5-8
王都から北北西に位置するヴァレンシア領に到着した一行は、紹介された魔法学院に向かった。
石造りの城のような重厚な外観で、古い歴史のある名門校としての風格を存分に発揮している。
ローラに貰った紹介状のおかげで、四人はすんなりと入学できた。
優れた土系統の元素魔法の使い手を多く輩出してきた、歴史のある学院だそうだ。
入学金としてかなりの額を要求されたが、紹介状のおかげで割引してもらえた。それでも一人金貨7枚ほど取られたが、あれからまたちょいと木材を売ったお金で事足りた。
余ったお金は杖を新調するのに使った。さすがに子供用の杖で名門高の校舎を練り歩く勇気はない。
ローラが言っていた通り、地方の物価は安かった。似たような良質な杖が王都の半値以下で売られている。
いくつかサンプルとしてあーくんで調べてみたが、魔法の杖というものには不思議な効果が付随するものが多く存在した。
その多くはステータスの一部にプラス補正を付加するものである。杖を使うことで攻撃力が上がったり、射程が伸びたりと、有益なボーナスが得られる。
ニイトとマーシャは発動速度に補正がつく杖を、アンナは強度が高まる杖を、オリヴィアはステータスに補正はかからないものの、魔力量の成長にボーナスがつく杖をそれぞれ購入した。
これからの成長に期待する。
四人は編入扱いなので入学式などは行われずに、翌日から即授業に参加する運びとなる。
全寮制の学校なので宿泊先の学生寮を紹介されたあとにすぐ、制服用の採寸が行われた。その後、簡単に学院の施設を教えてもらって、一日が終わった。
翌朝。
「可愛いデザインの制服ですね」
一晩で仕立てられた制服は、土色と深い黄色の中間色で編まれた魔道士のローブだった。作り自体は非常にシンプルなもので、ある程度なら学生が自由に改造していいそうだ。
学生服に身を包むのはいつぶりだろうと、ニイトは心が若返った心地になった。
「着込んだだけで魔力が上がったような気がするな」
「あ、それうちも思った」
魔力が上がったのは気のせいかとも思ったが違った。あーくんで調査したところ、特殊な魔法繊維で作られているらしく、装備者の魔力を活性化させて成長を促進する機能が僅かばかりあるようだ。
着るだけで魔法が成長する。食べるだけで魔法が成長する。
確かに魔法の向上にはうってつけの世界た。メシマズさえなければ良い世界なんだけどな……。
授業は二種類。座学と実技である。
ニイトらははじめ座学の初級クラスを受講した。
日本の学校をイメージしていたニイトは教室で座って黒板を囲む姿を想像していたが違った。
建物の一フロアに入ると、石の柱が何本も並ぶ開けっ広げの広い空間が広がっていて、その一画に集合する。
先生は一本の柱に簡易のボードを掛けて、その周りを囲むように生徒らが群がる。
イスも机もないので立ったままだ。周囲には同じように柱を囲む生徒たちの集団が幾つもあり、移動する人も多いのでどうにも落ち着かない。
さっそく教師を表す三角帽子を被った中年の女性が、授業の開始を告げる。
「みなさん、おはようございます。本日は元素魔法の初歩についてお教えしましょう。元素魔法とは自然界に存在する物質やエネルギーを操る魔法のことです。あたくしは土系統が得意ですので、実際にお見せしながら説明しましょう」
先生は手荷物の中から砂の入った器を出すと、軽く杖を振る。すると魔力の光が砂の中に溶け込んで、すぐさま拳大の砂の塊が宙に浮いた。
「みなさん、魔法の初級技術である〔放出〕〔維持〕〔変形〕〔操作〕についてはもう習得していますね。今ここで使用しているのは中級技術の一つである〔融合〕です。自らの魔力を自然物と融合して物体を操る技法です」
先生は砂の塊を浮遊させたり旋回させたり上下に振ったりと、自在に操った。
「融合させた物体はこのように自由に〔操作〕できますが、これだけではありません。〔変化〕と複合させることで様々な形にすることができます」
続いて中空に浮遊させたまま形を変える。四角や三角のようにしたり、人型や花のような複雑な造詣もできるようだ。さらに、剣や槍のような武器の形を取ると、
「操るものによっては、このままでも武器になることもあります。投石は最古の武器だと言われていますし、このように刃物を象ることもできます。もちろん人に向けてはいけませんよ」
やがて魔力の維持限界時間を迎えた砂の塊は、元の器の上で崩れて落下した。
「さて、今までのところで何か質問はありますか?」
すると一人の生徒が手を上げた。
「融合に失敗するのですが、何が原因でしょうか?」
「失敗の事例で多いのは〔維持〕力が弱いことです。物体には元々あたくしたちとは異なる性質の魔力が宿っています。そしてこの自然に宿る魔力はとても安定していますので、それゆえに強力です。〔融合〕はその自然に備わる魔力と一時的に同調して、支配権を自らのほうに引き寄せることがコツとなります。当然ですが、初級技術よりも多量の魔力を消費しなければ成功しません」
今度は別の生徒が手を上げる。
「同じ物体に何度も自分の魔力を込め続ければ、成功率は上がるのでしょうか?」
「短期的には上がります。それは自分の魔力が物体に僅かに残留するので、支配権を獲得し易くなる為です。しかし長期的には自然の魔力に吸収されてしまうので元の状態に戻ってしまいます」
「どのくらいの時間残留魔力として残るのでしょうか?」
「人によります。最長で数百年から数千年も残存している魔力も確認されていますが、多くの場合は数分から数日で自然に吸収されるでしょう。魔力の弱い初心者なら数秒で消えてしまうことがほとんどです。おもに〔放出〕と〔維持〕系統の力が強い人ほど長く残るようですよ」
生徒たちは一様に真剣な表情で聞き入っていた。
紙とペンは一応存在しており、下敷きに固定したそれらを胸の辺りに抱えながら必死にメモを取っている。
ニイトはその光景を見て僅かばかりのショックを受けた。
日本の学校ではこんなに真剣な目つきで授業に打ち込む光景は見られなかった。だらしなく机に突っ伏したり、面倒くさそうに頬杖をついたりする生徒を見かけたが、ここには一人もいない。
無駄話一つない真剣な空気が張りつめていて、肌をピリピリと刺す。
生徒たちは一分一秒でも無駄にしてなるものかと、次々に手を上げて積極的に質問を行った。
「さて、元素魔法は戦闘においても大変優れていますが、最も効果を発揮する場面はどこでしょうか?」
「物体の合成です」
「その通りです。みなさんの中に将来は物体合成に関係する仕事に就きたいと考えている人はいますか?」
幾人かがさっと手を上げる。
小学校高学年から高校生くらいと幅広い年齢層の生徒がいるが、既に自分の将来を見据えているようだった。
何も選択できずにダラダラと引きニートをしていた自分とは大違いである。ニイトは同じ空間にいるだけで恥ずかしさを覚えた。
「今手を挙げた人たちは、特に〔融合〕の技術を磨かねばなりません。〔融合〕は物体の合成には欠かすことのできない必須技能だからです。今のうちから複数の物体を同時に操る練習をしたり、土のなかから小石と水を分離することなどを練習しておくと、後で大いに役立ちます」
生徒たちの目が一層真剣さを増した。
魔法技術によって成り立っている世界だ。その重要性は計り知れない。
「この資源が枯渇したメイガルドでは、物体の合成なしには人類の生存は有り得ません。みなさんが来ているローブも、学院の建物も、そのほとんどは元素魔法によって合成された繊維や建材で作られています。そして何よりみなさんが毎日食べている食事も、元を辿れば土や生き物の死骸や排泄物などです。魔法で合成することで、安全な食べ物になるのです。もしも魔法がなければ、あたくしたちは人糞を食べなければならないでしょう」
えぇええええええええええええええええええええええ!?
ニイトは声に出さずに絶叫した。
あのクソマズイ食事って、う○こだったのかよッ!?
道理で人が食う味じゃなかったわけだわ。
ニイトはこれまでに食うのに困って虫を食べた。人の形をした野菜も食べた。獣のような植物も食べた。だが、まさかうん○まで食べることになるとは思っていなかった。
横を見ればオリヴィアが直立したまま失神していた。一番多く食べたのは彼女だから、その分ショックも大きかったのだろう。
いや、反対側ではマーシャとアンナも白目をむいて放心している。○んこを食ってしまった乙女の心情は想像を絶することだろう。
いや、よく考えたらその嫁と口付けをする自分は……。
ニイトも遅ればせながら瞳がまぶたの裏へ隠れる。
四人の白目が異彩を放つなか、何事もなかったように授業は続けられた。




