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異世界創世記  作者: ねこたつ
5章 幕間
124/164

5-29

 その日、オリヴィアが相談を持ちかけた。


「ニイト、話があるのだ」

「何だ? また胸のトゲが痛み出したのか?」

「あ、いや、その」

「何だ、違うのか」

「ま、待て。そろそろ痛み出す頃合だと思う。だから、予防の意味で頼む。そ、それと頼みの話なのだが――」

「よしわかった。揉みながら聞くよ。脱がせるぞ」

「も、揉みながら!? あひゃんっ!」


 厄介な毒のトゲに刺されてしまったせいで、オリヴィアには定期的に“医療行為”をしなければならないのだ。これも亭主の務めだ。


「で、相談とは?」

「んあっ! そ、その……、我も、店を持ってみたいのだ、ひゃぅ!」

「どんな店?」

「気持ちぃい、んぁっ!」

「気持ちいい店?」

「い、いや違う! 屋台だ。アンナがやっているように、我も故郷で料理の店を開いてみたい、ぁあん!」


 なるほど、そうきたか。


「いいけど、具体案はあるのか?」

「はぅぁっ! そんなに乳首を吸われたらっ!」

「乳首を吸う店なのか!?」

「ちがぅっ! プラテインの肉を使った料理を、ひゃん! 出せないかと考えている。ただこれ以上のことは、んん~っ! 我も詳しくないから、ニイトに相談しようと、ああん♪」


 エルフ耳をピンと反らせたオリヴィアはどうにか要望を伝えきると、溶けたアイスのように脱力してしまった。


「なるほど。それじゃ一度現地に行って調査してみるか」

「はぁ、はぁ、感謝するぞ」


 上気して瞳を潤ませたオリヴィアと、植物世界へ向かった。


     ◇


 やって来たのはニイトとオリヴィアとマーシャの三人。マーシャにはキューブ内で忙しかったら休んでもいいと言ったが「ニイトさまのいるところならどこへでもついて参ります」と影のようについて来ることになった。どうやら最初に命じた、ずっと俺の傍にいろ、という言葉を忠実に守り続けているらしい。


 河川に挟まれた森の集落で調査を開始する。

 小麦と四葉大豆が栽培されているので、住民の多くはパンと豆のスープ、あるいはオートミールのようなおかゆを食べることが日課だ。


 屋台はそれなりの数があるのだが、メニューはどこも似たり寄ったり。オリジナリティーのある料理を出すのではなく、料理を作る手間を肩代わりした家事代行のような意味合いが強い。


「ニイトやアンナの世界を見て気付いたのだが、我の世界には食文化の豊かさが足りない」

「たしかに」

「そこで我の世界でも豊富に手に入る食材を使って、新しい料理を生み出したいのだ」

「オリヴィアのことだから、プラテインの肉が魔力の成長に効果があることを知って、住民の成長のために取り入れたいと思ったんだろ?」

「――さすがだなニイト。その通り、我の一番の目的はそれだ」


 となると利益を出すことよりも薄利多売でより多くの人に食べてもらうことが大事になる。


「おいしくて、簡単に作れて、できれば他の店も真似して増え広がるようなものが理想なのかな」

「うむ。しかしプラテインは毒抜きをしっかりせねば死人がでるから、半端な知識を広めるわけにはいかない。それと最初にプラテインの肉だと大々的に宣伝するのも客足を遠のかせるだろうな」

「難しい問題だな。だとすると、最初は原料を隠して十分に浸透してから公表するほうが良さそうだな。そうなるとしばらくは住民からすると得体の知れないモノを提供することに……。無理があるな」


 難題に直面して唸るニイトにマーシャが声をかける。


「ニイトさまが安全だと伝えれば、みなさん安心すると思いますけれど」

「俺の独断じゃこの住民は…………ん? マーシャ、それだよ!」


 ニイトはひらめいた。


「長老に後ろ盾になってもらうのはどうだ?」


 集落全体の長であるエルフの長老が太鼓判を押せば、みんな安心するはずだ。


「そういうわけで長老宅に行こう。あ、いや。まずは試食品の製作が先だな。どういう料理にしようか?」

「恥ずかしながら、我は料理の知識には乏しい」

「じゃあ、猫娘たちに依頼してみるか」


 そういうわけで再びキューブに戻った三人。料理が得意な子たちを集めて、創作料理の依頼をする。


「――というわけで、この具材を使って短時間でできる美味しい料理を考えてもらいたい」

「小麦粉と、豆と、水と、お肉(?)。そうね、茹で料理かしら?」


 プラテインの肉はまだ『肉』とだけ伝えてある。虫と同様に正直に話していいのか迷ったので、詳しいことはまだぼかしている状態だ。


「器はあまり用意できないから、できれば手掴みできるものか、あるいは串にさせるものがいいな」

「そうね。それじゃ、やっぱりパンかしら」

「パンだと焼きあがるのに時間がかかるニャ」

「一度にたくさん焼いて切り分けたら?」

「いっそ、焼く時間を短くする為に薄くしたらどうかしら?」

「それか茹でて取り出したものを串に刺すとか?」


 次々に意見が飛び出して活発な議論が展開される。その様子を見てオリヴィアが感心する。


「頼もしい少女たちだな。我には考えもつかないアイデアがどんどん出てくる」

「自慢の秘蔵子ですので」

「集中している間にしっぽを触ったら気付かれないだろうか」

「……この話が破談になってもいいなら試してみるか?」

「冗談だ。うぅ……もふもふ……」


 物欲しそうに指を噛むオリヴィアは、ドニャーフの少女たちよりも子供に見えた。

 さて、その日のうちに試作品が何種類か出来上がった。

 まず出てきたのは固焼きパンだった。


「豆と肉をすり込んで焼いてみました」


 みんなで一斉に試食。


「シンプルな味付けで、我は美味しいと思う」

「私も良いと思いますよ」


 オリヴィア、マーシャには好評だった。しかし作った本人の少女はやや納得いかない表情。


「一度にたくさん焼いて切り分けることで効率化したんだな。そこは評価できるけど、ちょっと硬いかな」


 ニイトが品評すれば猫耳たちも後に続く。


「具材がうまく馴染んでいないので、食感が浮いていますわ。パンの中に異物が混じっただけのようで調和がありません」

「そうだよね。わたしもいまいちコレじゃない感がしてたんだぁ」


 ニイトや猫耳少女たちにはいまいち不評。作った本人も納得がいかない出来栄えだったようだ。


「じゃあ、次はこれね」


 お次は串に刺さった団子のようなものだった。


「具材をくるんで茹でたのか」


 あっさりしているが、味は悪くない。が、


「あっさりしすぎだな。元々淡白な食材が多かったから、焼いたときの香ばしさがなくなる湯で料理だとますますあっさり感が強調されてしまう。それと茹でてから串にさすから、煮汁が垂れてべたつくな。せっかく生地に閉じ込めた旨味も一緒に流れ出てしまうみたいだ。ただ、これに味の濃いタレをつけて食べたら抜群に美味いと思う」


 有体に言えば、淡白な水餃子っぽい感じだったのだ。


「あっ、それはわたくしも思いましたわ。ほんのり酸っぱい醤油ベースのタレが合うと思いますの」

「柚子やオレンジの皮をほんの少し削って一緒に食べたい」

「「「それだっ!」」」


 別の方向性で一致したニイトと猫娘たちが一斉に声を重ねた。


「とりあえずそこそこ美味しいので、今晩の料理に取り入れよう。ただ、屋台に出すには不向きということで、よろしい?」

「「「異議な~し」」」


 トントンと話が進み、次の試作品。


「お、これ、良さそうじゃないか」


 平たくて薄いパン生地で具材を包んだ一品だった。


「食感はもっちりしてるな。具材とのバランスも悪くない。ただ、インパクトがない」

「同感ニャ。癖のない味すぎて逆につまらない。もっと味に凹凸が欲しいニャ」

「これ、ソースをかけたら美味しいんじゃない?」

「「「…………ハッ!?」」」


 その一言が皮切りになって、次々に少女たちが声を発する。


「それですわ! そもそもこの限られた食材だけでインパクトある味を出すほうが無理ですの」

「お野菜を挟んだらもっと美味しくなるのに」

「道理で窮屈だと思ったら、作品をまとめ上げる味が決定的に足りてなかったニャ。ソースが全てを解決させるニャ」


 不満が爆発した少女たちは、再び調理を再会する。こんどは多種のソースや野菜、油などを引っ張り出してきて、思い思いの料理を作り上げる。

 もはや当初の目的などとうに忘れて、美食への飽くなき探究心に突き動かされて一心不乱に料理を作った。

 そうしてあっという間に合作が誕生する。


「「「さあ、これを食べて!」」」


 口を揃えて差し出された渾身の一作を、ニイトは食べた。


「――う、美味いっ!?」


 もっちりした厚いクレープ生地のようなパンを噛むと、肉厚でジューシーな肉が存在感を放つ。シャッキリしたレタスの瑞々しい爽快感。薄くスライスしたキュウリやニンジンが、さり気なく味の立体感を演出する。そしてそれらをまとめるのはやや酸味のある濃厚なソース。トマトソースをベースに塩・酢・ウスターソース・焦がしタマネギと複数の食材をブレンドしたところに、僅かにトウガラシを加えてピリッと刺激的な味にまとめ上げた。地球で言えばサルサソースに近い代物だろうか。

 それは地味な白雪姫が魔法で王宮の華やかなパーティーに参加するがごとく、淡白な食材を劇的にコーディネートしてみせた。


「これだよ! 絶妙な辛味と旨味のハーモニーが後を引いて、また食べたいと思わせる。これはリピーターが増えること間違いなし。もう勝っただろ、コレ」


 ニイトが絶賛する料理をオリヴィアも口にした。


「我の想像をはるかに超える刺激的な味だ! 集落の誰もこのような斬新な料理は食べたことがないだろう」

「これ、やるしかないだろう」

「うむ。一度この味を知ってしまうと、もう前の料理では物足りなく感じてしまう。まったく、危険な味だよ」


 話はまとまった。


「ニイトさま。それでは成果をあげた子たちにご褒美の贈呈を」


 すかさずマーシャがおねだりしてくくる。


「そ、そうだな。このソースのようにピリッとしたヤツをくれてやろう」


 トウガラシのように刺激的な指使いで、ギュッと尻尾を握る。


「「「にゃっ!? にゃぉおぉおぉおおおおぉぉおおお!」」」


 エキゾチックなしっぽコキに、少女たちは腰砕けになってへたりこんだ。


「よし、この料理を長老に食べてもらって、出店の許可をもらおう」


 再び植物世界に戻るニイトたちだった。

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