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「冗談……ではないんだな。それはつまり……、どういうことだ?」
「実は、わらわの未来予知が今日を境に途切れたのじゃ。明日以降のこの世界について全く見えぬ。おそらくこれは、明日以降にわらわがこの地で生存していないことを表している。つまり、今日死ぬということじゃ」
そんな大事なことをあっさりと言いのけられて、ニイトは言葉を失う。それに構わず、ロリカは続ける。
「もしもわらわが一人で死ぬのであれば、問題はないのじゃ。しかし、もしも結界が機能停止するXデーが今日で、一族が全滅するような最悪の事態が起こっては叶わぬ。そこで、正直に教えて欲しいのじゃ。今、ニイト殿は何人を救えるのじゃろうか?」
ロリカの真剣な問いに、ニイトは気休めや優しい嘘はつけなかった。
「正直に言います。今のままでは10人が限度です――」
「そうか……」
眉間にしわを寄せるロリカが次の言葉を紡ぐ前に、
「――ですが、今日中に20人全員を救えるようにします」
「その様なことが?」
本当は時間をかけて結界外の資源をコツコツ換金するつもりだった。だが、今日中に10万ポイント集めるとなると、方法は一つしかない。
――闇の使徒を一匹、狩るしかない。
「……できます」
ニイトは動揺を悟られないように静かに告げた。まるで自分に言い聞かせるように。
すると、ニイトの仕草から何かを悟ったようにロリカは両目を閉じると、
「――――むむむっ!? いかん、いかんのじゃ! もしやニイト殿、闇の使徒と戦うおつもりでは!?」
どうしてわかった!? と、ニイトは言葉が口を出る前に未来予知の力だと思い至った。
「大丈夫です。前にも一匹倒していますから」
ニイトは過去の実績を引き合いにして説得しようとするが、
「――――ダメじゃ! ニイト殿は押さえつけられて、牙をその身にッ――ぐあっ!!」
とつぜんロリカはよろめき倒れる。ニイトは慌てて支えた。
「ロリカ! 大丈夫か!?」
「くっ、肝心なところで未来視が途切れ――、ダメじゃ、力が枯渇してこれ以上は見えぬ! もうわらわには予知の力は残されておらぬようじゃ」
苦しそうに額に汗を浮かべるロリカとどう接していいのかわからず、ニイトは人を呼ぼうとするが、
「待つのじゃニイト殿。行ってはならぬ。そなたは我らに残された最後の希望なのじゃ。もしもそなたの身に何かがあったら――」
「でも、それじゃ、みんなを救うことが!」
ロリカは、ニイトが纏う粗布をガッシリと握り締めて苦渋に満ちた表情を作り、
「頼むのじゃ! ニイト殿の目にかなった娘だけでよい。どうか、救ってたもれ。みな、男を知らぬ処女じゃ。好きなようにしてくれて構わぬ!」
「何を言ってッ!? そんな選択、できるわけがないだろ! そんな不条理があってたまるかッ!」
「ならば! これより、わらわを除いた全員でクジを引く。そこで選ばれた娘を救ってたもれ!」
ロリカの迫力に、ニイトは圧倒された。
この過酷な世界で共に生き抜いてきた、かけがえのない家族の半数を切り捨てる。躊躇なくそう言い切っているのだ。言っている彼女自身のほうがよほど耐え難い責め苦を受けているはずなのに、どうしてそこまでできるのか。
「お、おかしいよ! そんなの、おかしすぎるよ!」
「わらわとて苦しいッ!! 胸が引き裂かれずにいられようか! じゃが、生き残るためには、ときに非情な決断を迫られるのじゃ!」
本気なんだ。狂気と紙一重の本気なんだ。
これが人間に本来備わっている『生きたい』という本能、制御不能な衝動。
幾人かの同胞を救うために、同じ数の同胞と自分が死ぬことも厭わない。
生きるためなら死んでも構わない。生かされるためなら殺されても構わない。
そんな二律背反する矛盾に満ちた決意を真正面からぶつけられて、ニイトは感じたことのない衝撃を受けた。
将来に希望なんてないからと自らの殻に閉じこもって退廃的に生きてきた自分。人生と向き合わなかった自分。引きニートだった自分。そんな覚悟の欠片もない無責任な人間には到底理解することができない境地だと悟った。
極限まで真剣にならなければ到達できない結論なのだろう。
「ニイトさま……」
いつのまにかマーシャがそばにいた。ロリカがするようにギュッと粗布を握り締める。
「わたしも族長と同じ気持ちです。わたしたちドニャーフ族は最後の人類。今まで死んでいった全ての人の思いを背負っています。ここで血を絶やすわけにはいかないんです。だから、わたしもニイトさまを放しません」
二人の決意が、たかだか500ポイントで購入した安布に深く刻まれていく。その様子が皮肉にも今の状況を暗示していた。
真剣に生き抜いてきた少女たちが、ボロ布と大差ない男に未来を託しているのだ。
それに気付き、ニイトは少しわかった気がした。
背負っているモノの重さが違ったのだ。
自分一人の人生すら背負えなかった未熟者と、脈々と受け継がれた先人たちの想いを背負っている少女たち。その差がこの光景を生んだのだ。
いったいどれほどの重さなのだろう。人が一人死ぬごとに濃縮された人類の渇望、生存への強すぎる願い。そんな重荷を少女たちはその小さなからだに背負って生きてきたのだ。
「……わかったよ。まずは族長を結界の中に運ぼう」
二人が手を放すと、握り締められた粗布は破け始めていた。少女たちの背負う重さに耐えられるはずもなかった。
それを見て、ニイトは思う。
俺は、こんな破れかけの粗布でいいのか?
こんなボロきれが人類の願いを背負えるのか?
半数の少女を見捨てた罪過を背負って前を向けるほど丈夫な繊維なのか?
――そんなわけが、ない! 目の前のケモ耳美少女を見捨てることなど、自分の中のケモナー魂が決して許さないのだ!
「マーシャ、ロリカ族長、俺を信じて待っていてくれ」
「ニイトさま!」「ニイト殿!」
異変に気付いた二人が再び粗布を掴む前に、ニイトは【帰還】した。
次に二人の前に現れるときには、もうかつてのボロ布ではない。立派な毛皮になると、そう決意して。




