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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 キラーズが倒れたカン・ヨーテス連合軍は、ことさら精彩を欠いた。新しく軍のトップに立ったヨーテス第二軍隊長も、ヒルドウが戦闘のどさくさに紛れ暗殺をし、次に立った第一軍の副隊長も敢えなく死んだ。軍には相当な混乱が走り、四番目にはカン軍一の優秀な女性を隊長に立てるも、ヒルドウの手に掛けられて半日もしない内に舞台を降りた。


 ここまで来ると、誰もが暗殺の可能性を考え出した。先に暗殺者を絞り込み、それを捕らえなければいけないと気付き、その特定に躍起になったが、誰もヒルドウの正体を見抜けなかった。そしてついに、ヒルドウの狙い通りにジリスウが将軍の座に名乗りを上げた。


「しかしその、申し上げにくいことだが、ジリスウは指揮官として決して優秀だという話を聞かないのだが」


 軍の主要人物を集め、軍議をしていた大天幕の一つで、カンの軍隊長の一人が控えめにみなの気持ちを代弁した。


「腰抜けがたわけたことを。確かに俺は考えの足りないと言われることも多い。だがここにいる誰よりも腕は確かだ。五度に渡る戦闘で、俺は戦線の先頭に立ち、多くのアーティス兵を葬ってきた。兵たちも俺が将軍となれば士気が上がる。暗殺に怯え何もできないでいるお前らよりはましだ」


 ジリスウの意外にもまともな発言に、皆の心に期待が生まれた。思っていたよりは彼が愚か者ではないかもしれない。そして彼の腕は確かに立つ。腕利きの暗殺者といえども、彼の首を取るのは簡単ではないだろう。そう、ほとんどの者が思った。

 実を言うとジリスウのこの発言は、ヒルドウが巧く彼を焚きつけ引き出したものだ。もちろん特に身分を持たないヒルドウはこの会議には参席していないが、ジリスウの行動はヒルドウの掌の上だった。


 万事が完璧だと言えた。キラーズの天幕の中で、甲斐甲斐しくキラーズの治療をしていたヒルドウは、この仕事を非常に楽しんでいた。戦闘のないときはほぼこの場所にいたヒルドウは、ここに自分を遣わせたビースに感謝すらした。人を殺すのはただ虚しいだけの仕事だったが、今度の仕事は達成感がある。今までの五度の戦闘でアーティス軍の被害は三十人程度だったが、カン・ヨーテス連合軍には五百人ほどの被害が出た。それだけ連合軍の混乱は大きかったのだ。

 彼の目の前にいる名将キラーズは、当分目を覚ますことはないだろう。ジリスウは他の将軍たちと違い暗殺をする必要はない。愚図としか言いようのない彼ならば、きっとこの軍を間違えた方に導いてくれるだろう。後はただ滅ぶを待つのみ。


 ヒルドウは声をこらえて笑った。辛かった少年時代もこれで報われるというものだ。

 まだ十代の青年は、壮絶な笑みでキラーズを見下ろしていた。





「スニアラビスに千と言っていた話について聞きたい」


 森人の森を抜け、首都へと戻る道中、落ち着いた口調でシャルグは問うた。

 ビースとシャルグは二頭の馬が引く馬車の中で、御者に聞かれないよう声を抑えて話し始めた。


「いえ、あれは確証のない話でございました」


 答えたビースの言葉に、シャルグは少し安堵の表情を浮かべた。


「いずれにせよ私の推測にすぎませんが、千かもしれませんし、二千かもしれません」


 しかし、続けて言ったビースの言葉に、シャルグは顔を曇らせた。


「ご心配なのは分かります。ですがルーンに治水の魔法を広めることを了承していただきました。こちらは三百名ほどとは言え、治水の魔法によって数倍にも戦力が増すことでしょう」

「しかしそれだけでは不十分だ」


 ビースの言葉に、今度はシャルグは安堵せず、言葉少なにそう言った。


「承知しております。しかしそれに加え、森人の民の戦力はとても大きなものとなるでしょう」

「それでもまだだ。……もし二千の軍が攻め入ってくるなら、スニアラビスの砦など一夜の内に落ちかねない」


 シャルグは厳しい口調で言い募る。


「アラレルは俺をあの地獄から救った。いくらその父親であっても、アラレルを死地へ追いやるような真似は……」


 許さないという言葉を、シャルグはかろうじて呑み込んだ。シャルグは自分にそんなことを言える権限がないことを思い出したのだ。しかし明らかにいつもより口数の多いところから察するに、シャルグの胸には大きな不安が蠢いているのだろう。


「左様でございますね。これをあなたに言うべきかはとても迷っているのですが」


 ビースは珍しく歯切れ悪く言った。アーティスへと向かう公道は、とてもよく整備されていて、揺れはほとんど感じない。


「まだ他にも切り札が?」


 シャルグは促すように聞いた。ビースは御者がいる前方を気づかわしげに見やり、ため息を吐く。そしてよりいっそう声を抑え言った。


「あなたの弟にご助力を頼みました」


 短い言葉だったが、そこに込められた意味はシャルグにとっては非常に大きなものだった。


「あなたのおっしゃりたいことは分かっております。しかし、三百の軍が千を越える敵を相手に勝利するより、単身彼が乗り込み、内側から大きな損害を与えることの方が、遥かに分のいい賭でございます。一夜の内にスニアラビスが蹂躙される可能性は否定できませんが、そこはもうアラレルを頼みにするより他にございません」


 フォルキスギルドの裏の顔、暗殺を生業とする者の中でも、目覚ましい功績を上げている男、青の暗殺者ヒルドウ。彼は、元々アーティス一の暗殺者だったシャルグの、血を分けた弟だった。

 子細まで語ると長くなるが、シャルグは十年前の戦争での功績のため、裏の舞台から退くことを認められた。しかし彼の弟のヒルドウは、十年前はまだ七歳の少年だった。優れた才能を持つアレーではあったのだが、その歳ではまだ戦争には参加してない。つまりシャルグのように活躍してはいない。

 シャルグにとっては思い出したくもない暗い環境に、今なお取り残されているのだ。


「あなたが弟のことを、どれだけ大事に思っているかは存じているつもりです。私とて、打たずに済むのなら打ちたくなどはない手でございます。しかし私のそうした迷いが十年前にアラレルの投入を遅らせ、アーティスに多大な被害を与えてしまいました。シュールの説得がなければ、……いえ、この先はシャルグもご存知のことでしょう」


 語るには及ばないとばかりに、ビースはそこで話を切った。シャルグもビースの話をよく吟味するために、目を閉じ黙していたが、やがて静かに頷いた。それを見届けたビースは申し訳なさそうに笑む。そして気を取り直したように明るい口調で話題を変えた。


「そういえば、アラレルの母親が生きていたとは驚いたでしょう」

「ああ、驚いた」


 シャルグもそれに同調し正直な気持ちを述べた。それにそれもシャルグが聞きたいと思っていたことの一つだった。


「アラレルにも話していないことです。幸いアラレルは私に似たようで、特に背が低いということもなく、自分で気付くことはないでしょう。ですからあなたも、できればこの話を内密にしていただきたいのです」


 シャルグはあまり深くは聞かず、その言葉には頷いた。幼い頃に親を亡くした彼は、親子の気持ちというものはあまり分からない。そこに自分が立ち入るべきではないと心得ていたのだ。




 アーティス中部の平野部を、二人のキーネと四人のアレーからなる、どこか陰鬱な空気を持った一行が、南へと歩を進めていた。いや、よくよく見るとキーネの内の一人の腕には三歳ほどの幼子が抱かれている。そして、明らかに二人のキーネがどこか尋常ではないことが見て取れる。


 他のアレーはただ無表情に、何かを堪えるように歩を進めているのに対し、二人のキーネはやはり無表情だが、その域を越え生気がなかった。

 うつろな瞳は延々と続く平野を見ているようでもあるが、何も映していないようでもあった。足取りは確かなのに、どこか心許なげな気もする。

 二人は男女で、幼子を抱いているのは女性の方だ。年は若く見え、その幼子の両親のようにも見えたが、それにしてはその子に対する慈しみや愛情が微塵も感じられない。

 幼子は濃い緑色の髪のアレーで、とても大きな瞳に計り知れない悲しみを感じられた。


 日は暗くなり始めていて、暗くなり切る前に寝場所を作ろうと、近くの背が低い木のそばでアレー四人は野営の準備を始めた。

 二人のキーネは足を止めこそしたものの、子を抱いたままアレーたちには見向きもせず、ただ南を見続けていた。

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