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ど、どどど、どうしよう……。子作り? 良いのか、こんな猫耳美少女と!?
(ノア、俺はいったいどうしたらいいんだ?)
『落ち着いて考えて見なさい。あんたは誰?』
(ニイトだけど?)
『職業は?』
(え……? 無職?)
『そう。あんたは無職の引きニート。ダメ人間。ヘタレ』
(ぐはっ! 言葉の刃を刺し過ぎじゃないかな? もう少しくらい刃引きしてくれてもいいだろうに)
『あんたのために強めに言ってあげてるのよ。それで、ついでに言えば収入もなく、今のままではせっかく助けた少女たちも養えない男が、子供を作るの? 正気? 盛りのついた犬なの?』
(う……。そうだな。ノアの言いたい事はわかったよ。まずは地に足を付けないとな)
『わかればよろしい。まずは最低限の生存ができる環境を整えるのが先。ほらっ、最初は一番大事な食料確保について考えなさい』
気を取り直してニイトはマーシャと共にキノコの栽培部屋へ向かった。
石版の部屋と同じく、一辺が10メートルの立方体になった区画だ。その内部の床と壁にモフタケとヒカリゴケが移植されていた。
「壁にも直接生えているんだな」
『キノコ栽培に適した環境にしろって言われたから、壁は菌糸が伸びるのにちょうどいい具合の岩肌にしてあるわ。湿度はこれくらいで十分だけど、問題はヒカリゴケがちゃんと生育するかどうかね』
「そうか、マーシャから見てどうだ? この環境で大丈夫そうか?」
「わたしの感覚では以前の洞窟とそれほど大差ない環境のように思えます。ですが、しばらく様子を見ないことには何とも……」
「なら、時間をかけて観察するしかないな。広さ的にはどうだ?」
「正直に言えば、広さは以前よりは少し狭いかもしれませんが、高さは圧倒的にこちらの方が高いので、壁に生えたキノコを収穫できるのであれば、むしろ収穫量は増えるかもしれません」
どうやら食料はギリギリ足りるかどうかというところのようだった。しかしこういう場合は足りなくなることを見越しておくべきだし、そもそもこれはドニャーフ族の食料事情であって、飽食の時代を過ごしてきたニイトの食料としてはあきらかに不十分。
というわけで、現在ニイトが抱える最大の問題は食料問題である。
キノコ部屋の視察もそこそこに、ニイトは次の部屋へ向かった。
庭を作成してキューブの領域が広がったとき、石版の部屋以外にそれと同じ広さの三つのエリアが生まれた。
その間取りを簡単に書き表せばこうなる。
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□□ ①空き部屋 ②キノコ部屋
■□ ③石版部屋 ④庭
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黒い四角が石版のある部屋で、一つはみんなを召喚した庭。もう一つはノアに作ってもらったキノコ部屋。最後の一部屋はまだ空き状態で、例の白い何もない状態になっている。
その空き部屋にニイトとマーシャはやって来た。
「不思議な場所ですね。真っ白で何も見当たりません」
「ああ、俺も最初は驚いた。でもな、庭やキノコ部屋も最初はここと同じ真っ白な空間だったんだぜ」
「まさか、ありえません! いえ、ニイトさまのお力なら、きっとそのような想像もつかないことも可能なのでしょう」
マーシャは思い込みの激しい少女のようだが、その性質を理解すればわりと簡単に会話が進むことを発見。これはこういうものだ、だって俺が言うのだから、と言えば大抵の不可思議な現象にすんなりと納得してくれるのだから。
この余った空間の使い道はもう決まっている。最大の懸案事項の対策に畑を作るのだ。
「今からこの場所を畑にしようと思う」
「――? はい」
いまいち事情が把握できていないマーシャをそばに置いて、ニイトはノアに頼む。
(確か以前に畑を作れるって言ったよな? どのくらいでできるんだ?)
『時間のこと? コストのこと?』
(両方)
『環境設定に限った時間なら数秒から数分もあれば可能よ。コストのほうは設定によるわね』
(というと?)
『たとえば庭のときみたいに適当な背景を映して、土や水は自分で集めてくるならそれほどコストはかからないわ。ま、その分時間と労力はかかるけど』
(ふむふむ)
『他には畑に適した環境を一括してセットで買っちゃう方法もあるわ。これはセット価格だから初期コストはかかるけど、自分で土や水を集める手間が省けるから時間はかからない。すぐに農業を始めたいならこっちかしらね。あとは、今はまだできないけど、異世界の畑地を直接持って来ちゃったりとかね』
なるほど。同じ畑地作りでも方法は様々というわけか。幾つかの手法を組み合わせれば、よりパフォーマンスをあげることもできるだろう。
(じゃあ、今回はセットで買ったほうがいいか。いくらかかる?)
『そうね。最低でも10万ポイントは必要ね』
(高いな。今40万ちょっとしかないから、これで残りは30万。この額で残り三週間を食いつなぐのは無理そうだな。どうしたものか……。しかし植物の生育には時間がかかるから、やるなら早くやらないと。よし、ここは勢いだ!)
『いいのね? やっちゃうわよ? 許可を』
「やっちまえ」
瞬間、真っ白な空間がぐにゃぐにゃに歪み始める。重力がなくなったようにニイトの足は地面から離れて宙に浮く。無重力空間のように体がぐるぐると中空で回る。
「に、ニイトさま! いったいこれは!?」
「大丈夫だ。俺の手を掴んで」
空中を泳いでマーシャのそばに辿り着き、腕を引っ張って抱き寄せる。
程なくして湾曲していた空間が秩序を取り戻し、重力が戻ったように地上に降り立った。
確かに、そこには土があった。作り物ではない、本物の大地だ。頭上にはどこまでも続いていそうな青々とした空があり、僅かに風の流れもあった。
周りの景色ものどかな田舎風になっている。部屋のしきりに沿って腰高の石塀がぐるりと囲っており、作り物の景色との境界線を自然に作っていた。
「ここは一体!? 突然景色が変わって? ニイトさま、ここはどこなのでしょう?」
「さっき俺たちがいた真っ白な空間だよ。畑にするって言っただろ?」
「まさか! そんな、一瞬で地形を変化させるなんて……」
緊張から猫耳を反り立たせて驚くマーシャが微笑ましい。
「地面は本物っぽいけどさ、壁や空は作り物なんだよ。本物にしか見えないだろ?」
「信じられません。これが作り物なんて」
マーシャは地面の土をこねて感触を確かめた後、壁際にいって石塀を飛び越えて向こう側へ行こうとしたが、
「にゃぅっ!」
突然空間に水の波紋のような波が生まれて、行く手を阻んだ。
「見えない壁があって、通り抜けられません」
マーシャがペタペタ触るたびに壁に波紋が走る。
「実はみんなが移住した庭も同じように風景を投射したものなんだよ。今頃彼女たちもマーシャと同じように壁をつついているかもしれないね」
マーシャは返す言葉が見つからないように口を半開きにしたまま固まる。
「今はまだせまい領域しかないけど、これからどんどん広くなっていって、いずれは本物の世界をつくるつもりだ」
「世界を創造するだなんて、さすがは神さまです!」
やはりその結論に辿り着いてしまうようだ。もう誤解は永久に解けそうにない。
「とりあえず、みんなを呼んで種まきをしよう。マーシャに道案内をお願いできるかな」
マーシャが少女たちを呼びに行っている間に、種を用意する。
「どんな種を植えたらいいかな?」
『かなり痩せた質の悪い土地だから、植えられる種類は限られているわよ。痩せた土地でも育つオリーブやジャガイモ、水が少なくても育つトマトやすいかあたりが手頃ね。でもいい品種の種はどれも高いわ。10万じゃ足りないもの』
「そんなに高いのか!?」
『最初だけね。一度買ったら次からは自分で種を作れるようになるわけだし、長い目で見たら逆に安いんじゃない?』
「なるほど。F1品種じゃないから何世代も種を取り続けられるわけか。しかし今の状況で10万は厳し過ぎる」
『おすすめは二日ダイコンと古代豆ね。二日ダイコンは文字通り二日で葉が食べられるようになるわ。味も栄養価もいまいちだけど、飢餓地域では重宝されるの。古代豆はあんたが毎日食べてるものよ。価格のわりに栄養価は高いから、合わせて植えるといいんじゃないかしら』
どちらも地球では聞いたことのない野菜だった。おそらく異世界の農作物だろう。
「いくらだ?」
『一袋100粒入りで、二日ダイコンが1000ポイント。古代豆が3000ポイントね。ただし古代豆は生育に三ヶ月はかかるから、早くに収穫したいなら株で買ったほうが手っ取り早いわね。2万ポイントかかるけど』
うーむ、思ったより高いけど仕方ない。やると決めたからには進まなければ。
「わかった。二日ダイコンを20袋。古代豆は4株買おう」
――二日ダイコンの種 20袋 購入額……2万ポイント。
――古代豆の株 4株 購入額……8万ポイント。
これで残り20万。そろそろ本格的にヤバイ。
「水はどうしよう……」
『飲み水に適さない汚水なら1リットル10ポイントで買えるわ。畑に撒いて作物にろ過してもらうことね』
「農具も買ってないな」
『ちゃんとした農具は高いわ。今買えるのは棒切れだけ。それなら手を使ったほうがいいと思うわ』
何もかも足りない。これも全て原因は同じだ。
――金がねぇええええ!
早急にこの問題を解決しなければ。




