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5章 幕間
さて、時は少し戻り、これは魔法世界のゲートが開いてから次の世界へ行くまでの間キューブ内で起こった話。
ニイトは野菜世界へ来ていた。
村に到着すると村長のピーターが出迎えた。あいかわらずニイトの胸の高さにも満たない背丈の、幼い少年の姿だった。とても600歳を越えているようには見えない。
「お久しぶりですピーター村長」
「こちらそこ。ニイトさんもご健勝で何よりです。ついに例のアレが完成しましたよ」
「おお、それは是非とも味見させてください」
ピーターが持ってきた陶器には、黒い液体が注がれていた。ニイトはそれを一口なめる。
「ん! このほんのりした酸味とまろやかな甘味は、まさしくソース!」
そう、ニイトが勧めたのはソース作りだった。果物と野菜が豊富な世界をでできる産業としてこれ以上相応しいものはない。ちょうど調味料の類がないとのことだったので、産業振興と兼ねて自作したらどうだと進言した次第だ。
野菜魔人の王子ベジターは難色を示したが、これは野菜と果物がみんなで力を合わせた調味料で、和解の象徴だ。それに短期間で腐ってしまう野菜を長期保存できると言いくるめて量産計画を承認させた。野菜の新たな魅力を引き出すと言えば、ベジターもまんざらでもない反応だった。
「どうだろうか。ニイトさんに教わったとおりに作ってみたのだけれど、求めていた味には達したかい?」
「かなりいい感じになってきたよ。香辛料があまり入っていないからまだ味に華やかさは欠けるけど、ベーシックなソースの味にはなってきている」
ソース作りに必要な塩はニイトが野菜と交換で提供しているし、香辛料の元となるハーブ類はオリヴィアの世界から輸入して栽培している。これからも目ぼしい植物を発見したら積極的に持ってくるし、味はどんどん良くなるだろう。
「中々の評価みたいだね。でも、まだ完成形までは行っていないようだ」
「香辛料の類はこれからどんどん増えていくだろうから、時間が経つごとに良くなっいくよ。それに一口にソースと言ってもいろんな種類があるんだ。材料の組み合わせや、発酵・熟成の度合い、粘性の濃淡、その他いろいろな要素の違いで多種多様な味のソースが作れるんだよ」
「へぇ~、ソースって奥が深いんだね。今のままでも十分美味しくて、みんな野菜を美味しく食べられるようになったと喜んでいるけど、まだまだ広い可能性が眠っているのだね」
ピーターは感慨深そうにうんうんと頷いた。
「今度うちでもいろんな調味料を作る予定だから、お互いに作った調味料を交換して食べ比べるのはどうだろう?」
「いい考えだね。お互いにとっていい刺激になるだろう」
二人は調味料研究の同志となった。
「そういえば野菜魔人たちがニイトさんとの手合わせを望んでいるみたいだったよ」
「そうか、久しぶりに勝負していくか」
ニイトはときどき野菜魔人たちとバトルをしていた。特に異臭四天王とはあれからずいぶんと打ち解けて、たびたび勝負をしている。
ニイトの近接戦闘技術が急激に上達しているのは、彼らとの特訓の成果だった。
半日ほど戦いに明け暮れてから、帰宅の準備をする。
「また果物を頂いてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん。それと、ついに『虹の実』ができましたよ」
「えぇ!? 本当ですかっ!? 早く言ってくれればいいのに」
「驚きは最後まで取っておくべきだろう」
ついに待ちに待ったときが来た。あらゆる果物を生らせる夢のような樹の種を、ニイトは貰う予約をしていたのだ。
踊るような足取りで、ピーターの後に続いて果樹園へ向かう。
「おお、これが!」
虹の実はまさしく虹色に輝いていた。リンゴのような見た目だが、蝶の翅のごとく光の当たる角度でグラデーションが変化する。
「本当に貰ってもいいのか?」
「もちろん。そういう約束でしたからね」
「では、ありがたく頂きます」
――虹の実(レア☆☆☆☆☆)一つ 査定額……100億ポイント。
「ひゃ、ひゃくおく!?」
見たことのない桁数に度肝を抜かれた。
たった一つで100億もする味はどれほどのものなのか、とても気になる。が、まずは増やすことが先決だ。
さっそくキューブの果樹園エリアに植えつけることにする。
キューブに戻ったニイトはさっそく果樹に適した土地を製作して【連結】させる。例のごとく成長速度や収量の上がる土地を作ってから、その真ん中に虹の実を植えた。
一緒に作業していた猫耳少女が聞く。
「ニイトさま、これは何を植えているの?」
「果物の木さ。甘くて美味しい果実ができるんだよ」
「いつできるの?」
「そうだな。果物は野菜と違って、最初に実ができるまでは結構時間がかかるからはっきりとはわからないな。この土地なら一年前後かな」
桃栗三年、柿八年と言うくらいだ。やはり順調に育ってもそのくらいはかかりそうだ。実はもう既に幾つかの種を植えていてそこそこ大きくなってきているのだが、まだ実を生らせるまでには至っていない。果物は根気が必要だ。果物の種類によって適した気候なども違うので、果樹エリアをいくつかに分けてそれぞれ異なる気候に調整してもらっている。目指すは全種類の自家栽培だ。
だが、予想に反して虹の実はたった二ヶ月で実を結ぶまでに急成長したのだった。
試食会を開くと、少女たちは猫耳をピキーン! と直立させてたまげた。
「甘まぁ~~~~いっ!」
「こんな美味しいものがあったなんて!」
「香りも豊かです~!」
一緒に参加した嫁たちも絶賛する。
「うち、こないに甘い果実は初めて食べるわ。頬が蕩けてまうな~」
「極めて美味。木の実の味は大抵知っているが、これほど美味なものは食べたことがない」
既に野菜世界でニイトと一緒に食べていたマーシャはニコニコと微笑んでいた。
「ニイトよ。我はいまだに信じられぬ。あらゆる果実を生らせる樹などありえるのだろうか?」
「実際に目の前にあるじゃないか」
「世界は広し、ということなのだろうな」
オリヴィアの知識にもない樹か。さすが一粒100億は伊達じゃない。
「よし、みんな。一週間後に第一回フルーツ料理大会を開くぞ」
「「「にゃぉ~ん!」」」
一層声高な唱和が轟いた。やはり女の子は甘味に弱い生き物のようだ。
一週間後、食卓には様々なフルーツ料理が並ぶ。
リンゴパン。モモサンド。グレープジュース。たっぷりフルーツピザ。生ハムメロン。乾燥イチジクとナッツのクッキー。薄切りフルーツに塩とオリーブオイルのサラダ。ほうれん草とグレープフルーツの和え物。パイナップルとプラテイン肉の柔らか煮込み。バナナチップの天ぷら。
想像力が豊かな少女たちの手料理を囲む、幸せな食卓だった。果物の甘さに負けないくらい、みんなの表情も甘々である。
公平な投票の結果、優勝はミックスベリーケーキを作り上げたショコラに決まった。
「じゃあ、しごくぞ」
「にゃぅ~」
褒賞として甘々な雰囲気の中でしっぽシコシコタイムが行われた。
キュッと太ももを締めて、お尻を突き出しながらプルプルするショコラ。
「き、気持ちいひぃ~よぉ~~~♪」
ニイトのしっぽ撫では、どんな甘い果物よりも少女たちの表情を蕩けさせるのだった。




