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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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タイトルを青の旅から青の物語に変更しました。

序章の前にキャラクター紹介を掲載しました。




「あらお父様。お早う御座います。今日は一段とお早くいらっしゃいますのね。そちらの方々は……えぇと、どちらの方でしたかしら。アレーで御座いますでしょう。わたくし嫌ですわ。アレーの方をお忘れしてしまうだなんて」


 噛み合わない。もちろんルックたちは彼女とは初対面なのだが、彼女はどうやらこの農園の誰かだと勘違いしているようだ。


「これマゼンド。シャキッとせんか。この方たちはお国のアレーで、今はシェンダーへ伝令に出ているところなのじゃ。先程我が家に立ち寄られたのじゃよ」


 ルックは椅子から立ち上がりマゼンドに礼をした。


「おはようございます、マゼンド。僕はルック、こっちはルーンです。お邪魔しています」

「あらあら、そうだったの。こんな辺鄙なところへようこそお出でくださいました。わたくしはマゼンドと申しますの。お見知りおきくださいませ」

「気を悪くせんでおくれ。マゼンドはの、この農園から生まれてこの方外へと出たためしがないのじゃ。それで多少ずれてはいるがの、決して悪気はないのじゃよ」


 マゼンドとダットムは笑顔でルックとルーンに言う。ルックはほのぼのとした父娘のやりとりをほほえましく思った。


「この農園から一歩もですか? 私もそこまで遠出をしたことはないですけど、不躾な質問ですが、それではつまらなくないですか?」

「あらいえ、そんなことはないんですよ。ここにはわたくしの大事なものが全て揃っているんですもの。お父様も主人も、農園の皆さんもとても良い方ばかりで、わたくしはとても恵まれていますの。例え外へ出たって、すぐにここが恋しくなってしまいますわ」

「そうなんですね、でもそれならどうやってご主人様を見付けられたんですか?」


 ルーンはどうもマゼンドと気が合うようで、女性同士の話に花を咲かせ始めた。ルックは知らない大人たちの前だとどうにも居心地悪く感じたが、元がおしゃべりなルーンは、例え相手が誰であってもよく話した。言葉遣いが丁寧なのはルックを驚かせたが、ルックはフォルの資格を得てからほとんどの仕事でルーンと別行動だった。いつまでもルーンは子供らしいのだと思っていたが、ルックの知らないところでルーンも変わっていったのだろう。


「ルック。わしは先程の話が気になっておるのじゃが、カンとヨーテスが同盟を結んだのかの?」


 一人感傷に耽っていたルックに、ダットムが気さくに声を掛ける。


「あ、はい。どうもそうみたいなんです」


 ルックはルーンと違い、気のきいたことも言えなかったが、それに関してはルックは開き直ることにした。無理に話題を広げようとはせず、ダットムの言葉を待った。


「ふむ、一年前に来られた客人も不穏な動きがあるとは言っておったが、いつから戦争は起こっていたのじゃ?」

「シェンダーではどうか分かりませんけど、スニアラビスで開戦したのはまだ昨日のことです」


 ルックはそこまで言ったとき、ふとダットムの言葉が気にかかった。経験不足のため聞いてもいいことなのか少し躊躇ったが、思いきってルックはダットムに尋ねた。


「一年前はまだ、首都でも戦争が起こりそうなことは分かっていなかったのですが、その旅の人はそんなことをどこで知ったんですか?」


 カンに不穏な動きがあるというのがアーティーズで噂され始めたのは、まだそれほど前の話ではない。もっともカンが攻めてくるのが遅かれ早かれ起こることなのは、アーティス人でなくても誰もが知っていたことだが、それでも一年前からカンに動きがあったことを察知していた人を、ルックは知らない。


「おお、それはそうじゃの。だがその客人はカンの者だったんじゃ」

「カンの?」


 カンの人間がアーティスにいたとしても、特に驚くほどでもない。現に今も多くの細作がアーティスに放たれているだろう。しかし、カン人がカンの情報を、こんな田舎にとはいえ漏らすとは普通は考えられない。ルックは疑問を投げ掛けようとしたが、それより早くダットムが事情を語りだした。


「彼は、名はなんと言ったかの。とにかく彼はカンを抜けてティナへと出奔する途中だったのじゃ。その途中でこの家へ立ち寄られての。なんでも彼は、カンの新しい将軍に反対だったそうじゃ。分からぬでもない。カンの将軍は確かに桁外れの強者だったそうなんじゃが、闇だったそうでの」

「闇ですか?」


 ダットムの言葉はまるで謎かけのようだった。ルックはダットムの言う闇というのが何かの例えだろうと考えた。影の魔法師のことかとも一瞬考えたけれど、それならカン人が逃げ出す理由にならない。


「そうか、お前さんの歳では闇のことなど知らぬじゃろうな。五十年ほど前のことじゃ。ダルクと言う闇の男が、オラークの村を一瞬にして消し飛ばしたことがあるのじゃ」


 村一つを消し飛ばす。それはとんでもないことだ。しかしルックには一つ心当たりがあった。


「そのダルクって言うのは、もしかして白い髪ですか?」


 ルックはとっさにアラレルの言葉を思い出したのだ。テツが百人のカン軍を一度の魔法で打ち倒したという話だ。


「白い髪? いや、そのような話は聞いておらんの。そのときはダルクと言う男は非常に有名になったんじゃが、たしか黒髪の者だと言われていたと思うがの。ダルクは自分のことを闇だと言ったのじゃ。お前さんは森人の宗教を知っておるかの? 森人は光という神を崇拝しておる。闇というのも宗教の名じゃよ」

「あ、そっか。そういえば森人の宗教の話は知っていました」


 ルックは得心した。森人の宗教が光なら、闇という宗教があって不思議はない。


「でも別にカンはこの宗教を信仰していなければならないというのは、ないんじゃないですか? 確かカンはこの大陸で一番多くの宗教が存在する国だって聞きましたけど」

「そうじゃ。カンは元々キーン帝国なのでの。大陸全土の宗教を認めておるのじゃ。じゃがの、闇だけは別なのじゃ」


 ダットムと話していると、次々と農園の人が食堂へ入ってきた。この農園の朝が始まろうとしているのだ。ガヤガヤと賑わい始めた食堂で、ダットムは厳かに言う。


「闇というのはの、邪教なのじゃよ。ダルクが村を壊滅させたのも狂っていたからではないのじゃ。それが闇の教えなのだそうじゃ。もちろん闇の教えも解釈一つで様々に変容するそうじゃが、闇の教典では確かに破壊を推奨することが書かれておるのじゃよ。まあ、わしも人から伝え聞いた話で深いところまではわからぬがの」


 ダットムが話終えたところで、下働きの女がダットムのテーブルに食事を運んできた。農園の作物を時間をかけて煮込んだのだろう、いい臭いのするシチューだ。焼きたてのパンからはまだほんのりと湯気がたっている。


「おお、ビリニヤ。お早う。こちらの方々はお国のアレーで今朝方こちらへ立ち寄られたのじゃ。こちらのお二人にも朝食を用意してもらえるかな」

「ああ、はい。どうも」


 素朴な顔立ちの下働きはそう言って台所へと戻っていった。


「本当にありがとうございます。あの、それじゃあカンの将軍はその闇の信者なんですか?」

「ああ、そのようじゃ。なんでもその、おおそうじゃ、カリアカリヤという者じゃった。

 ほほ、やっと思い出せたわい。

 一年前に我が家を訪ねたその彼が言うにはの、なんとカンの将軍は闇の大神官の一人なのだそうじゃ。闇の神官はの、闇に心を売る代わりに強大な力を得るそうなんじゃ。カリアカリヤが言うには、その神官は不思議な力でアーティスの細作のことごとくを見付け出し処刑したそうじゃ。その功績でサラロガに取り入り、今の地位に上り詰めたそうじゃ」

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