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異世界創世記  作者: ねこたつ
1章 猫耳少女を救え
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1-12

 キューブに戻ったニイトは、ゲートをじっと見つめたまま静かに指示する。

「闇の使徒の近くまでゲートを移動してくれ」

『……戦うつもりなのね?』

「ああ」

『ならできないわ』

「どうしてだよ!」

『言わずともわかるでしょ。危険すぎるもの。あんたが死ねば誰も助からないし、このキューブもポイントが底をついて消滅するわ。そんなリスクを犯せるはずがない』

「そんなことは……わかっている。でも、行かなきゃならないんだ!」

『わかってないわよっ! あんたはこの世界の鍵なの! 決して代えの効かない唯一の存在なの。失うわけにはいかないわ』

「でも、彼女たちは俺にしか救えない」

『自惚れないでちょうだい。ヒーローにでもなったつもりなの? あんたの歩んできた人生を思い返して見なさいよ。ただの引きニートでしょうが。そんな人間に世界を救えるはずがない』

 ニイトは奥歯をギリッと噛んだ。

 この胸の中で渦巻く感情は後悔と怒り。情熱も信念もなくただ惰眠をむさぼっていただけの自分。そのせいでいざ危機が訪れたときに何ら力を発揮できない無能な自分。

 ノアの言うとおりだ。引きニートが格好つけてヒーローになろうだなんてむしが良すぎる。あまりにみっともない姿に嫌気が差す。癇癪を起こして暴れたくなる。

 でも、それじゃ何も変わらない。ニイトは握り締めた拳の力を抜き、

「……俺さ、あんなに真剣に生きようとしている人たちを初めて見たんだ。正直ショックだったよ。人間なんてどうせいつか死ぬんだし、生きている間に何をしようと結局時間が経てば消えてなくなるから虚しいだけだと思ってた。築いた財産も手に入れた土地も、自分が死んだ後は他人に取られるだけで無意味だと思っていた。でもさ、あの子たちの目に灯る光を見ていたら、今までの俺が間違っていたかもしれないと思ったんだよ」

 ノアは何も言わずにニイトの言葉を聞いていた。

「生きることってさ、俺が考えているよりもずっと単純なことだったのかもしれない。ただ生きているだけで意味があるのかもしれない。自然も文明も全て滅んだような世界で生き延びたことって、それだけで途轍もない奇跡だろ? 何でもできる環境で何もしなかった俺とは違い、彼女たちは何も選択肢がない世界で『生きる』というたった一つの決断を貫いたんだ。そこには天と地ほどの差がある。――生かされるべきは、俺ではなく彼女たちだと思う。俺はそのために、この無駄に生きながらえた命を使いたいんだ。だって彼女たち一人の命は、あの世界に存在した全ての人たちの命と等価なんだぜ。一人だって失うわけにはいかないだろ」

 ニイトは真剣な目で黒い石版を射抜いた。その目に浮かんでいたのは、自分を正当化する濁りではなく、澄んだ決意だけだった。

『あなたの考えは良くわかったわ。とても立派な考えだと思う。でもそれはあの子たちの願いではないでしょ? 今のあんたには全員を移住させられるだけのポイントはない。ここであなたが理想を追い求めて全滅したらどうするの? それこそあの世界の人類に申し訳が立たないんじゃないの?』

「それは……」

 反論が見当たらない。

『いいこと、良く聞いて。決断っていうのはね、往々にして納得のいかないことばかりなの。もしもある人の腕が病に侵されて、このままでは全身に回って死ぬという状況があったとする。その人には二つしか選択肢はないわ。腕を切り落として生き延びるが、放置して死ぬか。奇跡が起こって完治するような夢物語を望んだ人は、時間切れで死ぬわ。決断というのは、被害を最小限にとどめるために苦痛を受け入れることなの。あなたがするべきことは、賢い決断をすることよ。もう一度考えてみて』

 筋は通っていた。反論の余地がないほどに正しいと思った。

 けど、それでも……

「俺は、行くよ」

『どうして!? その選択は誤っているわ! 確実で安全な道を放棄して危険極まりない荒野に飛び込むなんて狂気の沙汰としか思えない。賢い決断をするべきよ!』

「ノア……、その答えは俺ではなく、お前自身が知っているはずだ」

『……何を言ってるの?』

「もしもノアの言うとおり、ドニャーフ族の半数を見捨てる決断が正しいとすれば、それをできる人間をノアのマスターに選ぶはずだった。だが、お前は、ノアは、それをしなかった」

『…………』

 今度はノアが沈黙する番だ。

「ノアが選んだのは、俺だ。選ばれたのは、俺だ。ならばこの俺がする決断が、ノア自身の選択ということになる。ノアシステムは俺より遥かに優れた知性なんだろ? ならば、信じろよ、俺を。いや、俺を選んだお前自身を」

『……ノアには信じるというプロセスは存在しないわ。確率計算によって最適解を導き出すだけ』

「なら、お前が信じろよ?」

『あたし?』

「そうだ、俺の選択によって生み出された擬似人格のお前だよ。ノアの本体システムができないなら、お前がすればいい」

『……………………』

 長い沈黙だった。しかし石柱の表面を流れる光の動きがかつてないほど高速回転している。

『結論が出たわ。エラーよ。回答不可と判断されたわ』

「ならば、お前が決断するまで、俺はここから一歩も動かない。あの世界が滅びようと、彼女たちが全滅しようと、俺自身が餓死しようと、ポイントがゼロになってキューブが消滅しようと、俺は一歩もこの場から動かない。この条件でもう一度確率計算をしてみろよ」

『む、無茶苦茶よ!』

「引きニートを甘く見るなよ? 何もしないことに関しては右に出るものはいないからな! このままずっと死ぬまで怠惰に時間を浪費することなど、学校やハローワークに通うことよりも簡単なんだよ」

『なんて男……』

「ついでに一ついいことを教えてやろう。決断とは往々にして納得のいかないことばかりだ。被害を最小限にとどめるためにリスクを受け入れなければ、時間切れになっちまうぞ。賢い選択をするのはノアの得意分野だろう?」

 石版全体を覆う回路を流れる光が残像を残すほどに行き来し、もはや石版自体が発光しだすほどだった。

 そして唐突に電源がショートしたように一瞬光が消えて沈黙。

「あ、あれ? ノア?」

 しかしすぐに再起動を果たしたコンピューターのように、石版の表面を緩やかな光が流れる。

『わかったわ。あんたの決断を飲むわ』

「もう……反対しないのか?」

『だって、あんた本気なんでしょ?』

 ニイトが力強く頷いて考えを改める気がないと振舞えば、ノアは溜め息混じりに従った。

『本当はやめて欲しいけど、あたしの役目はあんたがしたいことをサポートすることなの。あんたが決意を変えない以上、あたしは従うしかないわ。それに、ノアシステム本体も決定を放棄したから、たとえ止めたくても誰もあんたを止められないわ』

「……ごめん」

『謝らないでよ。そこは「黙って俺について来い!」くらいガツンと言えないのかしら』

「そ、そうだな。ノアも危険に晒してしまうけど、必ず全員を助けるから」

『当然よ! 生還率は五分五分だけど、絶対に失敗は許されないんだからねっ!』

「当然だ。それに危なくなったら【帰還】を使えばいいだろ?」

『それを込みでの五分五分よ』

 マジか……。でも、50%あるなら十分に希望がある。

 勝つしかないんだ。人生初の大博打に。

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