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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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「ルック! ルーン!」


 ルックたちが顔を出すと、シュールは驚きの声を上げた。


「どうやらこの子たちはスニアラビスの伝令で来たらしい。それだけだ。俺はまた見張り番に戻る」


 どういうわけか、ラテスはルックたちにとは違い、少しぶっきらぼうにシュールに言ってその場を辞した。ルックにはよく分からなかったが、何となくそれは照れ隠しのようにも見えた。


「この二人は俺と同じアレーチームのルックとルーン。二人とも入っていいぞ。こちらはガルーギルドの長、コライだ」


 この軍にルックたちのアレーチームの人間は一人もいない。シュールは二人の無事な姿を見て余程ほっとしたのだろう。珍しく落ち着きのない口調で三人を紹介する。


「へえ、ガキが二人でスニアラビスから駆けてきたのかい。大したもんだね。私はコライ。ここの副指揮官さ」


 コライの口調はとても綺麗とは言えない。ルックはそれに多少面食らいながら、自分も名乗る。続いてルーンもそれにならい名乗った。ルーンは、ルックが自分の自己紹介の拙さを後悔するほど丁寧に名乗った。


「こっちの状況はどんな感じなの? なんかそんなに切羽詰まった感じがないけど」


 ルックは恥ずかしさを隠すように質問した。シュールはどうやらそれを見抜いているようで、おかしそうに目を細めている。ルックはそれで余計に恥ずかしくなったが、コライが無骨な口調で、シェンダーの状況を話し始めたために救われた。


「今こっちは戦闘は始まっているんだけどね。敵の指揮官が余程馬鹿なのか、キーネの魔法具部隊を無駄に突っ込ましてきてね。四回くらいかね。そのたび信じられない数の敵兵が溶水に溶かされてるよ」

「そっか。じゃあこっちは特に無傷なんだね」


 厳しい事態に見舞われていないことを喜び、ルックは言った。

 シェンダーの南側から入ったルックは、北の惨状を見ていない。今や北の濠は溶水で溶けきらなかった兵士たちの死体が橋を架けそうなほどだった。シュールとコライにはその状況が気味悪く、とても明るい気持ちにはなれなかった。


「本当に敵の将軍が無能なだけならばいいんだが、こちら側の斥候は一人も戻ってこない。正直敵が何を隠し持っているのか不安でならないよ」


 シュールは暗い気持ちを隠そうともせずそう言った。


「そっか。あ、朗報になるかは分からないけど、アラレルが言うにはこっち側にはあまりアレーは来ないみたいだよ。スニアラビスにアレー二千の、カン・ヨーテス連合軍が攻めてきたんだ」


 ルックの言葉にコライは目を丸くした。多少予想をしていたシュールさえ、二千という数には驚いていた。


「そうか。じゃあここにいる敵軍は、俺たちを足止めするだけのこけおどしか。コライ、どう思う?」

「念のため聞くが、その情報は当てになるんだろうね? もしそれが本当なら、こっちも兵力を二分してスニアラビスの援軍に行くべきだね。それか一気に奴らの軍を一網打尽にしてやるか」


 ルックは興奮気味に言うコライを見て、初めて戦時下での情報が持つ重要さを実感した。そして慌ててもう一つの大事な情報を付け加えた。


「二人は闇って知ってる? 宗教の名前らしいんだけど」

「闇だって? 知ってるよ。オラークの村だかを吹っ飛ばしちまった邪教だろ?」


 闇という名にはコライがすぐさま反応を示した。シュールもそれは知っていたようで、不思議そうにルックを見ている。


「その、敵軍の大将軍がその闇の大神官らしいんだ。ここに来る途中聞いた話で、カンの脱走兵から直接聞いたって人に会ったんだ」


 ルックは極端にならないように情報の不確かさを語った。自分はありのままを話し、判断はすべてシュールに任せるつもりだったのだ。

 シュールとコライは目を合わせ、今聞いた情報について考え始めた。しばらくは沈黙が続き、やがてシュールは静かに言った。


「それがもし確かなら、敵がわざわざ自分たちの兵を減らしているのにも頷ける。闇とはそういう宗教だと聞くしな。闇がカンに加勢する理由などは分からないが、一応は警戒していた方がいいだろうな」


 シュールの答えに、ルックは黙って頷いた。コライにも特に異論はないようだ。

 ……闇というものを実際には知らないため、その恐ろしさは彼ら四人には分からない。警戒などでは不十分だったのに、それも仕方のないことだった。


「あ、そうだ。さっき斥候が誰も帰ってこないって言ってたよね。その闇の大神官って言うのは、カンにいたアーティスの細作を一人残らず見つけだして、処刑したらしいんだ。きっとそれで情報が遮断されてるんじゃないかな」


 ルックはダットムと話した内容の大事な部分を忘れていたことに気付き、慌てて付け加えた。再びシュールとコライは熟考し出したが、そこでルーンが暢気なあくびをしたために、ルックとルーンは砦の一室で休まされることとなった。

 部屋は二十人ほどが睡眠を取れる大部屋で、二人はその隅に横になり、あっという間に眠りについた。ルーンは土像の魔法を使ってから、あまり休まず駆けてきたし、ルックもルードゥーリ化による疲労がまだ強く残っていたのだ。


 ルックとルーンは夢も見ずにぐっすりと眠り、次の日の朝早くに目を覚ました。二人は他の兵士に混ざり食糧のパンとスープを受け取り、腹を満たした。


 黙々と食事をとる間、ルックは疲れの取れた頭でこれからすべき行動を考えた。

 とりあえず持ち帰るべき大した情報はないが、スニアラビスに向かわなければいけないことは間違いがない。しかしそれにルーンを連れて行く必要はない。正直言って足手まといになるし、スニアラビスと違ってシェンダーは比較的安全に思えた。それに、もしものときにシェンダーに治水の魔法を使えるルーンを残していく意味は大きい。

 考えれば考えるほどルーンを残していくことは名案に思えた。


 食事が済むと、ルックはルーンを連れてこの提案をするため、シュールのもとを再び訪れた。扉を叩くと、昨日と同じようにコライの声が聞こえ、ルックとルーンは扉をくぐった。


「おはよう。よく眠れたか?」


 ルックたちの顔を見ると、シュールは薄く微笑みそう言った。


「うん。昨日は気付いてなかったけど、大分疲れてたみたい。よく眠れたよ」


 戦争前に家でよく聞いていたシュールの言葉に、ルックは少し郷愁を覚えながら答えた。


「どうかしたのかい? 報告し忘れたことでも?」


 明らかに機嫌の悪そうなコライが、ぶっきらぼうにそう問いかけてきた。目の下に隈があり、あまり寝ていないのかもしれない。彼女が隈を作ると、元々の無骨で強面な顔に陰気さが加わり、幽鬼のような有様になる。


「報告じゃないんです。シュールにちょっと用が。スニアラビスに戻るつもりなんだけど、ルーンを置いていこうと思って」


 ルックは言った。完全な余談だが、この事をあらかじめルーンに話していなかったことを、ルックはこれからしばらくの間後悔することになる。足手まとい扱いをされたルーンが、この事を当分の間根に持ち続けるからだ。

 ルックの斜め後ろで、ルーンが拗ねた表情をしているのはこのためだ。

 ルックの言葉を少し考え、シュールは後ろで不機嫌になっている少女を気づかい、……もちろん内心笑い出したいのをこらえながら、言う。


「そうだな。もうスニアラビスに治水は広まっているのだろうし、ルーンにはこちらの負傷者を見てもらえると助かる」


 シュールの話し方がどこかからかう様なものなのには、ルックも気付いた。しかし、それがなぜなのかは分からず、失言を重ねた。


「僕一人なら二日もあれば着けるしね」

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