7-5
さて、食事時になってニイトたちはある問題を抱えた。
ローラは足をぶらぶらさせながら、背嚢から水と携帯食料を取り出して食べる。
しかしニイトたちは迷っていた。ローラがいる手前、異世界の美味しいご飯を食べるのは問題が出てくる。かといってこの世界のゲロマズ飯は食べたくない。
「よし、目を閉じろ。この世界の合成食料を食べるべきだと考える者は挙手」
ニイトが小声で言うが、嫁たちは誰も手を挙げない。
「なら、ローラがいようが関係なしに美味い飯を食べるべきだと考える者は?」
勢いよく三人の手が挙がった。決まりだ。食欲は人間の三大欲求であり、勝てるはずがなかった。
ニイトは背嚢に手を入れるふりをしながら【転送】で食料を取り出す。アンナの串焼きや、オリヴィアサンドの売れ残りなどが、熱々の状態で出てくる。
「んま~い! やっぱうちの店の味は最高やわ」
「我のサンドもなかなかのものだぞ。この特製ピリ辛ソースがやみつきになる」
その様子をみてローラが目を丸くする。
「ちょっとあなたたち、それはいったい何?」
当然こうなるが、一同は口を揃える。
「「「携帯食料」」」
何が何でも誤魔化す所存だ。決を採択したときから覚悟は決まっている。
「嘘おっしゃい。そんな出来立てのアツアツ料理が携帯できるわけないじゃない」
「えっと、火石の魔道具で温めたとか?」
「そんな資源の無駄遣いは許されないわっ! そもそも見たことのない食べ物じゃない。それ、本当に食べ物なの? 草みたいなのが飛び出ているわよ?」
レタスを見たことがないのか、ローラにとっては雑草のように見えるらしい。
「じゃあ、魔法で今作ったとか?」
「じゃあ、って何よ。そんな一瞬で作れるわけないでしょ。そもそも材料がないじゃない」
「なら転送魔法で取り寄せたとか?」
「そんな魔法誰も使えないわよっ」
とりあえず魔法でと言っておけばなんとかなると思っていたが、意外とうまくいかない。魔法万能論が支配しているような世界なのに融通がきかないものだ。かくなるうえは、
「おまえも食べてみるか?」
「へ?」
こうなったら力技だ。味覚の暴力で屈服させるしかない。
ニイトはアンナ風串焼きを一つ食べながら、
「ミニトマトの甘く瑞々しい香り。その後に続くのはサクサクに揚がった衣が香ばしいコロッケ」
「な、何を言ってるの……?」
「新鮮な野菜の香りと、旨味が濃縮したソースが奏でるハーモニー。さらにホクホクに湯立つフライドポテト」
「ちょ、ちょっと! その妖しい呪文は何なのよ!」
「今までに食べたことのない味覚の競演に、舌が踊っているようだ」
ローラは得体の知れない棒状の何かをまじまじと見つめた。
「食べても、いいの?」
「ああ」
「食べて大丈夫なものなの?」
「俺たちはみんな食べただろ?」
「…………じゃぁ……」
好奇心に負けて口に運ぶローラ。
「――んッ!? ひゃぁぁあぁああああぁあぁぁぁあ」
声にならない悲鳴が漏れる。
「何これ!? 魔法? 口の中に、幸せがいっぱい広がった!?」
「それは、甘味じゃないかな?」
「これが、甘い? 嘘よ! 一度だけ食べたことがある超高級果実は、もっとエグイ感じだったわ。あれよりも甘いモノなんて、この世にあるわけないじゃないっ!」
「でも、今食べてるだろ?」
「じゃあ、これは、この世ならざる食べ物……!?」
串を持った手がプルプル震えている。
「次のコロッケも食べてみろよ」
「この茶色いヤツね。――んっ!? ぉみょぅぃ#“%$&”$%‘#&ぉぉぉおぉぉ!?」
今度ははエビ反りに背中を伸ばして痙攣し始めた。ぶらぶらさせていた足も指先までピンと伸びきっている。
「外はサクサク、中はふわふわトロトロ、重層的で多元的な味覚の波が押し寄せてくるわ! なんて複雑でありながらも洗練された味なの!? このツ~ンって来るのは何? もわんってするのは? まろ~っていうのは何? 今まで感じたことのない不思議な味が、こんなにたくさん詰まっているなんて!」
ローラの表現では何を指しているのか判別できないが、きっと塩味や旨味などのことだろうとニイトは想像する。
「どうだ、こんな美味いものは食ったことがないだろ?」
「うん! これは革命的な味よ! とても人間のわざとは思えないわ。神の国の料理と言われても納得するもの」
すると調理したアンナが顔を崩す。
「えへへ、そんなに褒められたら照れるやん」
「これ、アンナが作ったの!?」
「ちなみにこっちのクレープサンドはオリヴィアの料理だぜ」
「何ですってっ!?」
すぐさまオリヴィアの料理も口にするが、
「んあぁっかかっか! し、舌が、ピリピリするわ!」
トウガラシの入ったソースにびっくりする。しかし、
「あれ? 最初はピリピリしたけど、だんだん心地よくなってきた? あれ? 噛めば噛むほど味が変化する! 何これ、何これ!? すごい、しゅごい刺激的な味ぃぃぃ!」
むさぼるように食らいつく。
「何だか、力が漲ってくるわ! あ、熱い! からだが熱くなってきた!」
荒い呼吸に乗って熱せられた吐息が漏れる。顔や太ももが色づき、ローラはぐったりとその場に横たわる。
「ぁ、ぁあっ、私のお腹の中に、熱いのがいっぱい入ってきた。ダメぇ、らめなのぉ~!」
両手で自分のからだを抱きしめてビクンビクンと弾むローラ。指を咥えながら下腹部をキュッと握って悶える姿は、スカートもめくりあがって扇情的だった。
「し、幸せすぎる……」
ローラはしばらく脱力しながら気絶していた。
ローラが意識を取り戻すと開口一番に言い放つ。
「この料理を広めましょう! 時代に名を残すこと間違いなしよ!」
「だが断る」
「何でよっ!?」
即答だった。
「知ってのとおり、この料理はローラたちにとっては美味すぎる。いきなりこんな味の店を出したら大混乱になるだろ? それに誰でも作れるわけじゃないし、全員の分を用意できない」
「そう、なの……」
みるみる萎れていくローラ。
「だからこのことは内密に頼むよ。社会を混乱させないために」
「くっ……そんなぁ……」
一度精神的に落としてから、ニイトは用意していた悪魔の囁きを繰り出す。
「もちろんタダでとは言わないよ。この料理や俺たちのことをみんなには黙っていて欲しい。その口止め料として、ときどきこの料理をローラにも食べさせてあげよう」
「――にゃんでしゅとぉ!?」
鯉のように開いた口を閉じられなくなったローラに、ニイトはたたみかける。
「ただ、黙っていてくれるだけでいいんだ。そうしたら、一緒に迷宮に入るたびにこの料理が食べられる。誰も損はしない。美味しい話だろ?」
「ひ、ひぃ卑怯よ! こんな、こんな……」
「別に卑怯でも何でもないだろう。もともとローラにこの料理を分けなければならない理由もないのだ。もともと携帯食料を食べるつもりだったんだろ? それを俺たちだけ温かい料理を食べるのもなんだから、ローラも仲間に入れてあげただけじゃないか。むしろ感謝されるべきかと」
「くっ……確かに……」
ローラは悔しそうに唇を噛んだ。
「ま、もちろん無理にとは言わないよ。ローラにも慣れ親しんだ食生活というものがあるだろうから、今後俺たちがこの料理を食べてる脇で冷たい携帯食料をもそもそ一人で寂しく食べても俺たちは何の文句も言わないさ」
徐々に涙目になっていくローラ。
「そうやって、私の口を封じることが狙いね! やっぱりニイト、あなたは人に知られたらまずいことを隠しているのね! その秘密を私に探らせないための取引なんでしょ!」
「何もそこまでは言っていない。俺に秘密があることはその通りだ。何度もわけありだと言っただろ? それに探るなと言っているわけじゃない。好きなだけ探るといい。ただ、俺に関する情報を他人に言い触らさないでくれと言っているだけだ。かなりの譲歩だろ?」
「くっ……調べることは構わないと。ただ、知った内容を人に漏らすなと……」
「うん」
ローラは良心の呵責に揺れているように瞳をぐるぐる回す。
「人類の新たな可能性かもしれないのに……」
「迷宮の深層を探検し終えてからでも遅くはないだろ?」
「私だけ、こんな美味しいものを……」
「たとえば迷宮内で美味しいものを見つけたとする。しかしメイガルドに持ち帰る頃には腐ってしまう。だったら、迷宮内で食べてしまうことに問題はないだろう? これも危険を冒して探索に励む迷宮探索者の特権じゃないだろうか」
「くっ……、なんて男…………」
ついにローラはがっくりを肩を落として言った。
「…………わ、わかったわ。誰にも言わない」
すかさずマーシャが割り込んで、
「絶対ですよ? もしも約束を違えたら今度こそポンポンですからね?」
「ひぅ~っ!」
「どうなんですか? 今度こそ言い逃れはできませんよ?」
「わ、わかったわよぉ~。うぅ……」
猫耳の迫力の圧されて、ローラは約束を飲んだ。
「よしよし、えらいぞローラ。くれぐれも裏切るんじゃないぞ。そうしたらもうこの味には二度と会えないからな」
涙目で笑顔を作るローラの口に、ニイトはコロッケを詰め込んだ。
「おいひぃよほぉおぉぉぉおおお!」
ローラの餌付けが完了した瞬間だった。




