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異世界創世記  作者: ねこたつ
7章 前半
148/164

7-4

 迷宮へ足を運ぶ前にマーシャが思い出した様に手を叩いた。


「それではローラさん。約束どおり正式な謝罪をしてください」

「へ? 何のこと?」

「決闘で負けたら獣人の作法に従った謝罪をすると約束したではありませんか」


 ローラは記憶を辿るように目を泳がせると、それらしいやり取りがあったことを思い出した。


「確かに……、そう言われれば……。ニイト、悪かったわね。この通り謝るわ」


 素直に頭を下げるローラに、ニイトも笑って許した。が、一人猫耳だけがそれでは良しとしない。


「ローラさん、何ですかそれは?」

「何って、謝罪じゃない」

「わたしはちゃんと獣人の作法に則った謝罪と言いましたよね?」

「どういうこと? 獣人の謝罪って普通の方法と違うの?」


 獣人の習慣に明るくないローラはそれが何を意味するのか理解していなかったのだ。

 マーシャは溜め息混じりに説明する。


「獣というものは服従を表すときに仰向けに寝転がって相手に腹部を見せるのです。これは自分の一番弱い弱点を晒すことで恭順の意を表すものです。つまり、正式な謝罪とはポンポンを見せなければならないのです」

「そうだったの? わかったわ。お腹を見せればいいのね」


 ローラはローブをたくし上げておヘソを出しながら、再び謝罪の言葉を口にするが、


「ローラさん……バカにしているのですか?」

「え? どうして怒ってるのよ?」

「そんな中途半端なポンポンで謝意を表せるわけがないではないですか。ポンポンを見せると言う事は、普段は隠している素肌を晒すということ。つまり、服を脱ぐということです」

「「「えぇ~~~!?」」」


 これには一同が揃って声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなこと聞いてないわよっ! 服を脱げだなんて、そんなことできるわけないじゃない。おヘソを見せるだけじゃだめなの?」

「ダメです。ちゃんと全部脱いでもらいます」

「ぜ、全部っ!? 上着だけの話よねっ!?」

「何を言っているのですか。全部と言ったら全部ですよ。上も、下も、一矢纏わぬすっぽんぽんになるのです」

「ひぅううううう!」


 マーシャ以外の全員が顔を真っ赤にして仰け反った。

 ニイトはあのときギャラリーの獣人たちがやたら恥ずかしそうに顔を覆っていたのはこのせいだったのかと、遅ればせながら理解した。


「そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないっ!」

「恥ずかしくなければ謝罪にならないではないですか。さあ、ポンポンを見せてもらいますニャぁー!」


 借金の取立人のように厳しい顔つきになったマーシャはジリジリとローラに近づく。


「待って、待って! これは不幸なすれ違いよ。落ち着いて話し合いましょうよ。いやっ、脱がさないでっ、あいつに見られちゃぅ、ダメぇ~!」


 容赦なくローラを剥こうとするマーシャをニイトが後ろから抱きかかえて止める。


「待てマーシャ。よくよく考えたら決闘は成立していなかった。あれは試験であって決闘ではない。だから、その前の口約束は無効になるはずだ」

「そ、そうよ! あれは無効よ。ノーカウントなのよ。ノーカン! ノーカン! ノーカン!」


 ギャンブルで破産した人が開き直ったような顔つきで、ローラは無効論を強く訴えた。


「でも勝負には負けましたよね? それにさっきまで謝罪する気満々だったではないですか」

「勘違いだったのよ。そう、全ては不幸な勘違い。ノーカン! ノーカン! ノーカン!」

「戦いには負けて気絶しましたよね? 戦闘不能でしたよね?」

「ノーカン! ノーカン! ノーカン!」


 このままではローラが全裸の刑に処せられてしまうので、ニイトも助け舟を出す。


「確かにローラは気絶したかもしれないが。チーム戦だと考えればまだ三人生き残っていた。そして戦いは途中で中止になったのだから、やはり不成立だろう。そもそも決闘ではなかったし。まあ、今回は大目にみようじゃないか」


 マーシャはジト目でしばらくローラを見つめたが、


「ニイトさまがそう仰るのでしたら」


 と、矛を収めてくれた。


「た、助かったぁ~~」


 乱れた衣服を握り締めながらローラはヘナヘナと座り込む。


「でも次はありませんからね。再びニイトさまにご迷惑をおかけするようなことがあれば、今度こそポンポン謝罪をしてもらいますからねっ」

「うぅ~~」


 ローラはうるうると恥ずかしそうな目でマーシャを見つめた。

 何だろう。野性の世界で強者と弱者の上下関係が築かれたような気がした。


     ◇


 とりあえず話は有耶無耶になり、何事もなかったように迷宮探索が始まった。

 迷宮の0階層と1階層を繋ぐ中間層を、ニイトのパーティーは進んでいた。石造りの壁や床はひんやりと冷たく、術式のような模様が掘り込まれているものが多い。さらに目を凝らすと表面にも極小の魔法術式のような模様が刻まれていて、高度な魔法文明の痕跡を見出すことができる。

 規則性をもって配置された松明は魔法の力によって消えることがなく、淡い光が揺れ動いている様は不気味さをも孕む。


 だが、そんな雰囲気がダンジョンらしさをかもし出しているので、逆にニイトはわくわくした。

 ついにリアルにダンジョン攻略を行えるようになったのだ。ゲームやネット小説の世界が現実になったことに、密かに拳を握る。


 謎の迷宮。未知なる可能性。最奥には何があるのか。そんな冒険心をくすぐる要因がニイトの中二心に火をつけたのだった。

 しかし、そんな心ときめく舞台も、妙な視線にさらされて十全に楽しむことができない。


「ねえ、いい加減に教えてくれてもいいじゃない」


 五人で迷宮に入ってからもローラは諦めることなく聞いてくる。


「質問には答えなくて良いということになったよな?」

「あれはノーカンだって言ったでしょ!」

「どう思う? マーシャ」

「ダメです。まだニイトさまの不利益になる可能性があります」

「だ、そうだ。今はまだダメだな」

「もう、何でよっ!」


 ローラはぷりぷり怒って頬を膨らませた。


「ローラさん。あまりしつこいと怒りますよ? やっぱりポンポンが必要でしょうか?」

「何でそうなるのよっ。そ、それに質問に答えなくていいとは言ったけど、質問してはならないとは言われてないもの」

「むむっ」


 マーシャはやや複雑な表情をした。

 確かにそういう取り決めであった。


「質問もしないと付け加えておくべきでした。申し訳ありません、ニイトさま」

「いやいや、あまり強すぎる制限もかえって暴走を招くから、このくらいで十分だよ。何を聞かれても俺が言わなきゃいいだけだから」


 するとローラは唇をかんだ。


「いいわ。自分の目で確かめるから」


 それからというもの、ローラはじーっ、とニイトの背中を凝視し続けた。

 五人の隊列は前衛の左からアンナ、オリヴィア、ニイト、マーシャの順に四人が並び、その後ろにローラが続く形だ。


「なんだか視線を感じるなぁ……」

「じぃーっ」

「…………」


 ニイトはどうにも居心地が悪い。本来なら敵襲やトラップに注ぐべき注意力が、後ろを歩く味方に引き寄せられてしまう。


「おいローラ。お前もちゃんと警戒してるだろうな?」

「じぃーっ」

「おいってば!」

「してるわよ。あなたが妙な動きをしないか、ずっと目を光らせているもん」

「俺じゃなくて、モンスターの警戒をしろっ」


 だめだこりゃ。はやく何とかしないと。


「はやく喋って楽になっちゃいなさいよ」

「わけありで話せないって言っただろ? そもそも何でそんなに知りたがるんだよ」

「それは……あれよ。人類の希望になるかもしれないじゃない」

「大げさだな。てか、それなら俺にじゃないくてマーシャたちに聞いてもいいんじゃないか? 俺ばかりを見ている気がするけど?」

「そ、そんなことないわよっ! リーダーのあなたが許可しないかぎり他は喋らないでしょ?」

「まあ、そりゃそうだけど」

「ほらみなさい。まったっく、自意識過剰な男なんだから。変な勘違いしないでよねっ」


 さてどうしたものか。このままだとやりにくくてしょうがない。

 すると猫耳が気を利かせる。


「ポンポン」

「ひぅっ! ちゃんと周囲の警戒もしてるもんっ」


 一言そういうと、ローラの視線が弱まった。

 さすが猫耳。頼りになる。


 入り組んだ迷路のような中間層ではあるが、実際はかなり多様な地形を構築していた。

 一辺が数メートル程度の壁に囲まれた部屋もあれば、数十メートルに渡って障害物の見当たらない大部屋もある。ポツポツと柱が立っていることもあれば、柱同士が連結して壁のようになっていることもある。その裏側には狭い通路が隠れていて、飛び出してきたスカルが不意打ちを仕掛けてくることもあった。


 非常に多彩で多様な地形は死角も多く、罠を仕掛けたり、待ち伏せに適した絶好のスポットがそこらじゅうにある。ただ歩くだけでもかなりの注意力と集中力を要求されるので神経を磨耗する。


「行き止まりか?」

「いえ、上のほうにドアがあります」


 一見すると道が途切れたように見えても、柱の裏側に道が隠れていることもある。


「うわー、天辺に近い位置だな」


 扉を外したドア枠のような穴が、天井と隣接する位置に開いている。まるで部屋を上下逆さまにひっくり返したような感じだ。

 あながち間違いではないと思う。基本となる部屋は壁も床も天井も同じような石ブロックで作られているので、見分けがつきにくい。しかしときどき異なる階層から流れてきた土のある地面が現れるが、大地が常に足元にあるとは限らなかった。壁や天井に地面がある状態も見かけた。どうやら大転動によって交換された地形ブロックは、回転することもあるようだ。


「ドアの位置もバラバラだな」

「浮遊の魔法がないと部屋を越えるのも一苦労ですね」


 部屋と部屋を繋ぐドアは大きさも形も位置も、まったく規則性が無かった。一面が吹き抜けになっていることもあれば、人が一人やっと通れるほどの小窓程度しか開いていないこともある。また、こちら側の部屋は大きな入り口があっても、隣の部屋の出口が開いていなければ、ただ壁が1メートルほど凹んだ状態になる。


「中間層も『大転動』で地形が変化するんだよな? この感じだと全ての道が塞がってしまうこともあるんじゃないのか?」

「それがそうはならないのよ。どういうわけか、必ず一つ以上は出口まで続く道が確保されるようになっているわ」


 迷宮に一番詳しいローラが答える。


「迷宮に知性があるってことか?」

「わからないわ。そもそもこの迷宮自体、まだほとんど何も解明されていないのですもの」


 天井付近のドアまで浮遊で浮かび上がり、次の部屋を慎重に観察してから乗り越える。隣の部屋は5~6メートルほど高い位置の壁に横に広い窪みがあった。


「見晴らしのいい場所だな。このあたりでそろそろ飯にするか? てか、迷宮内ではどうやって食事を取っているんだ?」

「一番多いのはゲートの近くで食べることね。あそこは一番モンスターとの遭遇率が低いのよ」

「完全にゼロではないのか?」

「ええ。でも他のパーティーの人もそこで食事を取るから、現れても返り討ちにできるわ。それ以外だと索敵を済ませた道で休憩を取るわね」

「なるほど。それじゃこの場所は良さそうだな。敵が近づいてきたらすぐに発見できる」


 壁に埋もれた凹みを座椅子代わりにして、一行は休憩にはいった。


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