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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 ビースはこれまでの経緯を微に入り細に入り語って聞かせた。森人はティナよりも遥かに戦争に近い位置にいる。しかし、閉ざされた慣習のため情報には疎い。ビースの話、特にヨーテスがカン側についたと言う話には明らかな驚きを表した。


「あの恥知らず。元々あいつらはアルに導かれキーンを討った仲間じゃない」


 シーシャは不快感を隠そうともせずそう言った。


「それも今となっては昔の話です。あの国はアーティス国の平野部が自分の物に思えて仕方ないのでしょう。元々ヨーテス人は頑固な上に欲深く愚かでたちの悪い人種なのです」


 シーシャに同調するようにビースは痛烈な毒を吐く。ヨーテス人であるリリアンには間違っても聞かせられない発言だ。


「おぞましわ。彼らには光の神の御心が微塵も残ってないのでしょうね」

「全くもって嘆かわしい限りです」


 シーシャの発言にまたビースは力強く同意する。シーシャとは対照的に冷静なヒリビリアは、ちらりとリージアの様子を伺ってから、特になんの反応もないことにため息を吐く。


「それであなたは、私たちにその戦争に参加しろと言われるのですね」


 少し脇に逸れそうになった話をヒリビリアはまとめる。ビースは黙って頷き肯定する。ビースに焚き付けられたシーシャは、当然のように援軍に向かうことに賛成した。しかしヒリビリアは明らかに難色を示していた。


「シーシャ、よく考えて。戦争では多くの命が消えていくのよ。それは私たちだって例外ではないわ。あなたは自分の立場が分かっているの? あなたは私よりも二倍死んでしまいやすいのよ」


 ヒリビリアの言葉に今まで乗り気だったシーシャは沈黙してしまう。森人の森の事情に明るくないシャルグにはその会話の意味は分からなかったが、ビースは事情に詳しいようで、少し沈んだ表情をしていた。


「ご存知のこととは思いますが、私がもし死んだ場合、森人の森の掟でシーシャは処刑されます。私たちは決して戦争に赴きません」


 ヒリビリアは重たい口調でそう言った。ビースは沈んだ表情ながら、しかし諦めようとはしなかった。おそらく二人を巻き込むことに乗り気ではないのだろう。しかしここまで不利な戦争では、二人の力がどうしてもほしいというのも本音だったのだろう。


「もしこの戦争でアーティスが敗れれば、カンはおそらくこの森人の森も見逃しはしないでしょう。それは自明の理です。いくらあなた方とは言え、カン全軍をお相手にはできないでしょう。ならば今、我らと共にカンを抑えるべきではございませんか?」


 ビースの言葉は正論で、重たくヒリビリアに響いたはずだが、ヒリビリアは何も言わず、じっとビースの目を見た。

 それは迷いもある目だ、迷いに揺れる中に、しかし揺るがぬ確固たるものもある。


「私にはシーシャの命も預かる、あなたのお気持ちは分かりかねます。ただあなたが何もせずにここにこうしていても、あなた方が天寿を全うできないのは分かります。脅すようではございますが、正しいご決断をいただきたいと思います」


 リリアンのときには見せなかった、とても強い口調でビースは言う。しかしヒリビリアは頑なに沈黙を守った。言葉では何を言おうとビースに太刀打ちはできない。しかし姉を守るため、決して折れるわけにはいかない。シーシャも妹に従い、堅く口を閉ざす。元々この姉妹の主導権は妹のヒリビリアにあるのだ。


「正直に申し上げますと、今度の戦争は十年前よりも遙かに絶望的です。このままではそう遠くないうちアーティスは落ちます。カンは先の戦争でもそうだったように、今度も和睦を受け入れはしないでしょう。彼らは大陸全土を自分の国だと思っているのです。そしてそれはこの森人の森が焼け野原になるのも時間の問題ということです」


 ビースはなおも言い募るが、二人の沈黙は続く。


「事態は一刻を争います。スニアラビスかシェンダーのどちらかが敵の手に落ちれば、私たちのごくわずかな勝利の芽は絶えます」


 無口なシャルグと微睡むリージア。そして押し黙るヒリビリアとシーシャ。ビースが言葉を途切らすと、空気の重たさがいやでも露呈した。

 何も言わない二人に対し、ビースはため息を吐く。思い詰めたような重たいため息だ。


「アラレルはスニアラビスで千を越える軍勢と三百の兵で対峙しております」


 呟くようにビースは言った。


「なっ」

「今あなたなんて……!」


 ビースの発言にヒリビリアとシーシャは驚きの声を上げる。シャルグもこの発言には驚かされた。スニアラビスにカン軍が向かう。シャルグもそのビースの予想を聞かされていなかったのだ。


 ちなみにもちろん、ビースのこの発言に、現時点ではビース自身確信はない。実際にスニアラビスにどれほどの兵力が進攻してきたかの報せは、まだ首都アーティーズにすら届けられていない。しかしビースからはそんな不確かさなど微塵も感じられなかった。


「嘘を言わないでいただきたいわ。いくらアラレルの強さを信じていたって、あなたが限度を見誤るなどあり得ないでしょう?」


 シャルグが驚いたのはアラレルと幼なじみであるため当たり前だ。大事な友の身を案じないわけはない。しかしシャルグにはヒリビリアの動揺は意外だった。それまで頑なに口を閉ざしていたのに、その姿勢をかなぐり捨てたのだ。


 ヒリビリアは姉であるシーシャを見、そして微睡むリージアを見る。

 ヒリビリアの迷いはどうやら最高潮に達しているようだ。せわしなく目線を泳がせ、あれこれと独り言を呟き始める。

 ビースはヒリビリアの決意が固まるのを待つことにしたようだ。彼にとっては今の言葉が最終手段だったのだろう。

 ヒリビリアの動揺に対し、シーシャはビースの言葉で意を決しているようだった。堅い目をして、彼女もまたヒリビリアの決断を待った。


「全く、あなたって子は。いったいいつになったら一人立ちできるのかしら?」


 そんなとき、しわがれた声が部屋に響きわたった。年齢を感じさせる声だが、その口調は若く、早口だった。

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