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学院の授業を終えるとキューブの魔法射撃場へ通うのがニイトらの日課となっていた。
ゲーム感覚で魔法技術やスタミナを鍛えられるのが好評だったので、日ごとに新たな施設を拡充したので中々立派な訓練場になりつつある。
手始めに100メートルの直線を用意した。10メートルごとに区切りをつけて、それぞれの射程ごとに威力や正確性を測ることができる。
これで今までは短距離の測定しかできなかったのが、これからは長距離の測定もできるようになった。
「あかん、うちは距離が遠くなるとどうも狙いが安定せえへん」
50メートル離れた位置からアンナが狙いを定めて撃つ。が、射撃は的の外側を大きく外してしまった。
「わたしは逆に近いときよりやりやすいです」
同じ距離から撃つマーシャは的の中央付近を的確に撃ち抜く。
「マーシャはんは目が良いんやろうな。ちょいとコツを教えてや」
「いきなり遠くを狙うのではなく、的から伸びる補助線を近くに持ってくる感じでしょうか」
「へー、なるほど。頭ん中で射線を描いているんやな。ほなもう一度やってみるわ」
射程測定は得手不得手がもろに出た。
はっきりとした優劣が数値で表されるので、人によってはショックを受けるかもしれない。しかし既にお互いに信頼があるこの四人に限って劣等感に悩むことなどない。
データには前日までの自分のスコアが全て記録されているので、目標は昨日のスコアを超えることであり、敵は過去の己自身なのだ。
それをしっかりと理解している各員は、毎日全力で打ち込んでいる。
「なあ、射線に障害物があったらどうするん?」
「魔法球に回転をかけるようなイメージで、弾道を曲げると回避できます」
「ほんならうちが間に入るから、後ろの的を狙ってみてや」
アンナが射線を遮るように立つと、その脇を射撃が通り抜ける。程よくカーブがかかって軌道が曲がるが、惜しくも的の端をかすめるに留まった。
「真っ直ぐじゃない軌道はコントロールが難しいですね。からだから離れるとコントロールが利きませんので、射出する前にしっかりと計算しなければなりません」
魔法の射撃であっても魔力は物理現象にも影響を受けるので計算が難しい。経験はもちろんのこと、優れたセンスが求められそうだ。
つぎに発動速度の測定も始めた。
一定時間内に何発魔法を放てるかというタイムアタック方式だ。
「ふっふっふ、スピードならうちは負けへんで!」
発動速度が最も早かったのはアンナだ。杖先から次々に魔力球を連射する。
最終的に1分間に100発弱も撃っている。1秒間に1.5発以上の計算になる。恐ろしい速さだな。
「やっぱりスピードじゃアンナさんには勝てませんね」
攻撃力でも射程距離でも無双していたマーシャだったが、発動速度ではアンナの足元にも及ばなかった。1分間に20発強。およそ3秒に1発の割合だ。マーシャが1発撃つ間にアンナは5発弱も撃てるわけだ。
もしも二人が戦うことになったら、近距離での撃ち合いはアンナ有利に、遠距離での勝負ならマーシャが有利になるだろう。
魔法戦とは間合いの違いによって戦局が真っ逆さまになるような怖さを秘めているようだ。
「ふっ、二人とも甘いな。トータルでのダメージ量なら我が一番だ」
「「むむっ?」」
単純な手数だけならアンナに軍配が上がるが、そこに攻撃力の平均値をも加味すると総合的にはオリヴィアの方が高い得点になる。
オリヴィアは強度や射程ではマーシャに劣り速度ではアンナに劣るせいで、それぞれのランキングの一位に輝くことはなかった。しかしそれぞれのランキングで常に二番手に着ける好成績を残しており、複数の要素を総合的に判定すると一番良い成績になることもある。
射撃場ではこうしたより実践的なランキングも搭載しているのだ。
ちなみにニートは長所も短所もないオールCなステータスなので、ビリにもならないが一番にもなれない三番と二番を繰り返す非常に地味な結果となった。
二番じゃダメなんですか? かつては判らなかった答えも今ならわかる。
――ダメです。どこかで一番をとらないと、嫁に顔向けできません。亭主の威厳が保てません。
まあ、それはさておき。
これで攻撃力・射程距離・発動速度の三種類を測定できるようになった。
次に行うのは命中測定。
今度は壁に映し出された的がうねうねと動き出す。制限時間内に10発を撃って何発当たるか、またどれだけ中心部に近い場所に当たるかなどを競う。
「あかん、これめっちゃ難い」
「くっ、軌道が不規則に変化する瞬間が厄介だな」
アンナやオリヴィアは苦労していたが、
「俺は得意かも」「ニャっ!」
ニイトとマーシャは実戦経験の差が出たのか好成績だった。
そして栄えある一位はニイトだった。ようやく一番が取れて肩身の狭い思いから解放される。
「それじゃ最後は恒例の“絞り”をしますか」
そして一日の最期に行うのがスタミナを測定する撃ち尽くしトライアルである。
各ジャンルの測定を全員が同じ回数行い条件を揃えた上で、魔力が尽きるまで撃ちまくる。
的を四つに分けて、それぞれの的に打ち続けるのだが、発動速度がそれぞれ違うので計測方法を調整した。
ダメージ『10』に対して1ポイントで計測する。一度に30のダメージを与えれば3ポイント、10のダメージを3回与えても同じ3ポイントなので、それぞれが得意な方法で行う。
しかし10ポイントを下回った場合は無効となり、特典は入らない。よって19ダメージの場合は1ポイントしか得られないので大幅なロスをすることになる。
このルールのおかげで適量の魔力を調整する技術が自然と身に付いた。
――ダメージ『6』! オリヴィア、アウト!
「くっ、我はここまでのようだ」
ダメージが7以下になったら終了である。魔力は使いすぎても悪影響が出るそうなので、止め時も大事だ。
ちなみにスタミナ測定はアンナの独壇場だ。
他の三人にトリプルスコア以上をつけてもまだ余裕があるほどに。
何という体力オバケ。さすがスタミナA判定は伊達じゃない。
『おつかれさま。お茶を持ってきたわよ』
実体化したノアが人数分のお茶を持ってきた。
「おお、ノア殿。これはすまぬ」
さっそくオリヴィアがぐびぐびと飲み干した。
スコアを競うゲームを通して魔力測定を終えると、月光草で作ったお菓子とお茶で一服をする。これでスッキリ寝れば大幅に魔力の回復が促進される。また明日もスコアにチャレンジできるわけだ。
『みんな自分の長所と短所が見えてきたみたいね。今のうちからそれぞれの目指す方向性を見据えておくといいわ』
「そういや、ノアはんは魔法の腕前はどうなん?」
『あたしはみんなとは違うわね。固有の魔力を持っているわけじゃないから成長も退化もしないわ。しいて言うならポイントを消費してレベルの高いキューブ魔法を使うわけだから、総ポイント数が高いほど性能があがるわね』
「ほえ~、ようわからんが、うちらとは根本的に仕組みが違うことだけは理解したわ。キューブ魔法だけを使うんやね」
『そうそう、あんたたちにはキューブ魔法もあるから、それと合わせて戦略を考えるといいわよ』
ちなみに、射撃場にはもう一つありがたい副産物がある。
それは通常の魔法ではないキューブ魔法の威力を見比べることができる点だ。
そもそも最初のダメージ数値の基準は、マーシャの《魔法の矢》のダメージ量を元に決めたのだ。
マーシャの《魔法の矢》の平均ダメージを100に設定して、ニイトが同じように《魔法の矢》を放つと半分の50前後だった。あとは全てこの数値から逆算して導き出している。
そして比較対象がなくてどの程度の性能があるのかわからなかったキューブ魔法も、相対的な攻撃力を測れるようになったのだ。これは非常にありがたい。
こうして四人はゲーム感覚で楽しみながら、魔法の基礎体力をメキメキと伸ばしたのであった。
Insertってボタンは本当に嫌いです。
気付いたら文章が上書きされて文脈が滅茶苦茶になっているという……




