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「さっそくだが、オレンジ畑を見せてもらっても良いだろうか」
案内された果樹園を見て、オリヴィアは固まった。
「ずいぶんと枝が痩せているな。それと栄養不足で変色した葉っぱも多い。それにこの腐臭は何だ?」
スンスン鼻を鳴らせたオリヴィアは地面を掘り出す。
「ああ、根腐れしてるじゃないか……。この樹はもうダメだな。そのうち倒れるだろう。周りの樹に被害が出る前に切り倒したほうが良いだろう」
「そんな……どうして。ちゃんと水もあげているのに」
夫婦が絶望の色を浮かべながら膝をつく。
「水のやりすぎです。量を与えればいいというわけではないのですよ。植物にはそれぞれ適切な水分量というものがあります」
「そうだったのか。ここのところ生育が悪かったから水くらいはたくさんやろうと思ったのだが、それがかえって良くなかったようだね」
「生育が悪いのは土の養分不足ですね。そして一番深刻なのはやはり光不足と気温が低すぎることでしょう。オレンジは温かくて光のよく当たる場所を好みますから」
土壌改良を手伝うことはできるが、水の底に築かれた水中都市という地理的要因はどうにもできない。
「どうにかならないのですか!?」
オリヴィアの足元に縋りつく夫婦。貴族の威厳はどうした。
「火石や光石などの魔石を使って熱や光を補ってはいかがでしょう」
「うぅ……、そんなお金、うちにはとても……」
それを聞いてローラが眉を顰める。
「ちょっと待ってよ。いくらうちが貧乏だからって、一般人でも普通に買える魔石すら買えないのはおかしいでしょ」
すると夫婦は渋い顔をしながら目を伏せた。
「じつは……、例の話がうちにも来てだな……」
「例のって、あの永久機関の話?」
「うむ。うちにも出資を呼びかける声が来てな、貴族としての義務を果たす為に融資したのだ」
「それでシャンデリアや権杖がなくなっていたのね……。というか懐事情が厳しいんだから断りなさいよっ!」
資源の枯渇が問題視されるメイガルドにおいて、永久に尽きることのないエネルギー源の開発は人類の最重要課題とみなされていた。多くの貴族たちが私財を投じて共同で研究が進められている。
「魔道永久機関の開発は人類の悲願ではないか。そのために貴族としての責務を果たす為には致し方なかったのだ」
「本心は貴族の体面が保たれないのが嫌なだけでしょ! この見栄っ張りっ」
「うぐ……、だってしょうがないじゃないか」
あっさりと本心を突かれて、ローラパパは目を泳がせる。
「だってもかってもないの。体面よりもまず家を守りなさいよ。うちはご先祖様から頂いたオレンジの繁殖で成り上がったんだから、こっちが先でしょ。見栄のために本業を疎かにしたんじゃ意味ないわ。挙句にお給金を払えなくて使用人はいなくなるし、夫婦揃って隠れて内職に手を出すんじゃ、そっちのほうがよっぽど格好悪いじゃないの!」
「そ、それは言わないでくれよぉおおおおおお! お客様の前だぞぉおおおおお!」
葉に衣を着せぬローラの叱責に、パパは泣き崩れた。
「ニイト君。このことはくれぐれも内密に頼むよ。貴族にはいろいろと外面的なことがあるのだよ」
「りょ、了解しました」
ニイトは自分以外の内密キャラを見て妙な気持ちになった。内密ってセリフやめようかな……。
「そもそも永久機関はまだ理論的に完成してないのよ? 今の時点で出資するのはただのギャンブルじゃない」
「いや、そうとも限らんぞ。もうすぐ完成するって聞いたし、何よりこれは夢への投資なのだ。完成した暁には見返りとして莫大な配当金が入ってくる。そうすれば全ての問題は解決するのだよ、ふはははは」
「ギャンブルで破滅する人は、みんな同じことを言うのよ……」
ローラは頭を押えてくらくらとよろめいた。それをアンナが支える。
「あんさんも、苦労してはるんやな」
なぜか涙ぐむアンナ。共感する要素が彼女にあるのだろうか。
「うちも両親がギャンブルな人生を送って先立ってもうてな……。残された子供はほんまに苦労するんよ」
「そうだったの……。アンナも大変な人生を送ってきたのね」
なぜか分かり合った少女たちが涙ぐみながらひしっと抱き合う。
「あんさんにはまだご両親がおるんやし、大切にしてはりなされ」
「ありがとう。もう大丈夫よ。そうよね、私がしっかりしなきゃ。親が間違った道に行ったら、ゴーレムでぶっ叩いて連れ戻すわ」
気を取り直してローラは告げる。
「とにかく、オレンジ畑の再生を最優先するわよ」
「でもお前、お金が……」
「ニイト」
ローラに促されて、ニイトは物陰に隠れて丸太を取り出すと、両親のもとへ携えた。
「ローラが迷宮で入手した木材です。これを売ってお金にして下さい」
「「おぉおおおおおおおおおおおおお!?」」
夫婦は飛びついて木目に頬ずりをした。
「こんな立派な木材が! よくやった! よくやったぞローラ! お前はわしたちの自慢の娘だ!」
そのままローラにも擦り寄って頬ずりする。
「ちょっと、やめてよ! もう、なんなのよ、こんなときばかり調子がいいんだからっ」
「娘が立派に成長チラッ…………してくれて、パパは嬉しいんだよ」
「いま私の胸を見て一瞬言い淀んだわよねっ!? わよねッ!?」
ローラママも続く。
「あとは立派なお婿さんさえ連れてきてくれれば、ママはもう何も言うことはありません。王立魔法学院で、どうにかして金満貴族の舎弟を落とすのですっ! うちの借金を全額肩代わりしてくれるような超リッチなお金持ちの成金男をっ! 女の武器を(チラッ)……をうまく使えば、きっとイケるでしょう」
「ママもかっ!! 私の胸部は沈黙の魔法でもかかっているのかっ! せめてスッと自然に言い流してよ。てか酷いセリフすぎてつっこむ気すら起きない。そもそも私の容姿に関しては、責任の半分はあなたにあるんですけどっ!」
「大丈夫です。自信を持ちなさい。あなたはママに似て顔だけは美しいから」
「自虐かっ! あんたも私と対して変わらない体型でしょうがっ! どこからその自信が出てくるのっ」
ローラママは娘に違わず、低身長のロリ体型であった。
「ママは、ちょっとあるもんっ」
AカップとAAカップくらいの繊細な違いであった。
「ないわよ……」
「あるもんっ! むしろ希少価値だもん」
バチバチと二人の視線が火花を散らす。
たとえ母娘の間であっても譲れない女の意地というものがあるのだ。
「親子の縁を切ろうかしら……」
ローラは疲れきったように、切ない表情で瞳を乾かせた。




