7-20
ローラの実家のオレンジ畑にやって来たニイトは、ドニャーフに作ってもらった温室部屋の骨組みを転送した。
あらかじめ敷石の場所を整備しておいたので、高さがあわずに傾いたり地盤沈下することはなかった。
そして三日三晩かけて術式を刻み込んだクリスタル魔石を取り付けると、最終確認を終えてからいよいよ起動する。
「いくぞー!」
正八面体に整形されたクリスタルが発光し、小屋の最も高い場所に設けられた台座の中でゆっくりと回転をはじめた。
すぐさま風と水が融合した膜が、天井や壁に張り巡らされた網目に沿って広がっていく。室内の冷気を吸い上げて温室効果を生み出しつつ、光を発して葉の光合成を助ける。
「やりましたね、ニイトさま。無事に起動したみたいです」
「ああ、立体魔法陣は初めて挑戦したけど、上手くできたみたいだ」
術式はクリスタルの表面だけでなく、内部にも刻み込んである。幾つかの層を形成して、平面だけでなく立体的にも意味を持つように調整した。メイガルドでは誰もやっていなかったので、ニイトは実験を兼ねて作ってみたのだ。
「うちらが苦労して取ってきた大玉魔石と、猫耳娘たちの建築が融合した力作やな。めっちゃええやん」
アンナは柱や壁に触れて感触を確かめると、無邪気な笑顔を浮かべた。建築には彼女も加わっていたので、その出来栄えが気がかりだったのだろう。
「ん? 何やろ、アレ? みんな見てや」
アンナの指先は天井の水膜に向けられていた。そこには顔文字で作った猫の顔のようなグラデーションが浮かび上がっていた。
「絵が描かれている……な」
天井の網目は猫耳少女たちしか関わっていない。ゆえにこのアートの作者は彼女たちだ。しかもその完成度は何気に高く、光の当たる加減で表情が微妙に変化する。
どうやったらこのような芸当ができるのだろう。網目の表面に微妙な凹凸を作ったのか、それとも空気の層が生まれるように微細な傷をつけたのか、いづれにせよ何かしらの細工をしたのだろうが全く原理がわからない。
あらためてドニャーフ族の才能を見せ付けられた。高度なアートによって彼女たちの存在を見る人に知らしめるようだ。あるいは、ただの遊び心から生まれたイタズラなのかもしれない。どちらにせよ非凡であると言わざるを得ない。
「さすがだな。まったく、あの子たちの才能にはいつも驚かせられる」
あとで何かご褒美をあげなければなと、ニイトは心に留めた。
気持ちを入れ替えて温室の性能を調査する。
「オリヴィア、このくらいの気温があればいけそうか?」
「しばらく様子を見てみなければ断言はできないが、おそらく大丈夫だろう。気温はかなり改善されたし、光はまだやや弱いが見違えるようによくなった。これなら何とかなるはずだ」
オリヴィアの評価が得られれば間違いはないはずだ。植物の知識において彼女の右に出るものはいない。
「これが……私の実家なの?」
ローラは衝撃の大きさに耐えかねたのか、放心気味に温室内を見回した。
「みんな……、私、何てお礼を言えば良いのか……」
「別に構わないよ。魔法を教えてもらったお礼だよ。あと俺たちのことを内密にしてもらう口止め料みたいなものだから」
「でも、いくらなんでもこれはさすがに度を超えているわ」
「いいからいいから。貰えるものは貰っておけ。それよりもはやく親御さんを呼んで来いよ」
「うん! ありがとう!」
ローラは踊るような足取りで両親を迎えに行った。
しばらくしてローラに連れてこられたパパとママは言葉を失った。
「これは何じゃい!? 今朝見たときにはこんな物はなかったぞ?」
半日も立たずに畑がすっぽり納まるほどの建築物が現れれば、たとえ魔法世界の住人であっても驚く。さらに、
「あなた! これ、木ですわよ!?」
「まさか、ありえない! これが全部天然の木だったなら、大金貨100枚だって足りないだろう! いや、まさかっ!? この手触りは本物!? 魔力の反応もほとんどない!? そんなバカな!? この大きな枠が全て木でできているというのか!?」
防腐・防虫剤を塗ってはいるが、しっかり木目は見えるようになっている。魔法も継手くらいにしか使っていないので、残留魔力も極めて軽微だった。
「こ、これは本当にニイトくんが……?」
「ローラの依頼でオレンジ畑の再生用に作ったものです。どうぞ中にお入り下さい」
恐る恐る室内に入ったパパとママ。
「暖かい! たくさんの火石を燃やしたような暖かさだ!」
「それに眩しいくらいに明るいですわ。天井が光っています」
別世界に来たようにキョロキョロと首を回す。
「オレンジは暖かく明るい気候を好みますので、結界を使って生育に適した環境を作ってみました。土壌もやや改善していると思いますので、品質も良くなるはずです」
するとローラパパは膝をついた。
「このような格別のはからい、いったい何とお礼を言えばいいのか……。ここまでしてもらったのに、まことに申し訳ないのだが、当家には対価として支払えるものが何もないのだ」
「頭を上げて下さいよっ。別に対価とか求めていませんから。ローラに良くしてもらったお礼ですので、お気になさらずに。それとこのことは内密に頼みますよ。くれぐれも俺の名前は出さないように」
「し、しかし……」
踏ん切りがつかない表情のローラパパとは逆に、瞳を輝かせて擦り寄ってくるローラママ。
「ひょっとしてニイトさんのご実家はとてもお金持ちなのかしら?」
「え? まぁ、貧乏ではないですよ。金持ちというわけでもありませんが」
「まぁまぁ、ご謙遜を。これだけの木材を惜しみなく使えるなんて、さぞかし名のある御家のご子息様なのでいらっしゃいましょう。ただのご学友がこれほど高価な贈り物をするはずがありません。ですからこれはローラの輿入れのための結納金というわけでございますわね?」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよママっ!?」
ツーサイドアップの金髪を逆立てて抗議するローラだったが、ママの素早い魔法発動によって土のゴーレムが生み出され、ローラの手足と口を塞いでしまった。そのまま杖も奪い取って羽交い絞めにする。
すぐにパパも事態を飲み込んだように瞳を見開いて堂々とした態度に戻る。
「なるほどそうであったか。いやはやニイトくんも人が悪い。それならそうと始めから言ってくれれば良かったものを。気付いてやれなくてすまなかった。恥ずかしがり屋さんだなぁもぅ~」
「え? ちょっと、俺は何も――」
「これだけ高価な贈り物を結納金代わりに持参するなんて、ニイトくんはとてもローラにご執心と見える。ここまでの誠意を見せられては貴族として断ることなど、できようはずもない」
「いえ、ですからっ!」
ニイトに喋る時間を与えずに、ママさんの追撃が炸裂した。
「どうかローラを貰ってやってください。魔法の才能もあり、気立ても良い自慢の娘でございます。あっ、もちろん処女でございますのよ、おほほほほ」
「何でママさんが知ってるんだよっ!」
ゴーレムに口を封じられて「んむーッ!」と呻くローラの代わりに、ニイトがつっこむしかない。
「そうそう、後で揉めるのも嫌ですし、この場で娘の処女をご確認なさってくださいまし」
「ちょっ――!?」
ママさんはゴーレムを操ってローラのスカートをたくし上げた。そのままパンツに指を引っ掛けてそろりと下ろし始める。
「んむーーーーッ!!」
沸騰しそうなほどに顔を湯だたせて、ローラは暴れた。
「ちょ! やめてやめて! わかった! わかったからもう! 見なくてもわかるから! 自分で言ってたからっ!」
するとローラは魂が抜けそうなほどに体中から湯気を立ち昇らせて気絶した。
「まぁ、もう既にそこまで仲が進展してましたのね。安心しましたわ」
「逆に安心するなよっ!」
話の通じないママさんに続き、パパさんも援護射撃を繰り出す。何という息の合った波状攻撃。口を挟む隙もない。
「では、無事に縁組は成立したということで」
「してねーよ! 勝手に決めるなし! そんなつもりないからっ!」
「そこを何とか! 娘の処女で、なにとぞご容赦を!」
「お前ら娘を何だと思ってるんだよっ! 見返りなんていらないってば! 貴族の体面とかでどうしてもって言うなら、普通に収穫が増えてから後払いしてくれればいいから」
「「ま、孫の処女までご所望ですかっ!?」」
「何の収穫だッ!! お前ん家の性教育どうなってんのっ!? どう解釈したらそうなるんだよっ!!」
このままだと取り返しのつかない事態になりそうだったので、ニイトは嫁を連れて逃げ去った。モンスター相手にもそう簡単に逃げないニイトだったが、それよりもはるかに強敵な、いや狂的な二人を前にしてはしっぽを巻いて逃げるしかなかった。わんわん。
「ああ、待ってくださいまし! なにとぞ娘のことを~!」
妖しげな笑みを浮かべた二人の追走を振り切るのに、一時間は要した。モンスターだってもう少し諦めが早いのに……。
第7章 前半 オレンジ農園を再生せよ 完
なんとか間に合った。
少し早いですが、
あけまして、おめでとうございます。^^ノ




