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異世界創世記  作者: ねこたつ
6章 幕間
140/164

6-11


 ニイトはここ数ヶ月ほど夜になると一人でコツコツ作業をしていた。何をしていたかと言えば指輪を作っていたのである。

 正式に結婚指輪を渡そうと決意したは良いが、キューブには意外と金属加工の技術が遅れているし、そもそも猫娘に作ってもらうというのも何かが違うような気がした。キューブの購入機能を使っても良いが、できればこういう大事なものは自作したい。


 そこでニイトは金属加工を練習しつつ指輪作成を行っていたのである。

 幾つもの失敗作を生み出した果てにようやく不恰好ではあるがそれなりに形になったのでいざ渡そうと嫁たちを呼んだのだが、


「遅れてごめんな。ようやく完成したから結婚指輪を渡したいんだが――」

「結婚指輪って、何やろ?」

「さあ、我は知らぬな」


 アンナとオリヴィアの反応が薄いことに、ニイトはあれ? っと首を傾げた。さらにマーシャが、


「どうして、首輪ではないのですか!?」

「え? 首輪?」


 なぜか悲しそうに見つめられて、ニイトは面食らった。普通は結婚指輪を見たら感激して涙ぐむものではなかろうか。


「獣人の習わしではオスがメスに結婚首輪を贈る習慣があります。首輪には魔除けの効果があるのです。指輪はそれと比べたらとても小さい意味しかありません。兄が妹の誕生日にプレゼントするくらいでしょうか」

「そうなの!?」


 意外な落とし穴だった。

 思い返してみればアンナの巨蟲世界は木材が不足気味で冶金技術はそれほど発展していなかった。オリヴィアの植獣世界も使っているのは石器に近くて、鉄器の加工技術などはなかった。マーシャの滅亡世界は論外。

 どこも実用性の薄い装飾具に大量の資源を投入して金属加工技術を発展させるようなことはしなかったわけか。


「そうだったのか。俺のいたところでは婚約者に指輪を贈るのが一般的だったから、勘違いをしてしまったみたいだ」


 ニイトが弁明すれば、マーシャはホッと安堵した。

 そういえば日本だって江戸時代には結婚指輪を贈る風習などなかった。だいたい明治後半から大正あたりにキリスト教式の結婚式が広まったときに一緒に普及した文化だからだ。

 こんなところまで文化ギャップがあるとは困ったものである。


「そうなると指輪じゃない方がいいのかな。ペンダントとか、ブレスレットとか?」

「首輪でお願いします」

「えぇ? でも首輪って……」

「首輪じゃなきゃダメですっ!」


 いつになく前に出てくるマーシャの迫力に押される。


「アンナとオリヴィアはどうなんだよ?」

「そんなん、急に言われても……。うちは首輪よりかは指輪の方が……」

「う~む。我の亭主が嫁に首輪を付けて悦に浸るというのは、少々考えものではなかろうか……」


 だよな。首輪って、奴隷とか連想するじゃんか。

 難しい顔で唸る一同の中で、一人マーシャだけが強弁する。


「首輪じゃなきゃダメです。それ以外は認められません! 第二婦人特権の発動です。首輪が良いひとは挙手をお願いします。ちなみに手を上げなかったら半年間ニイトさまと夜を過ごせません」

「そんなん選択肢ないやんかっ!」


 強引に三人の手が挙がったので、ニイトはその流れに従うことになった。

 ちょうど古代ネズミやら銀ネズミなどのレアな皮素材を入手したばかりなので、ちょうど良いタイミングだった。


「わかった。それじゃ、首輪として作り直すから少し時間をくれ」





 それから数日後。

 物体合成魔法を駆使して作り出した皮のベルトができた。猫娘に少々手伝ってもらったが、魔法防御力を高める効果が付いた上々の品質になったので良かった。やはり渡すなら現時点で最高品質のものでないと。

 ニイトが結婚指輪用に使った金属を留め金に用いると、相乗効果が生まれてさらにボーナスが付与されたのは嬉しい誤算である。

 ノアに聞いたところ物体に宿る思念、つまりニイトの嫁に対する想いが好影響を与えたとのことで、それを聞くとちょっぴり恥ずかしかった。


 なんにせよ、重要アイテムは完成した。

 再び嫁の前にたったニイトは一人ずつ首に嵌めていく。


「これからも俺を支えてくれ」

「はい……必ずや。幸せすぎて、言葉がでません」


 マーシャは幸せの絶頂を迎えたようにうっとりと首輪を撫でた。頬ずりするように首をくねらせる。

 アンナとオリヴィアも数日前は戸惑ったような顔をしていたが、今は満更でもなさそうだった。

 これでいいのかどうか迷っていたニイトだが、その反応を見て良かったと思うことにした。

 そういえば飼い猫に首輪をつけることは保健所に連れて行かれないようにする意味もあり、魔除けとはあながち間違いではないのかもしれない。


 かくして一同はいっそう仲を深めることになった。





 そして石版部屋に一人で戻ってきたニイトはノアに声をかける。


「ほらっ、これ、お前の分」

『え? あたしも首輪を付けるの!?』


 光の粒が収束して人の姿になったノアは思いっきり引いたような顔をした。


「引くなって! 軽蔑するような眼を向けるな。てか、その顔芸をするためだけに実体化したのかよっ」

『女の子に首輪を付けようとする支配欲丸出しのキモニートを前にして、引かずにいられるとでも?』

「いや、お前も一連の流れを見てただろ? 成り行き上、こうなっちゃったんだよっ。いらないなら【売却】してくれればいいから」

『そ、そういうことなら……。ま、まぁ、あんたが時間をかけて手作りしたわけだし、受け取ってあげなくもないわよ。ほらっ、早くあたしの首に付けなさいよ』


 ノアはやや焦ったようにツンと済ましながら横を向いた。若干頬が赤くなる。


『勘違いしないでよね。べつにあんたのことを受け入れたとかじゃないから。マーシャがあたしを正妻扱いしてるから、対面を保つために仕方なく付けてあげるだけなんだからねっ』

「お前こそ勘違いするなよな。これは、あれだ。感謝の気持ちみたいなものだ。ノアにはいつも助けられてるから、べつに深い意味とかはないからな」

『はぁ? 何ですって?』


 ノアの眉が一瞬つり上がる。


「なんか怒ってる?」

『お、怒るわけないじゃない。どうしてあたしがあんたみたいな下等生物に怒らなきゃならないのよ意味わかんないわ、システムの演算領域を超えた無理数を使わないでくれる? まったく引きニートの癖に変な期待とかされたら困るわ』

「なっ! そこまで言うことないだろ。お前こそ変な勘違いしてるんじゃねーの?」

『す、するわけないじゃないっ。まったくこれだから低スペックな脳しか持ち合わせてない引きニートは。勘違いの勘違いをしないでよねっ』

「勘違いの勘違いって意味わかんねーよ。ならその首輪は返してもらおうか?」

『どうしてそうなるのよっ! 勘違いの勘違いを勘違いしないでってばぁー!』

「どういうことなのっ!?」

 勘違いの大繁殖状態にもはや原形すら分からなくなってきて、ニイトはこのやり取り自体が勘違いだったと思うことにした。


     ◇


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