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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 アーティス西部の港町シェンダーでも、すでに戦闘は開始していた。ほとんどが魔法具部隊のカン軍が、砦の北側に大きく陣取っている。

 シェンダーの砦は周りを濠で囲っている。濠はそれほど深くはないが、溶水の魔法をかけた魔水が張られていた。そのため、北の大門と南の裏口にある大小の跳ね橋を上げてしまえば、入り込むことは非常に困難だ。


 ルックとルーンは夜になるのを待ち、南の裏口の方に近づいた。カン軍は時々見回りにやってくるようだったが、ほとんど北に詰めているため、難なくそこに近づけた。


 しかし問題なのはこれからだ。敵を拒む鉄壁の砦は、ルックたちもまた拒んでいたのだ。砦の壁はスニアラビスのそれよりも圧倒的に高く、リリアンの技法を駆使しても、とても飛び乗ることはできない。

 ルックたちは始めて見るシェンダーの砦に途方に暮れた。


「アラレル、どうやって入ればいいとか考えてたのかな?」


 ルーンはぼそりとそう呟いた。


「どうだろうね。アラレルのことだから考えてなくても不思議はないかもね」

「あはは、ねぇ。それでどうするの?」


 ルーンに問われ、ルックは少し考えた。宝石五つ分の隆地の魔法で踏み台を作り、そこからだったら跳び移れるかもしれないと考えたが、それはルーンにはおそらく無理だ。戦闘が始まっているので、中から跳ね橋を降ろす事もない。

 宝石五つ分の巨土像を作り、歩いて城壁に近付くことはできるかもしれないが、あまり仰々しくしては中から攻撃をされかねない。それにそれはあまりに時間がかかりすぎる。


 ルックが考えあぐねていると、驚いたことに突然中から跳ね橋が降ろされた。南の跳ね橋はとても小さく、二人がすれ違うくらいの幅しかない。そのためその動きはとても機敏で、あっという間に砦の中へと続く橋ができあがった。


「早くお入りください!」


 跳ね橋の向こうから二人に向かって声がかけられる。ルックとルーンは顔を見合わせ、二人続いて橋を渡った。

 防壁の中へ入ると、即座に跳ね橋が上げられる。

 ルックはある程度予想していたことだが、防壁の中に入った途端複数の兵士がルックとルーンの首筋に剣を突きつけた。


「ご無礼をお詫びする。まずは名を名乗っていただいていいかい?」


 戦時下での用心は当然のことだ。ルックが味方であると分かるまでは警戒するつもりなのだろう。しかし、ルックたちを招き入れた兵士は、ルックたちの年齢を考えてか柔らかな口調で言った。


「僕はフォルキスギルドのフォル、ルック。こっちはフォルキスギルドのルーン。スニアラビスからアラレルの命で伝令に来たんだ」


 ルックは相手の警戒心を煽らないよう、あえて子供っぽい口調でそう言った。


「それを証明するものはあるかい?」


 ルックに話しかける男は、柔和な顔立ちの青年だった。ルックは彼の目をしかと見据え、答える。


「僕らはシュールと同じアレーチームなんだ。シュールにルックとルーンが来たって言ってもらえれば、すぐに大丈夫だって分かるよ」

「シュールって言うのはどのシュールだい?」

「この軍の指揮官をしてると思うよ」


 ルックの言葉を聞くと、青年は頷いて身を翻そうとした。しかしそこに、それを抑止する声がかかった。


「必要ない。俺がその二人の身分は保証する」


 割って入ったのは、アーティーズ郊外でルックたちに襲いかかった義足の男だった。


「ラテス。間違いないのか?」

「ああ、間違える訳ないさ。そっちの嬢ちゃんは俺の命の恩人だからな」


 ルックはラテスという義足の男の名を今初めて聞いた。男の生い立ちからして本名だという保証はないが、意外にも明るい意味のある名前な事を、ルックはおかしく思った。ラというのは幸せという意味で、テスというのはこの場合はラが大きいという意味だ。ラは今は使われていないアーティーズ山岳民の言葉だが、アーティスではとてもありふれた名だ。


「はは、ラテスはシュールのことも命の恩人だって言ってたじゃないか。一体何人命の恩人がいるんだ?」

「俺の命を救う決断をしたのがシュールで、実際に施しをしてくれたのがその嬢ちゃんなのさ」


 義足の男ラテスは明るく言うと、二人に突きつけられた剣を下ろすように願い出た。

 そして二人を連れて場を離れ、砦の内部へと入っていった。

 シェンダーの砦は、スニアラビスのそれよりも明らかに広く明るかった。そして戦闘用に特化しているために、無駄な飾り気が一切なかった。


「ラテスって言うんだ。まだ名乗り合ってなかったね。僕はルック。よろしく」


 ルックの気さくな挨拶に、ラテスはにやりと笑う。


「ああ、ラテスだ。一応はこれが本名だ。笑えるだろう。俺はフォルキスギルドに暗殺者として育てられた。その俺が言った言葉が、今や皆から一応は信用されるんだ」

「心を入れ替えたってこと?」


 ラテスが皮肉に言った言葉に、ルーンが聞いた。


「はは、まさか。四十二にもなって今さら心を入れ替えはしないさ。ただ仕える人間が変わったというだけだ。まあ嬢ちゃんとシュールには本当に感謝している」


 皮肉に言うラテスは、ルックにはとても理解できない人生を歩んできていた。けれど、理解はできないながら、素直に感謝の言葉を口にしたことで、ルックはこの義足のラテスに初めて好感を抱いた。


「そういえばよく僕たちがいることに気付いたね。どうやって入ればいいか迷ってたんだ」

「ああ、まだティナからの援軍とやらが来てないからだ。来るなら南から来るだろうし、今か今かと待ち望んでいたのさ。さ、この部屋だ。今度はちゃんと案内したぞ」


 五階建ての砦の二階部分の部屋で、ラテスは足を止めた。


「指揮官なのに最上階にいないんだ」


 ルーンが不思議そうにラテスを見上げて聞いた。確かに大抵の指揮官は、建物の最上階にいそうなイメージがあるが、スニアラビスでもアラレルの部屋は一階にあった。実際最上階は、逃げ場のない最も危険な場所でもある。堅実な指揮官なら、自分の居場所を最上階には置かないだろう。

 ルックは扉を三回ノックする。すぐに中から声がかかった。しかしそれはシュールの声ではなく、聞いたことのないしわがれた女性の声だった。


「入りな」


 ぞんざいな口調だ。どうやら中から開けてくれるつもりはないらしい。ルックはドアを引いた。部屋の中は少し広めで、長机が置かれていた。シュール個人の部屋ではなくて会議室なのだろう。床には拭き取られてはいたが、生々しい血のあとがある。

 部屋には声の主と思われる三十ほどのあばた面の女性と、ルックのよく見知ったシュールがいた。

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