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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第二章 ~大戦の英雄~
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 ライトが台本通りの、しかしなかなかの演説を終えると、宣誓の場は歓声に包まれた。


「なんか面白いねー。ライトがあんなしっかり堂々としてるところなんて初めて見たー」


 辺りの歓声に掻き消されないよう、ルーンが大きな声でルックに言った。


「ちょっとルーン。それって周りに聞かれたら不味いんじゃない? ライトの沽券に関わるよ」

「沽券ってなーにー?」


 ルックは少しため息を吐く。ここまで周りが歓声に包まれている中、沽券の意味を説明する気にはなれない。

 ルックとルーンは広場の端の方でドーモンとドゥールと共にいた。広場は大きく、端からだとルックとルーンの身長ではよく見えないので、ルーンはドーモンの左肩に乗せてもらって、ルックは近くの塀によじ登り演説を見ていた。


 広場には五百人ほどの人がいる。中には見物人のキーネもいるのだが、ここは二の郭なので野次馬の数はあまり多くない。よってここにいる人のほとんどが今度の徴兵に応じたアレーだ。

 最初は暗い顔で集まっていたアレーたちも、ライトの出現には度肝を抜き、士気を一気に高めた。それは王のいないティナの人などには、少し説明しづらい感情だろう。王国民というのは少なからず自国の王を誇りに思っているものなのだ。加えてここアーティスでは、開国の三勇士は他国へ対する最大の自慢でもある。そのリーダー、アルの血を引くライトだ。誰もが深酒でもしているかのように熱狂していた。

 広場の奥には舞台が作られている。人の背の二倍はある大きな舞台だ。そこには首相ビースとシュールとシャルグ。そして中央にライトとアラレルが立っている。


 ライトは演説を終え、広場の熱気が収まったのを確認してから後ろへ下がる。用意されていた立派な椅子に堂々と腰を掛け、ビースへと合図の目を送る。

 なかなか堂に入った態度だ。ライトが王城に入ってから、まだ三日しかたっていない。いったいどんな魔法を使えば、こうまでライトを王らしく仕立て上げられたのか不思議だった。しかしどうやらライトは満点の演技で演説をやり遂げた。


「今度の戦争でここにいるフォルキスギルドの方や、志願兵の方は、三つの軍に別れていただきます。一つは第一軍としてここアーティーズにとどまります。指揮官には我が国の王、ライトを置き、補佐としてシャルグに立っていただきます。また中央部のフォルキスギルドの支部もここに加わっていただく予定でございます」


 我が国の王という部分をことさら強調し、ビースは言った。落ち着いた話し方でも、その声は朗々と広場中へ響き渡った。


「第一軍は数を二百として、アーティーズの守りと各地で起こる戦闘への睨みとします。

 第二軍はアラレルを指揮官として百五十。地と木、呪詛の魔法師を中心とし、最も守りの薄い北のヨーテス寄りの国境を守っていただきます。スニアラビスの砦での籠城戦になるでしょう。たった百五十人の軍ではありますが、ミストスリ商会からの百名と魔法具部隊を向かわせます。

 第三軍にはシュールに指揮官を務めていただきます。ここにいる百名とティナの百二十名。さらにガルーギルドの二百名、各地の貴族が有するアレーたちにも召集をかけ、西のシェンダーにてカン軍を迎え撃っていただきます」


 ビースは今度の戦争での簡単な構図を告げると、そのまま後ろへ下がっていった。そこでアラレルが剣を抜く。天高くそれを突き上げ、朗々と宣言する。


「我が軍に付くものは、誇りに思え!」


 アラレルの顔はとても凛々しく見え、高々と上げた剣が陽光を反射し煌めく。


「我が前に立ち、恐れぬものはなく、ヨーテス軍は成す術もなく遁走するであろう!

 そして我が盟友シュールの元に付くものは、誇りに思え! シュールは先の戦争で多くのカン兵を焼き払った。野火に焼かれる草原のごとく、カンは瞬く間に死体の山を築くであろう。

 そしてまた、さらに、我が王ライトに付くものは、誇りに思え! 言うまでもなくアルの子孫であるライトには、アルの血が流れている。アルの電光石火はライトにも受け継がれている。ライト王のいる限り我らがアーティスに敗けはない!」


 アラレルの宣言により、広場には割れんばかりの歓声が巻き起こった。ルックも胸が熱くなるのを感じた。戦争に対する恐怖も不安も、アラレルの宣言によりなんとか誤魔化すことができそうだった。




 北でヨーテスを迎え撃つ第二軍。シェンダーを守る第三軍。どちらも厳しい戦いが予想された。


 シェンダーの砦は防壁が全て呪詛の魔法によって固められているため鉄壁を誇るが、なんと言っても兵力の差はいかんともしがたい。そしてそれはスニアラビスの砦でも同じことが言える。


 ミストスリ商会の兵を合わせてもアーティス側のアレーは二百五十。対するヨーテスの兵力は七百から八百だといわれている。

 さらにスニアラビスの砦にかけられた呪詛の魔法はそれほど強力なものではない。ヨーテスは今まで、アーティスとは仲の悪い国ではなかった。そもそもヨーテスは開国の三勇士に助力してキーンを滅ぼした部族たちの国だ。キーン時代からそこに住むのは森から出たがる民でもなく、アーティスへ侵略しに来ること自体、大変意外なことだった。

 そのためにアーティスは、北から東にかけての国境はそれほど軍備を整えていない。幸い東の国境はヨーテスから流れる大河、ルテスがあるため侵略される恐れが極端に少ない。大河ルテスは向こう岸が見えないほどの大きな川で、それが天然の防壁となっているのだ。


 ヨーテスとの戦闘で鍵になるのはアーティス北部の平野部だ。ここには国境線の明確な線引きがない。スニアラビスがアーティスの最北端になっていて、それから半日ほど北に歩いた場所にヨーテス最南端の村がある。


 ルックとルーンはアラレルの軍に加わり、アーティス最北端のスニアラビスを目指していた。ドゥールとドーモンとは別行動だ。彼らは第一軍、ライトの軍に加わった。近距離での戦闘が得意な二人は籠城戦には向かないためだ。


 アラレルの軍はヒルティス山を過ぎ、小山ヒルティスと変わらないほど大きな木の麓まで来ていた。パチンコのような形に枝分かれした常緑樹、大袈裟ではなく山のように大きなその木は、二股の木と呼ばれるジジドの木だ。

 森人の森にあったジジドの木がさらに何十倍も大きくなったようなその木は、アーティス中央部にある国の名物だ。非常に大きな木が、平野部のど真ん中にそびえ、常識外れに広い木陰を作っている。

 その二股の木の木陰に、背の高い家が一軒ポツリと建っている。今は首都へと総勢を向かわせもぬけの殻だが、そこは中央部の守りであるフォルキスギルドの支部だった。


「今日はここで眠ろう。やっぱり軍隊っていうのはなかなか上手く進まないものだね」


 普通に一人で歩いていったのなら、首都からここまでは半日程度の道程だ。しかし百五十からなる軍となると、足並みを揃えていくのにどうしても速度は遅くなる。軍の先頭に立つアラレルは後ろを振り返ってそう言った。アラレルから少し後ろにルックとルーンは立っていて、アラレルのそばには見知らぬアレーが立っていた。

 その見知らぬアレーはアラレルの言葉に頷くと、伝令に駆けていった。


「夜営にするのかな? さすがにあそこに全員は入らないよね」


 ルックは向こうに見えるギルドの支部を見ながら言った。


「あったり前じゃない。あんなとこにぎゅうぎゅう詰めにされるくらいなら間違いなく夜営の方がいいよ。あ、でも夜は結構冷えるかなー?」


 百五十というのはそれほど多い数ではないが、それでもやはり一つの建物の中にとなると手狭になる。

 伝令が行き渡り皆が進軍を止めると、アラレルが大きな声で言った。


「今日はフォルキスギルドの支部に泊まろうと思う。夜露も凌げるし、あそこには大きな地下室があるから、この人数でもわけなく入れるよ」

「やった」


 まるでルーンの言葉を聞いていたかのようなアラレルの発言に、ルーンは手を打ち喜んだ。


「あはは、そんなはしゃぐほどのこと?」


 軍隊はそれなりに統率の取れた動きでフォルキスの支部に向かっていった。

 そこでふとルックは、二股の木の下、最も暗い所に一人の人が座っているのに気が付いた。

 樹齢一万年とも言われる神秘的な木の木陰にいるのは、もういくつかも分からないほどに歳を重ねた、白髪で小柄な老人だ。それ自体はそこまでおかしなことではないが、ルックは何か違和感を覚えた。最も近くの村までそれほど離れているわけでもなく、別にこの時世とはいえ、老人が一人ここに座っていても驚く程のことではない。


 ほどなく、ルックはその違和感の正体に気が付いた。

 周りにいる誰も、すぐ近くにいるルーンすらその存在を全く気に掛けていないのだ。確かにそれほど珍しいことではないかもしれないが、そちらに目を向けた者でも、見えていないかのようになんの反応も示さない。

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