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異世界創世記  作者: ねこたつ
7章 前半
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7-11

 オレンジ農園の再生が始まった。

 オリヴィア監修のもと、果樹の手入れが行われる。


「まず、無駄に枝が多すぎる。これでは一つ一つの実が小さくなる上に味も落ちる。何より樹に負担がかかり過ぎる。ただでさえ地力が弱っているのに、これでは満足に実を作ることもままならないだろう。というわけで余計な枝を剪定していくぞ」


 元気のない枝。枯れかけの枝。位置が悪い枝などをどんどん切り飛ばしていく。まるで樹木の散髪を行っているような感覚だ。


「こんな感じでいいかしら?」

「もっと大胆にバッサリいって構わんぞ。中途半端に残しても今のままでは満足に成長しない」

「わかったわ。こうねっ!」


 ローラは思い切って枝を切り落とす。マーシャ、アンナ、ニイトも続いて次々に枝が地面に積み重なっていく。


「ぁぁぁ……、どんどん樹が小さくなってしまう」


 ローラパパが情けない声を出すが、オリヴィアは構わずにどんどん枝を切るように指示。


「多すぎる花芽も適量に調整しよう。どうせ栄養不足で全ては育たない。一本の枝で育てられるだけの数に絞るんだ」

「そ、それでは収穫量が減ってしまうではないか!?」


 パパが悲鳴をあげる。


「このままでは共倒れになってしまいます。そうなれば収穫どころの話ではありません。収量は減って

も、大きく育った良質な果実が収穫できれば売値は上がるでしょうから、金銭的なリスクはそれほど変わりません」

「そ、そうなのか……? では、頼む」


 どうやら本当に知識のない状態でオレンジ農家をやっていたらしい。ま、謎の迷宮から持ち帰った謎の果樹を予備知識なしで適当に育てているのだから、無理もないことだが。


「それと内側に向いた枝は光を遮ってしまうから、たとえ元気でも切ってしまえ。そうしたほうが樹全体の利益になる」

「結構シビアだな」


 大を生かすために小を切り捨てる。甘い綺麗ごとが通じない自然の掟が潜んでいることに、一緒に作業を手伝っていたニイトは厳しさを覚えた。

 粗方剪定を終えると、非常にスッキリとした果樹園に様変わりした。


「土地が結構余ってるな」

「そうだな。剪定してみてわかったが、もうダメな樹も何本かあったし、半数くらいはかなり厳しいな。今のうちに苗を増やしておかないと、いずれ植え替えるときに困るだろうな」

「それなら余っている土地を存分に使ってくれたまえ。枝を地面に挿すのだろ?」


 今度はパパも乗り気だ。


「確かに最も一般的なのは挿し木ですが、発根率はあまり良くありません。大体5%くらいでしょう。ですからもう少し確率の高い方法を使います」

「そんな方法があるのか!?」


「『接ぎ木』や『取り木』という方法があります」


 接ぎ木とは、台木と呼ばれる丈夫な根を持つ株に切れ込みを入れて、同じくV字に切って断面を作った枝をくっつける手法だ。樹に備わった修復力によって癒着し、やがてしっかりと水分や養分が行き渡るようになる。

 同じ品種でなくとも接げるので、根の弱い植物を根の強い台木に接ぎ木して生命力を強めることも可能だ。


「接ぎ木は知ってるけど、取り木って聞いたことないな」

「原理としては挿し木と対してかわらない。ただ切り落とす前の枝に直接根を生やさせることで成功率をあげるのだよ」


 オリヴィアはまず有力な枝の樹皮を一部剥ぐ。そこに湿らせたミズゴケなどを巻きつけて密閉する。何日間か乾かぬようにしていれば、傷口から不定根が生えてくる。


「なるほど。皮を剥いだのは発根しやすくするためで、湿って光が遮断された状態は土の中に埋もれている状態に近づけるためか」


「その通りだ。こうして丈夫な根を先に作ってしまえば、植え替えたときに生き残る確率が大幅に上がる」

「さすがオリヴィアだな。植物に関しては右に出るものはいないだろう」

「よしてくれ。我などまだまだだよ。特殊な環境で人より知識が偏っているだけさ」


 謙遜するが何十年何百年と積み重ねてきた知識と経験は伊達ではないはずだ。人よりも遥かに長い寿命を持つエルフゆえの強みだろう。

 幾つかの苗木はニイトが預かってキューブで生育させることにした。チート部屋で生育速度を大幅に短縮するのだ。さらにボーナスで丈夫に育ってくれるかもしれない。


「ちなみになんだけどさ、オレンジの樹にオレンジ以外の果物の枝を接ぎ木することってできるの?」

「相性が良ければ可能だ。『高接ぎ』と呼ばれるもので、味の悪い品種の樹に別の優良品種の枝を接ぐことがある」

「へぇ~、面白そうだな。すこし遊び心を出してみようかな」

「考えがあるのか? それならこの樹がいいだろう。根はしっかりしているが実はもうつかなそうだからな」


 やや悪ノリしたニイトはグレープフルーツや柚子など、オレンジに近い柑橘系の枝を接ぎ木して、擬似的な虹色の樹を再現してみた。完全に遊びモードに入っている。


「次は土壌改良をしよう」

「それなら俺の出番だな」


 ニイトはここが腕の見せ所と言わんばかりに、キューブの能力を使って土や堆肥を取り寄せる。ローラパパとママが木材を売りに出かけたタイミングを見計らって一気にやってしまおう。

 果樹の根を傷つけないようにすきこみつつ、灰や竹炭の粉末なども撒いていく。灰はそもそも焼畑農業に利用されるくらい栄養があるし、炭の粉末は土中に炭素を固定してくれるうえに、分子の間にできた気泡のような空間が微生物の住処となって有機物の分解を助けてくれる。


「ねぇ、ニイトが出した土って、私と一緒に迷宮に入ったときのものじゃないわよね?」

「オカシイナ。オナジハズダヨ」

「嘘よ。私は土魔法が得意だから、土の感覚には敏感なのよ。この土は迷宮の1階層で見たものとは全く別物よ。どこで手に入れたものなの? てか、この黒い粉末って見たことのない素材だけど……」


 キューブの能力で【購入】したものはどこから来たのか。それはニイトにもわからない謎だった。以前ノアに尋ねたことがあるが、回答は『禁則事項』の一点張りだった。せめて巨乳の未来人の姿で言って欲しかった。


「正直に言って、これに関しては俺にもわからない。俺自身が全ての能力を把握しているわけじゃないんだ」

「そう……なんだ……。今のニイトが嘘を付いているようには見えないわ」

「うん。だからこのことも内密に頼むよ」

「わかってるわよ。ほんとあなたって、そればっかりね」


 ローラは面白くなさそうに口を尖らせた。


「他に畑の栄養になりそうなものはないかな?」

「そういえばスカルの骨や四葉虫が植物の生育を助けるって聞いたことがあるわ」

「本当か? やってみるか」


 ローラの話しをもとに、ニイトは確保しておいたモンスターの死骸を取り出す。

 すぐにローラが土魔法でゴーレムを作り、それらを砕いて粉末状にする。できあがったものを、ニイトはあーくんで【査定】して調査してみた。


 ――スカルの骨粉。死の象徴である骨は新たな生のへ向かう輪廻の象徴でもある。魔力が多く残留したスカルの骨は、生物や植物の生育を早める効果がある。成長促進薬の調合素材。


 ――四葉虫の粉末。あらゆるものをエネルギーに変える驚異的な生命力の塊である四葉虫の体組織は、植物と適合すると生命力を強める効果がある。植物栄養剤の調合素材。


「本当だ。両方とも有効っぽいな。このまま撒いても効果がありそうだけど、調合するとさらに良さそうだ。少し待っていてくれるか? 知り合いに調合レシピを教わったらすぐに合成するから」

「え? ニイトって魔法薬の調合ができたの?」

「あれ? 言ってなかったか? 俺、ヴァレンシア魔法学院の合成・調合科で主席レベルの評価だったんだぜ。てか、王立魔法学院の魔法薬学科にも合格したら、迷宮科と同時に在籍してるんだけど」


「えぇえええええええ!? 超エリートじゃないのっ!? 何サラッと言ってんのよ!」


 ローラは驚きのあまり作り出したゴーレムごと身を仰け反らせた。


「てか、そんな大事なことはもっと早くに言ってよ!」

「いやぁ、聞かれなかったし」

「やっぱりあなたは元々魔法が使えたのね。それなのに素人のふりをして私に教師を頼むなんてっ」

「いや、マジであのときは素人だったんだよ。魔法薬学科も迷宮科に落ちたときの保険で受けたようなものだし」

「保険で受けるところじゃないでしょ! エリート中のエリート学科でしょうがっ! そんな話、信じられないわ」

「と、言われてもなぁ……」


 でも事実だった。


「それじゃあなたは私に魔法を習ってから、最難関の王立魔法学院の迷宮科と研究科を同時に合格するほどの実力を実に付けたって言うの? 両方とも選ばれしメイジしか入れない狭き門なのに? ありえないわ!」


 同意を求めるようにローラは女性陣を見回したが、


「ニイトさまですから」

「せやな。旦那様やもん」

「うむ。ニイトならやりかねん」


 安定の全肯定だった。


「どんだけ天才なのよ……」

「ま、魔法の才能自体はオールCの凡人なんだがな」

「全てが意味わかんない。頭おかしいんじゃないのっ!?」


 ローラは驚き疲れたように両手をブンブン振った。つられてゴーレムも同じ動きをする。

 そうして感情を発散させたローラはスッと思考が明瞭に働く状態になった。


 無意識のうちに考えてしまう。

 たった数ヶ月で最高位の魔法学院に入学できてしまうほどの才能。しかも戦闘学科と研究科の両方で。物体を転移させる未知の魔法。それを駆使すれば一財産を築くことだって朝飯前だろう。だからかなりのお金持ちに違いない。少なくとも見返りを求めずに実家を助けてくれるほどの余裕はある。その度量。気前の良さ。器の大きさ。性格の良さ。容姿も良い。


 そして何より、――強い。


 スケルトンの群れに飛び込んで圧倒するほどの高レベルの戦闘力。命の恩人。強い男。強者。勝者。勇者。

 考えないようにしていた、あのときの逞しい後姿がローラの脳内にフラッシュバックする。

 ポロリと、無意識に言葉がこぼれる。


「――私、処女だから……」

「え? 何だって?」

「――ハッ!? 今何をっ!?」


 思考の世界から、一瞬で現実に帰還したローラは、真っ青になった顔をこわばらせた。しかしすぐに動揺よりも羞恥が上回り、真っ赤に沸騰させながら杖を振り回した。


「何でもない! 何でもない! 今のはただの空耳だからぁああああああ!」


 杖の上下に合わせて、ゴーレムが左右の正拳突きを繰り出す。


「お、おい! 何をする、危ないだろ! 感謝の正拳突き一万回をする気か!」


 ニイトは咄嗟に魔力を〔凝縮〕してその攻撃に耐えた。


「まぁ、聞きましてマーシャはん。ちみっ子があないなこと言うてまっせ」

「見てるほうが恥ずかしくなるほどのメス顔ですぅ~」

「女が下半身で物事を考えるようになったら終わりだと、さるヒュノムの女傑に聞いた。そうなってしまったら、もうただのメス猿と大差ないらしい」


 嫁たちがヒソヒソ話だすと、ローラは左右にまとめた金髪を怒髪天のごとく付き立てて怒声を浴びせた。


「ちぃーがぁーうぅーー!! 忘れろ、忘れろ、忘れろ、忘れろぉおおおお!」


 ゴーレムのパンチが高速連打になって打ち出される。


「おいぃいいいいい! もう障壁が持たないっ……バリンッ! ――あっ!?」


 五月雨のごとき羞恥の正拳突き一万回を食らったニイトは、空高くぶっ飛ばされてキラリンと光った。水中世界で初めて現れたお星様であった。

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