5-18
次の相手であるケイノスは、確か元素魔法とルーン魔法が得意だったはず。
線の細い体格をしているが、その目は勝ち気に吊りあがっていた。
「はじめ!」
アッシュブラウンの髪をオールバックにまとめた相手は、開始と同時に魔力球を三つ放った。動作こそゆっくりしているが、空中を飛翔するその球体はかなりの熱を持ち、周囲が僅かに蜃気楼のように歪んで見えた。
(火属性か?)
おそらく〔変質〕によって高温状態にされた魔力球。受け間違えば火傷をするだろう。
ニイトは離れた位置から魔力球をぶつけた。ゆっくりと漂うケイノスの魔力球に、野球のピッチャーが投げたような速度で衝突する。が、衝突するとゴムボールに当たったように衝撃を分散されて受け流された。
(強度があるな。それと弾力性も厄介だ)
一時的にコントロールが乱れたケイノスの高温ボールは、地面に落ちてもバウンドして中空に戻ってくる。
(地面に落としてもダメ。ならば)
ニイトは〔変形〕と〔凝縮〕で魔力の矢を精製。狙いを定めてゴムボールの中心を射抜く。
すると、ゴムのような魔力球にようやく穴が開いた。しかし、その瞬間ケイノスがニヤリと笑う。直後、空いた穴から高熱の霧が勢い良く噴出し、地面と水平に火柱が走った。
「うおっ!?」
地面を横に転がって火柱から逃れるニイト。しかし逃げた先にもう一つの熱球が待ち構えていた。
「ユル・ズオーペ」
ケイノスが短くルーンを詠唱すると、熱球がひとりでに破裂し火炎が広がった。
(手動で起爆もできるのか!!)
「ニイトさまッ!」
客席からマーシャの悲鳴が飛ぶ。が、すぐさま炎の渦からニイトが飛び出てくる。
「熱ッッいなっ!」
ずっと残しておいた防御用の魔力で魔力障壁を展開して、ニイトは難を逃れた。しかし相手の魔法はルーン魔法と元素魔法を複合したもので予想よりも強力だった。〔変形〕と〔凝縮〕だけで組み立てた防壁では耐熱が不十分で全ての熱量を防ぐことはできず、軽い火傷を負った皮膚がヒリヒリ痛む。
だが、これで相手は3つの熱球のうち二つを失った。今度はこっちの攻撃ターンだ。
「ちっ! しとめきれなかったか」
舌打ちするケイノスにニイトは直進する。
熱球は残り一つで、起爆に魔力を消費したケイノスに選択肢は少ない。
「ケン・ベオーク」
ケイノスは熱球を温存して、杖先から火柱を伸ばした。体から離れるごとに扇状に広がった炎の壁が、ニイトの侵入を阻む。しかし、
「ラグ・マン」
負けじとニイトもルーンを詠唱する。
火を成長されるルーンに、水を融合させるルーンをぶつけて無力化。一気に火の壁を突破して至近距離から魔法を連射する。
ケイノスは素早くルーンを放棄して魔力壁を展開し防ぐ。が、防戦一方。しかもこれまでの魔力消費は明らかにケイノスのほうが多い。いずれ魔壁が突破される。
直後、予測どおりケイノスの魔力が先に切れる。
「ちきしょう! このままリア充にやられるくらいなら、やってやる!」
ケイノスは残っていた最後の熱球を引き寄せて、ニイトもろとも自爆する構え。
だが、それはハッタリだとニイトは看破していた。試験はまだ始まったばかり。ここで重傷を負って後のチャンスを棒に振るようなマネをするはずがない。
「ユル・ズオーペ! ――ハッ!? しまっ――!?」
しかし、直後にケイノスが見せた、しまった! という表情で、ニイトは考えを一新した。
(おいおい! 嘘だろ!?)
ニイトは一瞬で全てを理解した。ケイノスは試合に熱くなりすぎて、本気で自分が巻き込まれるのを覚悟で起爆命令を出したのだ。しかし直後に冷静になって、やべぇ、やっちまったと後悔したのだった。
咄嗟にニイトは熱球を魔力で包むと〔変質〕で空気を遮断する。
ほぼ同時に熱球が爆ぜて炎が飛び出すが、一瞬で鎮火した。
「な、何っ!?」
驚愕するケイノスは魔力が尽きた状態で唖然とする。同じくニイトも今ので魔力を使い果たした。
接近した状態で魔力の尽きたメイジが向かい合ったら、可能な手段は一つしかない。
「オラッ!」
すなわち、魔法を捨てた肉弾戦だ。ニイトは鳩尾に一撃を入れて、さらに下段蹴りでバランスを崩してからアゴに肘鉄を入れた。
綺麗な三連コンボが決まり、ケイノスは倒れた。
魔力の尽きたメイジはメイジにあらず。ただの戦士である。忘れがちだが、大事なことだった。
「……なぜ、起爆しなかった?」
地面からケイノスが問う。
「お前の魔法って、熱球のときは通常魔法による〔変質〕で高温にしているんだろ? でも起爆した瞬間に高温になった魔力を[元素魔法]に変換して、実際の炎にしているように感じられたんだ」
最初の起爆時に魔力を固めた防御壁では防ぎきれないほどの熱量があったことから、ニイトは相手の熱攻撃が魔力だけのものではなく物理的な発火現象でもあると予想していた。
「ならば話は簡単で、空気を遮断してしまえば火は燃え広がらない。まあ、危険な賭けだったよ。もしも通常魔力のまま熱が広がっていたら、俺もお前も大火傷だったさ」
〔変質〕による炎は魔力を燃料にしているので物理現象に関係なく燃えるが、元素魔法に切り替わった瞬間に魔力は自然界の物理現象を操作する方向に切り替わるので、当然のごとく自然法則に順ずるようになる。ややこしい性質だ。
「そこまで見抜かれていたか……。完敗だな」
ケイノスは大の字になって脱力した。
「気を抜くのはまだ早いぞ。今日一日で何戦もするみたいだから、下手したら今日中に俺と再戦する可能性もある。立てるか?」
ニイトが手を差し伸べると、
「くそっ、これだからイケメンは嫌なんだ」
ケイノスはそっぽを向きながらその手を取った。
◇
さて、一連の試合を観察していた立会人の老教官は、アゴに手を当てながら興味深そうな視線をニイトに向けた。
取り立てて飛び抜けた才能があるわけではなかったが、気がつけば二連勝。それも最小限の被害に抑えての快勝だった。
一戦目のエッジ戦ではあえて守勢に回りながら、相手の魔力維持限界のタイミングを見計らって一気に押し切った。相打ち覚悟の一撃を防いでいるところを見る限り、最初から“守り勝つ”ことを前提に戦略を練っていたのがわかる。
続いて二戦目のケイノス戦。
優れた元素魔法とルーン魔法の才能を持つ彼に対して、やはり序盤は様子見だった。そして相手の魔力消費量が多いと見れば一気呵成に攻めたてる。最後の自爆はおそらく意図したものではなかったのだろうが、機転を利かせて凌いだ。そして集中を切らさずに体術に移行するあたり、戦い慣れていると言わざるを得ない。
二つの戦い方で共通するのは、戦局の見極めが正確で速いということだ。
魔法での戦いでは秒単位で優劣が入れ替わる。その主な原因は一度に使える魔力量に制限があることだ。
通常メイジは一度に多くの魔力を練り上げて、それを一斉に消費して大威力の魔法を放つか、あるいは小出しにして小さな魔法を連射するかの選択を行う。
スナイパー系のメイジは攻撃に全てを注ぐこともあるが、アサルト系のメイジはそうではない。
攻撃、防御、索敵、敵の分析、仲間の援護と、複数のタスクを戦局に応じて使い分けなければならない。それゆえに、どうしても魔力を分割して複数の魔法を並列で使い分けなければならなくなる。
その結果生まれる現象が、魔力維持限界による保有魔力量の変動だ。
もともと100の魔力を一度に使えるメイジと、70の魔力しか使えないメイジが戦えば前者の方が有利だと考えるのが普通だ。しかしことはそう単純じゃない。
100のメイジが50の魔力を消費して攻撃したが外れたとすれば、その時点で50対70と優劣が逆転する。これが優劣の変動。
そして魔力を再び充填するときは、僅かな時間だが隙ができる。充填している間は魔法の行使が著しく制限されるのだ。
メイジにはこのような〔呼吸〕というものが存在する。
ニイトはこの呼吸のタイミングを狙っていたのだ。
ある程度メイジ同士の戦いに慣れてくると、誰もがこの隙を狙うようになるし、同時に自分の隙を極限まで小さくする。
しかし大抵はうまくいかない。
事前にイメージしたとおりに戦局が進むことなど皆無。必ず想定外の攻撃やイレギュラーが起こる。そんな局面に際した場合、多くのメイジは判断ミスをして劣勢に陥る。
先の試合で言えばエッジの相打ち覚悟の攻撃やケイノスの自爆が該当する。並みのメイジならそこで相打ちとなり、その先に進めない。
しかしニイトは二度続けて想定外の事態を咄嗟の判断で乗り切った。偶然とは考えにくい。
熟練したメイジなら当然同じことができる。しかし、彼はまだ若い。
普通はその域に辿り着くまでに、厳しい修練と膨大な実戦経験を積み重ねても長い年月がかかるものだ。
それを、まだこの年齢で既に熟練メイジと同じ判断基準を身につけていて、さらに老獪な戦局支配をしてのけたのだ。決して経験からのモノではない。咄嗟の判断の正確性は天性のものだろう。
たとえ平凡な能力値であっても、初老の教官の目にはじつに興味深い人材に映った。
「よし、次はニイト対スネイル」
「え? また俺!?」
ニイトは不服そうに教官を睨むが、構わず続行された。
まだまだ見極められていない部分がある。もうしばらくは連戦に耐えてもらおうと、教官は心の中で笑みを作った。
次の戦い。ニイトはやはり序盤で相手を観察していたが、長期戦は不利と判断した途端に強引にせめて勝った。
やはり相手に合わせて戦い方を変えている。
「次、ニイト対ブルド」
「またかよっ! イジメか!? これは新手のイジメなのか!?」
結局この後、ニイトは八連勝した後に当てられたオリヴィアにあっさりと負けた。




