⑧
明日の日曜日(2017.4.23)にタイトルとあらすじを変更します。検索で青の旅と入力しても出てこなくなる可能性があります。申し訳ございませんがよろしくお願いします。
防壁の外側では何十本もの梯子に、次から次へと敵が群がってきていた。まだまだ途切れる気配は見えない。破城縋を持った鉄の魔法師たちが再び門を打ち付けている。とりあえずは門を破られないため手を講じなければならないようだ。
しかし鉄の魔法師にこの距離からダメージを与える術は、ルックにはない。
隆地などは防壁の上からでは距離がありすぎて発動しないし、放砂の目眩ましもほとんど意味がないだろう。やはり隆地か降地を打つために、もしくは地割の魔法を打つために下へと降りなければならないようだ。けれどそれはほとんど自殺行為だ。下へと降りて魔法を放つまでなら、ルックの剣とリリアンの技法があれば可能だろう。しかしその後何百人ものアレーがルックの命を狙うこととなる。
ルックは防壁を登ってきた敵兵を横薙ぎにする。敵兵はルックの予想以上の速度に対応しきれず、無抵抗のまま息絶えた。
もうリリアンから教わった体術もほとんどものにできている。しかし、確かにリリアンと会う前に比べ圧倒的に強くなったが、それでも二千を一人で相手にできるはずもない。
必死で考えをめぐらせていたルックは、ふと自分を呼ぶ声がするのに気が付いた。
「ルック! ルックってばっ!」
防壁の下からルーンが呼んでいたのだ。見下ろしてみると、ルーンは口の周りに当てていた手を外し、ルックに向けて振ってきた。
幸いルーンの周りにはまだ敵がいない。ルーンも自分の力を知っているので自ら敵に挑もうとはしていないようだ。そのためルーンは手が空いていた。
「ちょっと降りてきて! ジッケーン!」
「実験? 何のんきなこと言ってるのさ!」
「いいから早くっ!」
ルックは考えが中断されたことを少し腹立たしく思ったが、かといって何かいい案が浮かびそうだったわけでもなくて、とりあえずはルーンの言葉に従った。ルックは防壁の内側に飛び降りる。そこで再び門を熱烈にノックする音が聞こえた。
急がなくちゃいけない。
そんな焦りがルックの語調を荒くした。
「どうしたのさ?」
「何よー、そんなに怒らなくていいじゃない。けどルックいつの間にあんなに高く跳べるようになったの? シャルグだってあんなの無理でしょ?」
ルーンは得意の早口でそう言った。ルックは早く本題を促そうとしたが、その間もなくルーンは次の話題を話し始めた。
「これ、なんだか分かる?」
言ってルーンが取り出したのは青い半透明の宝石だった。それはルックの剣につけられているのと同じアニーという宝石だった。とっさにルックは自分の剣の柄を見る。
「やだ、まさかそこから取ったりしないよ」
アニーというのは比較的ありふれた石だ。少し脆い石なので複雑なカットには適していないが、装飾品などにも多く使われている。磨けば透明度が水晶のように高くなり、昔はガラスのように使われていたらしい。
そのアニーには一つ大きな特徴がある。呪詛の魔法を籠めたときに、より多くのマナを保持していられるのだ。呪詛の魔法師には金カーフススの糸と同じく、ただの普及品以上の価値がある。
「それがどうかしたの?」
ルックは問う。ルーンがそれを持っているということは、何かの魔法がかけられているのだろう。しかしルックの知り得る限り、この状況を打開できるほどの魔法はない。
「ふふ、これにはね、名付けて爆石の魔法が入ってるの。私のオリジナルのね」
ルーンは自慢げに笑いながら言う。ルックはようやく得心した。新しい魔法が使われているからこその実験なのだ。
「そっか、それはどのくらいの威力があるの?」
「えー、そっかだけ? もっと思いっきり驚いてよ」
「あとでいくらでも驚いてあげるから。今はそれどころじゃないでしょ?」
あまりにのんきなルーンの発言にルックは呆れ返る。けれどルーンもすぐにふざけるのをやめ真顔になる。
「そうだな。威力はまだ試してないからわからないけど、爆空を応用した魔法だからそれなりにあると思う。宝石が割れると爆発するから、扱いには気を付けて。ルックが防壁の上まで飛べるなんて知ってたらもっと早く出したのに」
爆空とはルックは本気で驚いた。爆空は十人程度の集団を一撃で吹き飛ばすほどの威力を持った魔法だ。かなり繊細な魔法で、術者自身も巻き込んで爆発しないとも限らないため、あまり戦闘向きではないが、もしそれほどの威力をこれが持っているならそれは相当な脅威だ。
目を丸くしたルックにルーンは満足そうに笑み、三つのアニーを手渡した。
「完成したのはちょっと前だけど、本格的に数を作り出したのは昨日からだからまだ大した量はないの。役に立ちそう?」
アラレルが名指揮官ではないというのは、ルーンにも分かっていたことだ。ルーンもルーンなりに打開策を考えていたのだろう。ルックは知らないうちにルーンを子供扱いしていた自分を恥じた。
「うん、きっと役立つ」
ルックはアニーを万が一にも落とさないよう、大事に腰の袋に入れた。そして防壁の頂上を睨み、膝を曲げ、一瞬だけ足にマナを集める。ルックの体は宙に浮く、先程よりもどうやら上手くいったようで、ルックは一度で壁の上へと飛び乗った。
破城槌がもう何度目かも分からなかったが、再び門を打ち付ける。門はもう限界だ。内側にいるアレーがなんとか修繕しようと手を尽くしているが、蝶番もほとんど外れ、分厚い鉄の門がわずかに歪んでいるほどだ。
ルックはルーンのアニーを手に取った。これが頼みの綱だった。ルックはまだ安定してないリリアンの体術は使わず、普通のマナの操作でアニーを投げた。狙いはかなり正確だった。ルック自身ちょうどよく破城槌の中央に宝石が飛んでいったのを満足に思った。
そしてアニーは破城槌へと打ち付けられて砕け散る。
「なっ!」
耳をつんざく轟音を立て、アニーが大爆発する。破城槌を粉々に砕き、それを持っていた鉄のアレーも十数人が吹き飛んだ。ルックは予想以上の威力に驚いたが、敵の驚愕はその比でなかった。ルックはこれが世に出回る危険性について思い馳せつつ、瞬時にこの状況を打破する方法を思い付いた。
芝居がかった動作でルックは右手にアニーを持ち高く掲げた。敵軍の数人がそれに気付き、瞬く間に千を越える目がルックに注目しだした。ルックは緩慢な動作で掲げたアニーを攻城梯子が三つ並んだ場所に投げ付けた。三つの攻城梯子は見事に砕け散る。そして周辺にいたアレーも声を上げる間もなく吹き飛んだ。悠然とルックはもう一つのアニーを取り出す。
「くっ、くそ、なんだあれは。あんなもの聞いていない!」
連合軍の一人がうろたえた声を出す。間近で人が吹き飛ばされるのを目の当たりにしたのだ。それは彼にとって耐え難い死に方だったのだろう。
敵将キラーズはその声を聞き、すぐさま最悪の事態を想定した。兵の抱く恐怖は野火のごとく瞬く間に広がっていくことがある。このまま一人が逃げ出しでもしたら全軍にそれが広まり、散々に逃げ出しかねない。ヨーテス軍は戦争を知らない。もしそうなれば再び軍を集め直すのにひどい時間がかかるだろう。
「退けー! 皆退けー!」
キラーズの判断は早かった。各隊長たちもそれにならいすぐさま撤退命令を出す。この号令に兵たちは少し安堵を覚えた。誰もが得体の知れない魔法具の前に逃げ腰になっていたのだ。しかしその号令で、皆体面を保ちつつ逃げ出す理由を得た。群がるときよりも圧倒的に速く、敵軍は引き上げていった。
ルックは安堵の息を漏らし、余った一つの爆石を袋に入れ、懐にしまった。
「助かったよ。あれがなければ今日のうちにも門が破られていただろうね」
中庭では怪我の重いものから治水に浸かり、戦いの傷を癒していた。今度は被害も大きく、治水がなければ戦闘不能だった者も相当数いた。命を落としたものも十数人いたという。しかしむしろそれだけの被害で済んだことは奇跡的だった。
敵は防壁に阻まれていたのもあり、百名以上の被害を出していたはずだ。怪我で戦闘不能になった者も含めれば敵軍は二百は兵を減らしただろう。
対してこちらは怪我人というものを数えなくて済む。今日はアーティス側の大勝利と、今度こそ確実に言えるだろう。
アラレルは勝利の立役者であるルックに満面の笑みで称賛を与えた。ルックは少しのんきなアラレルに一抹の不安を覚えながらも笑顔でそれに答える。
「全く、ギリギリの所だね。ルーンはアラレルのことも呼んでたみたいだよ。もうちょっと周りにも気をかけてくれないと」
ルックは回りに聞こえないよう気を配り、声を低める。
「ごめんね、気を付けるよ」
ルックにたしなめられてアラレルは面目無さそうに頬を掻いた。
「僕たちは今夜の内にもここをたつんだよね? 本当に大丈夫?」
「うん、本当は父さんもそれを見越して副官にルーザーを付けてくれてたんだ」
ルーザーはここに来る間、ずっとアラレルの隣にいた男だ。ルックは彼のことをよくは知らなかったが、ビースが付けたのだから信頼してもいいのだろう。
「彼は戦闘にはあまり向いてないんだけど、頭がいいんだ。全部の作戦は実は彼に委ねてる。今度も彼は色々考えてくれてたんだけど、急な攻撃に作戦が立てきれなかったらしい。僕のことは彼が分かってくれているから、ルックたちは安心して行っていいよ」
ルックたちの立場ではアラレルに直接発言をすることは難しい。もし副官がそれほど優秀なら、本当にルックも安心できた。何よりもルックとルーン以上にこの伝令に適切なものはいない。どうしてもとまではいかないがルックが行く必要がある。
「分かった。くれぐれもあっさり負けたりしないでよ」
ルックは安心したのもあって、少しいたずらな笑みでそう言った。
「ははは、言われなくても」
勇者の安請け合いは、ルーンのそれよりも何倍も確信が込められていた。




