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異世界創世記  作者: ねこたつ
1章 猫耳少女を救え
14/164

1-13

 ノアはすぐに索敵を行った。

『いたわ!』

 ノアが見つけた闇の使徒は以前と風貌が異なる。犬のような四足歩行獣だ。ただし、頭が二つある。そしてやはり全身の肌が真っ黒で、瞳から赤い炎のような湯気が漏れている。

 ニイトは短剣型の聖剣を逆手に握り締めて呼吸を整える。

 啖呵をきったものの、自信があるわけではない。

 それでもやる! やってやる! 必ず成功させる! バクバク鳴る心臓を抑えるように胸のあたりを握り締め、息を殺し、タイミングを見計らう。

 しくじれば自分だけでなくノアも猫耳少女たちも死ぬ。失敗は許されない。プレッシャーがさらに鼓動を早める。

「くそうッ!」

 自分にビンタを入れて、無理やり落ち着ける。

 余計なことは考えるな。

 集中しろ。

 そっと、近づいて、刺せ!

 じっと相手を見据え、完全に後ろを向いた瞬間、

(今だ!)

 勢いよく飛び出して、跳躍。

 両手で握り締めた短剣を頭の上まで振りかぶり、全力で敵の首筋目掛けて突き降ろす。

 ぐちゃり、と見事に肉を突き刺す感触。そのまま勢い余って首の付け根から肩に向かって刃が抜ける。あまりの切れ味にニイトが驚くと同時に、敵は身をひねって反撃を仕掛けてきた。

(首はもう一つ)

 残った首は怒りの形相でニイトを睨み、牙を剥き出しにして飛び掛る。

 ニイトは反射的に、しとめた首側へ飛んだ。

 既に首の半ばまで切断された頭はぶらぶらと垂れ下がっていて、あとはちぎれるのを待つばかり。しかし今はその繋がった首が邪魔をして、もう一つの生きた首の攻撃範囲を狭めている。

 その死角にもぐりこみ、ニイトは斬線を走らせる。

 一閃、二閃。

 何度もかち合い、獣に切り傷を刻んでいく。しかし敵も徐々に学習したのか、噛み付き攻撃をおとりにして前足の爪を伸ばす。

「ぐッ!」

 掠めた爪先に皮膚を削られて、ニイトの体にも複数の傷痕が刻まれた。ビリビリと肌を削られた痛みに顔をしかめるが、手当てをしている暇はない。

 お互いに致命傷を与えられない攻防が幾たびか続いた後、獣の動きに変化があった。

 勢いをつけて飛び掛った後、空中で身を捩る。

 何かと思いニイトが重心を落とした瞬間、獣が体をバネのように弾ませる。すると、ついにちぎれた首がニイトの顔目掛けて一直線に飛んだ。

「なっ!?」

 虚をつかれたニイトは受け損ねて、上体を仰け反らせてしまう。その隙を見逃さずに獣は肉薄し、ニイトの胸に飛び掛って地面に押し倒す。肩に食い込ませた前足の爪で押さえつけ、口を大きく開く。

(やられるッ――!?)

 瞬間、ニイトの脳裏に蘇る族長の言葉。『牙を!』

 脳が送る命令よりも早く、握り締めた短剣を突き出す。

 獣の下顎をつらぬいて口を閉じさせると、そのまま上顎にまで貫通させる。

 たまらずに獣は前足で引っかくように短剣を外そうとするが、肩の拘束を解かれたニイトはそのまま横に転がり敵の上を取る。

「形勢逆転だ!」

 引き抜いた短剣を抜いて、頭に突き刺す。

 頭蓋を打ち抜かれた獣は痙攣したように何度か跳ねた後、動かなくなった。

「はぁ、はぁ、はぁ……やったぞ!」

 危なかったが、何とか倒せた。すぐにあーくんに売却してもらわなければ。

 白く光る頼れる相棒を召喚した瞬間、近くの地面から楕円形の岩のようなモノが勢いよく飛び出した。

「何ッ!?」

 新手の敵か!? 

 咄嗟の判断で蹴り飛ばす。蹴った瞬間、ぐにゃっと潰れた感触がした。

(岩じゃない!)

 その謎の物体は空中で形を変えて、吸盤のついた触腕をいくつも広げた。

「タコか!?」

 その姿はまさしく、真っ黒なタコだった。

「あーくん!」

 倒した敵を回収するはずだったあーくんを急遽向かわせて囲う。

 このまま売却できれば――、しかし、

 ――生物は売却できません。

 そう光で表示した直後、あーくんはガラスが砕けるように粉々に散った。

「何ッ!? あーくんッ!!」

 しかし砕け散った光の粒子はすぐさま集まり、一瞬のうちにあーくんは再構成された。

「ならば!」

 設定を転送に変更してふたたびあーくんに飲み込ませる。だがこれも、

 ――セキュリティ発動! 危険生物は転送できません。

 またもやあーくんは砕ける。どうやらあーくんを使っての無害化はできないようだ。

 そうこうしているうちに、敵の姿を見失う。

「どこだ? どこに行った?」

 360度見回すが、あのタコはどこにもいない。

「消えた? そんなバカな」

 まさか、上!?

 そう思い至って顔を天に向けた瞬間、足元に何かが張り付いた。

 視線を降ろしたときには既に、タコが足に絡みついて牙を覗かせていた。

 短剣を振り下ろしても間に合わない!

 瞬時に思いついた策を実行。

 足元にある倒した獣の死骸を、あーくんを使ってタコにぶつける。

 タコの牙は獣に突き刺さり、そこで止まる。その隙にニイトはタコの足を切り飛ばした。

 激しく身をよじらせながらタコは暴れて地面を転がる。ニイトはとどめを刺そうと短剣を突き立てたが、タコは水面に沈むように地面の中に潜っていった。

 僅かに遅れてニイトの剣が地面に突き刺さる。タコが消えた後の地面は既に固くなっていた。

「地面の中を泳げるのか!?」

 タコが消えた正体はこれのようだ。

 原理はわからない。魔法的な何かだろう。だが対策がわからない。

 どうする? 戦うか、逃げるか。まずは獣の死骸を回収しなければ。

 あーくんに回収を頼み、ニイトは足元を警戒する。

 すぐに、触腕が足元から生えてきた。

(きたっ!)

 すぐさまニイトは短剣を足元に振り下ろす。しかし、

「なっ!?」

 現れた触腕はもともと切断されていた。

 これは、さっき自分が斬り飛ばしたもの。おとり!?

 瞬間、背後から飛び出した本体がニイトの左腕に絡みつく。

 間一髪、牙の間に短剣を滑り込ませて噛み付かれるのは防いだ。しかし、そのままナイフを持ったてを巻き込みながら、両腕に絡まれてしまう。

(まずい! どうすれば! あーくんを使って引き剥がす? いや、このまま獣の売却を優先してから帰還で逃げるほうがいい)

 ニイトは自分が時間を稼ぐほうを選択した。

 両腕をひねる様に絡まれて、ニイトは地面に引き倒される。そのまま絡みつくタコと地面を這いまわり、致命傷だけは避けるようにもがき続ける。

(はやく! はやく!)

 たった数秒がやけに長い。危機感と焦りがそう感じさせるのだ。

 ――売却完了。

 詳しい情報など確認せずに、ただ事実だけを確認すると、ニイトは撤退する。

「――【帰還】ッ!」

 ――セキュリティ発動! 魔力融合を確認。帰還命令を破棄します。

「何だとっ!?」

 もういちど帰還と念じる。

 ――セキュリティ発動! 魔力融合を確認。帰還命令を破棄します。

「どうなってんだよッ!!」

 帰還ができない!? まさかの事態にニイトは動揺する。

 選択を誤った? いや、今はそんなことより脱出が最優先。

 なぜ帰還できないのか。魔力融合とは何か?

 そういえば、張り付かれた吸盤から血液が吸われているような妙な感覚がある。ひょっとして魔力を吸われているのか? なら、この吸盤をはがせば!

 しかし、吸盤の吸着力は非情に強力だった。加えて両腕に絡まれた状態では十全に力を出せない。

 ニイトが動けずにいると、敵は驚くべき行動に出た。

 頭を後ろに回して、自らの足を牙で切り落とした。

「何をっ!?」

 理解しがたい自傷行為の理由はすぐに判明する。

 切り落とされた一本の足が芋虫のように自力で這い回り、ニイトの右腕によじ登ると短剣の刃先を引き剥がし始めたのだ。

「こいつっ! 切り落としても動けるのかよっ!」

 徐々にニイトの手首は締め上げられ、ついに短剣がその手から離れた。

「くそぉおおおおおおおお!」

 阻むものがなくなり、タコは満を持して牙を突き立てるが、

「させるかっ!」

 ニイトは両の手首をひねり、その牙から逃れる。

 タコの頭を地面に押し付けて、捻じった触腕で口元を塞ぐ。

 寝技は上になったほうが有利。タコ相手でも通用するかはわからないが、本能に従うしかない。

 しかしタコはその柔らかい体の特性を生かして、にゅるりと体勢を整えてニイトのマウントを許さない。

 再びニイトは手首をひねって同じ体勢に持っていく。

 地面をぐるぐる転がりながら、お互いに有利な体制を奪い合う攻防が何度も繰り返された。

 体が回転する瞬間に視界の端に捉えたのは、本体から切り離された触腕が短剣を引きずって遠くへ運んでいる光景だった。

 聖剣がなければダメージを与えられない。これでニイトの勝ちはなくなった。

「くそがぁああああ!」

 あとは敗北の瞬間を引き伸ばすための無駄な足掻きを続けるしかない。

 こんなはずじゃなかった。どこで間違えた。現実が受け入れられない。

 後悔が波となって押し寄せてきて、心が折れそうになる。

 だが、はっと思い出す。ここで自分が死んだら、マーシャたちも全滅する。

 不条理な決断を拒否して、大見得を切って全員助けると約束した。

 ここで失敗したら立つ瀬がない。末代までの恥。

 ――俺はまだ、終わってない!!

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 気合を入れなおし、方策を考える。

 何かあるはずだ。

 視界に映ったのはあーくん。

 売却もダメ。転送もダメ。残っているのは……。

(――【購入】!!)

 ニイトの意志を汲んで、すぐさま購入リストが浮かぶ。

 手首を締められて青黒く変色し始めた手は、もう握力が限界に達していて時間がない。目に付いた一つを選ぶ。

「これでも食らえ!」

 即決で購入したそれをタコの口にねじ込んだ。

 ガリッと指を噛まれて、指先を削られて爪も砕かれる。

「ぐあぁああああっ!」

 熱した釘を突き刺されたような痛みが指先に走るが、どうにか引き抜く。

 ニイトの血の味を楽しむように口を動かしていたタコだったが、突然ビリビリと体を痙攣させた。

 ――ヒカリシビレダケ 1本 購入額……1万2250ポイント。

「俺が売った10倍の値段だと!? ふざけやがってぇえええええええええええええッ!!」

 思いっきり足元を見られた価格設定にニイトはぶちギレた。

 痺れて吸着力が弱まったタコの足を引き剥がす。

 一部強い吸着力が残った部分もあったが、怒りに任せて自分の皮膚ごと引きはがした。

 血がピシャっと宙を舞う。剃刀で削られたような激痛。文字通り皮膚の一部がベリッとはがれている。

 全ての怒りをぶつけるように、痺れたタコを思いっきり蹴り飛ばす。ダメージは与えられないとわかっていても蹴らずにはいられない。

 すぐさま聖剣の下へ走り寄って拾い上げる。本体から一定の距離が離れたためか、それとも痺れているからかはわからないが、触腕は動きを停止していた。

 本体に止めを刺してやろうと振り向いたが、直前に自分が蹴り飛ばしてしまったせいで行方がわからない。

「くそっ!」

 おさまりきらない怒りを抱えながら、ニイトは大きな目的の為に【帰還】した。


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