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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 アーティス西のシェンダーは港町だ。ティナから輸入した芸術品や工芸品はここからフィーンやアルテスに運ばれる。そこは長い船旅で疲れた海の男たちが羽を伸ばす、とても活気の溢れる街だった。

 カンとの国境がある街なので、街の外、北側にはとても大きな砦を構えている。砦には魔水の溜められた濠があり、そして非常に高い防壁が砦をぐるりと覆っている。魔水には溶水の魔法がかけられていて、万が一にもそこに落ちてしまえば、人は瞬く間に溶けてしまう。防壁にも帰空の魔法がかけられていて、ありとあらゆる魔法を無に帰す。まさに鉄壁の要塞と言える。


 中はとても広く、現在シュールの軍と各地の貴族から寄せ集めた兵とガルーギルドの二百名を足しても、まだ存分に余裕があった。そして食糧も長い籠城戦でも耐えられるように、千人が数年食べていけるほどの蓄えがある。しかしシュールはそこまでここでの戦闘を長引かせたいとは思っていなかった。もしもビースの言うことが本当なら、一刻も早くこちらでの戦闘を終わらせ、アラレルの元に駆けつけなければならない。

 勇者アラレルのことだ。そう簡単にスニアラビスを明け渡しはしないと願っているが、それも敵軍の数による。こちら側には足止め程度の軍勢を向かわせ、ほとんどをスニアラビスに投入してくるかもしれない。


 アーティスも指折りの細作をカンに向けて送りはしたが、尋常ではないことに、誰一人としてアーティスには戻ってこなかったという。敵の情報が一切隠れてしまっているのだ。


 シュールはなんともやきもきした気持ちでシェンダーの砦にいた。砦の二階にある実用重視の殺風景な会議室で、そばにはガルーギルドの長、コライがいる。


 コライは三十半ばの、女性ながらに強面のアレーだ。赤紫の長い髪に太い眉。その間に刻まれた、歳の割りにとても濃い皺。あばた面の頬骨の出た顔に、細く鋭い目が抜け目なく光っている。

 常に怒ったような表情の彼女は、シュールも一目を置く強者だ。十年前のアーティス第一次大戦では、敗れはしたものの、わずか五十の軍でカン第二軍を壊滅寸前にまで追いやった、名指揮官でもある。

 当時のガルーの長は高齢で、彼女は十年前からたった二十そこそこの年齢で一軍を指揮していたのだ。ガルーの中でも信任が厚く、シュールもまた今度の戦争で重要な要になる存在だと認識していた。


 ビースとリリアンとは違い、二人は今度の戦争を悲観していた。斥候部隊の、まだカン軍が現れないという報告を、安堵するでも逸るでもなく受け止め、ただ何をするでもなく会議机に着いている。


「ティナの軍っていうのは本当に来るんだろうね? 今の勢力じゃとてもカンを抑え切れはしないよ」


 コライは高く大きな声でそうぼやく。


「ビースが説得に向かったので、まず間違いはないだろう」


 丁寧な口調でシュールは言う。シュールにしても不安がないわけではなかったが、彼はビースの予想を信じていたので幾分冷静でいられた。


「ふん、だといいね」


 コライは言うと、腰に差した剣を抜く。シュールはそれを見てどうしたのかと問おうとしたが、すぐその理由に気付き、彼もまた剣を抜く。


「出ておいで、青二才」


 彼女の言葉に、天井の梁から一人の男がひらりと舞い降りてきた。黄色い髪の少年だ。ルックたちとそう変わらない歳だろう。彼はすでに二本の短剣を抜いていて、慎重に間合いをはかっていた。幼いことは間違いがないが、アラレル、シュール、シャルグは同じくらいの歳で十年前の戦争で活躍していた。油断はできない。とは言え、シュールもコライも歴戦の戦士だ。ひと目で少年の腕が自分たちに遥かに劣ると気が付いた。


「お前、今なら見逃してやるよ。カンの暗殺者の卵ちゃんだろう?」


 コライには最初から見逃す気などはないのだろう。少年を挑発する。プライドの高い年頃の少年だ。その言葉には腹を立て、一気に殺気立つ。


 シュールは軽く溜め息をつく。恐らく途中で軍に加えた貴族の部隊に紛れていたのだ。もし仮にここで自分たち二人を討ち取ったところで、まず生きては帰れない。そんなことも分からないように教育されてきたのか、それともそれをこの歳で覚悟していると言うのか。


「我が国の領土に我が物顔で巣くう害獣どもめ! 覚悟しろ」


 少年は言ってコライの元へ駆ける。しかし、二人からしてみればやはり致命的に遅い。シュールはどうしようかとも思ったが、少年の目に小火の魔法を放つ。ここまで正確に敵の目を捕らえられるのは、少年が遅いと言うのを差し引いてもシュールならではだ。

 突然目に火をつけられた少年は、小さな悲鳴を上げてうずくまり、目の火を消した。そしてまるで枝でも刈るかのように、コライの剣が少年の首を跳ねる。


 シュールは再び溜め息を吐く。無駄な戦いだった。後味も悪く、コライも浮かない目で少年の死体を見下ろしている。

 こんな無駄な戦いがこれから何度も繰り広げられるのだ。

 シュールはまた、陰気な溜め息をつく。なんとも無駄な戦いだった。なんとも無駄な……




 スニアラビスの砦は、戦争のことをほとんど考えていない、国境沿いの飾りのようなものだった。そのため内部は実用的ではない装飾過多な武器や防具、それに明らかに意味のない絵画などが飾られていた。


 砦に着いたアラレルの軍は、北部を守る魔法具部隊と合流した。そして次の日、総勢百名程度のミストスリ商会のアレーと合流をする。これでようやく、軍の勢力は三百を越えるところだ。これ以上は増えない人数で、さらに非実用的なこの砦で、敵を迎え撃たなければならない。もしカンが来なかったとしても、ヨーテスだけで千人近いアレーの軍が乗り込んでくる。

 平野の真ん中にポツンと佇むスニアラビスの砦は、食糧だけなら山ほどあるが、そこまで高くはない防壁に、古い帰空の魔法が掛けられている程度だ。

 彼らはまず呪詛の魔法師たちで帰空の魔法を掛け直し、多少のバリケードを砦の周りに張った。そして砦の中庭に掘穴の魔法で大きな穴を作り、そこに大量の水を張った。水が地面に染み込まないよう細工するのに多少時間を要したが、それでも敵が現れる前にそれを準備することができた。


 敵が姿を見せたのは、軍がスニアラビスに到着してから五日が経ったときだった。


「アラレル、敵がアラレルにお目通り願いたいって。どうする?」


 見張りから伝言を頼まれ、ルックはアラレルの元に駆けてきた。


「ああ、開戦前の礼儀って奴だよ。通さないわけにはいかないさ」


 砦の奥で念密な作戦会議をしていたアラレルは、ルックの言葉に笑顔で説明する。ルックはまだよく分かってはいなかったが、とりあえずアラレルの言葉に従い見張りの元に駆け戻る。


「あれ、ルック、どうしたの? そんなに急いで」


 途中ルーンがルックに向かって声を掛けてくる。ルックは立ち止まらず走ったままでそれに答えた。


「ちょっと伝令!」


 ルックは少し雑だったかと思いながら、そのまま砦の門まで一直線に駆けていった。ルーンは少しその態度にむっとしたようだが、ほとんど意には介さなかった。

 ルーンの手には一つの宝玉が握られていた。真ん丸の少し大きめな青い石だ。ルックの足音も遠くなって、やがて聞こえなくなったが、ルーンはずっとその宝石に目を落として、何かに集中していた。すると突然宝石が鮮やかに光り出し、ルーンの体を照らした。それからそれはすぐに、力なく消えた。


「よし」


 ルーンはポツリと一人言を漏らし、その宝石を慎重に袋にしまった。ちょうどそのとき、ルックが今度は歩いて姿を見せた。


「あ、ルーン、今からここにヨーテス軍の使者とかいうのが通るから、少しどいててだって」

「使者って? 敵がわざわざこっちの本陣に現れたの? 捕まえちゃえばいいじゃない」

「なんか礼儀だとかで通さないといけないんだって。よく分からないけど、まあアラレルの命をいきなり狙ってきたりはしないでしょ」

「そんなもんなの?」


 ルーンに聞かれたルックも、いまいち意味が分かっていないので、その言葉には肩をすくめる。

 結局二人は好奇心から使者を通した部屋の前で聞き耳を立てることにした。

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