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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 鬱蒼と生い茂る木々の合間に、人口数十人の小さな集落がある。いくつかの木を柱にして造られた家が点々と並ぶそこは、比較的小さな人たちが暮らしていた。小さいと言っても、歳が若いというわけではない。純粋に背が低いということだ。老若男女問わず、アーティス人の平均身長に達するものが一人もいないのだ。恐らく二十を越える歳の者でも、シャルグの胸の辺りまでも背がない。


 シャルグはビースの護衛で、リリアンの元を訪ねた足でそのまま森人の森に入った。


 ビースは首相就任以来、二十余年ぶりに訪れた地を、おそらく当時もそうしたのだろう、物珍しげに眺めていた。彼の護衛にはシャルグが一人だ。この戦時下に護衛が一人とは不用心なようにも思えたが、ライトが襲われた件もあって、国内の人間といえども安心はできない。むしろ護衛はシャルグが一人という方が安全なのかもしれない。


「ここにはあなたよりも強い戦士が二人もいらっしゃいます。信じられますか?」


 無口なシャルグに一方的にビースは語る。


「森人の森では数十年に一度、そうした人たちが生まれるという伝説があります。光の少女と闇の少女。どちらも非常に優れたアレーです。特に魔法においては、シュールを遥かに凌ぐ才を持っているとか」


 ビースは静かに話をしながら、真っ直ぐ、村の中央にある一際大きな家に向かう。こんなところにある村では、外部からの人間は珍しいのだろう。数人の森人がみな、物珍しげに通りすぎる二人を見送っていた。

 いくつもの木を柱として造られたその家は、石材や木材で無造作に造られたように見えたが、よくよく見ると非常に丁寧に造られていた。石や木でできた壁は苔で隙間を埋めていて、風を一切通さないようになっている。一体どう個々の素材を結びつけているのかは分からないが、ちょっとやそっとではとても崩れそうにはない。しかしその構造は成長する木の柱に合わせ容易に形を変えられるのだ。


「ようこそビース」


 二人が家の前で立ち止まると、見計らったように石の扉が開けられ、中から二人の女性が現れた。


「驚きましたね。私たちがここに立ち寄ることをご存知だったのでしょうか?」


 ビースがここを訪問することは、アーティスの誰にも伝えていなかった。

 森人の民は他の集落を訪ねることはあっても、この森自体を離れることはほとんどない。他の集落へもそれほど多く立ち寄ることもなく、さらにそれほど長く家を空けることもない。そのためあらかじめの予告がなくてもほぼすれ違いにはならずにすむのだ。最悪でもさほど待たずに目的の人物に会うことができる。


「最初、私たちの居場所を尋ねにキカクの集落に寄られたでしょう? その報せが昨日届いていましたので」


 女性は二人とも四十代に見えた。

 左に立つのは先程からビースと会話をしている丁寧な口調の女性で、桃色の髪に茶色い目をした聡明そうな女性だった。森人にしては大きな方で、ビースの肩ぐらいまでの背があった。線の細い女性だが、釣り気味の目からは気の強さをうかがわせている。

 もう一人は彼女よりは少し背が低く、紫色の髪をしていた。背は少ししか変わらないが、もう片方の女性よりもさらに線が細いせいで、ずいぶん小さな印象を受ける。先程からうつむき加減な顔は整ってはいたが、どこか内向的に見えた。

 二人とも丈の長い質素なローブを着ている。


「左様でございますか。それならば私たちが訪ねさせていただいた理由もご存知でしょうか?」

「ええ、大体の察しはついております。ですがとりあえずは中へお入りください。お話はそれからにいたしましょう」


 少し冷たい口調で、桃色の髪の女性は言った。手櫛で掻き上げる髪から覗く目が、まるで全てを見透かしているかのような深みを持っている。


 シャルグとビースが家の中へと入った。意外にも家の中はとても広く感じられた。日の遮られる深い森の中だというのに、家の中には充分な光が満ちている。光はまるで家そのものが光っているかのように至るところで乱反射をしていた。


「綺麗でしょう? 森を愛すことのないあなたたち山の人間には、見たこともないようなものでしょう?」


 ここで初めて、内気そうなもう一人の森人が声を発した。少し失礼な発言だ。アーティス人のことを未だに山の人間と称したことから、強い偏見の持ち主なのだということが分かった。


「そうだな。心を奪われるような見事さだ」


 どうやら自分に話しかけているのだろうと判断したシャルグは、深みのある優しいトーンでそう言った。シャルグが正直に認めたことが意外だったのか、紫色の髪の女性は目を丸くしてまた俯いた。そんな様子を見た桃色の髪の女性が口を挟む。


「ふふ、張り合いのない人ね。これほど家の中を明るく保つのは私たち森人でも大変なことでございますのよ。そういえばあなたにはまだ名乗っていなかったわね。私はヒリビリア。森人の間では光の少女と呼ばれているわ。こっちは私の姉、闇の少女シーシャ。こんな歳で少女と言うのもなんなのですが、伝承に沿った呼び名なので見逃してくださいね」


 なぜだかビースに話していたときよりも柔らかい口調で彼女は言った。


「俺はシャルグだ」


 シャルグは彼女の方に目を向けて言う。ヒリビリアの紹介に対して、ずいぶんと短い自己紹介だったが、それこそが最もシャルグをシャルグらしく紹介していた。ヒリビリアはそれに短く笑むと、立ち止まり、左手にある戸を開けた。

 戸の向こうはやはり輝かしい光に包まれた部屋だった。広くはないが、四人が腰を下ろしてもまだ大分余裕のあるテーブルに、六つの椅子が置かれている。


 そのうちの一つ、最も奥の方に、一人の老婆が腰を下ろしていた。

 アーティス人の平均寿命を遥かに越えているだろうその老婆は、微睡むように目を閉じていた。深く皺の刻まれた顔も、微かに上下する肩も非常に小さい。四人が部屋に入ってきても目を開ける様子はなく、気付いているのかどうかも定かではなかった。髪は非常に綺麗な薄緑色で、部屋を取り巻く光を受けてまるで輝きを纏う妖精のようだった。


「まさかあの方は……?」


 老婆をみとめるとビースは微かに感激を込めて言った。


「ええ、私の前の光の少女。この森人の森の長老でもあらせられるリージアです」

「おお、なんとまさかこの目でリージアをお見受けできる日が来ようとは。光栄でございます」


 ビースは大仰に言い、ヒリビリアとシーシャは誇らしげな顔をした。シャルグは最初はなんのことだかわからないといった顔をしていたが、ふと閃いて、急に得心した表情になる。


「リージアとは、光の織り手のことか」


 光の織り手・リージア。かつて夢の旅人・ザラックが大陸各地を渡り歩き、集めた仲間の一人だ。彼女はその六人の仲間の中で最も幼く、また最も早くザラックに理解を示した女性だった。

 後の世で伝説として語られるザラックの仲間六人で、今唯一生きているのがリージアだ。ザラックの物語は多くの本や吟遊詩人の語りに使われているため、まだザラックが死んで百年と経っていない今でも多くの人がそれを知っている。シャルグもライトたちが子供だった頃、何度か語って聞かせたことがある。


「リージアは今年で百二歳になられます。ですが今なお決して衰えることのない深い考察力をお持ちです。今はお休みの時間のようですが、きっと私たちの話は聞いていらっしゃいます。目を覚ましたとき、私たちを教え導いてくれることでしょう」


 どこまでも誇らしげにヒリビリアは語った。森人にとって光の少女とは、ただそれだけで崇拝されるものなのだ。それに加えてザラックの伝説の一端を担ったとあれば、彼女の自慢げな表情にも頷ける。

 正直シャルグはそこまでリージアに興味はなかったが、露骨にそれを表しては彼女らの機嫌を損ねると察し、感動をしているように演技をした。


 女性二人とビースはそれぞれ向かい合わせに腰を下ろした。シャルグは護衛らしくビースの脇に静かにたたずむ。


「さあ、それではビース。お話を伺いましょう。今あなたの国では戦争が起こっているそうですね」

「ええ、建国以来かつてない大軍により進攻を受けております」

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