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異世界創世記  作者: ねこたつ
6章 幕間
138/164

6-9

 毎度お馴染みの【エリア連結】させたチート農地を作製したニイトが最初に取り組んだのは苗代なわしろ作りだ。

 苗代とは苗を専用に育てる為のミニ水田のようなものと考えるとわかりやすい。

 いきなり近代的なベルトコンベアー式苗作りなど無理なので、まずは昔ながらの苗作りを模倣する。

 農地の一画に苗代を作って、水を十分に吸わせて発芽を促した種籾を撒く。


「水の中に沈んじゃった。ちゃんと芽が出るのかしら?」

「大丈夫だよ」

「思ったより簡単だったニャ」

「単純に見えるだろ? でも苗半作とか苗八分作と呼ばれるくらい、苗作りはもっとも重要な工程なんだ。ここで米の出来が決まると言っても過言じゃない」

「それはそれはとても大事なの~」


 苗が育つまでの間にメインの水田を作り上げる。

 地面を40~50センチほど掘り起こして周囲に積み上げる。クワの性能が良いので、少女たちの小さなからだでもサクサクと掘り進めることができる。ニイトもあーくんの同時召喚でガリガリ土を削り取った。水を抜く穴を何箇所か確保して下地は出来上がり。

 肥料を加えて軽く耕した後、水を入れて代かき(しろかき)を行う。丁寧に土を砕いて平らにならしていく。


「結構きつい作業なのじゃ」


 ロリカ族長が腰に手を当てながら背中を伸ばす。


「今は人力だから大変だけど、動物に代かき機を引いてもらえるようになったら楽になるよ。

「ほほう。動物と一緒に農業をするのかや? それは興味深いのじゃ」


 農耕は人と動物の共同作業でもある。特に馬力のある馬は重宝され、土を耕すのはもちろんのこと、人の何倍もの荷物を運んだり、堆肥を作ったりと大活躍していた。人もまた馬を大切に育てた。裁断した藁草と米ぬかを混ぜた栄養のあるエサを用意したり、暑い夏場には毎日川辺に連れて行って水をかけてやったくらいだ。

 いつかキューブの水田でも人と動物が共存した光景を見たいものだ。


 苗が順調に育ったら、いよいよ田植えを行う。

 今日は時間の開いたアンナとオリヴィアにも手伝ってもらう。田植えは家族友人地域の住民全員で行うのが習わしだ。


「よーしみんな。一人三列ずつ一気に植えていくぞ」

「「「にゃ~!」」」


 一歩後ろに下がるごとに、正面と左右に三箇所ずつ植えていく。綺麗に直線状に植えることができれば、あとで草刈りが少し楽になる。もっともキューブでは他所から雑草の種が飛んでくることがないので、雑草に悩むことはほとんどない。むしろ雑草の方が珍しいレア植物だと勘違いされたほどだった。


「水が冷たくて気持ち良いの」

「足が泥に沈む感覚も面白い」

「ちょっと! 水がはねて顔にかかったわよっ」


 田植えはかなりの重労働なので、そのうち猫娘たちが楽な田植え方法を編み出すに違いないだろう。そうなればこうして全員で揃って一株ずつ植えることもなくなるかもしれない。大変な作業ではあるがこの経験ができるのはそう多くないはずだ。そう考えると、ただの重労働も感慨深いものに感じる。


「こうしてみんなで列をなして植えていくのって、なんだか楽しいですね」


 マーシャはニイトの考えていることを知らないはずだが、図らずも似たような感想を持ったようだ。これって以心伝心というやつか?


「そうだな。一つの畑にみんなで植えると、一族の一体感を再認識できると思わないか?俺の故郷では大変な田植えを地域の人たちがみんなで集まって一緒に行う風習があったんだ」

「農業を通して地域社会の調和を築いていたのですね! 大変優れた文化だと思います」


 マーシャがそう言えば、ロリカも続く。


「もしや、自然と対話をし調和に至るその過程こそが、人間の心を育む大切な儀式なのかもしれないのじゃ」


 そうかもしれない。かつての島国では、田植えがその一役を担っていたようだが、時代が進むとその光景はほとんどみられなくなった。それと比例するように共同体意識も薄れていったように思える。

 話しを聞いていたオリヴィアが感慨深げに呟く。


「田畑は農産物を生産するだけの場所ではなくて、人や自然と触れ合う場所というわけだな。興味深い風習だ。我の故郷にも取り入れてみたいものだ」

「うちんところは無理やな。せっかく植えてもすぐに虫が来て食い尽くしてまうわ」


 虫が支配するアンナの世界では、栄養豊富な農作物は優先的に狙われるだろうから、農業自体が不可能に近かった。


「せやから、農業ってうちにとったらめっちゃ新鮮なことなんよ。成長する野菜を見るだけで楽しくなんねん」


 ニイトは興味深げにその話しを聞いていた。文化や常識が違えばこそ認識できる境地もあるのだ。ある人にとってはただのきつい労働に過ぎない農作業が、別の人には新鮮で特別な経験に映る。面白い現象だ。

 何にせよ、田植えは滞りなく終わった。


 それから数日間は田んぼの水量を調節するくらいしか仕事がない落ち着いた日々が続く。

 稲の量に合わせてこまめに水量を変える必要があるが、それほど大変な仕事ではない。本来行うはずの除草作業も必要なかった。初めから雑草の種がなければ雑草が生えないのは道理。本来なら炎天下の下で稲の間を這い回るキツイ重労働なのだが、それをしなくて済むのはありがたい。


 稲穂が出てくる前に肥料を与えつつ、出水を楽しみに待つこと数日。ついに穂が現れた。

 稲は自家受粉する作物なので、虫がいなくても受粉できる。


 それから数日。ついに収穫のときが訪れた。

 たわわに実った稲穂は頭を深く垂れて、その豊作振りを表す。


「みゃ~、一面が金色に輝いている」

「一株に何十粒も実が付いてるニャ!」

「たくさんできたの~」


 確かに豊作だ。いや、豊作過ぎだ。

 稲穂は地面に届きそうなほど長く発達し、それぞれ100粒は優に超える数の実をつけている。しかも粒が大きい。ニイトの見慣れた感覚から言えば2倍~3倍はある。


 そして株の根元からはたくさんの分けつが起こり、50株くらいに増えている。通常は20株くらいがせいぜいで、それ以上に過剰分けつすると茎が細くなって倒伏しやすくなるものだが、そんなことはお構い無しに太く逞しく育っていた。

 さすがチート農業。ハンパない。


(ノア……、やりすぎだろ、コレ)

『だから米はチートだって言ったじゃない。ただでさえチートな作物をチート栽培したんだから、そりゃこうなるでしょ』

(……チートの大安売りに言葉がないわ)


 正直ここまで常軌を逸した大豊作になるとは考えていなかったので、ニイトは棒立ちのまましばらく動けなかった。

 しかし、これで終わりではなかった。


「ニイトさま、あそこに光る稲穂が見えますよ」


 マーシャに指摘されると、水田の中央付近に見たこともない金色に輝く稲穂があった。その株だけが自ら淡く発光して、稲穂の先端の一粒だけが黄金に輝く種籾になっていた。しかもその下には、赤や青や緑や黄色の色とりどりの米粒が同時になっていて、さらにヒエ・アワ・キビ・ソバ・小麦など、様々な穀物が一緒くたに生っているではないか。


「なんじゃこりゃぁあああ!?」


 常軌を逸したクリーチャープラントがうちの田んぼに堂々と居座っていた。

 株ごと掘り返してあーくんで【査定】してみると、


 ――黄金の稲穂(レア☆☆☆☆☆) 一株 査定額……88億ポイント。


(ヤバイのでたぁああああああああ!)


 レア5で88億。虹の実とほぼ同格の激レアアイテムと考えて良さそうだ。


 ――黄金の稲穂 あらゆる穀物・雑穀の元となった原初の植物。気候や土壌の品質、霊脈や魔力の流れなどの環境要因によって様々な穀物の実をつける。一度生った実はその品種として固定されるので、再び黄金の稲穂に戻ることはない。ただし金色の種籾だけは次回も黄金の稲穂として成長する。また突然変異によって先祖帰りすることが天文学的確率で存在する。


(ノアさんや、これはいったい何事でありますか?)

『……あたしにも理解不能よ。おそらく何らかのイレギュラー要因が重なって突然変異が起こったのでしょうね。にしても……』


 ノアはブツブツと独り言に耽る。


『…………はっ!? まさか、これを見越しての……ありえないわ……でもじゃあコイツが選ばれた意味は……システムの演算を超える未来予測……? 引きニートにそんなことできるわけ…………』


 自己診断プログラムのようにひとりでにログを流し続けるノアを置いといて、


「とりあえず収穫を始めよう」


 初めての米作りは空前の大豊作に見舞われたのであった。

 ちなみに種を撒いてからここまで、わずか一ヶ月の出来事である。

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