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異世界創世記  作者: ねこたつ
プロローグ
1/164

「魔王の使徒だぁあああああああああ!」


 魔王の手下共が町を蹂躙しにやってきたことで、人々はこの世の終わりを目にしたように絶叫しながら逃げ惑った。


 彼らの姿は多種多様で、コボルトのような小型のものもいれば腕が何本もあるゴリラのようなものもいて、ムカデに人の頭部が生えたようなものもいれば、体長5メートルはある巨人までいる。

 しかしその全てに共通することは真っ黒な皮膚と禍々しい瘴気に包まれているということだ。


 彼らは元々普通の生物や人間だった。しかし暗黒の瘴気に汚染されて生ける屍のように変えられて魔王の手下とされてしまった哀れな者たちでもあった。以来、魂が囚われて終わりのない絶望と苦痛から破壊を繰り返す殺戮マシーンへと変貌したのだ。


「もうダメだぁ! 俺たちは皆殺しにされてヤツらの仲間にされちまうんだぁああ!」

「終わりのない地獄は嫌だぁああああ!」

「誰か助けてぇえええ!」


 既に世界のほとんどの地域は瘴気に汚染されいて、太陽すら隠れるほどに充満していた。光の薄れた淀んだ世界に人類の逃げ場などどこにもなかった。

 それでも人々は叫ばずにはいられない。

 確実にやってくる最悪の結末逃れるために、藁にも縋る気持ちでその名を叫んだ。


「「「救世主、ニイト様ぁあああ!」」」


 そのとき、暗天を切り裂くように一筋の光が天から舞い降りた。金色の騎獣にまたがった漆黒の魔道ローブに身を包む黒髪の美男子が、光り輝く剣を掲げながら猛スピードで滑空してきたのだ。


「あれは、まさか、救世主様!?」


 人々の衆目の先で、救世主ニイトは大剣を弓のような形に変化させて射る。


 ――〈天弓滅射〉


 瞬間、聖光を放つ魔力の矢が天を埋め尽くすように出現し、魔王軍団の上に雨のごとく降り注いだ。

 鋼鉄のように分厚い使徒の皮膚を貫いた矢は地に落ちると爆弾のように弾け、さらに針のような無数の棘を撒き散らした。


 轟音と爆雷が何重にも鳴り響き、爆風で舞う砂塵とともに細切れになったどす黒い肉片が宙を舞う。

 凶悪な能面を張り付かせた魔王軍は耳を劈く絶叫をこだまさせながらのた打ち回った。


 敵の群れが混乱する最中にニイトは地上に降り立ち、いつの間にか構えていたライフルのような魔道兵器を両手に構え、マシンガンのように〈魔弾〉を連射した。


 正面の敵は蜂の巣にされて肉片となる。コアを破壊されたものは肉片すら維持することができなくなり、黒い粒子となって弾けて消えた。

 彼らは聖属性の魔光によって浄化されて囚われの魂が解放されたのである。


 先の天弓と休みなく撃ち続けた魔法の弾丸で敵軍はほぼ壊滅。しかし防御の固い一部の敵はこの一方的な殲滅に耐え切った。


「残りは多くない。このまま殲滅する。いくぞ!」

「ピヨぉー!」


 ニイトは武器を馬上槍に変形させて、金色の愛騎と共に敵の群れに突撃した。


 その騎馬は大きな鳥のような容姿をしていた。泣き声はヒヨコのように「ピヨ」と発声したが、鋭いクチバシと細いながら強靭な二本の足、そしてその巨体を猛烈なスピードで揺らすさまが可愛い小動物とはかけ離れた畏怖を人々に植え付けた。


 大気を振動させたピヨの泣き声には魔術的な音波が組み込まれており、敵の体細胞を共振させて動きを緩慢にさせる。


 その隙に、一瞬で間合いを詰めたニイトは長槍で敵を貫いた。穂先に集められた魔力は放射状に広がる刃に形を変えて、敵を内部から文字通り八つ裂きに引き裂いた。

 さらに三日月型に変形した穂先で次の敵を両断。斬撃を飛ばしてその奥の敵を上下に切断。そして最も硬度の高いゴーレム型の敵にはドリルのように旋回させた槍頭でもって分厚い装甲を貫通させたのだ。


 残るは巨人型の使徒。

 ニイトは騎馬から降りるとスナイパーライフルのように変形させた武器を正面に構える。やや長い詠唱が始まると魔力が光の粒となって銃口に集まってくる。

 足元には光の線で大きな魔法陣が浮かび上がり、銃口から先には同じく円環状の魔法陣が幾層にも重なる。


 詠唱の時間を稼ぐために愛騎のピヨは翼に集めた魔力で刃を作り出し、周囲で生き残った敵を切り裂いて回る。さらには鳥のようなクチバシからはドラゴンばりの魔力ブレスを吐き、敵をニイトに近づけさせない。


 やがて詠唱が終わると、銃口の集まった多量の魔力が一気に増幅されて大砲のように撃ち出された。

 爆炎。そして閃光。周囲には嵐のような暴風が吹き乱れ、雷光のような目を焼く極光が激しく周囲に明滅する。

 極太のレーザー光のように直線に伸びた魔力の砲撃が、巨人の上半身を一瞬で蒸発させた。

 光芒を引きながら光線が収束したとき、下半身だけになった巨人が力なく倒れて大地を振動させた。


「よし、後は残党狩りだけだ」


 大型の使徒を粗方殲滅すると、ニイトは再びピヨに騎乗し小型の二丁拳銃に戻した武器で息のある残党に止めを刺していった。

 あっという間に魔王軍は壊滅した。

 人々はその様子を言葉を失いながら見つめていた。






 やがて掃討を終えたニイトが騎獣と共に彼らのもとにやって来る。


「残念だがこの地には既に瘴気が迫っているから、ここに留まることはできない。生き延びたいと望む者があれば俺の土地へ移住する許可を与える」


 故郷を捨てなければならないという葛藤に、人々は一瞬ためらった。

 一人が恐る恐る口を開く。


「我々は全員合わせれば数千人規模になります。あなた様の土地に住む場所はあるのでしょうか?」

「問題ない。俺の世界はバカみたいに広いところだから、全員に十分な土地を用意できる。とりあえず一人当たり1ヘクタールほどの土地を提供しよう。足りなければ別途支給する」

「ひ、一人一人に1ヘクタールっ!?」


 信じられない待遇に人々は目を剥いた。1ヘクタールと言えば100メートル×100メートルもある広い土地だ。それだけあれば子沢山な家族が不自由なく生活できる。それを全員に与えると言うのだ。


「そ、そんな、信じられませぬ。な、ならばとても税が高いのでしょうか?」

「物の売り買いをするときに1%ほど消費税はかかるが、それ以外に金銭的な税金は一切かからない。土地を使って生産した農作物や加工品にも税はかけないし、軍役もない。もっともそれだと申し訳ないからと生産物の10%くらいを自発的に献上してくる人たちが後を絶たないが、べつに強制はしていない。新たな生活に慣れないお前たちから取る税など皆無だ。唯一取る税は一日に生産された魔力の10%だけだ」


 魔力なんて生きている限り体温のように常に生産され続けるもの。元手なんてタダ同然である。本来なら税にすらならないようなモノではないか。

 つまりニイトの提案は、ほとんどタダ同然で広い土地に住んで良いということ。


「そんな夢のような話が……!?」


 あまりに良すぎる条件を前にして逆に不信感を覚える者も出てくる。


「で、では。土地の環境がとても良くないとか……」

「いや、水が綺麗で自然の豊かな良い土地だ。危険なモンスターもいないし作物も普通に育つ。寒さや暑さも標準でちゃんと四季もある」

「ど、どうして……そんなに良い土地を与えて下さるのですか? 何か裏があるようにしか思えません」


 するとニイトはやや恥ずかしそうに頬をかきながら言った。


「みんな最初は条件が良すぎるって疑り深くなるんだよな。でも、これは俺にとっては普通のことで、むしろ今お前たちが置かれている境遇の方がありえないくらい不憫だと思う。ずっと辛い環境の中で泥をすすって生きてきたんだろ? だから今度は普通の環境で普通に平和に暮らしてもらいたいと思っている。俺にとってはつまらない争いなんてなくなって、人々が一つの家族のように笑って暮らせればそれで良いと思ってるんだよ。資産はもう十分に手に入れたし、これ以上人から取ろうとは思わない。むしろ俺が分け与える番だと思っているくらいだ。だからお前らは何も心配することなく、人間ならば普通に与えられてしかるべき土地や自由を受け取れば良いのさ」


 すると住民たちは一斉に号泣した。子供のように泣きじゃくる大人。咽び泣く大男。ひざまずいて拝み始める老婆。

 しかしそれでも疑り深い者はまだいる。


「待つんだみんな、騙されるな。まだ一つはっきりしていないことがある。そんな夢のような世界に移住できるならそれなりの要求をされるはずだ。きっとそれは、労働時間の長さに違いない。きっと寝る間もないほどの激務を押し付ける気じゃないのか?」


 まさか救世主はブラックだったのか……? 感涙していた住民たちが一瞬にして真顔になる。


「ええい、どうなんだ救世主さまよぉ! お前は俺たちを騙してブラック労働を強いるつもりだったんじゃねーのか?」


 住民たちは魔王見るような目つきに変化しながらニイトに視線を集める。

 しかし、


「俺の世界では一日の労働時間は4時間以内と決められている。それ以上働きたい人は自由に働いて構わないが、基本的に4時間以上の労働を強いるようなブラック経営者は追い出すから、そのつもりで」


 一同は目を点にして呆気に取られた。


「よ、よじかん? たったの、4時間!? じゃあ、残りの時間は何をするんだよっ!」 

「自由時間だ。漫画読みながらゴロゴロしたり、アニメみながらポテチ食ったり。まあ、一般的な住民の生活では、8時間の睡眠、4時間の労働、2時間の勉学、2時間の運動、その他雑務が少々に、残りは全て趣味に費やす自由時間だな。一日の生活費が銀貨10枚くらいで計算すると、4時間働けば銀貨20枚くらい稼げるから余裕で暮らしていけるだろ? あ、そうそう、うちは週休3日が基本だから」

「「「…………」」」


 絶句する住民たちは一斉に土下座の姿勢に移行した。


「「「一生ついていきますぅうううううううううう!!」」」


 こうして新たな住民がニイトの世界に移住することになった。


     ◇


 これは様々な世界の人々に語り継がれることになった伝説の一幕。

 後世の歴史研究かによると彼についての情報は幾つも残っているが、そのどれもが過分な誇張が入ったもので正確なところを知る者はいない。


 曰く、その黒髪の男は世界を幾つも所有している。

 その男、世界中の全ての金品を合わせたより多い財力を持つ資産家であり、世界中の土地よりも広い面積の居住地を持った地主であり同時に不動産王であり、世界中の軍事力をはるかに超える武力を持った覇王であり、星の数ほどの嫁を持ったハーレム王であったと。


 その名はニイト。

 さすがにこれら全てが真実だという者は少数派だが、彼に関する逸話は多くの人々を引きつけた。


 真実を知るのは彼に近しいごく一部の人間たちだ。

 それによると彼には夢があった。

 戦争も飢餓もない平和な世界。激務や長時間労働を強いられることもなく、抑圧されることもなく、差別されることもなく、搾取されず、奴隷もいない世界を創ること。

 そんな理想郷で、時間もお金も猫耳幼女もモフモフも十分に満ち足りて、自由を謳歌する人生を送れるようになること。つまりは、


 ――人類総ニート化計画。


 労働時間を完全にゼロにすることは不可能かもしれないが、限りなくそれに近づけることはできるはずだ。


 苦役や魔王の脅威から人々を解放するためにニイトは富みも力も全てを手に入れたとされているが、正直なところは自分が一生快適なニート生活を送るために始めたことだった。がしかし、世の苦しみ事から解放してくれる彼を人々は救世主ニイトと呼んだ。


 しかし世界の全てより多くを手に入れたこの男が、元はどうしようもないクズである引きニートだったことを知る者は少ない。


 これはある日突然選ばれた引きニートが苦労を重ねながら成長し、やがてはそのどうしようもない自堕落な夢を叶えるまでの長い長い物語である。





 物語は彼が始まりの空間で目覚めたところから始まる。


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[一言] な、名前が締まらねぇよぉおおおおおお!!!!! ニイト……w
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