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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 首都アーティーズではまだ戦争は遠い。街並みは不安に彩られてはいたが、まだいつもの穏やかさをそのまま残していた。最も北寄りにある四の郭でも、今が戦時下だとは思えないほど静かな夜を迎えている。

 ドゥールは家の椅子にゆったりと腰を掛け、酒杯を傾けていた。


「どうだドーモン、お前も一杯やらないか?」


 ドゥールはワインの入ったボトルを軽く持ち上げる。


「俺、そんな気分、なれない。ドゥール、一人で飲め」


 その隣でドーモンは、二人しかいないテーブルを見て、仲間のことを思っていた。彼も酒が飲めない訳ではないが、仲間への心配から、そうする気にはなれなかったのだ。

 ドゥールは余裕を持っているような態度だったが、彼もここにはいない仲間のことを思い、気が気ではないだろう。けれどだからと言って何ができるというわけでもなく、いつもより確実に多い酒を飲むばかりだ。

 ドーモンもドゥールとの付き合いは長い。ドゥールのそんな強がりのような行動の意味を分かっていた。断りはしたものの、まるで慰めるようにドゥールのそばから離れようとはしない。


「早く、終わるといいな」


 ドーモンは静かに呟く。ドゥールは酒を口に運ぶ手を止めて、なにも答えずにただ黙って酒杯に目を落としていた。




 その次の日、ドーモンはシビリア教の教会へ来ていた。正確には、その教会の隣にある孤児院へだ。

 孤児院は古い建物で、十年前の戦争の爪跡が残る、一階建ての建物だ。かつてはドーモンの仲間、ルックがいた孤児院でもある。彼らの住む四の郭の隅にあり、家からはそこまで離れていない。


「ドーンも一緒に行こ」


 ドーモンと同じ藍色の髪の少年がそう声をかけてきた。歳は四歳ほどだろう。ドーモンのことをドーンと呼ぶのは、子供の舌が回らないためではなく、ドーモン自身が自分の名前をうまく言えず、「ドーオン」と言ってしまうためだ。


「ユーイル、お前、戻ってくる。俺、それまでここ、守る。家、なくなったら、悲しいぞ」


 舌っ足らずで上手くしゃべれないドーモンだが、不思議と子供には意味が良く通じる。ユーイルと呼ばれた少年は、ドーモンの言葉に納得したようで、ぎゅっとドーモンのふくらはぎに抱きついてくる。

 彼らは戦争が終わるまでの間、この首都アーティーズよりも東の田舎町に避難するのだ。


 ドーモンはこの孤児院には頻繁に手伝いをしに来ていた。今日も彼らを見送るのと、通りにとまる馬車に荷物を運ぶため、ここへ来たのだ。

 ルックがいたときに比べれば、終戦から十年もたつのだ。当然孤児の人数は少ない。馬車も二台で足りるほどだが、孤児院の院長は歳を重ねた女性で、他に大人の人手は三人だけだった。そしてその三人はキーネの女性だ。子供たちはアレーなので、ユーイルよりも大きい子供ならマナで体を動かせるが、体が小さい彼らでは、荷物を運ぶのが簡単ではない。力が足りてはいても、純粋に大荷物になれば持ちにくいのだ。

 ドーモンは雲を突くかのような巨体だ。仮にマナを使わなくても、こういった荷運びには向いている。

 ギルドからの依頼などではなく、純粋な善意でドーモンはここに手伝いに来ていた。


 自分のふくらはぎまでしか背のない少年は、しばらく抱きついたあと、ドーモンを強い目で見上げた。


「僕も大きくなったら、おうち守る! ドーンと一緒!」


 ドーモンはその場でしゃがみ込むと、優しく少年の頭に手を置いた。元々糸目で常に笑っているような顔を、さらに笑顔で崩した。


「おう、ユーイル、がんばれ」


 馬車が出発した。最後までドーモンに向けて手を振ってくるユーイルたちに、ドーモンは見えなくなるまで手を振り返していた。

 できればユーイルが孤児院を守らなければいけないような、そんな未来は来てほしくない。そのために、ドーモンはこの戦争を戦うのだ。

 ドーモンの心に迷いはなかった。





「そうですか、クラムはまた時を止めにいったのですね。まあ、まさか私たちに助力いただけるとは思っていませんでしたが」

「ふん、あんな男一人いなくたって私に何を恐れろと言うのさ」


 シェンダーへと進軍する一万以上の軍の中に、大きな二頭の馬に引かれた馬車がある。その中で、ディフィカは十代後半に見える男と話をしていた。

 闇の大神官ディフィカ。彼女こそがアーティスにとっての悪の化身、カン・ヨーテス連合軍の総指揮を託されている大将軍だ。今彼女にはクラムと話していたときのような重たい雰囲気はなく、高慢だけれど活気のある美しい女性に見えた。しかし、眉間の皺はやはり濃く、決して人に好印象を与えるようではなかった。


「確かに、母さんにはこの私も付いていますしね」


 唯一ディフィカと共に馬車に乗っていた男は、自慢げにそう語った。尊大な様子ではなく、甘えるような言い方だった。

 男はディフィカと同じ黒髪で、しかしディフィカにはない明るい雰囲気を持った男だった。左右非対称の前髪を気障に固め、背はあまり高くなく、背中には三本の剥き出しの刃という変わった武器を背負っている。つり上がった目は、母と呼んだ女性を敬うように眺めていた。


「今はそう呼ぶのはお止し。どう見たところで私たちは親子には見えないのよ。ふん、それにクロック、あなたなど私から見れば有象無象にすぎないわ。そんな発言は神官にでもなってから言うのね」


 リリアンはこの大陸に神のいる宗教はないと発言していたが、闇と言うのは数少ない例外の一つだ。闇の神は存在していて、神官になったものには莫大な力が与えられる。ディフィカもその力でキーン帝国時代から三百年もの間生き続けている。三百歳にして、十八年前に子を宿しすらした。

 神官の中でも特に際立った力を持つものは大神官と呼ばれる。ディフィカのように、より闇に魅入られ、より闇を愛したものがそうなるのだ。しかしディフィカの息子クロックは、大神官どころか未だに神官にもなっていない。クロックはディフィカの言葉に不服そうに眉をひそめる。


「なら神官になる方法を教えてくれればいいじゃないか。そうすれば俺もすぐにでも神官になって、母さんの役に立って見せるよ」

「自分で見つけなければ意味がないのよ。全く、いつまで子供でいるつもりなの?」


 揶揄するような笑みを浮かべてディフィカは言う。クロックはまるで少年のように口を尖らせる。

 このように話していると、二人はただ普通の親子のようだった。いや、見た目の年齢が合わないため親子には見えないかもしれないが、とても邪教徒には見えない。


「あなたがいつまでも歳を取らないから、私も大人になれないのですよ」


 二人がそんな話をしていた折り、突然二人の乗る馬車が止まった。不審に思ったディフィカはすぐに馬車を降り、大声で問うた。


「何事だい?」


 続けてクロックも馬車から降りる。シェンダーへと続く大通りで、魔法具部隊を中心とした一万を越える大軍は立ち往生していた。


「大変ですディフィカ将軍! ぐ、軍の真ん中に突然ルーメスが現れました!」


 息を乱して駆けてきた兵士が、つっかえながらそう報告する。


「なに? ルーメスだって? ふん、仕方ないね。どこだい? 私を連れてお行き」


 震え上がった兵士が慌てて首を降る。とてもルーメスのそばに行く勇気がないのだろう。しかし彼は、ディフィカに冷たい目で睨み付けられ、先程よりもより震え上がってディフィカの命に従った。

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