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異世界創世記  作者: ねこたつ
7章 前半
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7-2

 次の授業は迷宮のトラップを回避する訓練だ。

 講師を務めるひょろ長の男性がさっそく講弁を始める。


「迷宮には危険なトラップが数多く仕掛けられている。とりわけ中間層は天井が近くて死角も多いから罠を仕掛けるには絶好の地形だ。代表的なものは槍や矢で攻撃するタイプや、ロープやイバラで動きを拘束するものなどが挙げられる。他にも直接被害はないが近くのモンスターを呼び寄せる警報系や、部屋の明かりを消して暗闇にするトラップなども存在する。これらのトラップを発見したときに取る行動は何か?」


 講師に指差さされたアンナが答える。


「解除する」

「それができれば一番良い。他には?」


 講師の指がマーシャに移った。


「わざと誤爆させて無害化するのはどうでしょう」

「一度きりの罠などでは有効だ。魔法人形などを使ってわざと起動させるのが一般的とされる。しかし毒の霧や警報などではイタズラに被害が出るため、熟練した罠の見極めが必要になる。他には?」


 今度はオリヴィアが指される。


「慎重に避けて進む。その際には後進の探索者のために罠の存在を知らせる印を用いるのが望ましい」

「そうだな。それが最も選択頻度の高い方法になるだろう。一々全ての罠を解除している時間的余裕はないので、基本的には罠をスルーしながら進むことになる。しかし時と場合によってはどうしても解除しなければならない場合もある。たとえば一本道で罠を解除しなければ進めない場合などだ。そういうわけで、0層や1層で見かける罠を中心に回避方法や解除方法を覚えてもらう」


 迷宮罠の分析を専門に行っている研究塔の一画で、実際の罠を模倣したものを見学する。


「迷宮の罠には大別すると二種類に分かれる。一つは元々迷宮に備わっている類の罠。もう一つは生息しているモンスターが作った罠だ。これは、0層と1層の中間層でよく見かけるタイプの罠で、スカルニードルと呼ばれるものだ」


 石床に偽装したスイッチを踏むと、骨の槍が突き出る罠だった。その階層に多く生息しているスカルが自らの骨を研いで作り出したものだという。

 解除の方法を教えてもらい、順番に練習する。


 ちなみに罠解除には試験があり、パーティーに最低二人は試験にパスしたメンバーがいないと迷宮に入れない決まりになっている。なので真面目に技術を習得しなければならない。


「うち、これ得意かも」

「我はダメだな。どうにも細かい作業は苦手だ」


 鍛冶や料理を行うアンナは得意そうで、オリヴィアはダメそうだ。ニイトとマーシャもそこそこ器用さはあるので問題はない。


「さて、つぎは0-1層で最も恐ろしいトラップである落とし穴について説明する。これは致死性の高いトラップとセットになっていることが多く、確実に回避しなければならない。しかも解除は難しいので、浮遊して逃れるしかない」


 浮遊するには幾つか方法があった。元素魔法で風を生み出して逃れる方法や、浮遊石や風石などの魔道具を使用する方法。ただし重要なのは発動の早さ。


「この落とし穴回避は必須試験なので、合格できなければ一生迷宮には入れないからな」


 かなり厳しい内容になっているが、それだけ死亡率の高いトラップだということだろう。

 試験の方法は目隠しした状態で高台に渡された床を歩き、床が崩れた瞬間にすぐさま浮遊して退避するものだった。素早い魔法発動が鍵になっているが、ニイトら四人は即日合格できた。キューブの射撃場で早撃ちを繰り返した成果が出ている。


 その後もトラップの知識や解除方法を習得しつつその日は終わる。そして授業の終わりを狙って飛び込んでくるローラを振り切って逃走した。


「こらぁあああああ! 待ちなさいってばぁああああ!」





 翌日。

 次の授業は索敵に関するスキルについてだった。


「諸君。魔法の4大基礎技術である〔放出〕〔維持〕〔変形〕〔操作〕についてはもはや呼吸をするのと同じくらいに使いこなしていることだろう。今日は〔放出〕の応用である〔拡張〕という技術を使って離れた位置にいる敵を見つける方法を教えよう。試しに何人か物陰に隠れてみなさい」


 白髪の混じった壮年の男性教官が目隠しをすると、数人の生徒たちが訓練場を移動する。

 広場には壁や木箱などが無造作に置かれていて、身を隠す場所は無数にある。


 時間がくると教官は目隠しを外して杖を振る。

 すると薄い魔力が空気に溶け込むようにして周囲に広がっていった。煙が風に流されるように拡散し、物陰の裏や壁の隙間などに侵入し、やがて霧散して消える。


「そこの壁の裏に二人、木箱の裏に一人、それから地面を掘って一人隠れているな」


 おおお、と生徒たちから歓声が上がった。


「このように〔拡張〕という技術は拡散した薄い魔力を通して感覚神経を延長する効果がある。敵はほとんどの場合魔力を保有しているので、その痕跡を発見することで索敵をするのである」


 さっそくニイトたちは練習を始めた。中級応用技は基礎技術と違って難易度が高く、高ランクのメイジであっても苦手な人もそれなりにいる。

 しかし迷宮に入るには最低一人はパーティーに〔拡張〕の得意な人がいなければならないので、どうにかして習得するニイトらであった。

 そして授業が終わる頃。


「ニイトはいるかしら?」

「黒髪の生徒ならダッシュで次の授業に向かったぞ」

「くっ、遅かった」


 またしてもローラはニイトを捕まえられなかった。

 というのも、ニイトはさっそく覚えた〔拡張〕を使って警戒していたところ、猛スピードで近づいてくる魔力反応をとらえたので、先手を取って逃げたのだった。





 そんなこんなでニイトらは何日もかけて必要な資格を得る為の試験を受け続けた。

 迷宮に入るための必須資格というものが幾つもあり、全て入手しなければ許可が下りない。

 中には魔物の死体から保存食を錬成する試験などもあった。携帯食料が尽きたときや大転動によって下層に流されたときにサバイバルすることを想定したものだろうが、【転送】で食料も物資も必要なだけ得られるニイトにとってはただわずらわしいだけの試験だった。そもそもこの世界のゲロマズな食事をとるつもりは毛頭ない。

 早く迷宮に潜りたいが、過保護に思えるほど慎重な育成プログラムが組まれているので、なかなか探索に向かう日が訪れない。

 それでも我慢して資格を集めると、ようやく迷宮に挑戦する最終試験を受けられるようになった。


     ◇


 迎えた最終試験。


「ようやく、話ができるわねっ」


 試験官はローラと三人の男たちだった。


「何でローラが?」

「最終試験はね、迷宮経験者と戦闘を行って実力が足りているかを見極めるの。私は試験官の条件を満たしているわ」


 今回ばかりは逃げられないようである。


「さあ、今日こそは洗いざらい話してもらうわよ。そうでないと試験を受けさせてあげないんだから」


 これはなかなか手厳しい。迷宮探索の許可を人質に取られると逆らいようがない。かとって素直に話すわけにもいかないし、ニイトは困った末に揺さぶりをかける。


「そっか、お前、俺のことが好きなんだな」

「なにゃっ!?」


 予想外の返しにローラは面食らう。


「試験官でありながら試験を受けさせないなんて無茶苦茶じゃないか。きっとこれはあれだろ? 好きな男の子の気をひきたくて意地悪しちゃうアレだろう?」

「な、ななっ、なななな!?」


 動転しすぎて言葉にならないローラは、壊れたラジオのように痙攣した。

 その隙にニイトは後ろで控えていた男たちに向かって投げかける。


「試験官のみなさま、どうやらローラは受講生に対して特別な感情を抱いているようです。このままでは公正な試験が行われない可能性があります。人選の再考をお願いできるでしょうか?」


 すると男たちはヒソヒソと相談しする。


「ローラ、事実なのか? だとすると今回の試験にはお前を外すしか」

「ふ、ふふ、ふざけないでよっ! だ、誰があいつみたいな女たらしのすけこましを、す、しゅ、しゅきになんて、なるものですか! 絶対ないわ! 絶対、絶対にないもんっ!」


 がおーっ、とライオンが吼えるような勢いでローラは周囲に言い放った。今日はツーサイドアップに整えた金髪が獅子のタテガミのようにメラメラと逆立つ。


「そうか。ならば問題あるまい」


 おいっ! 彼女の反応をみてどうしてその結論に至った? こいつ、鈍感系ラノベ主人公かよっ!

 こうなるとニイトに打つ手はない。が、その様子を見た嫁たちがヒソヒソと話し合う。


「まずいですよ。ああいうタイプに限ってすぐにメスの顔をするようになります」

「せやな。極端な否定はネタ振りにしか聞こえへん。てか、あれはもう半分落ちてるやろ?」

「うむ。我は経験が乏しいから確かなことが言えぬが、ああいうタイプは一度落ちたら早いと直感でわかる。そういうヒュノムを何人も見てきたぞ」


 好き勝手言う三人に怒りの矛先を変えるローラは、顔が真っ赤に茹だっている。


「ちょっとあなたたち、いい加減にしなさいよっ! 人を尻軽女みたいに言わないでよ! 私、これでも一応あなたたちの恩師なのよ!? もっと敬意を払いなさいよ!」


 杖先をぷるぷる震わせながら眉を吊り上げる。


「いいわ。そういうことなら私にも考えがあるわ。決闘よ! これなら文句ないでしょっ」


 決闘とはメイジ同士が対立したとき、実力によって白黒付けるというものだ。だんだん話がおかしな流れになってきた。


「私が勝ったら質問に答えてもらうわ」

「ローラが負けたら?」

「……さあ?」


 考えてなかったようだ。するとマーシャが手を上げる。


「それならローラさんが負けたときは今後一切質問に答えなくて良いということでどうでしょうか? それと正式に謝罪もしてもらいます。正式な謝罪ですからね?」

「わ、わかったわ」


 マーシャはニッコリと怪しげに笑った。


「そういうことなら良いのではないでしょうか。負けたらちゃんと獣人の作法に則った謝罪をしてもらいますからね」


 すると試験場の周りで見学していた獣人タイプの生徒たちが恥ずかしそうに顔を覆った。いったい、何だろう?

 話が妙な形でまとまりかけたとき、試験官の一人が言う。


「おいおいちょっと待て。勝手に話しを膨らませるな。俺たちは新人の試験官として呼ばれただけだぞ。痴情のもつれなど他所でやってくれ」

「「そんな仲じゃねーよっ(ないわよっ)!」」


 ローラとニイトは揃って怒鳴った。

 なんだかよくわからないグチャグチャな状況になってきたが、すると冷静そうな別の試験官が助け舟を出す。


「お前たちの間で何があったかは知らないが、それは俺たちには関係のないことだ。ローラも試験官として呼ばれた以上、まずは義務を果たせ。そもそも編入生に負けたのでは試験の正当性を疑われる。決闘など筋違いだ」

「わ、私が、負ける? 言ってくれたわね……、上等じゃない! 完膚なきまでに叩きのめしてあげるわよ」

「そういう意味ではない。関係のない者を巻き込むなと言っている。意見の対立があるなら、試験が終了した後にお前らだけでメイジらしく杖で決着をつければよかろう」

「ま、まぁ、それはそうね……。義務はちゃんと果たすわ。その後で全てを洗いざらい話してもらうわよ! いいわねニイト!」

「はぁ……、わかったよ。俺に勝てたならな」


 もうめんどくさくなったので、ニイトは軽い返事を返す。

 試験を受けられれば、もう何でもいいやという心境だ。とりあえず話しをする前に試験を受けられるのだから十分な成果だろう。




 ようやく話はまとまり、

 お互いに杖を向け合う両陣営。


「ではこれより試験を始める。そちらは四人なので、こちらも四人でお相手しよう。我々に力を示せば合格だ」


 こうして四対四の模擬戦がはじまった。


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