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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 実を言うと、これは小男ウォーグマの狡猾な知略だった。

 彼はここに来る途中灰色の髪になど会ってはいない。比較的アーティスに多い灰色髪を思わせぶりに口にして、それによって引き出したルックから聞いた名前で、それが男であると判断し彼という言葉を使った。まるで前から知っていたようにそう言って、ルックがシェンダーの砦にいる「はず」だと言った発言から、ルックがシェンダーの近状を知らないものと判断し、シェンダーが落ちたとほらを吹いた。

 そしてルックの口振りから、どうやらルックがシュールという男を尊敬しているのだろうと考え、さらにそれほど歳は離れていないだろうと推測し、兄ではないかと言ったのだ。


 ルックの魔法を脅威に思ったウォーグマは、より勝利を確実にするため罠を張ったのだ。

 ウォーグマの狙いは成功した。まんまとルックはそれにはまって、戦闘中には致命的とも言えるほど頭の中を真っ白にした。

 しかしその作戦は、ウォーグマたちの先遣部隊にとって決定的な失策だった。


「かかれ!」


 小男の号令とともに、十人のアレーの内八人がルックに向かって駆けてきた。そのときルックが抱いていた感情は、哀しみのようで、怒りのようで、深い喪失感のようで、しかしそのどれとも違った。


 にわかに、ルックの帯びる空気が黒く染まった。いや、空気が染まったのではない。彼が纏う気配が、目に見えそうなほど黒く染まったのだ。それと同時に、ルックは視界に違和感を覚えた。

 ルックは自分に駆け寄る男女を見やった。筆舌に尽くし難い感情の中、ルーンを守るため、彼らに打ち勝たなければいけないと、理性が言った。


 不思議なことに、ルックに向かう集団の動きは、異常なほど緩慢だった。跳び寄ってきた者などはもう宙に止まって見えた。まるで時の流れを極端に緩めたような中で、ルックは地を蹴る。ルックが立っていたところに生えていた草は、萎れているわけでもないのに、なかなか再び姿勢を正そうとはしない。緩慢な時の中、ルックはその緩慢な流れに巻き込まれることなく動いていた。

 ルックが駆け寄ってきても、集団の誰一人、ルックの方を見ていない。ルックの今までいた位置に目を向け、凍り付いている。


 ルックは手始めに宙に浮く男の首を跳ねる。続いてその左隣の一人を。また左の一人。左に人がいなくなると、ルックは右の方を見やり、人数分の石投を放った。石投は五つ同時に放ったにも関わらず、全てルーンの身長ほどの大きさがあった。

 その石投も、緩い時の流れに巻き込まれずに飛んでいった。緩慢な動きの敵は、それを避けるどころか気付くこともできなかったようだ。五人全てがその特大な石投にぶつかり、醜くひしゃげた。

 生身の人間が、まるで紙人形の様だった。ルックは待機していたもう一人にも一足飛びで接近し、一撃で首を跳ねた。そして最後の一人、小男ウォーグマのもとへ寄ると、その首に剣を突きつけ問うた。


「どこだ?」


 ウォーグマの頭は、その光景を理解するのにかなりの時間を要した。ルックに向かっていった仲間が瞬きする間に無惨な姿になり、慌てて振り向いて見たもう一人も首を跳ばされている。そして自分の首には黒い気配を纏ったルックの剣が突きつけられている。


「ル、ル、ル、ルードゥーリ化ぁあとっ?」


 あまりの事態に呂律の回らない男が悲鳴を上げる。


「シュールはどこだと聞いているんだ!」


 並々ならぬ怒気の混ざったルックの一喝に、小男は腰を抜かしてへたり込む。


「頼む、後生だ。頼む、頼む。斬らないでくれっ」


 小男はより一層小さくなって、命を請うた。ルックはそれを見て、こんな男にシュールが殺されたのかと思い、今すぐにでも斬り捨てたいという思いを抱いた。そしてそれと同時に、何かとてつもない空しさを覚えた。


「言え。命だけは助けてやる」


 空虚な想いに突き動かされるように、ルックは淡々とそう言った。


「知らない。知らないんだ。全部嘘だったんだ。シュールなんて男、俺はなにも知らない」


 男の言葉がルックの頭に染み渡るまで数瞬の時を要した。しかし、ルックが男の言葉を理解すると、安堵とともにまた言いようのない怒りが込み上げてきた。しかしそれでも約束は約束だ。ルックは男に背を向けた。ルックの身から黒い気配も消えていく。


 ウォーグマというのは、言うまでもないようだが卑劣な男だった。ルックからルードゥーリ化の気配が消え、自分に背を向けた途端、命を見逃された恩も忘れ、手にした剣でルックの背を一突きにしようとした。ルックもその気配に気付き、戦闘態勢を取ろうとした。むしろ小男を殺す口実ができたことを嬉しくすら思った。しかし、ルックの体は驚くほどに重く、男の単純な攻撃をかわすことも難しそうだった。ルックは思い通りにならない体に肝を冷やした。


 しかしウォーグマの繰り出した一撃はルックに到達することはなかった。ウォーグマの体は、いつの間にか発動させていたルーンの土像によって、十歩分ほど殴り跳ばされた。

 ルックに頼まれていた巨土像ではない。普通の人間サイズの土像だった。土像はアレーと変わらぬほどの動きを見せる。吹き飛ばした男にあっという間に追いすがり、とどめの一撃を与えた。


 ルックはそれを見届けると、糸が切れた人形のように崩れ、気を失った。




 土像、または土人や土傀儡などと呼ばれる呪詛の魔法は、土にマナを与え、土人形を作り出す魔法だ。その人型は術者の籠めたマナがなくなるまでは自在に操ることができる。速度はかなり速く、不意を突かれれば大抵のアレーが避けることが難しいほどだ。

 ルックの言っていた巨土像というのは、純粋にその土像の身の丈を巨大にしたものだ。土像に比べ練り込むマナは多いし、それを動かすのにもかなりのマナを消費するが、大きさに比例して土像が受け取れるマナも増加し、その動きもより速くなる。発動までにかなりの時間を必要とするが、発動すれば先ほどの状況でもまだ勝機はあった。


 ルックが目を覚ましたのは、ルックの命を救ったあの土像の背中だった。隣でルーンが併走している。どうやらルーンは、ルックを土像に背負わせあの場所を離れていたようだ。日の明るさから鑑みるに、それほど長い時間眠っていたわけではなさそうだ。まだ体には重い気だるさが残っている。


「あ、ルック起きた? 良かった。そろそろ私のマナも限界だったんだ」


 ルーンはそう言って、土像にルックを降ろさせる。地面に自分の足で立ったルックは、背中に違和感を覚えた。どうやらルックの背に、ルーンが無理矢理剣を結びつけたのだろう。居心地の悪さに解こうとしたが、どう結ばれているのか、自分一人では解けそうにもなかった。


「ちょっと待ってね。今解いてあげるから」


 ルーンは言うと、自分で堅く締めた結び目としばらく格闘した。ルーンがどうにかひもを解くと、ルックは今度こそ違和感のないいつもの背負い方で剣を背に回した。


「ありがとう。ルーンが助けてくれなかったら危なかったかもしれない」


 ルックの声はどことなく力なかったが、すぐにからかうような笑みを見せる。


「けどいつもあわてんぼうのルーンが、よく咄嗟に土像の魔法に切り替えたね。しかもあいつがまだ嘘だって言う前から土像は発動していたんでしょ?」


 土像は術者が手を突いている地面を使って作るものだ。あのタイミングでルックを守ったという事は、先に発動した土像を忍ばせていたという事なのだ。ルックは茶化すように言っていたが、実際少し意外でもあった。


「うん、ルックがルードゥーリ化して一瞬で敵を倒したとき、すぐに土像に切り替えてたよ。私の方こそ不思議なんだけど、いつも冷静なルックが何であんな見え見えの嘘に引っかかったりしたの?」


 少し嫌みっぽく聞いてみたルックに、ルーンは気付かず純粋に問う。


「そんな見え見えだったかな? 全く気付けなかった。ルーンはいつ気付いたの?」

「最初っからわかってたよ。だってなんか嘘付きそうな顔だったでしょ」

「そんな理由で?」


 ルックはルーンらしいと思いながら苦笑した。ルーンはさも当然そうにルックを見ている。

 ルックはルーンが不確かな理由でものを考えていると思った。しかし、実際ルーンは正しい答えを導き出していた。女の勘などと言ってしまえばそれまでだが、ルックが簡単な事を見逃していたというのも事実だ。どう見てもウォーグマは正直者には見えなかった。


 ルックは苦笑したあとそのことに思い至って、自分の浅はかさにまた苦笑した。ルーンは分かっているのかいないのか、そんなルックを見て楽しげに笑んだ。

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