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三日後。
ニイトは台車に麦や豆を山ほど乗せて、アダムの村を訪れた。
「お、おまんさん! そいつは?」
「おおアダム、三日ぶりだな。これが約束の食料だよ」
麻袋から取り出した穀物を見て、アダムは目を丸くした。
「すげぇ立派な豆でねーか! おだの村で作ってるのよりも、断然大きいだ」
「どうだ、信じてくれたか?」
「もちろんだ。こんな立派なもん見せられたら、信じるしかねぇ」
「それは良かった。じゃあこれはお近づきの印に貰ってくれ」
「い、いいだべか!?」
「こんな重いもの、持って帰るのも面倒だしな」
集まった村人たちが一斉に沸いた。
「にいちゃ、気前よ過ぎだべ!」
「お嫁にして~」
「とおちゃも頑張れよ」
子供たちも喜んでいる。ここまで外堀を埋めたら、さすがにアダムも動かざるを得ないだろう。
「それじゃ、これが約束の米だべ。でも、本当にいいだべか? おだたちはこんなにたくさん貰っただに、おまんさんはこれっぽっちで」
アダムに渡された袋には両手で抱えてもこぼれ落ちるくらいの量の米が入っていた。赤米や黒米などの古代米も多く混ざったカラフルな米だ。これだけあれば十分に増やせるだろう。
「ああ、構わないよ。これがずっと欲しかったんだ。良い取引をありがとう」
さっそく持ち帰って新設した水田で育てたいところだが、まだやることがある。
「それじゃ、ネズミに襲われにくい倉庫を作ろう。せっかく食料が集まってもまた食われたら意味がないからな」
「おお、そだそだ。そいつを教えてくれる約束だったべさ」
「ああ。高床式倉庫っていうんだけど、今から教えるよ」
ニイトは猫娘に書いてもらった図面を取り出す。
「何だべさ、この薄いもんは? 模様が書かれているぞ?」
「紙って言うんだ。パピルスって植物の茎を薄く裂いて張り合わせたものだよ。よかったらそれも今度持ってこよう。先に今は説明だな」
ニイトは村人に図案を見せながら、概要を説明した。
「――なるほど。ってことはネズミってのは、せり出した床は登れねぇってことだな?」
「そう。そのネズミ返しが全方位に付いていて、しかも地面から離しているから風通しもよく、虫もわきにくくなるぞ」
「良いこと尽くめだべさ! だがよ、こげなでかい家は建てたことがねえ。太い木も必要みてえだし、おだたちには難しいべ」
「そう思って、道具も持ってきた。台車に乗せてあるから、手にとってみてくれ」
麦や豆と一緒に持参した虫製の木工道具に、アダムたちはまた驚く。
「こりゃ、何だべさ? 薄くて、硬い。石よりも硬いんでねえか?」
虫殻製の斧は切れ味も耐久性も抜群だ。重さも石斧より軽いので筋力が低くても扱いやすい。
口で説明するより実践したほうが早いので、ニイトは近場の木の幹を根元から切り倒して見せた。やや角度をつけて振りかぶるごとに木の根元は徐々に削られて、やがて倒壊する。
「おぉ!? なんちゅう便利な道具だ」
「これがあれば太い木も楽に倒せるだろ? さっそく調達しに行こうぜ」
歓声に沸く男衆を引き連れて、ニイトは森へやって来た。
ガンガン木を切り倒し、縄で縛ってみんなで引っ張る。
「ちょい待った。運ぶ前にコイツで枝を落としてやれ。その方が楽に運べる」
次にニイトは虫刃のノコギリを渡した。
「このギザギザしたのは何だべ?」
「こうやって、木の枝を楽に切り落とす道具だよ」
ニイトがギコギコと枝を落とせば、その圧倒的な速度と使い勝手の良さに再び男衆は沸いた。
「すげー! こんな道具があったなんて、こんなに楽な仕事は初めてだべさ」
「良い仕事ってのはさ、極限まで楽な手法を追求してできるんだよ。一番の働き者は、実のところ一番の怠け者と同じなのさ」
「働き者と怠け者が同じ?? ニイトはときどき難しいことを言うだな」
頭がこんがらがったようにアダムは目を寄せた。
木材は枝を落としたことでゴロゴロと地面を転がり、村まで短時間で運ばれていく。
あらかた材料が揃ったら加工を始める。表皮を剥ぎ、適切な長さに切り揃え、地上で組み立てられる部分の接合を済ませる。
「木材にこれを塗るといいよ」
「これは?」
「防水、防腐、防虫に効果がある汁だよ。どうせ作るなら長持ちしたほうがいいだろ?」
渋柿の実を砕いて絞り、ろ過した後に発酵させたもの。それに松煙などの顔料など数種類を混ぜたものだ。建材の防腐剤としてドニャーフ族が調合したものを取り寄せた。
「ニイトは本当にいろいろなことを知ってるだな」
男衆たちに尊敬の目を向けられて、ニイトは頬をかいた。しかしそのとき、あることに気付く。
「あれ? あの子はいないのか?」
先日アダムとケンカしたカインという少年の姿が見えない。
「カインなら、すねちまっただよ。おだの顔なんて見たくねぇって」
「そりゃ、残念だな。一緒に仕事ができたら楽しいのに」
力仕事は無理でも、樹皮を剥いだり防腐剤を塗ったりとできることはある。何よりみんなで一つの仕事に打ち込んで一体感と達成感を体験できないのはかわいそうだ。
「呼んでこようか」
「ほっとくべさ。アイツは頑固だから、言っても聞かねぇんだ」
しかたなく、ニイトは作業を再開した。
土地を平らに整備して敷石を用意したら、いよいよ脚の部分を組み立てる。大人数でロープを引っ張って建材を引き起こして建てていく。
「ふぅ~、何とか基礎は出来上がったな」
「この上にはネズミが登ってこれねえだか?」
「絶対じゃないけど、かなり難しくなったよ。今度はこの上に鳥や虫から守る倉庫を作るんだけど、もう日も暮れそうだ。続きは明日にしよう」
ニイトは現在魔法学院に通いつつ、週末や休みなどを利用してこの世界へ足を運んでいた。ちょうど今日明日は二連休だったので、このタイミングで大仕事を済ませておきたいところだ。
「明日はカインも一緒だといいな」
「……イブに相談してみるだ」
翌日、足場を組んで小屋の骨組みが完成した。大きな三角屋根で壁のない簡素な構造になった。大工経験の浅い村人らに複雑な建築は難しいので、このくらいが妥当なところだった。
あとは隙間なく屋根を敷き詰めていけば、一応完成である。
カインは結局その日も姿を見せなかった。けれどコレばかりは家庭の事情だし、ニイトにはどうにもできない。
休日も残り僅かなので、やむなくニイトは仕事を切り上げる。
「よし、重要な部分は終えたから、残った屋根の作業は自力でできるよな?」
「んだ。任せるだ」
「それじゃ、俺は一週間後くらいにまた来るから」
アダムらに別れを告げてニイトとマーシャは帰還する。
◇
「疲れたな、マーシャ。筋肉痛とか大丈夫?」
魔法をおおっぴらに使うことを避けたので、基本的に手作業での肉体労働となった。さすがに筋肉が悲鳴をあげ始める。
「少し張っていますけれど、大丈夫です。それよりわたしの願いを聞き入れて下さって、ありがとうございます」
「アダムを助けたことか? お米を入手するための取引だからお礼を言われるほどじゃないぞ」
「それでも、嬉しいです」
マーシャはピトッと寄り添ってくる。
そんなマーシャが愛おしくて、ニイトは珍しく積極性を見せる。
「そ、そうだ! 疲れを取る為にも、一緒に風呂に入ろうか?」
勇気を出して言ったが、やはり恥ずかしいし緊張する。だが今日は引かないと、勢いに身を委ねる。
「たしか疲労回復に効果がある入浴剤をキティが開発してたよな。あれを分けてもらおう」
はたしてマーシャの返答は。
「もちろん喜んで」
やりました。もはや約束された勝利です。
だが、ニイトが想定した以上の大勝となってしまう。
「……あっ、その」
「何だ?」
「良かったらマッサージをさせてください」
「そうだな、お願いするよ。俺もマーシャをマッサージしてあげよう。湯の中だと血行がよくなって効果が高いらしいぞ」
きゃっきゃうふふのちょっぴりエッチなラブラブ展開を脳裏に描いていたニイトだったが、自分以上に積極性を見せたマーシャの攻めに面食らう。
「はい♪ では子猫的なマッサージも頑張りますね」
こ、子猫的な、マッサージ――!? 何だその途轍もなくけしからん響きの言葉は!?
「イブさんに、殿方が喜ぶマッサージというものを教わりました。……初めてなので上手くできるかわかりませんが、頑張りますね」
「え、えぇ!? そ、それって……」
そういえば村ではマーシャとイブはたびたび仲良く話しこんでいたが、まさかそういう類の密談もしていたのだろうかと、ニイトは目を白黒させる。
「殿方はみんな子猫ニャんニャんが好きだと教わったのですが……違いましたか?」
「い、いや、間違っては、ない、ぞ?」
ああ、なんてことをだ……。
マッサージのし合いっこを約束した直後のことで断ることなんでできない。これは子猫的な方もお互いにし合うという展開になってしまう。
ごくり。
くっ……、マーシャ、やはりお前はいつも俺より一枚うわてか。
ニイトは風呂場への道すがらドキドキしっぱなしだった。




