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迷宮の中間層を進み続けたニイトらは行き止まりが多いことに気付いた。
「こっちの道も行き止まりだ」
「おかしいわね。そろそろ1層へのゲートが現れてもおかしくないのだけれど」
ローラは光のホログラムでマップを映す魔道具を見ながら首をひねる。
「この道でもないとすると、あとはあのボスがいる部屋くらいしかないぞ」
「スカル・マザーね。できればもう会いたくないけど。そこしか道がないなら、一度戻って討伐隊を結成するしかないわ」
あのときのことを思い出したのか、ローラは若干顔を青ざめさせた。が、別のことを思い出したのか、今度は真っ赤になった。忙しい子である。
「あの、このあたりに埋まっていないマップがありますけど」
マーシャが指差した場所は未踏破を表す黒表示が広範囲にわたって集中していた。
「ひょっとしたらどこかに隠し扉があるのかもしれないわね。この外周に沿ってもう一度調べてみましょう」
再び探索に戻った一行は、魔物の叫び声と激しい打撃音が繰り返されるのを聞いた。
「誰かが戦っているのか? 助太刀するか」
「待って! 人がいるとは限らないわ?」
「どういうことだ?」
ローラに制止されて静かにドアの隙間から中をのぞくと、十数体のスカルが亀のような丸い殻をしたモンスターと戦っていた。
「モンスター同士の縄張り争いよ。おそらく下層から流れてきた固体と鉢合わせたのね」
「モンスター同士でも戦うのか?」
「ええ。迷宮の中にはモンスターたちの生態系が広がっているわ。ああして縄張りを侵した他種族のモンスターを排除しているのよ。下手に近づくと巻き込まれるわ。モンスターは他のモンスターよりも人を先に襲うことが多いから」
「そいつは厄介だな。しばらく様子を見よう。
縄張り争いは、亀型のモンスターがスカルの攻撃を弾き返す展開がしばらく続いたが、徐々にダメージが蓄積していった亀型がやがて力尽き、節足を食いちぎられてひっくり返り、柔らかい腹部を突き破られて絶命した。
「あれま、1層のモンスターが0層の敵にやられてもうたで? 下層のほうが強いんとちゃうの?」
驚くアンナに、オリヴィアが答える。
「数の優劣には抗えなかったのだろう。同数の戦いであれば勝てたのだろうが、複数の敵に囲まれては強者であってもあっさりと負ける」
「地の利もありそうですね。地形を把握していれば有利な場所に誘導することも、罠にはめることもできますから」
猫耳を傾けて警戒しつつ、マーシャも付け足した。
「さて、そろそろ俺たちの出番かな?」
残りのスカルは12匹。しかし何体かは今の戦闘で手負いになっているので、実質9匹ほどだろう。
仲間を呼ばれる前に速攻を決めれば楽勝だ。
「地形は通常の壁と床だな。〈泥沼〉は使えそうにないな」
ニイトがよく使う魔法に、足元の地面を泥状に液体化させて動きを鈍らせるものがある。しかしこれは敵が土の地面に立っているとき限定である。模様が刻まれた迷宮の壁は魔法による影響で変化するのを防ぐ機能があるらしく、固体を液体に〈変質〉させるような魔法が使えない。
手持ちの魔法と地形との相性を考慮して攻撃を組み立てなければならない。
「通常攻撃で速攻をかける。タイミングは俺に合わせてくれ」
全員が頷いた。
息を殺してギリギリまで接近してから、ニイトはハンドサインで合図をして飛び出す。
魔力で杖先を槌に〔変形〕し、近くを徘徊していた一匹を叩き潰す。さらに《魔法の矢》で遠くの一匹を射撃。
同時に残りの四人も〈魔法の矢〉〈魔刃〉〈魔投石〉などそれぞれが得意な射撃魔法を放ちながら走って距離を詰める。
襲撃に気付いたスカルの群れも反撃に転じるが、既にニイトらは接近戦用の魔力武器を発動しており、
向かってきた骨の塊を砕いた。
一瞬にして半数以上の群れが骨粉に帰したのを見て、残りのスカルは逃げ出した。しかし、二つしかない部屋の出入り口はローラが土砂を敷き詰めることで一時的に封鎖されていた。
逃げ場を失った残党は魔法の餌食となり、戦闘は終了した。
「さんきゅーローラ。逃げられて仲間を呼ばれたら厄介だった」
「スカル戦では敵の退路を塞ぐのは基本よ。なるべく出入り口の小さな部屋で戦うことね」
モンスターによって戦い方や戦場に選ぶべき場所は変化する。地形が違うだけで、同じ戦力のモンスターに大苦戦することなど日常茶飯事だった。ゲームのように単純に『たたかう』コマンドを連打すればよいわけではない。
「ニイトさま。この壁、何かおかしいです」
マーシャが一面の壁を指差して何かを発見した。
「どうしたんだ?」
「一部だけ音が違います。見ていてください」
マーシャが壁の至る部分を拳で叩くと、コンコン、コンコン、コンコン、カンカン! と、明らかに特定の場所だけ音が変わった。
「本当だ。良く気付いたな」
「スカルの骨が壁に当たったときに音が違いましたので」
さすが猫獣人の聴力を持つ少女だ。人だったら見逃す僅かな音の違いを聞き分けられる。
「よくやったぞ、マーシャ」
「にゃふっ」
猫耳を撫でると、片目を閉じながらくすぐったそうに三角耳をよじった。しなやかな可愛い猫耳だ。
「アンナ、手伝ってくれるか?」
罠や隠し扉の解錠はニイトとアンナが得意だ。
壁に指をはわせ、耳を当てて音を聞き、細い糸やワイヤーのトラップがないか観察し、慎重に調べる。
「あっ、ここに隙間があるで」
「うまく壁に偽装してるけど、ここがレバーになってるな」
壁の模様の一部を動かすと、ゴゴゴと石像が動くような重そうな音と共に壁が奥へ移動していく。1メートルほど引っ込むと、中央から割れて左右に開いた。
「罠はなさそうや」
隠し通路を通って、ニイトたちは奥へ進んだ。
進んだ先にはいくつも下り道があった。ご丁寧に階段やハシゴが用意されているわけもなく、迷宮では天井に開いた窓のような穴から飛び降りるのがデフォだ。罠や敵の待ち伏せを警戒しながら数メートルも飛び降りるので、なかなかに緊張感がある。
そうしてしばらく進んだ先に、ようやく2階層へ続くゲートが現れた。
「あったあった。ようやくみつけたよ」
直径100メートルほどの黒い円形の水面。魔法都市から迷宮に入ったときと同じようなゲートだった。
さっそく一同は飛び込む。
水面を潜ると景色が一変した。
「明るい!」
上空はまばらに雲が広がる青空。太陽こそ見えないが、陽光にちかい強さの光が大地を照らしている。地平線が見える広々とした空間は岩場のような硬い地面ではあるが、薄く土があってそれなりに下草も生え揃っている。
「0層と比べるとずいぶん明るい世界ですね」
「せやな。草が生えとるぶんだけ、空気も新鮮に感じるわなぁ」
周囲を観察してそれぞれの感想を述べる嫁たち。
一人ローラだけは経験があるので落ち着いていた。
「1層に到達したわね。ここからが本番よ。0層はただの予行練習みたいなものだから」
「練習にしてはずいぶんと難易度が高かったな」
「それが迷宮というものよ。簡単にクリアできるようなら人類はとっくに救われているでしょうね」
「違いない。ん? あれは何だろう?」
ニイトはゲートの中央に立った石版に注目した。
神殿のような石柱が円形に並び、その頂上には水面からのぞく中間層の景色が映る。ここまでは迷宮に入ったときと同じ光景なのだが、0階層には存在しなかった石版が円形のゲートの真ん中に置かれていた。
石版には壁画のような絵が描かれている。魔法使いっぽい人物が杖を掲げているような図だ。どんな意味があるのだろうか。
「ローラ、この石版は何だ?」
「詳しいことはわからないけど、一つだけ判明しているのはゲートの移動先を変更できるということよ」
ローラが石版に手をかざして魔力を込めると、描かれていた壁画が光りだす。その光が石版から飛び出して終結し、手の平に収まるくらいの小さな立方体のクリスタルがあらわれた。クリスタルの中には石版と同じ魔術師の図が描かれている。
「『転移クリスタル』と呼ばれる魔道具よ。研究科が解析してるけど未だに解明できていない謎の物体。これを次回の迷宮探索のときに使うと、一度だけいきなりこの階層から始めることができるわ」
「セーブポイントみたいなものか。それは便利だ。あの迷路みたいな中間層を何度も行き来するのは面倒くさいからありがたい」
こういうところはゲームのようにある程度の快適性が配慮されているようだ。
「ちなみに石版の絵が消えるようにすると、始まりの地点に帰還できるようになるの。手負いになってもゲートの位置まで戻れば、どの階層にいても無事に帰還できるわ」
「嬉しいシステムじゃないか。これで安心して深部に進めるな」
「でも過信は禁物よ。迷宮は深くなるごとに広くなるって言ったでしょ? そうなるとゲートの位置まで戻ることもどんどん難しくなるし、そもそも中間層で迷ったらアウトよね」
「たしかに……」
結局かゆいところに手が届きそうで届かないシステムのようだった。いつでも自由に【帰還】できてしまうキューブスキルのチートさを改めて認識するニイトだった。
「ちなみに、これより先の階層にも同じような石版が確認されていて、やはり転移クリスタルが入手できるわ。下層のものは結構な額で取引されているわ」
「売れるのか?」
「ええ。迷宮科専用のギルドに行けば、常時依頼が出てるわよ。転移クリスタルを入手する仕事は通称ゲートマラソンって言われていて、報酬はまあまあね。上級探索者は低層を飛ばして進むから、私たちみたいな駆け出し探索者のいい資金源になるわよ」
ひょっとして迷宮のゲートのそばにキューブの転移ゲートを設置すれば、転移クリスタルを入手し放題なんじゃ……とニイトは頭の中でそろばんを弾き始める。
「一度入手したクリスタルってずっと使えるのか?」
「残念だけど、一度大転動が起こるとそれまでに入手した転移クリスタルは全て消滅しちゃうわ」
「それは残念」
そうそううまい話はないということだろう。
「ま、今の私たちにはあまり関係がないことかもしれないわね。まずはこの階層を攻略できるくらいの実力を身につけないと」
「だな」
さっそく一行はこの階層のモンスターを調査しに向かった。




