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異世界創世記  作者: ねこたつ
6章 最高の米を求めて
135/164

6-6


 アダムは顔をくしゃくしゃ歪めながら、動かない我が子を抱きしめる。


「おだが悪かっただ。もっと、おまんのことを見とってやれば……。一番大事なのは家族だっただ……。米なんかより、おまんの方が大事だったべさぁ……。こんなことになる前に気付いていれば……ぁぁあああぁ」


 小さな命は消え行く定めを逃れられない。

 しかしその運命を強引に捻じ曲げる力を、ニイトは持っていた。


「まだだ、諦めるな! マーシャ!」


 駆け寄ったマーシャが子供に手をかざす。


「――《治癒 ヒール》! ――《治癒》! ――《治癒》!」


 もはや能力が露見することなどお構いなしに、ありったけのヒールを重ねがけする。

 魔力の光が子供を包み、消える寸前だった命の輝きをすんでのところで繋ぎ止める。動く気配を見せなかった少年の指先が、ピクッと痙攣したように跳ねた。


「……とお、ちゃ、ん……」

「――ッ!? カイン!? そんなっ! い、生き返っただか!?」

「ごめん、とうちゃ……、おらが、ネズミ退治しながったから……、仲間がたくさんやって来ただよ。……おらぁ、悪い子だぁ。……みんなに迷惑かけてばっかりだぁ。何しても……とうちゃに……褒められながった。悔しかってん。おらみたいな子……、いないほうが良かったべ」

「バカもんが! そげなこと言うでねぇ! おまんはおだの大事な大事な家族ださ。おだ、ようやく分かっただよ。一番大事なんは、家族だ。おだが悪かった。おまんの気持ちを分がってやれなぐて、すまんかった。許じてぐれぇ」

「とおちゃ……」


 せきを切ったように二人は泣き出す。

 親子の情愛を邪魔して悪いが、ニイトは怒鳴る。


「感動するのは後だ。はやくその子を連れてこの場から離れろ」

「わ、わかっただ」

「マーシャはみんなの護衛を頼む」

「了解しました」


 これで心置きなく戦える。ニイトは巨大ネズミに向き直った。


「ずいぶん荒らしてくれたじゃないか。覚悟はできているんだろうな?」

「ヂューーーッチュッチュッチュ!」


 言葉が通じるかどうかはわからないが、ボスネズミは吊りあがった両目を愉快そうに歪めた。銀色に輝く体毛を揺らしながら、屈強なからだを屈めて突進する。


 ニイトは足元に落ちていた木の棒を蹴って飛ばす。ボスネズミは前足を振りかぶって飛来する木材を真っ二つに叩き折った。

 そして距離を縮めてから同じようにニイトに振り下ろす。


 ニイトは木製のクワでそれを受けた。

 ネズミの目が勝利を確信したように一層歪む。太さが同程度な木の棒を折れない道理はない。

 だが、予想に反してネズミの豪腕はクワの持ち手に防がれた。


 一瞬驚いたようなネズミの顔面に、クワの刃が食い込む。更に反対側から柄が叩きつけられて、防御が疎かになった腹に前蹴りが刺さる。


「魔力を込めた物体は通常よりも硬度が上がるんだよ」


 後ろにつんのめるボスネズミに、ニイトはクワを投げつけた。

 野生の反射神経が災いしたのか、ネズミは再び前足を振る。直前に弾かればかりなのに、同じ轍を踏もうとしていた。

 しかし、今度のクワは綺麗に真っ二つに折れた。

 解せない、といった面持ちで、ネズミはその光景を一瞬見続けた。しかしその刹那の視線固定が命取り。

 ネズミの眼球がニイトに向き直ったときには、既に杖を構えて発動を完成させていた。


 魔法の砲弾が、ネズミの胴を直撃。

 ドォン! と鈍い衝撃音が広がり、ネズミはたたらを踏んだ。腹まで覆われた銀の体毛からは蒸気が立ち昇り、衝撃の大きさを表している。

 ――が、


「あれ? おかしいな?」


 ニイトは思惑通りの攻撃が炸裂したにも関わらず、怪訝な顔をした。

 自分のからだから離れたクワがへし折られたのは想定済み。魔力の強度がどれだけ維持されるかの実験を兼ねていたのである。

 しかし、渾身の魔法を受けてもまだ立っていられるのは予想外だった。キューブの闘技場で測定したときは《魔法の矢》を超える数値を記録していただけに、ボスネズミの防御力は想定よりもかなり高いことが判明した。

 正直、これ以上の直接攻撃力を持つ魔法は、今のニイトにはない。


「マズイな。持久戦になる」


 ニイトの攻撃を耐え切ったことが逆に自信になったのか、ボスネズミは怯むことなく攻めかかる。

 左右から振り下ろされる爪が大気を切り裂き、風圧をまき散らせる。


 ニイトは前方に向けた杖先から防御壁を展開して、ネズミの連撃を防いだ。

 空気をおし固めた風の層は、発動速度こそ速いものの物理衝撃への耐久性は弱い。あくまで一時凌ぎの盾に過ぎない。


(ちっ、攻撃が重い)


 巨体を生かした殴打は体重が乗っていて見ため以上に破壊力がある。爪を伸ばせばそこに斬撃も加わるので、下手に避けようとすると危ない。

 更に巨大ネズミは頭を伸ばし、鋭い前歯で噛み付いてくる。


 遂に魔法壁が砕けて、魔力のりん粉が散る。しかし、その瞬簡にニイトも反撃。即時発動可能な《魔法の矢》を至近距離から顔面に叩き込む。


 ネズミはからだをひねってかわそうとするが、避けきれずに背中に被弾。しかし、


(やべっ!?)


 ネズミが背を向けたのは回避の為ではなかった。

 太いムチのようなしっぽで攻撃する為だった。

 至近距離からの横薙ぎ。回避は不可能。


 ――《物理障壁》《肉体強化》


 防御魔法を緊急発動して衝撃に備えるニイト。直撃の瞬間、自ら後ろに飛ぶことでダメージを緩和する。


(危っぶねー)


 なんとか事なきを得た。

 だが、気になるのは今見た敵の動き。どうにも不自然だった。

 確かめる必要がある。

 ニイトは距離を取ったまま射撃を繰り返す。

 巨大ネズミは避ける気配を見せずに直進。ならば、


「ペオー・エズ」


 短く合成ルーンを詠唱し、特殊効果を付与した魔法球を放つ。すると、


「ヂュゥゥ!?」


 片方の後ろ足が唐突に緩慢な動きになる。

 横転しそうになる巨体を、前足と残りの脚で支えながらバランスを取る。しかしすぐさま何事もなかったように普段の動きに戻る。


(回復が早い。なるほど、そういうことか)


 ニイトが放ったのは筋肉の動きを遅滞させる魔法。被弾すると通常なら2~3秒は被弾部位が麻痺したように動かなくなるが、ネズミは一瞬で回復した。

 魔法を避けようとしないことと合わせて考えれば、おそらく魔法を弱体化させる何らかの能力を持っているのだろう。


「種がわかったなら、対応できる」


 魔法が効きにくいなら、物理で攻めれば良い。

 ニイトは傍に落ちていた柄の長いスコップを拾うと、杖と一緒に握って構える。

 杖を持ったままだと握力が制限されて戦いにくいが、魔法を使い続けるためには手放せない。この不便さはどうにかならないものか。


 再び接近戦を始めた両者は激しく打ち合う。

 爪と前歯、そしてスコップの頭部がぶつかり合い、間断なく金属音と火花が散った。

 ニイトは槍のようにスコップを操り、突きを繰り返す。幅広の刃面のせいで速度は出ないが、代わりに広い防御範囲を得た。角度を調節すれば左右の殴打も伸ばした爪もカバーできる。90度ひねれば前歯も届かない。


 猛攻を防ぎきられたネズミはじれたように体を回転させて、しっぽの一撃を繰り出す。

 が、しかし、同じ攻撃は二度も通用しない。


「ヂュィィィィイイイイイイイイイ!!」


 絶叫するネズミと、千切れ飛んで宙を舞うしっぽ。


「戦闘中に背を向けたらそうなるだろう」


 視線が外れた瞬間にニイトの手に構えられていたノコギリ状の剣によって、ネズミの尾は斬り飛ばされたのだ。


 ――『擦火鋸刃』。

 キメラプラント討伐の際に活躍した、摩擦熱で斬り裂く剣だった。


 怒り狂ったボスネズミが飛び掛ってくるが、上空から降ってきたスコップの先端が背中に突き刺さる。


「怒りで周りが見えてなイッ!」


 さらにニイトは鋸刃を【転送】して長槌を取り出すと、バランスを崩したネズミの顔面に叩き込む。

 前歯が砕かれて、ネズミは宙を舞った。

 地面を何度か転がり、よろめきながら立ち上がる。

 鬼の形相でニイトを睨みつけ、金切り声をあげる。

 砕いたはずの前歯が、みるみる伸びて復元されていく。


「そういえば、げっ歯類って一生前歯が伸び続けるんだったか。それともネズミだけだったっけ? ま、どうでもいいか」


 既にニイトは間合いを把握していた。

 長槌を適切な長さに握りなおして振るう。


 一発。二発。三発。たて続けに有効打が入る。

 ネズミの攻撃は空をきり、姿勢が前傾したところにカウンター。

 噛み付こうとあごを引いった瞬間に、石突がのどを打つ。

 闇雲に振るわれた左右の連撃も、柄の中央を握って回転させた遠心力で弾く。そのままからだに密着させながら自身も回転し、流れるような動作で懐に潜って頭部に一撃。さらに反動を利用して足にも一撃。防御の隙間を縫って胴に一撃。肩に一撃。


 先手。先手。先手。全て先手。

 爪を伸ばしたネズミの前足がギリギリ届かない間合いから一方的に打撃を浴びせ、徐々にダメージが蓄積したネズミは目に見えて動きが悪くなった。


「魔法は軽減できても、物理は普通にダメージが入るようだな」


 もはや覆ることのないくらい戦局は傾いた。

 巨大ネズミの敗因は、攻撃のバリエーションが少ないことだった。

 いかに強靭な身体能力を持っていようとも、魔法ダメージを半減できる能力を持っていようとも、パターン化された攻撃しか持ち合わせていなければニイトの分析の餌食になるだけだ。低レベルのキャラクターでボスを撃破することは、引きこもりゲーマーの得意分野なのだから。

 もしもボスネズミに遠距離魔法攻撃でもあればまた違った結果になっただろうが、唯一攻撃に変化を付けられるしっぽを失った時点で勝敗は決していたのだ。

 それでも野生生物のプライドか、ボスネズミは逃げることをせずに戦いの中で果てることを選んだ。


「逃げてもいいんだぜ」

『笑止! 我ら反逆の徒は力こそが全て! 戦場で討ち果てるが本望!』

「――??」


 幻聴だろうか。ネズミの声が聞こえた気がした。

 だが、その表情は確かにその内容と一致する。狂気にも似た笑みを張り付かせて、己の散り際を誇っているようだった。


「ならばその願い、聞き届けよう」


 振り上げた長槌があごを打ち上げ、ネズミはよろめく。

 ニイトは最大まで長く持った柄を大きく振りかぶり、渾身の一撃を巨大ネズミの脳天に叩き込んだ。


『我らの魂は次なる器に移る。ゆえに何度でも蘇る。次こそその首、貰い受ける』


 そんな言葉が脳裏に響きながら、ボスネズミはピクリとも動かずにドサッと倒れた。

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