもがいていたらどう思う?』
「まあ、可愛いけど、滑稽だな」
『それがあたしから見た今のあんたの姿よ』
…………。
妙な沈黙が流れた。
あれ? おかしいな。自分は頭脳の勝利を収めたはずなんだが……。
「あの……、ドッキリテレビじゃないの?」
『少しは自分の間抜けさ加減に気付いたかしら? 犬の頭脳では家電製品の仕組みを理解できないように、あんたも高度な《ノア》について理解することはできないの。そのくらいに英知とテクノロジーのレベルにひらきがあるのよ』
マジかよ……、嘘だろ……、じゃあ、この突拍子もない非日常の出来事は、全て真実?
「いやいや、おかしい。さっきお前はテレビだの家電だの言っただろ? そんなの現代社会にで暮らしてなきゃ知らないことだろ?」
『ああ、そのこと。それならあんたの脳の記憶を読み取ったのよ』
「……はぁ?」
『さっきあんたが『ドッキリテレビ』って単語を出したでしょ? その言葉は検索してみたけどあたしの記憶領域には存在しなかったわ。だから言葉に付随する思念波を読み取ってその単語を新規登録したのよ。さらにあんたの脳を波動測定して記憶領域から類似情報を引き抜いたの。あなた、あたしの知らない世界から来たのね。興味深い概念がたくさんあるわ。ちょっと見直したかも』
あっけにとられるとはこのことか。完全に言葉を失ってしまい、二の句が告げない。
『ちなみにこの声と喋り方も、あんたが『声優』って言った瞬間に同じ要領で情報構築したものよ。でも、ちょっと微妙に変えてあるわ。まったく同じじゃ芸がないでしょから』
マジかよ……。どうりで自分の好みのど真ん中を突いてくるわけだ。
でも、そう言われてもそんなに簡単に信じられない。
「う、嘘だ……」
『はあ、まだ理解できないのね。これ以上無駄な時間を取られたくないから、一発で理解できる魔法の言葉を使うわね』
何が来るんだろう?
『ええと、画像フォルダ、巨乳、貧乳、羞恥、露出、処女、ロリ、同人――』
「うわぁァァああぁああああ!! やめてぇェェええええええ!!」
光の速度で無条件降伏した。
タイトルはまだ決まってないから、ちらほら変わる予定。