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1章 幕間 『ドニャーフ族の新たな生活』
ニイトは石版の部屋のドアを開けて、ドニャーフ族たちがいる庭へと向かった。一緒に【帰還】したマーシャとは違い、【移住】したみんなは庭へ送られたからだ。
「何してんの、お前ら?」
庭に下りた途端、全裸で仰向けに寝そべっている猫耳少女たちの群れをみて、ニイトは棒立ちになった。
「これは救世主ニイト殿。お見苦しいところを見せてしまったのじゃ。なにぶん、数百年ぶりの太陽じゃったので、日光浴をする誘惑に耐えられなかったのじゃ。どうか許してたもれ」
そうか、あの灰色の瘴気に満ちた世界ではそんな長期に渡って太陽がなかったのかと、ニイトは改めて少女たちが置かれていた環境の苛酷さを思い知らされた。
「それはそうと、此度は我らドニャーフ族を助けてくださり、心から深く、深く、御礼申し上げますのじゃ。本当に何とお礼を申し上げれば良いのか、言葉になりませぬ。我ら一族、これよりニイト殿のもとで誠心誠意尽くす所存でありますのじゃ」
一斉に土下座スタイルで平身低頭する猫耳少女たち。全員全裸なので、ニイトはとてもやましい気持ちになりそうだ。
「あ、頭を上げてくれ! そんなにかしづかなくていいからっ! 俺はみんなを助けるって約束を果たしただけだよ。てか、その約束はまだ完遂されていない。これからキミたちがここで安定した生活をできるようになるまでか、もしくは別の生存可能な異世界に送り届けるまでが俺の使命だと考えている。だからまだお礼を言われるには早いんだよ」
別の異世界に届けるにしても、あと三週間以上は次のゲートを開けない。それまではどうにかしてこの狭いキューブの庭で食い繋いでもらうしかない。
『ああ、残念だけど、基本的に移住した住民はもといた世界にしか帰れないわよ』
頭の中に響いてきたノアの声に、ニイトも思念で返す。
(マジか。じゃあ、この子たちはもう故郷には帰れないのか)
『人が住める環境になれば帰れるわよ。結界を直して、土地を浄化して、外敵を駆除することができれば戻れるわ』
(現実的に無理じゃないか)
彼女たちにそのことを伝えるのが心苦しかったニイトだが、その心配はなかった。
「我ら、ニイト殿のお傍を離れることなどしとうありませんのじゃ。どうか末永く我らをおそばに置いてくだいますよう」
「そ、そうか……。なら、これからよろしく頼む」
「「「にゃ~」」」
どうやらドニャーフ族の決意は固そうだ。ならば少しでも彼女たちに豊かな暮らしをさせてあげることがニイトの責務。
「とりあえず、まずは服だな! ノア、安くて清潔で彼女たちに合いそうな服のリストを出してくれ。ついでにみんなにも見えるようにしてもらえるか?」
『了解』
再び省エネモードで石版にこもったノアは、ニイトの要望に応じて光のグラフィックでリストを表示。それをニイトが無差別にタッチしていくと、無数の光球がシャボン玉のように空中に浮遊して庭を埋め尽くした。
「ニイトさま、これは光の魔法ですか? 中に服が見えます! このような高度な魔法は見たことがありません!」
マーシャが興味深そうに光球を覗き込む。他の少女たちも食い入るように見つめ、光球の周りをぐるぐると回っている。
「みんな、どれでも気に入った服を一つ選んでくれ」
美少女たちがキャッキャと笑顔を弾けさせてショッピングに勤しむ姿は微笑ましい。
夢中になりすぎてガードがおろそかになってしまい、可愛らしい膨らみをこぼれさせている子も多数。中にはかなり豊かなボリュームのある子も……。下のほうはしっぽをまきつけることで鉄壁のガードを行っていた。
と、いかんいかんと、ニイトは首を振る。
「ノア、彼女たちがタッチしたらそのまま購入できるように設定できる?」
『ちょっと待ってね。マスター以外の人物によるシステム利用は強い制限がかかっているから…………はい、できたわ。今から10分間だけ、その庭の中でだけ代理購入ができるようにしたわ』
「よし、みんな、欲しい服が決まったらその光にタッチしてくれ」
少女たちが触れると、次々にシャボン玉が弾けるように光球の数が減っていき、それと引き換えに衣服を纏った少女たちが増えていった。
「すごいです! こんなことができるなんて、さすがニイトさまですっ! これが神さまのお力なんですねっ!」
美少女に向けられる羨望の眼差し気持ちいい。
しかしこれはニイトの力ではなくて、ノアシステムの力だ。なので素直には喜べなかった。
「これは俺の力じゃなくてノアの力だよ。そもそも俺は神じゃないし。それと、マーシャも一着選んでくれ」
「わたしもいいのですか?」
唯一服を着たままだったマーシャは、自分には買い与えられないと思っていたようだ。謙虚すぎる。
「もちろんだよ。マーシャには一番可愛い服を着て欲しいな」
ニイトは口に出さずにノアに念じる。
(俺の好みに合わせた可愛い服を頼む)
『今のあたしにはあんたの思考は読めないって言ったでしょ』
(そうだった。じゃあ、値段を倍にしていいから種類を増やしてくれ)
『それならできるわ』
そうして選ばれたのはセパレートタイプの白い水着のようなものだった。胸に巻かれる布地は首に巻いて固定するタイプ。胸元にマーシャの髪と同じ青のリボンが踊っている。下は腰の片側で縛ったパレオのような雰囲気でしっぽを片側からのぞかせている。
古代ポリスの服装をもう少し大胆にしたような感じだろうか。
7万ポイント近く消費して20人分の服を見繕った。少々痛いが必要な出費だろう。女の子の服にはお金がかかるものだ。
それでも少女たちを見回すと、全体的に貫頭衣や一枚布など原始的な服が多い。
やはりこの価格帯だとまだ複雑なデザインの服には届かないようだ。はやくポイントを稼いでもっと可愛い服を着せたい。
ちなみにマーシャの古着をあーくんに売ってもらったのだが、人妻だからとかいう理由で売却額が著しく低下していた。いろいろ納得がいかぬ。
「あら? マーシャお姉さまの服だけリボンがついてるわ」
「ほんとだ、ずる~ぃ」
ぐっ、さすがはオシャレに敏感な少女たち。一人だけ贔屓したとバレればニイトの立場が悪くなる。そこで、
「あー、そうそう。この場を借りて言っておくが、マーシャは俺の嫁になったので、そのつもりでよろしく頼む」
こう言っておけばちょっとくらいのズルは見逃してもらえるだろうと、ニイトは軽い気持ちで言ったのだが、続いてマーシャが話しをこじらせる。
「はい! みんな、わたしマーシャは神さまの側室に入れて頂く事になりました!」
「「「――――ッ!?」」」
おい、ちょっと待て! 微妙におかしなことになって――、とニイトが訂正するのは間に合わず、
「「「にゃぉおおおおおおおん!!」」」
割れんばかりの少女たちの雄叫びが庭内を支配した。
「何と! 我らドニャーフ族から神族へ輿入れする者が現れようとは!! 何とめでたいっ!」
「お姉ちゃん! おめでとう!」
「立派な子猫を生んでね!」
マーシャはボンっ! と顔から火を噴く。
「にゃぁ! そ、そんな子猫だなんて、まだ早いわっ、きゃはっ♪」
ニイトはあたふたと泡を飛ばすが、もう手遅れだった。
「みなの者! 喜びの舞を踊るのじゃ!」
ロリカ族長が音頭をとり、ドニャーフ族が一斉に踊り始める。
「「「子作りニャンニャン♪ 子作りニャンニャン♪ しっぽとしっぽが絡んでニャンニャン♪」」」
なんとも野生的でストレートな舞は小一時間続いた。




