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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 空を暗く覆っていた雲は、どうやら南下していき雨を降らせることはなかった。


 ルックは今までの道程を思い起こし、そろそろ今日にもシェンダーに着けるのではないかと計算をした。一つ気がかりがあるとすれば、自分たちがしっかり真っ直ぐ西へ進んでいたかという事だ。

 常に北北西にある太陽の位置からして、概ね西に向かっていることは間違いないが、それでも多少のズレはあるかもしれない。

 しかし海さえ見えてしまえばシェンダーの位置を把握することは難しくない。それにシェンダーは大きな街なので、そこまで進路が逸れてなければ、そのうち見えてくるはずだ。


「そろそろいったん休もうか?」


 ルックは少し速度を落としてきたルーンを気づかいながらそう尋ねた。


「なんだルック、もう疲れたの? だらしないなー」


 そんなルックにルーンは笑いながらそう言った。


「僕はまだ平気だよ。ルーンのペースが落ちてきたかなって思ったんだけど」

「あはは、そんな真剣に返さないでよ。休憩しよ」


 他愛のない雑談を交わし、二人は足を止めた。ダットムの農園で貰ったおいしい保存食を食べて、会話をしながら二人は休んだ。

 未開拓の平野部で、辺りは背の高い草が生い茂っている。草の背は座った二人を覆い隠すほどだった。地面はよく乾き、暑すぎない陽が二人に注がれる。ともすれば戦争が起きていることを忘れそうになるほどの陽気だ。


「あーあ、早く戦争なんて終わんないかな。ドーモンの作ったご飯が食べたい!」

「はは、そんなわがまま言ったってどうにもならないよ。けど本当だね。普通が一番いいよ」


 あまりにも暢気なルーンの言葉に、ルックは苦笑しながら同意した。しかしそれと同時に、きっと今現在もこの国で多くの血が流れている事を思い、胸を苦しくした。

 アラレルが、本当は自分たちを危険から遠ざけるためにこの遣いに出したと、ルックは気付いていた。彼らがライト王の友人のためか、それとも大事な友達の仲間だからか、アラレル自身の情によるものかは分からない。ただ、確実にこの任務は危険が少ない。敵はアーティス中に細作や先見隊を放っているのだろうが、小国とはいえこうまで広い土地の中で、敵に出くわす可能性は非常に薄い。戦線に立つよりは遥かに危険や死からは遠い。


 ルックはそんなことを思いながら立ち上がる。そろそろ充分に休憩も取った。早くシュールたちのもとに到達しなければいけない。

 そんな折だった。ルックの耳に何かが風を切る音が聞こえる。


「!」


 ルックは慌てて身を反らす。間髪入れず、ルックの頭が今あった位置を、鋭い短刀が通り抜ける。そしてときの声と共に、十人ほどのアレーがルックに向かって突進してきた。


「隆地よ!」


 咄嗟にルックは隆地を放ち、突然現れた敵との間に壁を作った。

 驚いた顔をしたルーンが何かを言おうと口を開く。しかしルックはそれを制し、背にあった剣を抜きながら囁き声でルーンに言った。


「しゃべらないで。たぶん向こうはルーンに気付いていない。何とか時間を稼ぐから、巨土像の魔法を溜めておいて!」


 ルックは内心穏やかではなく、囁き声にもその必死さが表れていた。だが、自分でも驚くほどに覚悟はできていて、冷静だった。茂みから立ち上がったところに短刀が飛んできたという事は、背の高い茂みに二人の姿は隠されていたのだろう。だとすればルーンは切り札にこのまま隠しておくべきだ。

 ルーンはルックの言葉に頷いて、座ったままで地面に手を突きマナを溜め始める。

 ちらりと見ただけだが、敵は全てアレーだ。そして十人ほどいた。おそらくカンの先遣隊だろう。ルックはこの不運を呪った。ルーンはほとんど戦力には数えられない。一対十などシャルグですら厳しい状況だ。しかし戦時下での負けはそのまま死を意味する。何とかするしかない。

 敵は隆地の影から飛び出してこない。必死で意識をしていなかったが、ルックの隆地は早打ちとは到底思えない巨大な物だった。敵はそれを警戒しているのかもしれない。


「僕の名はフォルキスギルドのルック。フォルだ。名も名乗らずに切りかかってくるとは卑怯者め! 身分を明かせ!」


 隆地が消えた瞬間、ルックは大きな声でそう言った。

 大振りの剣を構えるルックの姿は、なかなか堂に入ったもので、敵の警戒心を煽るには充分だった。もしすぐに全員で切りかかられたら、ルックは一溜まりもなかっただろう。しかし敵は速攻をかけることをためらった。最初の駆け引きはまずルックの勝利だった。


 敵は最初の見立て通り全員アレーで、数は十人だった。最悪なことに、みなが何かしらの魔法を使える髪色だった。一人一人がどのくらいの実力かは分からなかったが、明らかにルック一人の手には余る。ルーンの巨土像が完成するのも、かなりの時間が必要なはずだ。


 ルックは最悪の事態が浮かびそうになるのを振り払いながら、必勝の手を練り出そうと考えを巡らせた。


「これはこれは、とんだ失礼を」


 十人のアレーの中から卑しい目をした小男が進み出てきた。余裕ぶったその目には、やはりルックを警戒する色が窺えた。


「お前がその隊の隊長か」


 ルックは使える物は何でも使わなければと思い、男の警戒が消えないようできるだけ堂々とそう言った。敗色が濃いなどと微塵も感じさせない口振りだ。


「左様。私の名前はウォーグマ。カン第一軍の第二先遣部隊隊長を務めています」


 男の声は高くかすれていて滑稽だった。そしてその卑屈そうな口調はどこかかんに障るいやらしいものだった。


「ウォーグマ、あなたは今その人数で勝利を確信しているだろうけど、今すぐ死を覚悟しろ」


 ルックの威勢を張った発言に、小男は少し口ごもる。しかし不気味に口を歪めると、鼻持ちならない口調のまま言う。


「ふふふ、何とも威勢のいいことで。ところであなた、今ルックと名乗りましたね。もしや、あなたの近しい人に灰色の髪はいますか?」


 ウォーグマに問われ、ルックは咄嗟によく知る灰色髪を思い浮かべた。


「シュールのことか?」


 ルックの答えに、小男は満足そうに笑む。


「そう、彼はシュールというのですか。なかなかのアレーだったようですね」

「なにが言いたい?」


 ウォーグマの勿体ぶった口調に、ルックは少し腹を立て聞く。ウォーグマはそんなルックを見て、邪悪な笑みで楽しそうに言う。


「いえ、ここに来る前、その人に私たちの部隊が遭遇しましてね。彼、最期にルックだなんて、男の名前を叫んで死んだのでおかしく思っていたんですよ」

「なっ、」


 ルックは男の言葉に心臓を鷲掴みにされるような思いがした。しかしそれは一瞬で、すぐに男の言葉のおかしなところに気付いた。


「ふざけるな! シュールは今シェンダーの砦にいるはずだ」


 ルックは動揺しつつも反論する。しかし小男は嫌みな笑みを浮かべてそれを否定する。


「シェンダーは我らが大将軍の手に落ち、すでにアーティス人は一人もいません。彼が単身私たちの前を通ったとしても不思議はないでしょう。スニアラビスに報告に行く途中だったんじゃないですかね」


 ルックの胸に濃い絶望が芽生える。しかしルックはそれを振り払うように大音声で反論する。


「嘘だ! それにシュールがそう簡単に負けるはずない!」


 小男は小馬鹿にしたようにため息を吐く。


「ふう、彼はあなたのお兄さんか何かだったんですかね。いくら私たちといえど、あれほど傷を負った戦士に後れをとりはしませんよ」


 余裕ぶった笑みだ。ウォーグマは言う。

 ルックにはその絶望的な状況がまざまざと想像できた。敵の大将軍は闇の信者だという。闇はとてつもない力を持っているとダットムが言っていた。シェンダーが落ちていたとしても不思議はない。男の言葉はとても筋が通っているように思えた。そしてルックは、シュールと兄弟に間違えられることが少なくない。


 シュールが死んだ。


 それはルックにとってあまりに深い絶望だった。ルックが今幸せを感じられるのも、両親が死ぬ夢にうなされなくなったのも、全てシュールがいたためだ。何度も何度も自分の頭を撫でてくれた優しい手が、こんな男に奪われたなんて、……


 ルックはほとんど呆然と立ち尽くした。構えていた剣をだらりと地面に向け、身を苛む、言いようのない感情になすすべをなくしていた。

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