6-2
「へぇ~、ここがアダムさんの村ですか。のどかで素朴ないい村ですね」
「んだべ? おだの自慢の村だ」
海へ流れる川沿いの低地を切り開いたような場所にアダムの村はあった。近くには山肌があり、河川の水量も豊富だ。水場の近くで見晴らしも良いなかなかの地形だった。
切り倒した生木をそのまま支柱にした簡素な家。屋根は植物の葉を敷き詰めたもので、壁はない。その屋根の下に20~30人近くの村人らが集まっていた。子供が多く、年寄りは見かけない。細長い植物の葉を編む女性や、木製の農具を研いで手入れをする男。子供たちはよだれを垂らしながら土器の中でぐつぐつ煮える食べ物を凝視していた。
まだやや肌寒さの残る季節ゆえ、火の周囲に人が集まりやすい。
「冬はどうやって越えたんだ?」
「毛皮を着込んで、土の家に閉じこもるだよ。中は冬でも暖けーんだ」
「なるほど」
文化レベルは原始時代に近そうだ。石器と土器を使いこなし、服は植物の茎を編んだものが中心で動物の毛皮も散見される。
「あっ、とうちゃんだ! みんな、とうちゃんが帰ってきたぞ」
「おかえりとうちゃん。大っきい獲物は取れただか?」
子供たちがアダムに群がってくる。まだ幼いゆえに毛は薄いが、これがあと数年もしたらアダムみたくクマのように毛深くなるのだろうか。
「おぉ、おまんら、会いたがったぞぉ~! 獲物は獲れんがったけど、種をいっぱい手に入れてきたぞ!」
「「「おぉー!」」」
子供たちの賞賛の眼差しを浴びてヘブン状態に浸るアダム。
その種はニイトが譲ったものだが、子供たちの前で良い格好をしたい親心がわからないでもないし、黙っていることにした。
「ああ、見てください、ニイトさま。素晴らしい光景です。子供たちがあんなにたくさん」
「そうだな。人口だけで言えば俺たちよりも多いかもしれない」
ドニャーフは全員合わせても20人。あらゆる技術が発展したが人口だけは増えることがまだない。もっとも猫耳幼女だらけの村でポンポン人口が増えるのもそれはそれで別種の問題がありそうではあるが。
「可愛ぇえだろ? みんな、おだの子たちだ」
「え? 孫じゃなくて、子供なの?」
「んだんだ」
「作りすぎじゃね? 食料足りるのかよ」
「……だって、寂しかったんだもん」
お茶目に言うが、ちゃんと育てる計画なしに作りすぎたら後が大変になるだけだと思うぞ。がしかし、
「子沢山! 素晴らしいです! ニイトさまもそろそろ子猫のほうを……」
マーシャは両目をパチパチさせながら上目遣い。
可愛い。反則的に可愛い。
生活も安定してきたし、そろそろ性活も充実させてよい頃合かもしれない。そう考えると下腹部がむずむずしてくるニイトだった。
「我が子たちよ。こちらはニイトとマーシャと言うだ。おだのことを助けてくれた恩人だべさ」
「おお! とおちゃんを助けてくれて、ありがとう!」
「ありがと、にいちゃ」
「一緒に遊ぼう」
子供たちに詰め寄られて、ニイトの頬は緩む。
純粋で、目がキラキラしてて、悪いことなんて考えもしないような無邪気な笑顔を見ていると、子供って良いなと思う。
「よし、じゃあ一緒に遊ぶか」
「「「わーい!」」」
しばらく一緒にあそんだ。鬼ごっこのように捕まえた子供を上空に放り投げて、怪我をしないようにキャッチして地面に下ろす。
ただそれだけのことなのに、子供たちはキャッキャと笑い声を上げながら楽しげに走り回る。スマホもゲームも漫画もなくても、ただ一緒にいて笑い合うだけで喜びって沸きあがるものなんだな。
しばらく子供と一緒に駆け回って一休みすると、マーシャが小声で呟く。
「こ・ね・こ♪」
このタイミングでそれはずるいぞ。ニイトはちょっとその気になっちゃっているのである。
マーシャの額に軽くキスをしながら、
「と、とりあえず、畑も見てみたいな」
煩悩を振り払うように言った。
「ええど。村のすぐ隣だ」
簡易な柵に囲まれた畑地では、既に数人の村人たちが耕し始めていた。少年と青年の間くらいの年頃の男の子たちが多い。
「あれ? ここで米を作ってるんだよな?」
「んだ」
「田んぼじゃないのか?」
「田んぼって、何だべさ?」
聞けば稲を陸地で育てているのだとか。米作りと言えば水田をイメージするニイトは面食らうが、そういえば陸稲というものも存在することを思い出す。
「水田が作れない場所では畑に植えるところもあったな。ただ、除草が大変で連作障害が出やすいはずだったけど」
「ニイトは難しい言葉を使うだな。おだにはわがんねぇ」
「年々収穫できる米が少なくなったり、米粒が小さくなったりしてないか?」
「おぉ! んだら、ニイトの言った通りだべさ。だんだん米が悪ぐなってきて困ってただよ」
あちゃー、遅かったか。
「それが連作障害だよ。同じ土地で何年も続けて作付けすると、土地の栄養が足りなくなってそうなっちゃうんだよ。今年は別の場所に植えたほうがいいぞ」
「そうだっただか! そりゃ言いことを聞いたべ。ニイトは役立つことを知ってるだな」
大体の状況はわかった。あとは肝心の米を確認したい。
「お米を見せてもらってもいいか?」
「ええど。蔵についてくるべ」
土蔵に着くと、アダムは驚いたように声を上げた。
「あれ? 見張りが立ってねーだ」
アダムが慌てて蔵の戸を開けた瞬間にネズミが飛び出してきた。
「こらっ、ネズミめ! またおだたちの米を食い漁っただな!」
ネズミを踏み潰そうとしたアダムだったが、素早い動きに翻弄されて足裏を地面に打っただけだった。
「痛だっ!」
ネズミは逃し、足は痛い。踏んだり蹴ったりだった。
「米は! 米は無事だか?」
急いで米の安否を確認する。
植物を編んだずた袋はネズミに齧られて穴が空き、沢山の米粒が散乱していた。
「ぁあぁ、まただよ! またやられちまっただよ」
また残りの米が少なくなり、アダムは頭をかきむしった。
そのとき、一人の子供が顔を青くして近づいてくる。
「父ちゃ……」
「コラっ、カイン! また米の見張り当番をサボっただか! こんの、バカものっ!」
ゲンコツを見舞われてカインは泣きべそをかいた。
「おいおいアダム。子供に手を上げるのは良くないぞ」
「おだだって、こげなことしただない。んでもカインは今日が初めてでねぇ。何度も何度も見張りさサボって、ネズミに米さ食われちまっただよ。今日はガツンと言わんにゃならねぇべ」
アダムにも正当な言い分はあるようだ。しかしまだからだの出来上がってない子供を殴るのは手加減をしたとしても褒められたものじゃない。
「米さなくなったら、みんな飢えちまう。ここを守るんは大事な仕事だべ。おまんもおだの家族なら、みんなと交代でしねーといけねーべ」
「けんど、じっと見張ってるだけなんて退屈なんだぎゃ。こげなことしたくねーべさ。食いもんは他にもあるだ。米なんてみんなネズミに食われちまえばいいべさ!」
「おまんっ! 何てバチ当たりなこと言うべさ!」
再びゲンコツを振るうアダム。
「うわぁああん! 父ちゃんはおらより米のほうが大事なんだべ! 父ちゃんなんて、大っ嫌いだべさぁあああ!」
カインと呼ばれた少年は大泣きして走り去った。
「あーあーぁ、だから殴るなってば! 怒り方ってものがあるだろっ」
「でもよぉ、アイツが言っちゃいけねぇこと言ったからだべさ」
「ニイトさま、あの子はわたしが」
マーシャがカインの後を追ったので、ニイトはアダムをなだめるのに専念した。
「まあまあ、落ち着こうぜ。アダムの言ってることは正しいと思うよ。家族だから仕事は交代で、負担も平等にしようってことだよな」
「んだ。おだは間違ったことは言ってねぇだよ」
「その点に関して反論はないよ。ただ、言い方というか伝え方はもう少し穏やかにするべきだと思うぞ。まだからだの小さい子が相手なんだ。大人の基準を当てはめるのは少し酷じゃないか?」
「んなことはねーべさ。他ん子らはみんなちゃんと仕事してるだよ。アイツだけいっつもサボるんだべさ。今のうちにしっかり叱ってやらねぇど、アイツだけ悪い子になっちまうだよ」
「そ、それは、まぁ……」
理は立っているので、反論はできない。
そもそも他人の家庭の教育方針にに口を出すわけにもいかないし、ニイトは困った。子育ての経験なんてないし、自分には荷が重い。
「わかったよ。アダムの言い分もわかるから、せめてゲンコツはやめてやれ。お尻ペンペンくらいにしてやろうぜ」
「まぁ、おまんが言うなら……」
アダムは渋々うなずいた。
子育てって大変だ。




