5-6
翌日、再びローラに魔法講師の依頼を出した。
ニイトの異世界生活の極意、その三。現地で協力者を作れだ。
口が堅くてあまり深く立ち入らない人間が好ましい。弱みを持っているとなお良い。
昨日の一件でローラは口が堅そうなのはわかったし、上京したてで生活に追われているだろうから友人に言い触らす可能性も少ないだろう。何よりお金に困っている。相場より高めの報酬を口止め代わりだと言えば簡単に抱き込めるだろう。
「さあ、今日も始めるわよ。魔力を放出する基本ができたら、次は魔力を操る練習に入るわ。まずは私が手本を見せるから、同じようにやってみて」
ローラは杖先から魔力光を出すと、それを体の正面に浮遊させた。
「最初にするのは、魔力を体外で〔維持〕する練習。さ、やってみて」
杖に魔力を込めて放出。
「うおっと! 飛んでいっちまうぞ」
「勢いよく出しすぎるとそうなるわ。しっかりと手元に引き戻すこと」
再び挑戦。しっかりと手綱を握るように引き寄せるが、アメーバのように不安定に揺れ動く魔力の塊はそのまま真っ二つに分裂して霧散してしまった。
「安定しないな」
「魔力は個人のからだを出た瞬間に、環境の一部になるわ。今まで肉体の器に収まっていたときは安定していたけれど、いきなり外に放り出されて不安定になるの。すると魔力は再び安定しようと、近くにある空気や土を新たな器に選んで落ち着こうとするわ。それを無理やり押し留めるのがコツよ」
「どうしたらいい?」
「体外に出ても、その魔力はまだ自分のものだと強く念じるの。専門用語では魔力の〔支配〕と言うわ。支配力が強いほど、長時間からだの外で維持できるようになるわ」
これは自分の魔力だと強く認識する。ローラのアドバイス通りすればたしかに維持できる時間は延びた。まるで風船を地面に落とさないようにうちわで扇ぐように神経を使うが、ぐにゅぐにゅした不恰好な魔力は辛うじて残り続ける。
「不思議な感覚だな。体から切り離されても、まだ自分の一部のような感覚が残っている」
「そうね。その感覚は大事よ。あらゆる応用技を行うときに必要になってくるから」
魔法的な神経がまだ繋がっているような感覚。しかし時間の経過と共に徐々にその感覚は希薄になり、やがて魔力が霧散すると同時に消えた。
「魔力の体外維持は最低でも呼吸を止めていられる間くらいはできるようにしてね。でないと先に進めないから」
ニイトは慣れない作業に四苦八苦しながらも、何とか合格基準に達した。
「ローラの魔力って綺麗に球体になっているな。俺のはぐにゃぐにゃしてるのに」
「綺麗に整形すると安定しやすいのよ。そうね、次は魔力の形を整えたり変化させたりする練習を始めましょう」
ローラの手から離れた魔力の塊は、すぐに綺麗な球体にかたどられる。しかし今度はその状態から長い棒状になったり、先端が尖った槍状になったり、薄い刃のような形状になったりと次々に形を変えた。
「このように形状を変化させる技術を〔変形〕と呼ぶわ。まずは最も安定しやすい球体の練習をしてみて」
ぐにゃぐにゃのアメーバから、ぼこぼこの楕円に。行き過ぎてぺしゃんこにつぶれるニイトの魔力。
「中々に難しいな」
「全体を動かそうとしないで、中心を意識しながら外側を整えるの」
「おっ、ちょっと良くなったぞ」
球は中心点からの距離が全て等しい立体だ。それを意識して外側の距離を一定にすれば、多少の歪みはあるもののボール状になった。
「そうそう、上手いじゃない」
そして中心点と外殻がしっかりと定まったことで、その内部に閉じ込められた魔力も自ら秩序を生み出して安定し始めた。
まるで小さな惑星だ。マグマが対流するように、球体の内部をゆっくり動いている。
「形が安定すると〔維持〕するのも格段に楽になるな」
不恰好な魔力塊のときと比べて、何倍も長い時間を維持することができた。
「ある程度安定してきたら、今度は自由に動かす練習よ」
ローラは魔法の球体を操り、からだの回りをぐるぐる旋回させた。右に回したり、左に回したり、上下、左右、前後と自由自在に操作する。
ニイトも真似てやってみる。
意外なほどあっさりとできた。どうしてかと思い巡らせば、あーくんを操作する感覚に似ていたからだと気付く。
「あら? 普通にできてるじゃない」
「この分野は得意みたいだ」
さて、数日間かけて〔放出〕〔維持〕〔変形〕〔操作〕と、魔法技術の初級編となる四つの技法を全員が習得できた。
「はい、それじゃ今日は総まとめをするわよ。今までに覚えた四つの技術を使って、できる限り遠くまで魔法を飛ばしてみて」
ニイトたちは一斉に魔法球を前方に打ち出す。
魔法を覚えたてのときはほんの1~2メートルほどからだから離れただけで霧散していた魔力が、今は10メートルも20メートルも進んでいる。
やがて限界距離に達したものから順にコントロールを失って空気中に溶ける。
最終的に最も遠くまで飛ばせたのはマーシャ。続いてニイトとオリヴィアが同じくらいでアンナが最後だった。
「覚えたてでそこまでできれば上出来よ」
ローラは生徒たちの上達ぶりに満足そうに頷いた。
「これからしばらくは基礎技術の反復練習をするといいわ」
「基礎の次は教えてくれないの?」
「まずは基礎をしっかりと固めるのが先よ。いきなり難易度の高い応用を学んでも身に付かないわ。それに中級以上の技術は私も習得できてないものもあるから、私が教えられるのはどの道ここまでよ」
「そうなんだ。なら今までありがとう。ローラのおかげで効率よく魔法を覚えられたよ」
「故郷でよく子供たちに教えていたから、その経験が生きたのでしょう。でもこの程度で魔法を知った気になっちゃダメよ。今までに教えたのは初歩の初歩もいいところ。長く険しい魔道の道の、ほんの一歩に過ぎないのよ」
それぞれが感謝を伝えるように恩師と握手を交わす。
「名残惜しいけど、これでひとまずローラへの依頼は完了ということになるな」
「そうね。たくさん稼がせてもらったわ」
ローラはキラリと歯をのぞかせた。
「それでこれからローラはどうするんだ?」
「そうね。迷宮に挑戦してみるつもりよ。やっぱりあそこが一番稼げるから」
「戦えるのか?」
「失礼ね。私はこう見えても魔闘科志望なのよ。故郷じゃ“一人軍団”って言われて恐れられたんだからっ」
人は見かけによらない。この小さなからだで魔法の戦闘を生業としているとは信じがたい。しかし体格の不利など魔法戦においては全く短所にならないのかもしれないな。むしろ的が小さい分被弾率が低いとすら言える。
「そりゃ、失礼を」
「あなたたちはどうするの?」
「そうだな。もっと魔法のことを知りたいから、とりあえず地方の学校にでも行ってみようかな」
「それなら私の故郷の学校なんてどうかしら? 四元素魔法に定評がある名門よ。よかったら推薦状を書いてあげるわ」
「そりゃ助かる!」
王都から地方に出るのは本来と逆の流れだが、有名校への推薦が取れたのは僥倖だ。優等生になればいずれ王都に戻って来ることも可能だろう。
「それじゃ、今日はお互いの門出を祝って一緒に食事でもしましょうか」
「お、おう……」
ニイトらは気が進まないトーンで返事をした。
「ほら、さっさと行きましょ。特にオリヴィア、あなたは魔力量が少ないんだから、人の倍は食べないとダメよ」
「う、そんなぁ~」
推薦状まで貰った手前、断ることができない。一行はとぼとぼとローラの後に続いた。
そして案の定、あのクソ不味い料理を食べるはめになったのだ。
「なあ、ローラ。その飯って美味しい?」
「ん? そりゃぁ祝い事の席でたまに出てくる高級果物とかと比べたら味は劣るけど、食べなきゃやっていけないでしょ?」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ」
平気な顔をしてもくもくとゲロマズ飯を口に運ぶローラが味覚障害者にしか思えない。この世界の人間はみんな味覚がいかれてるのだ。
「ほら、オリヴィア。私の分もわけてあげるから、たくさん食べて魔力を増やしなさい」
「うぷっ……」
口元を押えて顔を青くするオリヴィア。善意ゆえに断りにくいからなおさらたちが悪い。
「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど、あなたたちって、どういう関係?」
「「「側室です」」」
「はぁ!?」
即答した三人に口をあんぐりあけて呆れかえるローラ。
「あなたたち、それでいいの!? 側室って、男一人に女複数でしょ? 不公平じゃない」
「わたしは側室に加えていただけただけで身に余る光栄です」
「うちも旦那様以上に相応しい人なんておらへんしな。そもそも命の恩人やし」
「我は始めこそ使用人の一人で構わぬから傍に置いてくれと頼んだのだが、系図の末席に加えてもらえることになった。過分な待遇に感謝してもしきれないさ」
絶句するローラ。
三人はちょっぴり恥ずかしがりながら想いを口にした。嘘を吐いている様子も、不満を滲ませる要素すら微塵もない。それどころか満足感と自信が漲っているほどだ。
まるで危ない宗教でもやっている人のような全肯定ぶり。その異様な迫力にローラは僅かな恐怖を覚えた。
「ちょっとあなた! 妙な催淫の魔法でも使ってるんじゃないでしょうね?」
泡を飛ばしてニイトに迫る。
「魔法初心者の俺にそんなことができるはずがないのは、ローラが一番よく知っているだろ。てか、そんな魔法があるのか?」
「一時的になら効果を発する秘薬があるわ。禁止薬物だけど。ま、長い間催淫することは不可能だけど……」
ローラは腰を落ち着かせて、心を整えるように一息ついた。
「ふぅ~。ま、あなたたちがいいなら、それで良いんだけどね……。何か、聞かないほうが良かったわね」
「ちなみに、どんな関係を想像してたんだ?」
「そりゃ、一人の男を巡って争う女の戦い、みたいな?」
「それはそれで、どうなんだ?」
「いいじゃない! 恋は戦いなのよ。戦って勝った女が男を手に入れるの。戦わずにみんな一緒に暮らすなんて、やっぱりおかしくない?」
戦い云々は置いといて、ニイトもどちらかと言えば純愛派だったのだ。それがどういうわけか純愛の嫁が強引に側室をポンポン増やしちゃうおかげで、わけのわからない現状が生まれてしまったのだが、ハーレムになればそれはそれで良さもあることに気付きつつある今日この頃であった。
「ローラは気になる男でもいるのか?」
「いるわけないじゃない。私まだ王都に来て日が浅いもの」
「故郷ではいなかったのか?」
「全然っ! みんな弱すぎてお話にならないわ。私より弱い男なんて御免よ。やっぱり男は強くなくちゃ」
すると女性陣が急にそわそわしだす。
「マズイですね。ローラさんがニイトさまを好きになったら、わたしたちと戦うことになるのでしょうか」
「せなや。ニイトはん、ギルドリーダーが唯一敬語を使うほどのお人やからな……」
「うーむ、あれほどの巨大キメラを単騎で焼き滅ぼすほどの実力者だからな。あやういぞ」
お互いの顔を見合わせる三人。
「ちょっと、あなたたち、変なこと言わないでよ! 私がこんなヤツに惚れるわけないでしょ! だいたいコイツ、私に魔法を教わりに来たのよ? その時点で論外じゃない。 もう、やめてよねっ。そもそも、こんなヤツのどこがいいのよ? ――顔は、まぁ、悪くないわね。――財力も、金払いがいいからそこそこ有りそうね。――強さは? そう、強さよ! ないない。絶対、ない! この人だけは絶対にありえないわ。あー、良かった、安心するわ。てか、あなた、ちゃんと三人をしっかり守れるの!?」
すると嫁たちが息を揃えた。
「「「命を救われました」」」
「…………はぃ?」
ローラは声を萎ませてブツブツと何事かを呟き始める。
「そう、記憶を混乱させる系の薬物を使ってるのね。通報しなきゃ……」
「おい! 変な誤解をするなよ」
逆に思考が混乱して暴走しかねないローラを必死になだめるニイトだった。




