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異世界創世記  作者: ねこたつ
5章 幕間
128/164

5-33

 オリカはドニャーフで一番服飾への興味が強い少女であった。

 彼女を一言で表すならば、――普通。

 身長は平均的。顔立ちも平均的。サバ色の髪も良くあるタイプで別段特別なものではない。つまり目立つ部分が見当たらないのだった。


 そんなオリカは何か一つ目立った個性が欲しくて口調を上品にした。語尾に「~ですの」と付ければ多少凛とした雰囲気になり他の子とは差別化できた。お嬢様っぽいモモとは若干キャラが被るが……。

 でもそれだけじゃ足りなかった。自分だけの個性が欲しい。


 そんなときにニイトに出会い、服飾という可能性を知った。

 色、デザイン、材質と、あらゆる要素に数え切れないほどの選択肢があり、それらを組み合わせて作る衣服の可能性は無限大。


 しかも人によっては似合わないデザインというものもある。男勝りのメイちゃんにはお嬢様っぽい服は合わないし、逆にお嬢様っぽいモモさんにはボーイッシュな格好は似合わない。

 そんな中、中間的で平均的なオリカはどのような服を着ても違和感がなかった。むしろ着込んだ服の柄やデザインによって自分の印象もガラリと変わった。


 着る服の種類によって、どんな自分にでもなれる。


 ――これだ! と思った。服こそが自分の魅力を最大限に引き出してくれる。地味で平凡な自分にきらめくような色取りを与えてくれる。むしろ平均的な容姿だからこそどんな服ともケンカしない。


 そう考えると短所でしかないと思われた自分の外面がむしろ長所のように感じられた。

 気が付けばオリカは服作りのとりこになっていたのだった。




 ある日オリカは作りたての服を着てニイトに会いに行った。


「ニイトさま、見てくださいのっ」

「おおっ、鮮やかな色の服だね、似合うよ。もうそんな綺麗な染物ができるようになったんだ」


 ニイトさまに褒められると顔が熱くなる。

 オリカは照れながら様々な色に染色された糸の束と、それらで織った布生地を見せた。


「すごいじゃないか、もうこんなに沢山の色ができたのか」

「ニイトさまにたくさん素材を頂いたので。それとオリヴィアさんにも助言を貰いましたの」

「どんな助言をもらったんだ?」

「柿渋に染めると防虫効果や防水効果が付くそうです。それと太陽に当てると繊維の強度が増すみたいですの」

「あの渋い液体にそんな効果があるなんて知らなかったな」


 ドニャーフ族の中で最も衣服作りに執心なオリカは染物の技術をも発展させていた。

 以前は無色の糸で編んだ服を草木の絞り汁に付けて染色していたのだが、それだと単色にしか着色できなかった。


 よりオシャレな生地を作ろうと苦心したオリカが最初に始めたのは、布地を丸めて縛ってから染色することだった。

 縛ることで染める部分と染めない部分を作ることで模様を描くことには成功した。しかしより多彩な模様を作るためには布地にする前の糸の状態で染色する必要があった。そこで主に植物から抽出できる染料を使って、様々な色に染め上げた糸を作ったわけだ。


「この黄色い糸は別の素材を使っているのか?」

「はいです。こちらのは紅花の花弁の黄色を使ったもので、こっちはキハダの樹皮使ったものですの。同じ黄色でもこんなに色合いが違うんですのよ」


 赤根の赤、紫根の紫、ヨモギの茎葉で出した緑など、様々な色がある。


「おっ、この色いいな!」


 ニイトが見つけたのは真っ黒な糸だった。あまり光を反射しているようにも見えないし、落ち着いた印象がある。


「この黒は結構自信作ですの。ニイトさまから頂いた魔法繊維というものをベースに染色してみました。強度もあって水も弾きます。少し硬いですが、手触りも悪くありませんの」

「中々良さそうな生地だな。魔力の成長を助ける効果のある魔法繊維だったから、これで織った服を着るとそれだけで僅かながら魔法が成長するだろう。良かったらこれで一着俺の服を仕立ててもらえないか?」


 思わぬチャンスに、オリカは猫耳を屹立させた。


「ぜひっ、オリカにやらせてください。服作りには一番自信がありますの」


 こうしてオリカに大仕事が回ってきた。


「で、では、からだのサイズを測らせてもらいますの」


 採寸のために、オリカの部屋にニイトを招いた。

 オリカの自室にはボビンのような円形の筒に巻きつけられた複数種類の糸が、木製の戸棚に綺麗に整頓されて収納されていた。


「綺麗な部屋だな。こんなにたくさん糸がある」

「これで全部ではありませんのよ」


 毎日日課のように糸を紡いでいたので、既に棚に入りきらないほどの量になった残りはニイトに与えられた1ヘクタールの領地に倉庫を建てて保管している。ちなみ近い将来倉庫に隣接する織物工場を建てる計画も進行中。


「どのような服にしましょうか?」

「ロングコートっぽい感じのローブを頼む」


 ニイトはキューブの機能を使って、光のホログラムで要望するデザインを空中に映し出す。


「ふむふむ。縦に長い感じで、ぴっちりしてるんですね。細いズボンも必要のようです」

「かなり激しく動くから、強度と柔軟性を高めて欲しい」

「できる限り要望に応えられるように努力しますの。では、サイズを測らせて頂きますね」


 ロープで作った巻尺を手に、オリカは両腕をめいいっぱい伸ばしてニイトの採寸を始める。


「腕が届かなそうだね。巻尺の端を持っていようか」

「すみませんが、お願いしますの。女の子と違って、ニイトさまはからだが大きいので届かない場所ができてしまいます」


 両腕を広げてニイトさまのからだに近づく。オリカの鼓動が高鳴る。こんなに密着したのはご褒美のしっぽシコシコのときくらいなものだ。

 そのときのことを思い出し、胴回りを測っているときにオリカは赤面を押えられなかった。


「顔が赤いよ?」

「ひゃぃ! すみません。抱きつくような格好になってしまったので……」

「気にしないでいいよ。落ち着いてゆっくり測って」

「ゆ、ゆっくりっ!? そ、それじゃ……」


 何という役得。

 本当にゆっくり測りだす。できるだけ採寸時間を長引かせるように、ゆっくりと。しかし時間が長引くほどに緊張も高鳴り、ちょっぴり呼吸が苦しくなる。


「どうだ、測れたか?」

「胸囲、184センチ……」

「俺ってそんなに太ってたか?」

「ひゃっ! ごめんなさい、巻尺が引っかかっていましたのっ」


 あたあたしながらも、何とか採寸を終えた。顔が熱すぎる。


「そうだ、服のデザインなんだけどさ、こんな感じでできる?」

「どのような?」


 いまだ顔に熱が残ったままのオリカに、ニイトは要望を伝える。


「――エリを少し立ててスリムな出来上がりになりますね。わかりました、やってみます」

「楽しみに待っているよ」





 オリカの服作りが始まった。ニイトが普段身に纏う服を作ると言う大変名誉な仕事だ。失敗は許されない。

 幸い素材とデザインは決まっているので、後は仕立てるだけとなる。


 しかし普通に仕立てただけでは面白みがない。ニイトさまが驚くような仕掛けが欲しい。

 考えながら黒い糸で機織りをしていると、


「あっ、いけないですの」


 髪の毛の一本が誤って機織り機に巻き込まれてしまった。黒い繊維の間に混ざりこんだ自分の髪の毛。色的には目立たないが、完成品の質を落とすわけにもいかず慎重に抜く。


 いや、待てよ。

 このまま残しておけば、自分の髪の毛が常にニイトさまと一緒にいられる……。なんて幸せな抜け毛。

 ごくりと、オリカは喉を鳴らす。そしてハッと気付く。


「もしも、しっぽの毛だったら……」


 自分のしっぽの毛が常にニイトさまと密着し続ける。それはとてもエッチなことに思われた。


「は、破廉恥ですのっ!」


 考えを払拭するように、オリカは首を振った。でも、やってみたい。ニイトさまはしっぽに対してあまり性的に見ていないらしい。むしろ可愛いと思っているらしいとか。

 ならば、やってもいいんじゃないだろうか。しかし、恥ずかしい。それに勇気がもてない。


「じゃあ、いっそのこと、みんなで……これニャっ!」


 ひらめいたオリカはさっそくみんなの元へ駆ける。





「ジェシカ、留め金はできましたの?」

「おうっ、ちょうど今終わったところさ」


 ジェシカに頼んでいたのは服の着脱を容易にする留め金作り。ニイトがボタンと読んでいた代物だ。


「丈夫だし、いい感じですの」

「当たり前さ。ニイトさまの服に使われるんだからな。おいらの本気を詰め込んださ」


 ニイトさまへの品はそれぞれが持てる最高の品質でなければならない。当然と言えば当然だが、ドニャーフたちの暗黙の了解だった。


「それで、ちょっと相談があるのですけど……」


 口元に手を当てながら、オリカはヒソヒソとジェシカの猫耳に小声で伝える。


「なっ!? そ、それはっ! そんなことをして良いのかっ!?」


 ジェシカは顔から湯気を出しながら困惑した。


「もしもニイトさまのお許しが出たらですけど」

「――ふしゅぅ~~」


 ジェシカは沸騰しながら首を縦に揺らした。


「では、しっぽの毛を少しすきますの」





 そうして各面々を回って作戦を伝えるオリカ。


「そ、そんなっ! 破廉恥ですわっ」

「わかりました。モモさんはパスということで」

「お、おお、お待ちになって! みなさんが協力しているのに、わたくしだけしないのはよろしくありませんわね。本当は恥ずかしいから嫌ですけど、ニイトさまのためなら致し方ありませんわ」

「無理には言いませんの。協力できる人だけで」

「いいから、早くお持ちになってくださいませっ」


 モモはしっぽを指ですいて数本の毛を抜き取ると、きつく目を閉じたままオリカに押し付けた。





「エリン、ちょっと良いですの?」

「何?」

「――ごにょごにょ」

「ひゃぅっ! そ、そそそ、そんなっ! ニイトさまの服の首元にしっぽの毛をだなんてっ……。そんなのダメですっ。恥ずかしすぎますっ。匂いとかを嗅がれてしまうじゃないですかっ」

「みんな協力してくれたけど、無理には言いませんの」

「――かぁああああああ! に、ニイトさまに喜んで頂けるなら……」


 エリンも羞恥に染まりながらしっぽの毛を提供した。

 そんなこんなで無事に全員分のしっぽ毛があつまった。




 それから数日後、依頼した服が完成した。

 それを目にした瞬間、ニイトの顔が輝く。


「おお! いいじゃないか!」


 黒のトレンチコート風の魔道ローブ。前面は布地が重なるようになっていて、複数のボタンで留めるようになっている。襟が高く立っていて、もこもこした柔らかい毛が首を暖める。


「この襟の毛ってひょっとして――」


 オリカはビクッと背筋を伸ばしたが、平静を装って用意しておいた口上を述べる。


「はい。みんなのしっぽの抜け毛を集めたものですの。少々気温の低い場所で着るものだと聞き及んでいましたので、保温性の高いドニャーフの毛を利用しました。着脱可能なので、洗うときも便利です」


 ニイトは自然な笑顔になり、


「どうりでふわふわで心地よい手触りだと思った。常にみんなと一緒にいるような心地がして、物理的な温度とは別に暖かさを感じるよ」


 ――通りましたの! オリカは胸の中でガッツポーズを握る。


 ニイトは満足気に収納可能なフードの状態を確かめている。


「フードを被れば立派な魔道士。フードを収納すれば立派な中二魔道士。あとは指貫グローブ型の皮手袋と眼帯とマスクがあれば……」


 ときどき聞きなれない単語が出てきてオリカには理解できない。

 ニイトの脳内では、『これで派手な髪型でもしたあかつきには、某最終幻想シリーズのキャラクターと並んでも遜色ない出来栄えとなりそうだ』と、中二スタイルを突っ走る未来を描いていることなど知る良しもない。


「気に入ったよ。さっそく着させてもらうよ」


 しばらくはこれがニイトのファッションスタイルになりそうだ。そんな大仕事をやってのけたことに、オリカは大きな満足感を得ていた。

 そして仕事には当然報酬が支払われるべきであり、


「それじゃぁ、ご褒美のほうを……」


 もじもじするオリカに、ニイトはいつもより長めのしっぽマッサージを行うのだった。


「にゃはっぁぁぁああああああん♪」



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