5-19
合格発表は数日後に行われた。四人は無事に合格し、中央の王立魔法学院迷宮科・魔法戦闘学科への編入試験を受験する許可を与えられた。
発表されるまでの数日間に保険として受けた研究科の試験も、ニイトは合格した。合成科の一分野である魔法薬学科を受験したのだが、少し珍しい毒薬を調合したら一発合格だった。
というのもこの世界では生物が少ないので、生体実験による臨床が困難な状況にあった。
実験には迷宮で生け捕りにした魔物を使うことが多く、膨大な管理費と手間がかかるので資金力がなければできない。それゆえ薬物系の研究は発展が遅く、慢性的な人材不足に落ちっていたわけだ。
そこに、ニイトの登場である。
あーくんで【査定】すればすぐに薬物の本質が正確に鑑定できてしまう。そのチート能力を駆使してほとんどノーミスで調合を成功させてしまうニイトは完全に異端児扱いだった。
さらにこの能力があれば製作物の成否を確認することも容易だし、臨床実験の必要がない。
実際ニイトは調合学・術式付与学・魔道具製作学・物体合成学と、製作系学科の複数分野を股にかけてそれぞれの分野のアルバイトをしていたのだが、不良品を出したことは一度もない。
普通の学生ならときどき気付かないミスによって不良品を作ってしまい、そのまま販売して怒られることもあるが、あーくんで一つ一つ品質をチェックできるニイトにはそのような失敗はない。このことが一部の人間から密かに高い評価と信頼を受ける理由となっていた。
そうしてコツコツ評判を上げたことで教師たちからの心象も良くなり、エリートへの道が開けたわけだ。
ちなみに戦闘系の迷宮科と学問系の研究科は同時に在籍することも可能らしい。
この際だからニイトは文武両道で魔道の道を探求するのも悪くないと考えている。
◇
王立魔法学院の試験日まで数日間あるので、ニイトたちは植獣世界へやって来た。
「ほぇ~、ここらオリヴィアの故郷か。ホンマに木ばっかりや。うちの世界とはまるで違うな」
先日はアンナの世界を観光したので、本日はオリヴィアの世界を案内しようということになったのだ。
「集落に行く前にちょっとやることを済ませてもいいか?」
「ええよ。何するん?」
「木を植えに行くんだよ」
「は? 木なんてめっちゃあるやん! この上まだ数を増やしてどないすんねん」
「ああ、そうだな。最初から説明しないとわからないよな。オリヴィア、説明頼めるか?」
「承知した」
一行は目的の場所を目指して、森の中を進んだ。道中でオリヴィアがこの世界が置かれている状況を簡潔に説明する。
「――何やて!? 植物が人を襲うんか!?」
「そうなのだ。我らの世界にはそんな凶暴で危険な植物魔獣が満ちている。植獣は大別すると二つに分かれる。比較的小柄で魔法が効くプラテインと、大型で魔法が効かないキメラ・プラントの二種だ。そこらじゅうに生息していて、しかも獣のように動き回るから注意してくれ」
「注意って、どうすんねん」
「姿を見つけたら、まずは動かないこと。プラテインの中には動くものにしか反応しないタイプも多い。じっとしていればやり過ごせることもある。だが、襲ってきたら速やかに倒すか逃げねばならない。戦闘が長引くと仲間を呼ばれて囲まれてしまう」
「そりゃ大変やな。うち、みんなの足を引っ張らんか心配やわ」
不安がるアンナに、ニイトがフォローする。
「俺たちは魔法も覚えて強くなったし大丈夫だと思うぞ。最悪、囲まれて危なくなったら俺が全員を【帰還】させるし」
「そうですよアンナさん。ニイトさまがついていらっしゃるので、心配は無用です」
「せ、せやな。ほんなら大船に乗った気分でいるわ」
いつでも安全な場所にワープできるのはこの上ない強みだ。安心して戦闘の実践訓練に打ち込める。
「それで話しを戻すが、植物の多くはそのように危険性があるのだが、原種と呼ばれる植物には危険性はない。それどころか、原種の周りにはプラテインが寄ってこない性質があるのだ」
「ほうほう、守り神みたいなものやな」
「ああ。よって我らは魔性の森を切り開いて、原種の木を植えて安全地帯を拡大しているわけだ。そして現在向かっている場所は、その植林する地点というわけだ」
「なるほど。ようやっと話が繋がったわ。ニイトはんの力で重い苗木を運搬しようってことやな」
「しかり」
実際には運搬だけではなく、ニイトは苗木の繁殖から行っている。キューブの広い土地を活用して苗木を育て、程よく育ったら現地まで赴いて植林していく。
キューブでは森林地区を設定してエリア連結させれば木々の成長にボーナスがつくのだが、どういうわけかこの世界の植物には魔力が多く宿っており、成長ボーナスがなくとも一日に10センチは伸びる驚異的な成長速度を持っていた。なので維持費節約のためにニイトは通常の部屋で育てている。ちなみに余談だが、竹は一日に1メートルほど伸びる。資源が豊富に入手できてありがたいが、この成長速度は恐ろしい。
「そうそう、言い忘れていたが、危険なのは植獣だけではない。猛毒を持った草花も多く生息しているから、無闇に触ったりしないでくれ。って、言ってるそばから毒花に触るなよ!」
「うわっ、危なっ! そういうことは先に言うてや! せやけど、あれやな。うちの世界も巨蟲が猛威を振るっとって危険やけど、オリヴィアの世界はまた別の方向で危険なんやな」
「うむ。お互いに苦労するな」
妙なところで共感して分かり合う少女たちだった。
しばらくして、目的地に辿り着く。
「この辺りが良いだろう」
手筈通りに、まずはトレントの枝や、毒やトゲのある草を遠距離魔法で刈った後に、あーくんでお掃除していく。ついでに地面の草も削り取って除草してしまおう。足元に毒草が紛れていたら嫌だし。
「うわっ! 何やこれ、気色悪っ!」
アンナが珍しい植物を見つけた。
人の眼球が無数に生えたような外観の草。赤い茎が血管を思わせ、白い球体の子房に黒い瞳孔のような模様がついている。
「本当だ、気持ち悪い。オリヴィア、これはなんていう草なんだ?」
「メデュー草だな。皮膚に触れると石のように硬質化して、やがて壊死してしまう毒を持つ。たしか味は美味らしいが、食べたら内臓系が石化して臓器不全に陥って死ぬらしい。そしてその死体から新たなメデュー草が生えてきたそうだ」
「おっかなっ! エグイ植物やわぁ」
アンナは身震いしてニイトの後ろに隠れた。
「自ら攻撃してくるタイプじゃないから、不用意に近づかなければ大丈夫だ。魔法で根元から刈ってしまおう」
「あっ、オリヴィア待って」
杖を構えたオリヴィアを制止して、ニイトはあーくんで周りの土を掘り始めた。
「珍しい植物なら根っこごとのほうが買い取り額があがるんだよ」
「そうか、ならばニイトに任せよう」
しっかりと根まで保存してあーくんで吸収する。
――メデュー草(レア☆☆)1本 査定額……137万3000ポイント。
「高い!」
思った以上に高額だった。
――メデュー草……石化の毒を持った希少性の高い植物。毒薬の調合素材。取り扱いには要注意。
調合素材にもなるようだ。魔法薬学専攻のニイトにはとても有益である。キューブの一画に作ったドアのない隔離空間で栽培してみるのも悪くない。
「ニイトさま! こっちにもスゴイのがあります」
今度はマーシャが何かを見つけた。
「うわっ! これもまたキモいのがあったな。まんま脳みそじゃねーか」
うねうねとしたまん丸のキノコのような植物。どう見ても脳みそだった。
「ブレインサボテンだ。赤みを帯びたものは食べても大丈夫だが、青みがかったのもは幻覚や幻聴などを及ぼす毒がある」
「食ったヤツがいるのか……」
ニイトが絶句しているとアンナも同調する。
「こないにけったいなもんを食う人がおるなんて、気が知れんなあ」
「我としては虫を食する人のほうが、気が知れぬのが……」
「なんやて。虫は立派な食料やろ?」
「いや、それなら植物だって……。それ、味は悪くなかったぞ?」
「「「え? オリヴィア食べたの?」」」
一斉に注目されて、オリヴィアは目をそらしながらボソッと呟いた。
「その、何年か前に食料が尽きて、つい……。その、これを食べた女は、嫌いか?」
不安げに聞いてくるものだから、ニイトは慌てて言う。
「そ、そんなことないさー。俺の世界にも一部ではこれと似たような形のものを使った料理とかあったみたいだし、ははは」
「そうなのか?」
「お、おう。何だったら、俺も食べてみようかな?」
「マジか? ニイトはん。そりゃ、男気があり過ぎとちゃう?」
「ま、嫁が食ったものなら、俺もいけるだろう」
「ニイト……」
ポッと頬を染めるオリヴィア。
今さらやめられないので、ニイトはひと思いに口にした。
「――んぐむぐ、んんっ? 意外とシャキシャキしてるな。もっと生臭い味を想像していたけど、さっぱりしている。アロエみたいな感じか」
「だろ? 二人も食べてみるのだ」
「えぇ~……、さすがに無理やわ」
「我だって虫を食べたんだぞ? これでおあいこにしようではないか」
目を左右に動かしながら二人のやり取りを見ていたニイトは、食べかけのモノを二つに割ってマーシャとアンナに差し出す。
「うぇ~、まさかそれをうちにも食べろと?」
「俺のポリシーを教えてやるよ。食べ物はみんなで仲良く分ける、だ!」
「そんな気遣いいらんわー」
露骨に嫌そうな顔をするアンナ。珍しくマーシャも顔を凍りつかせている。だが、
「ニイトさまが、食べろとおっしゃるのでしたら……」
マーシャはキュッと目を瞑ったまま咀嚼した。
「味は確かに、シャッキリしています。見た目はアレですけど、悪くないです」
「おぉ、よく食べた。よしよし」
ご褒美にマーシャのしっぽを撫でると、気持ち良さそうに半眼になった。
「じゃ、アンナもいってみようか」
「うぐっ……」
「アンナも俺の嫁だろ? 夫婦とは苦楽を共にするものだ」
「ええいっ、女は度胸や!」
一口で押し込んだアンナは、リスのように両頬を膨らませて一気に飲み下した。
「よっしゃ、食べたで!」
「うん。偉いぞアンナ。お前も俺の嫁だ」
「あれ? 撫で撫では?」
「アンナにはしっぽがないだろ」
「そんなっ!? こんなに頑張ったのに!?」
涙目になりそうだったので、アンナの頭も撫でた。
すると一人オリヴィアが頬を膨らませる。
「我が虫を食したときには褒美を与えられなかったのに……」
「ごめんごめん、オリヴィアも大事な嫁だよ」
結局三人の頭を順に撫でることになった。
しかし、その時間を唐突に邪魔するものが現れた。
高い木の枝から突然垂れ下がってきたヘビのようなつる。ハエ取り草のようなギザギザの大口を開けて、四人の頭上から迫る。
「危なっ!」
咄嗟に上空へ《物理障壁》を展開して弾く。
至福の時間を邪魔された嫁たちはキレる。
「「「邪魔しないでっ!」」」
三人の《魔法の矢》が容赦なく突き刺さり、つる型のプラテインはちぎれて落下した。
「これがプラテイン?」
「ああ。つるの姿をしているタイプだ。木の枝に巻きついて襲ってくるから頭上には注意してくれ。ちなみにコイツは毒のあるタイプだから噛まれるなよ」
言っている傍から、何匹ものつるが一斉にぶら下がってくる。
「俺が障壁を張っているから、三人で殲滅してくれ」
二種類の魔法《魔法の矢》と〈魔刃〉などを駆使して、次々に撃ち落していく嫁たち。すぐにあたりはつる系プラテインの死骸で山になった。
「ずいぶんたくさんいたな」
「このあたりは生き物の通りが多いからな。待ち伏せには絶好の地形だ」
それでか。
「毒があるみたいだから、とりあえずは収納しておくよ。熱を通せば食べられるようになるかもしれないし」
「うぇっ、ニイトはん正気か!? これも食べるつもりなん?」
「プラテインはかなり美味しいものもあるから、食べられるなら積極的に試している。タンパク質系の味だから、たぶんアンナも気に入るよ」
「えぇ~、ホンマぁ~? 旦那様は偏食家やったんね」
あまり乗り気ではないようだ。イモムシとか普通に食べる人なのに、大して見た目の変わらない触手はダメなのか。でかいイモムシみたいなものじゃないか。
「ニイトさま。そういえばずっと気になっていたことがあるのですが、これに直接《解毒》をかけたらどうなるのでしょうか?」
「……考えたことなかったな」
プラテインは火を通すことで毒が消えることが大半だ。しかし魔法で解毒できるなら生のままでも食べられるかもしれない。
「よし、やってみよう」
マーシャに頼んで広範囲を一気に解毒してもらう。
ちゃんと毒がなくなったかを確かめるためにあーくんで吸収すると、
――解毒済みのつる型プラテインの生肉(レア☆)。焼かずに解毒することで魔力が豊富に残留した肉。食べると魔力量の成長にボーナス。
「ああぁぁぁっ!?」
思わず声を張りあげてしまった。
「よく気付いたなマーシャ! でかした! この食材が欲しかったんだよっ!」
「にゃぅぅっ! お役に立てて嬉しいです」
がばっ、と抱きしめると、マーシャはしっぽをピーンと突き立ててふにゃふにゃになった。
「オリヴィアのMPを成長させる食材を遂に見つけたぞ。さあ、たくさん食え」
「うぐっ……、ニイトよ、気持ちは嬉しいのだが、こ、これを食べるの……か?」
ようやくお目当ての代物を手に入れたというのに、オリヴィアは顔を青くして斜に構えたまま眉をピクピク痙攣させる。
「何だよ、嬉しくないのか? 長年悩んできた魔力量の低さが、これで改善されるんだぞ?」
「そ、それは嬉しいのだが……、なんというか、我の亭主が偏食家の道を突き進んでいることが何とも言えなくて……」
「せやせや、ようやくオリヴィアと意見が合ったわ」
オリヴィアとアンナが初めて食材に関して一致したようだ。
「いや、何かそれおかしくね? 脳みそサボテンとかタランチュラとかを平気な顔で食べる二人に偏食家扱いされるのは心外なんだけど!?」
「「それとこれとは違う」」
ぴったりハモった。
解せぬ。




