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異世界創世記  作者: ねこたつ
6章 最高の米を求めて
132/164

6-3


 マーシャがカインの後を追うと、既に彼は母親の懐に顔を埋めていた。やや小柄で、長い黒髪を三つ編みにまとめた、優しそうな女性だ。


「あら? あなたは夫がお世話になったという旅人さんかしら?」

「マーシャと言います。夫ということは?」

「妻のイブです。木の実を集めに出ていましたので、ご挨拶が遅れてごめんなさいね。今さっき帰ったところですの」


 どうやら少年は大丈夫そうなので、マーシャは踵を返そうとするが、


「よろしかったら、少し世間話でもしませんか?」

「すみませんが、わたしはニイトさまのお傍にいませんと」

「たまには殿方同士の時間を与えるのも女の務めですわよ。それに良い事を教えて差し上げましょう。殿方がとても喜ばれることです」

「どのようなことでしょうか?」


 興味があったのでマーシャは足を止めた。

 しばらく立ち話をして、お互いのことを話し合う二人。女子同士なかなかに会話は弾んだ。わりとすぐに打ち解けることができるのが女の強みである。

 そのうち踏み込んだ質問がイブの口から出た。


「マーシャさんはニイトさんという方と将来を誓い合った仲なのですか?」

「はにゃっ!? は、はい。光栄にも、そのようなことに」

「でしたら、殿方に喜ばれるとっておきの技をお教え致しますわ」

「そのようなことが? 是非、お願いします」


 むふーっ、とやる気に満ちて猫耳を立てるマーシャだったが、耳に手を当てて小声で伝えられた秘儀を聞いて、恥ずかしさのあまり猫耳をペタンと閉じてしまった。


「はにゃっ!? は、はさむ……のですか?」

「ええ、そうですわよ。そのためにこのような形になっているのですわ。さらに、そのまま咥えて差し上げるのです」

「く、くわえるっ!?」

「ええ。舌使いで、尖端をねっとりと」

「にゃふぅ~~!!」


 いつの間にか泣きべそをかいていたカインがいなくなり、女二人だけになると家屋の裏に移って密談を深めた。


「女はどんなものでも武器にできるのですよ。たとえばマーシャさんは変わった耳をお持ちですね。それで尖端をパタパタとはたいて見なさい。殿方はとろけるように喜ぶはずですわ」

「そ、そんな、失礼ではないのですか!?」

「むしろ殿方はそうされるのを望んでいるのですわ。一度騙されたと思って実践してごらんなさい。たちまち子宝に恵まれますわよ」

「イブさんが仰るのなら……」


 マーシャは自分の知らない知識に瞳をぐるぐる回して混乱したが、これだけの大家族を築いたイブの言には説得力が満点だった。


「では頑張ってね。あなたも大家族を作るのよ」

「は、はい。貴重なお話をありがとうございました」


 マーシャはヨロヨロと危なっかしい足取りで、ニイトの元へ戻っていった。



     ◇



 一方ニイトとアダムは蔵の状況と米の残量を検分していた。

 米はネズミに荒らされていたが、今年畑に撒く分の種は余裕で確保できるだろう。しかし年間を通して食べる量はあきらかに足りていない。


「ネズミの被害が深刻そうだな」

「ほんどに困ったもんだ。このままじゃ今年は食料集めが大変だ。何度も遠出をしなきゃいけねぇだよ」


 するとニイトは名案を思いついた。うまくいけば蔵の見張りからも解放されるかもしれない。


「ネズミに襲われにくくなる良い方法を教えようか?」

「本当か? そんなごとがあるだか!?」

「かなり大掛かりな作業になるから、何日もかかるけど、上手くいけば長時間の見張り仕事もしなくて良くなるかもしれない」

「そんな方法があるだか!? だのむ! おだたちの村を助けてくれ!」


 アダムはニイトの胸に抱きつくような格好で懇願する。いちいちリアクションが大きい男だ。


「ただ、一つだけ条件があるんだ」

「何だべ?」

「……米を、少し分けてもらいたい」

「そ、そでは……」


 さすがにアダムは迷う。食糧事情が厳しい現状からさらに米を分けるのは抵抗が大きい。


「もちろん、アダムたちが飢えないように配慮する。分けてもらった米の量に対して、麦や豆でよければ5倍でも10倍も渡そう。なんだったら、今年一年アダムの村から餓死者が一人も出ないように食料を供給し続けても構わない」

「そ、そんなことがっ!? お、おまんさん、いったい何者なんだべさ!」


 話がでかくなりすぎたことが、逆にアダムに警戒心を持たせてしまったようだ。


「俺も小さな村の村長をやっているんだよ。それで去年は豊作だったのさ。まあ、いきなりこんなことを言われても信じられないのは当然だよな。だからまず、俺が一度故郷に戻って余ってる食料を持って来るよ。それを見たらこの話しを考えてみてくれないか?」

「わ、わかっただ」


 半信半疑といったところか。まあ、完全に拒絶されなければ大丈夫だろう。





 しばらくしてマーシャが戻ってくる。


「マーシャ、どうしたんだ? 酔っ払ったみたいに顔が真っ赤だが」

「はにゃっ! な、何でもないですにゃぁ……。その……、ニイトさまははさむのと咥えるのと、どちらがお好きなのでしょうか……?」

「何の話?」

「い、いえっ! 何でもないですっ。にゃうぅ……」


 赤面するマーシャの態度が腑に落ちなかったが、ニイトはそのまま帰還した。

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