表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
83/354

今週の日曜日(2017.4.23)にタイトルとあらすじを変更します。検索で青の旅と入力しても出てこなくなる可能性があります。申し訳ございませんがよろしくお願いします。




 スニアラビスの中庭では、負傷したミストスリ商会の数名とアラレルが、急ごしらえの濠で水浴びをしていた。

 アーティス軍がこの砦の中に濠を作ったのはこのためだ。濠にはルーンの治水が張られている。

 ルックは水に治水をかけるルーンの横でアラレルに話しかけた。


「上手く行ったね。こっちは被害がないのに、向こうには結構な被害があっただろうし、アラレルを傷つけたと思ったら無傷で現れるわけだからね」

「うーん、けど結構痛かったな。できれば無傷で帰ってきたかったよ」

「そうだね。それに治水は毒には効かないから、敵が剣に毒を塗ってたら一巻の終わりだったよ」

「うわ、気を付けよ」


 アラレルの発言に、負傷したミストスリ商会のアレーたちや、ルーンに治水を教わっていた三人の緑髪がクスクスと笑う。それはアラレルの思慮の浅さを笑ったのではなさそうだ。アラレルがルックに合わせて子供らしく発言しているのだと勘違いでもしたのだろう。


 ルックはアラレルの威厳を損なうよりは、そう思わせていた方がいいと判断した。アラレルはこの軍の心のより所で、思慮が浅いと気付かれれば軍の士気に関わる。


「けどアレーが二千だなんて驚いたよ。こっちは治水でなんとかするつもりなんでしょ? シュールたちが来るまでどのくらい持ち堪えればいいんだろう」


 少ないとはいえ百人単位の軍にいるのだ。ルックはアラレルと話す機会はなかなかない。ここぞとばかりに質問を投げ掛けた。


「そうだね。こっちに二千来ているなら、向こうのアレーは多くても五百かそこらだと思う。副官のルーザーが言うには、カンも自国の領土を守る兵を置いてきてるはずだから、百人くらいじゃないかって。

 シェンダーの砦は鉄壁だからまず負けたりはしないと思うし、そう長くはならないんじゃないかな。こっちも父さんは治水の他にも何か手を打ってあるみたいに言っていたし、とりあえず結構上手くいくかもしれないね」


 先にも述べたことだが、治水こそがリリアンには分からなかったビースの切り札だ。リリアンは敵の軍を一気に吹き飛ばすような派手な手段ばかりを考えていたが、実際この治水の魔法というのは、非常に強力な武器だった。

 アレーの数は二百五十でも、生きてさえいれば負傷者は治水ですぐに回復する。

 それはこちらの手勢が何倍にも膨れ上がるのとほとんど同義だ。さらにルーンは治水の魔法を教え広めることに承諾した。

 呪詛の魔法は、術者の数が増えれば共同で繰り出すことができる。威力、効力は純粋に二倍三倍と増えていくのだ。アラレルの軍は不死身の強さを手に入れたに近い。


 特にアラレルが負傷を恐れなくなるというのは意味が大きい。アラレルの存在は軍の心の拠り所でもあるし、言ってしまえば効力が絶大な使い捨ての切り札を何度も切れるということなのだ。


 ちなみにルーンが治水を広めることを承諾したのも、進化の止められたこの大陸では驚くべきことだ。この後の世でも原因の分かっていないルーメス多発事件と何か絡みがあるのか、どうやらやはりこのとき、進化を止める力は弱まっているようだった。


「あ、そうだルック。シュールにこっちの戦況を教えなくっちゃいけないんだ。こっちに二千来ているから向こうにはそれほどの大戦力は行かないって」


 アラレルはふと思い立ったようにルックに告げた。傷はおおむね癒えたようで、水場から立ち上がる。びしょ濡れになった服もそのままにアラレルは続ける。


「よかったらルック、シェンダーまで伝令に出てくれないかな」


 敵の数がもう増えないと分かっているかいないかでは、戦況に大きな差が出る。それによって、立てる作戦も、どこまで慎重にいけば良いのか見極めがたつのだ。そしてルックが伝令に走れば、万が一にも敵の情報操作を疑われる心配もない。

 日はだんだんと暗くなり始める。暗がりの中での戦闘は敵と味方が判別しづらい。特に数の多い敵の軍は、夜の戦闘は避けるだろう。今日のところはアーティス側の勝利と言っていいようだ。


「うん、分かった。じゃあさ、ルーンも連れていっていいかな? こっちはもう治水の魔法をみんな使えるようになるだろうし、ルーンを一人残して行くのも不安だから」

「そうだね。シュールの方も治水の魔法があれば大分被害を抑えられるだろうしね」


 アラレルは肯定しながら、ルックの不安という言葉を言い換える。ルックはそんなアラレルの配慮に気付いたが、言い直そうとは思わなかった。

 最近は特にルーンのことが幼く見え、ルックは本当に不安だったのだ。歳は同じだが、ルーンのことは僕が守らなければと、幼い頃に考えていたことが思い出された。


「ひどいルック。私が一人で不安ってどういうこと?」


 一通り治水の説明を終え、治水の維持を他の者に託したルーンが話に加わる。


「私だって魔法が完成しちゃえば強いんだからね。ルックにだってライトにだって負けないもん。あ、しかもね、最近また新しい魔法を開発したの。それを使ったらアラレルにだって勝っちゃうよ」

「あはは、そっか」


 不安なのはルーンが弱いからではない。ルーンがあまりに戦争というものを恐れていないからだったのだが、ルックはそれを言わず笑って流した。

 アラレルはそんな二人のやり取りを笑顔で眺めていたが、暖季も終わりかけたアーティスは寒い。濡れた服を取り替えるためその場を離れようとした。しかしそのとき、慌てた様子の灰色髪が中庭に走り込んできた。


「大変です! カンとヨーテスの軍が動き始めました」


 短い説明だがアラレルはにわかに顔を引き締め、再び門の方へと走っていく。ルックとルーンも顔を見合わせ後を追った。




 敵はアラレルの負傷した今を好機と見たのだろう。再び鉄の魔法師たちに破城縋を持たせ門へと向かって突進してきた。

 不意を突かれたアーティス軍は対応が遅れ、破城縋の一撃をまともに食らう。巨大な門の巨大な蝶番が一つ外れ、門が歪んだ。鉄の魔法師たちは一度下がり、第二撃を繰り出そうとする。再び突進を開始するが、そこでルックが闇雲に放った降地の魔法が彼らの足元を崩す。


「よくやった」


 門の上に飛び乗り状況を見ていたアラレルは、ルックを称賛すると急いで号令をかけ、ミストスリ商会の百名を集める。そこでマナを溜め終えたのだろう、青髪の大地の魔法師たちが大量の石投を降らす。しかし破城縋を持った部隊は鉄の魔法師だ。その攻撃をものともせず第三撃を繰り出すために再び距離を取った。

 そしてそれに続かんとばかりに後ろで大軍がときの声を上げる。攻城梯子が防壁にいくつもかけられ、次々と敵兵が群がってくる。


 どう考えても旗色は悪かった。防壁の内側に建てられているやぐらから、見張りの部隊が群がる敵兵に矢と石の雨で応酬する。防壁の上に立ったアレーたちも油を落とし、なんとか敵が防壁に上がらないよう応戦するも、数が数だ。一人、また一人と防壁の上に上がってくる。

 防壁の上で戦闘が始まる。また何人かの敵兵が防壁から飛び降り、砦の中へ侵入してくる。防壁の内側には百名のミストスリ商会が控えているため、降りてきたものは次々と倒されているが、それも次第に数が増えてきている。抑えきれなくなるのも時間の問題だ。


 ルックは飛び降りてきた敵の一人を切り捨て、必死で打開策を考えた。アラレルは防壁の上で群がる敵を当たるが幸いとばかりに次々と切り捨てている。しかし目の前の戦いに集中するあまり、大局を見てはいなかった。


 ルックは焦った。ここにいるほとんどの人はアラレルがあまり優秀な指揮官でないことを知らない。十年前の戦争でも隣にシュールがいたからこそ、適切な進軍ができたのだ。しかしシュールの活躍は、ほぼアラレルの力として世間には知られている。ここにいる誰もが、アラレルが打開策を見いだしてくれることを期待していることだろう。

 指揮官の資質を疑われては軍全体の士気に関わる。

 事実を知るものが何とかしなければならない。


 ルックは一旦状況をよく知るため防壁の上に飛び上がる。アラレルほどの脚力はないため、防壁の上にギリギリ手が届くといったところだったが、手が掛かりさえすれば後は彼もアレーだ。猿のように身軽に防壁の上へと体を運んだ。垂直跳びで防壁の上へ跳び上がったルックを見て、下ではルーンが目をむいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ