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↓ 間違えて前話に乗せる分を最初に付け足してます。↓ 後で修正すると思います。
◇
その後、四葉虫の群れから逃げ切ったニイトたちは運良く中間層への入り口を発見してから魔法都市に帰還した。
「みんなお疲れ。今晩はゆっくり休んで、さっそく明日ローラの実家に向かおうと思うんだがいいか?」
反対意見はでなかったので、数日間中央学院を休学する申請書を提出してから学生寮に向かった。
といってもニイトらが寮に泊まることはなく、キューブに【帰還】した。
「さあ、ニイトさま。約束どおり、たくさん可愛がってくださいね」
「うち、今日は頑張ったやろ? ご褒美があるとええな」
「我も貢献したぞ。働きに見合った名誉を所望する」
強引に作らされたラブラブ部屋に連れ込まれたニイトは、再び戦場に立つのであった。
「お手柔らかに頼む……よ?」
するどく眼光を光らせた嫁たちは、迷宮のどんなモンスターよりも強敵だと、ニイトは思った。
◇
ローラの実家はよく言えばのどかな田舎、悪く言えば過疎った田舎のようだった。つまり田舎である。
田舎と言えば豊かな自然環境を思い浮かべるが、この世界にそんな場所はない。都会だろうと田舎だろうと、主な建材には魔法で合成された石のようなブロックが用いられ、むしろ天然の木材は高級品だった。
では何を持って田舎だと感じたのかと言えば、一言で言えば人々の活気の薄さ。そして最先端魔法技術の採用率の低さだろう。
都会ほど人が多く集まり、優れた魔法技術がふんだんに使われた街並みに発展していく。田舎はその逆で、都会のお下がりのような古い素材や技術を使った周回遅れの街並みになるわけだ。
街灯のランプは電力不足のようにときどき弱々しく点滅し、歩くだけで魔力が充填されるような道もない。技術的な遅れは顕著だった。
それでも領主の館となればそこそこの見栄えが要求されるもので、ローラの実家も貴族の面目を保つ程度には屋敷の外観は整っていた。
そう、外観だけは。
「ここが私の実家よ。貧乏臭いけど我慢してね」
中に入ると補修の間に合わない壁や床がちらほらと散見する。
掃除が行き届いていないのか、やや埃っぽい。
「父上、母上、ただいま戻りました」
「ローラ!? どうしてお前がここに!?」
ローラの両親は貴族とは思えないラフな格好で、何やら小さな魔道具のようなものを無数にいじっていた。何というか、内職でもしているような雰囲気だった。
「ま、まさか王立学院で何か問題を起こして退学に!? そんな、うちの唯一の希望が!」
「そんなわけないでしょ! 自分の子供を何だと思っているのよっ」
「だってお前、昔っから魔法の腕っ節だけは強くて、よく領内のガキ大将をフルボッコにしては『あんた本当におちんちん付いてるの?』って言ってズボンを下げていたような娘だったから――」
「いやぁああああああ! なんて話しを蒸し返すのよっ、信じられない!」
ローラが咄嗟に作り出した石つぶてが、パパのお腹にめり込んだ。
「ぐふっ……! なら、何でこんな時期に帰って来たのだ?」
「少し用事ができたから戻って来ただけよ、まったく」
「それならそうと事前に連絡をしてくれないと迎えの馬車も用意できないじゃないか」
「どの道そんなお金ないでしょ」
「ギクッ……、しかし貴族の体面というものがなぁ」
「もう手遅れだから諦めなさいって。あっ、ずいぶん天井がすっきりしていると思ったら、シャンデリア売っちゃったのね。あれ気に入っていたのに」
天井を見上げたローラが寂しそうに呟いた。
「ところでローラ、そちらの方々は?」
「お客様よ。中央学院の下級生にあたるわ」
そういえばローラは先輩になるのかと、ニイト思い出したように眉を浮かせた。実際は先輩どころか先生なのだが、小柄な体格と幼い容姿のせいで、ドニャーフ娘と接するような感覚で扱ってしまう癖がついていた。
「お客さまだって!? こうしちゃいられない。お前、はやく内職を片付けなさい」
「はいっ、ただいま」
やっぱり内職だったんだ。
そして貴族夫人が自ら片づけをするとは、使用人もいないのかなぁ。
ローラパパは「しばしお待ちを」と言って奥の部屋に飛んでいった。遅れて婦人も向かい、「まったくローラには困ったものだ。友人を招くなら最低でも一週間前には連絡をしろとあれほど言いつけていたのに! これでは体裁を取り繕う準備すらできないじゃないか」「やだわ。お化粧水が切れていましたわ」「お前はそのままでも十分美しいから大丈夫だよ」「まあ、あなたったら、ポッ」「あれ、確かここにアレをしまっておいたはずなんだがないぞ? どこにしまったんだ?」「あなた、アレは先月売ってしまわれたではありませんか」「しまった、そうだった……」「アレがなくともあなたは十分ご立派ですわよ」「おまえ……」「あなた……」「「ちゅっ♪」」などと、壁が薄いせいで丸聞こえな会話を漏らしつつ、ガタゴトと物音を立てた。
数分後、派手な衣装に身を包んだ夫妻が優雅な足取りでやって来る。
「んんっ! ローラよ。客人を応接間にお通ししなさい」
もう既に面と向かっているのだからこのまま話せばいいのにとニイトは思ったが、これも貴族の作法なのだろうと仕切りなおす。
応接間にて、ローラパパはやや高そうなイスに座りながら待っていた。首のあたりに木目が少し見える、庶民がちょっぴり背伸びして贅沢をしました的なイスだった。
「ローラの友人たちよ、よく来てくれた。私がヴァレンシア子爵である。キミ達の訪問を歓迎しよう」
子爵の変わり映えに若干目を点にしたニイトだが、すぐにこの場に相応しいTPOは何かを考えて行動する。
「ははっ! お初にお目にかかります。此度は急な訪問にも快く迎え入れて下さり、感謝の言葉もありません」
「え? あ、ぁあ、う、うむ。苦しゅうないぞ」
ローラパパはプルプル震えながら目に涙を滲ませていた。
「あなた、お客様の前ですよ」
「だって、久しぶりに貴族らしい威厳ある態度を取れたんだもん」
感動のあまり静かにむせび泣いた。
大丈夫だろうかと、ニイトは難しい顔になった。
その後すぐに堅苦しい挨拶はこのくらいにしてと、砕けた感じになったのでニイトもそれに合わせることにする。
服が汚れるといけないからと、すぐさまジャージみたいな服に着替えた夫婦。クリーニング代も出せないらしい。
だんだんと可哀想になってきた。
「で、用事って何かな?」
「友人が植物に詳しいって言うから、うちのオレンジ畑を見てもらえないか頼んだのよ」
「おおっ、何と!? それは素晴らしい、是非にも!」
パパはめっちゃ前のめりになった。が、ママに服の裾を摘まれて戻される。
「ありがたいお話ですけど、うちにはお礼を包む余裕が……」
声を縮めるローラママだったが、その目はやや期待の色を称えながらパチクリと輝く。
お金ないけどいいの? いいわよね? 空気を読んでくれるわよね? と、目で訴えている。
その要望に応えるようにオリヴィアが言う。
「いや、礼には及ばない。既に我はローラから報酬を貰っている。魔法の指南や迷宮の案内などいろいろ良くしてもらった。今回のことはほんのお礼代わりに過ぎないのだ」
オリヴィアが告げると、二人は目尻に涙を浮かべた。
「おぉ、うちの娘はなんて親孝行ものなんだ。わしは、ローラのような娘をもって幸せ者だよ、およよよ」
「や、やめてよ、もう……」
ローラは恥ずかしそうに顔を背ける。
「ガキ大将のおちんちんを凝視していたあの娘が、こんなに立派に……!」
「ガチでやめなさいよッ! まだその話しを掘り返すか! 一時の感動を返しないよっ!」
ローラは恥ずかしそうに怒鳴った。10秒前とは正反対の意味で。
「まったくっ、次にそのネタを言ったら、この話はなかったことにするからね」
ぷりぷりとローラは怒った。
にしても、仲の良い家族だこと。




