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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
76/354

幕間 ~軍議~

2017.4.14

ドリームウォーカー・ザラックを夢の旅人・ザラックに修正しました。




 シュールは、自分に与えられた重責に、いまだに覚悟が定まらずにいた。




 首相ビースの小さな執務室に、シュールと、幼なじみの勇者と、左右の目で目線の合わない若いアレーが召集された。


「軍議の前にあなたたちをお呼びしたのは、あなたたちだけに私の予想をお伝えしておきたいためでございます」


 若い三人を集めた首相ビースが、そう言って話し始める。

 シュールは尊敬するビースの言葉を一つも聞き逃すまいと、誠実な首相の目をしっかりと見据えた。


「カンとヨーテスの軍は合わせて二千程度のアレーと、五千から二万の魔装兵からなるものと思います。そしてそれを二つに分けて、西のシェンダーと北のスニアラビス地方から攻め入って来るでしょう」


 シュールたちはそれぞれ三つの椅子に腰をかけていた。首相ビースと向き合うように置かれた椅子だ。シュールが中央で、左にアラレル、右に斜視の男が座っている。

 斜視の男ルーザーは、ビースの話を遮って質問をした。


「待ってください。予想というのはどういうことでしょう? まさかこの時点でまだ敵の軍容すら分かっていないので?」


 ルーザーは軍略に明るい男だ。歳はシュールと一緒だが、知識量はビースとも渡り合えるほどの勉強家だ。


「はい。アーティスはこの戦争の前哨戦にあたる情報戦において、信じられない大敗を喫しております」


 ビースは丁寧に噛み砕いて話をしていた。それは優秀とは言えない息子に対しても分かりやすく話を進めるためだろう。


「宣戦布告の前からカンに送り込んでいた細作は、全員音信を途絶えさせているのです。十年前の戦争以前から潜り込ませていた者ですらです」

「まさか、冗談じゃないですよ」


 ビースの言葉にルーザーが生産性のない言葉を返した。これはそう言いたくなるほど信じられない話だ。ルーザーは唖然とした表情をしていた。


 シュールももちろん驚いた。しかしそれよりもビースの言葉の裏に深い憂いを感じて、同情を感じた。おそらくその細作たちはもう生きていない。ルーザーにとって細作はただの情報という意味だったのだろうが、ビースには彼らは生きた人間だったのだ。

 アラレルは真っ先に命として細作を捉え、険しい顔をして歯を食いしばっていた。シュールはビースとアラレルの気持ちが分かった。しかしこの話の中での細作は、ルーザーが捉える情報という意味になるのだと理解していた。

 だから話の先を促すように、黙ってビースのことを見続けた。


「つまり、今このアーティスには、敵軍の情報というものがほとんどございません。もしシュールの養い子の少年が情報をもたらさなければ、いまだに私たちは敵がカンとヨーテスの連合軍だとすら知らなかったかもしれません」


 シュールは青一色の癖毛を思い浮かべた。あの子はあの笛吹から得た情報が、どれほどの価値だったのか知らないだろう。それに少し口元を緩めた。


「今アーティスにある確かな情報は三つです。

 敵がカンとヨーテスであること。カンの大将軍がヒルドウを退けるほどのものであること。敵が麻薬や詐称などなりふり構わない手を打っていること。それだけです」


 ルーザーほど軍略に明るくないシュールから見ても、この情報量が異常だということは分かった。これからこの国は大きな戦争を迎えようとしているのだ。

 カンの情報が途絶えたのはこの一年ほどのことなので、それまでの情報はある。例えばカンが以前から魔法具の生成に長けた国であることや、ここ何年か食糧をかき集めていたことは分かっている。しかし今回の戦争において重要な直近の情報がほとんど隠されているのだ。アーティスは敵国の立てる策に対して、全て後手に回らざるを得ない。


「じゃあ悲哀の子についてもまだ何も分かってないんだね?」

「はい。アラレル、あなたのように強い戦士のことなのか、それか何かの病などがそう呼ばれているのか。悲哀の子について分かっているのは、カンの村を一夜で壊滅させたということのみです。それが軍事利用される性質のものなのかも不確定です」

「それで、あなたの予想というのには続きがあるのですよね?」


 アラレルの質問から脇にそれそうになった話を、シュールは本題へと戻した。軍議がこの一時間ほど後に予定されているので、無駄な話をして時間を費やしたくなかったのだ。


「さようですね。今現在アーティスにあるわずかな情報から、私は敵の策を予測することに致しました。この予測でアーティスに不足する情報の穴埋めをしようと考えております」


 ルーザーがそのビースの発言に懸念の色を見せた。シュールにもそれはとんでもない話に思えた。もしその予測が外れていれば、対応を後手に回すよりも大きな被害を生みかねない。


「私は敵軍の大多数はスニアラビスにやってくると読んでおります」


 敵がスニアラビスに軍を差し向けることは青年会でも予想されていた。その予想には疑いを差し挟む余地はないと思っている。

 しかしスニアラビスに来るのはヨーテスのはずだ。地理的に北部の国境に面しているのはヨーテスなのだから、当然だ。ヨーテスはカンより動員可能な兵数は少ない。だから北より西の方が激戦になる。ビースの予測はその大方の予想を裏切るものだった。

 首相は自身の予測の根拠を説明し始めた。




 ビースは十七年前、外交のため北東のフィーン帝国へ赴いた際、ヨーテスのジルリー第二王子と出会った。

 そこでジルリーがビースにある勝負を挑んできた。その勝負にジルリーは、醜く姑息な手段を用いた。


 このときはビースが首相に就任してから五年もたっていない頃で、フィーンへは輸出入についての交渉という名目で来ていた。しかし実際にはフィーンとの輸出入について調整が必要な事案などはなく、ほとんど首相としての名を売るための訪問だった。対してジルリーは息女の縁談のために来ていたらしい。


「やあやあ! これはこれは。あの名高いアーティス国の首相ビースと、まさかこのフィーンでお会いできるなど、思いもよらない幸運ですな」


 最初に声をかけてきたのはジルリーからだった。

 ジルリーは身なりのいい小男で、フィーン王城の通路で突然挨拶をしてきた。


「申し遅れました。私はヨーテス王国八代目国王が二子、ジルリーでございます。あなたの織りなした物語は我が国の貴婦人が毎日噂をしておりますよ。もちろん私自身あなたの英智と感性に震撼する者でございます」


 小男はヨーテス王家特有の言い回しで名乗った。三十前の若い男だが、卑屈そうな上目遣いに嫌らしさが感じられた。

 ジルリーはたまたまここで出くわしたといった素振りをしていたが、ここは中庭を見下ろすために造られた、城の二階の通路だ。通り道として使うことなどほとんどない。ビースは城内をご覧いただきたいという帝王からの提案を受け、案内の男に連れられてここを歩いていた。自国の護衛と思われる従者しか連れていないジルリーが、たまたまここを通っていたはずはないだろう。


「これはご丁寧に。広大なるヨーテスの第二王子に私などのことを知って頂いているとは、感激いたしました」


 ビースは内心で警戒をしながら、それを一切表面には出さず笑顔で受け答えた。ジルリーも満面の笑みを浮かべてビースの世辞を受け取った。


「おおそうだ。お前、確か金織物を一反持ってきていたよな? ビース、良ければこの幸運な出会いを祝してあなたに贈り物を差し上げることをお許し下さい。後で素晴らしい品を持ってあなたの部屋を訪れるといたしましょう」


 ジルリーは申し出が断られる可能性を全く考慮せずそう言った。それは考えが及ばなかったのではなく、当然受け入れるべきだと考えているためだろう。言い方はへりくだったものだったが、反面では高圧的だ。

 そしてこれはビースに対する外交戦の宣戦布告でもあった。


「それは喜ばしいことでございますね。私の方からも何かお返しを贈らせて頂きたく思います」

「おお。それでは後ほど」


 ビースはもちろん、ジルリーの申し出が好意によるものだとは少しも考えていなかった。外交相手への贈り物というのは、お互いの実力を見せ付けるための示威行為だ。金織物というのは金カーフススの糸で織った布のことだろう。使われる量にもよるが、もし全て金糸で織っているならば大層な額になる品物だ。ビースは国から持ってきた品物の中に、それに見合うものがあったかを考えながらジルリーとすれ違おうとした。


「恐れながら殿下」


 しかしビースが通路を通ろうとしても、ジルリー王子が道を開けようとしなかった。そのジルリーにフィーンの案内役の男が声をかける。小男はそれを不思議そうに見つめ返していた。


 他国には他国の作法がある。フィーンでは自分より高貴な人が道を通るときは、脇にどいて道の中央を譲るものだ。さすがに外交に来ていたジルリーがそれを知らないはずはない。おそらく彼は、ビースが彼よりも身分が高いということを知らないのだ。

 仮にビースがただの首相であれば、ジルリーの第二王子の肩書きが上に来る。しかしビースは開国の三勇士ザバラとスイリアの直系子孫だ。爵位は持たないが、アーティスでは現王の子息女を上回る王位継承権を持つ身分だった。外交をする立場の人間なら、よほどの愚か者でもない限り七大国のこうした政情は知っている。


 つまりジルリーはよほどの愚か者だということだ。

 しかし彼も全く頭の回らない男ではないようだった。すぐに自分の知らない事情があると察したのだろう。まるで最初から知っていたかのように、自然な動作で道を譲った。


 その一幕から二時間後、宣言通りジルリーはビースが滞在する部屋を訪れた。護衛の従者一人を連れ、その従者に金の布を巻いたひと抱えもある織物を持たせていた。

 ジルリーはその織物を少しだけ開いて、ヨーテスが得意とする華やかな刺繍を見せた。布は全て金糸で織られており、刺繍もまた全て金糸で施されていた。この織物全体に同じような刺繍があるなら、古の魔法具にも匹敵するほどの値がする逸品だろう。


 ビースには当然、これに対抗し得る品物の用意はなかった。国に帰れば同等の品もすぐに出せるが、これは明らかに、第二王子程度が特別でもなんでもない外交に持ち出す品ではない。やり過ぎだった。

 しかし実際に贈り物として渡されてしまえば、こちらもこれに見合う返礼をしなければならない。自分にはもったいないと辞退することもできたが、ビースはもらえる物ならもらってしまおうと考えた。


 すぐに自分が連れてきていた三人の文官の内、一人の名を呼ぶ。進み出た文官はジルリーの前に恭しく返礼の品を置いた。


 その三人には相手の贈り物に的確に対応できるよう、それぞれに価値の違う品を持たせていた。

 一人には無難な品を、一人には高額な品を、そして名を呼んだ一人には価値の付けづらい品を。


 三人にそれぞれ持たせていたのは、三つの品を返礼するためではない。返礼品はあらかじめ用意していた物だと知らしめるためだ。あからさまに相手の品を見てから返礼の品を選んだのでは、どこの作法においても問題がある。

 ジルリーは過分な贈り物を渡し、その後にビースへ何か交渉を行う算段だったのだろう。露骨すぎて普通の外交には用いないような姑息な手だ。しかし手段はどうであれ、対等の返礼ができなければビースの負けだ。この後ある程度無理な要求が来ても、検討をする必要が出てきてしまう。

 しかしビースが渡した返礼の品に、ジルリーは明らかに言葉を失った。


「これはまさか」


 ビースの返礼品は樹紙の束だった。それはビースが首相になる前に書き上げた短編の小説だ。


「拙作ではございますが」


 先ほどジルリーが言った「あなたの織りなした物語」とは、ビースが以前に書いた小説のことを指していたのだ。ジルリー自身が震撼するとまで言ったビースの作品に、金織物と同等の価値がないなどとは言えないだろう。たとえ世間的な価値で言えばとても釣り合わない物だとしてもだ。


 贈り物に対しては辞退することもできるが、返礼の品へはそうもいかない。

 その贈り物と返礼による外交戦は、えげつないとも言えるほどの大勝で、ビースの勝利に終わった。





「なるほど、ジルリーという男が姑息なのは間違いなさそうですね。そんな姑息な男だからこそ、詐称もすれば麻薬などと恥も外聞もない手段を用いたと」


 ビースからジルリーとの出会いについて概要を聞いたルーザーが、まずそう意見を述べた。


「さようでございます。ヨーテスの細作がビカを栽培していたと話を聞き、ジルリーがあの当時から少しも心持ちを入れ替えていないのだと知りました。そして私に煮え湯を飲まされた彼は、私へ趣向返しをしようと考えていることでしょう」

「それであなたの意表を突こうと、スニアラビスに大軍を送り込むと」


 それは根拠としては薄いもののように思えたが、実際にジルリーを知るからか、ビースからは確かな自信が感じられた。

 しかしシュールにはそのビースの自信が本物かどうかは分からなかった。自分たちを不安にさせないよう、あえてそう見せている可能性もある。


「はい。ですので私はあえて敵の策に乗り、スニアラビスの守りを薄く見せようと思います。具体的には、アレー二百五十と魔法具部隊五十で、敵の千を超える大軍を迎え撃とうと考えております」

「薄く見せるということは、何か罠を仕掛けるんですね?」


 ルーザーにはその策の有用性が見えてきたらしい。少し身を乗り出して興奮気味に尋ねた。


「罠というよりは、敵の知らない戦法や戦力を投入しようと思っております。ですが詳しい話はまた後ほどにいたしましょう。そろそろ軍議の時間になります」





「さっきの話、僕がちゃんと理解できてないだけなのかな? 父さんも父さんでずいぶんだったように思えたけど」


 ビースの執務室を出て、三人で先に軍議の場へ向かう途中、アラレルがそんなことを言った。


「馬鹿だな。金織物の価値を知らないのか? ひと抱えもあるなら、売れば三代は働かなくて済むような代物だ。そんな物を外交一つで手に入れられるなら、俺なら迷うことなくそうする」


 博識なルーザーがアラレルの言葉に反論すると、アラレルは少し皮肉に返した。


「あいにく僕は今までお金に困ったことはないからね」

「ははは、そればっかりは敵わないな」


 シュールは仲良く話す二人に懐かしい気持ちを持った。ルーザーはアラレルほどは長い付き合いではない。しかし博識な彼との会話はアラレルやシャルグとの話とは違う楽しさがある。もう少し彼に戦士としての実力があれば、ともにルックたちを育てる仲間に誘っていたかもしれない。


「アラレル、もう少し父親のことを信用するべきだと思うぞ。ルーザーもそれじゃあビースが小狡いようじゃないか。どの道ビースはジルリーに負けるわけにはいかなかったんだ。他に手はなかったんだろう」


 シュールは悪者にされそうなビースをかばって、二人の話に参加した。アラレルはシュールの説明に納得をした顔をする。


「シュール、お前説明が丁寧になったな。昔は一緒に馬鹿を馬鹿にしていたのに、寂しいよ」

「ちょっと、そんな直接馬鹿なんて言われたことないよ」

「ああ、お前の前ではそうだったかもな」


 人の悪い冗談でアラレルをからかうルーザーに、シュールは笑いがこみ上げてくる。実際に彼らの間では、馬鹿と言えばアラレルのことだと伝わったのだ。

 もっとこの会話を楽しみたいとも思うが、今自分たちにその時間はない。しかし頼りになる友人たちがいることで、シュールの心にわずかに希望が芽生えた。しかしそれは覚悟と言うにはわずかすぎる希望だった。


 軍議は城の会議部屋で行われた。床に木の盤に描かれた大陸の大地図を広げ、その周りに首相を含む高位の文官たちと、一時的に武官の身分となったシュールたち三人と、中年のキーネと初老のアレーが立っている。そのキーネとアレーも今回の戦争で武官の立場になる人物だ。シュールたちと違い二人とも貴族で、キーネは公爵家の長男、アレーは自身が男爵だ。


 ここにいる全員が今のアーティスの中枢だ。他の発言力を持つ爵位持ちの貴族は、家族を連れて自分の領地に入った。それはビースの指示ではなく自主的な行動だった。名目上は戦争の準備をするためだろうが、ほとんどの者はただこの戦争から逃げ出したのだ。

 かと言って、ここに残った文官や二人の貴族も信頼できる人間だという保証はない。

 ライトを狙った義足の暗殺者はアーティス人だった。つまりこの軍議に参加している面々の中に、ライトを狙った主犯がいる可能性があるのだ。ライトが国王だと知る人間は、まだこの軍議のメンバーと、幼いライトを匿っていたフォルキスギルドのギルド長、ディーキス公爵しかいない。


 会議部屋ではまだ軍議は始まっていなかった。参加者はそれぞれで雑談をしている。さすがに国の中枢を担う人物ばかりで、たまに聞こえてくる話は奥深いものが多かった。

 その会議部屋にノックの音が三回響いた。全員がぴたりと雑談をやめ、ドアに体を向ける。ビースが代表してドアを引きに行き、引かれたドアからライト王と無口な護衛が入室した。





「まず始めに、アーティスの勝利条件から確認します」


 軍議が始まった。軍議を仕切るのはビースと同年代の女性文官だ。彼女は赤と緑と白の小石を小箱から取り出し、地図盤の上に並べる。


「ライト王、何か分からないことがあればいつでもおっしゃって下さい。

 知っての通り、今度の敵はカンとヨーテスの連合です。カンは西のシェンダー、ヨーテスは北のスニアラビスから攻めてくると予想されます。ここにはそれぞれ砦がありますので、まずは私たちもそれぞれの砦に兵を詰め、防衛戦を行います。シンプルにここを抜かれなければ私たちの勝利です。ですがこれは勝利条件の一つで、あくまでも理想です」


 女性文官は二十四個の赤い小石を地図の西に、十六個の緑の小石を北に、白い小石七個をシェンダーとスニアラビス、六個を首都アーティーズのある位置に置く。敵国を示す小石の数は白石の数より明らかに多い。これは自国と敵国の戦力差を表していた。

 通常は自国の兵を総動員できる防衛側の方が兵数を用意しやすい。だがカンの赤石とヨーテスの緑石は合計四十。アーティスの白石は二十。倍の差がある。


「ご覧の通り砦があるとはいえ戦力の差は大きく、均等な割り振りをすればじりじりと私たちはすり潰されてしまいます。兵数の少ない私たちは、どちらかに戦力を片寄らせる必要があります。多い方が対峙する軍を打ち負かしたあと、もう片方へ援軍に向かい、全ての敵を討ち取るのです。

 ここまではよろしいですか?」


 女性文官はライトを見て確認を取る。ライトは真剣な眼差しで目を細め、黙ってうなずいた。なかなか威厳のあるうなずきだったが、どこか動作がぎこちないのが少し微笑ましかった。シュールは軍議が半分もしない内にライトは眠くなるだろうと思った。


「では続けます。

 次にこちら側の詳細な戦力について、首相ビースからご説明をいただきます」


 女性文官は地図の上の白石を反りのある棒でかき集める。

 片付けられた地図に、首相ビースが再び二十の白石を並べだした。

 西のシェンダーに四つ、中央の首都に八つ、東側に二つ、南のティナに二つを置き、残り四つはそのまま手に持って説明を始める。


「小石は一つでアレー五十を表します。現状アーティスにある大きな戦力は、このように分布されております。あとは細かい戦力になりますが」


 ビースは言いながら首都の少し北に小石を一つ置く。


「アーティス中央部を守るフォルキスギルドの支部から、五十ほどの志願兵が集められると報告を得ています」


 さらにその西の平野部にまた小石を一つ置く。


「こちらは各貴族の軍です。東側はおそらく理由を付けて参戦を見送らせますでしょうが、砦を抜かれれば直接の被害を受けかねない中央と西の貴族は兵を出すでしょう。これは寄せ集めですが五十から百の戦力が見込まれます」


 それからビースはティナと首都の真ん中に一つの小石を置く。


「それは」


 中年のキーネが驚いたようにつぶやいた。シュールもそこから戦力を得られる可能性は考えていなかった。首都とティナとの間には、広大な森人の森が広がっている。ビースが置いた小石は明らかに森人の民を意味していた。


「森人は閉鎖的な民と聞いておりまして。協力など得られるのです?」


 卑屈な印象のする話し方で初老のアレーが尋ねる。

 文官の一人が口を開き、武官二人に説明をした。


「ビースが自ら交渉に赴きます」


 それが全てだと言うように、文官の説明はとても短かった。ビースは生まれの高貴なことと類い希なる聡明さとで、国の文官たちから絶対の信頼を得ている。シュールもビースほど善良で頭の良い人は他にいないと確信していた。だから文官の説明には少しの疑問も抱かず納得をした。ビースが交渉に向かえば、共に戦う利のある森人を説得できないはずがない。


「まあ、それでしたらそれで」


 初老のアレーは文官たちから発せられる無言の圧力に押し負けたように、そう言って引き下がった。


「戦力を引き出すことはできると思います。しかし森人にどれほどの戦力が用意可能かは分かりかねます。これで十九個の石を置かせていただきましたが、実際には各所少な目に見積もっておりますので、もう一つ分は戦力が増えると思われます」


 会議部屋の全員がその石をよく見たあと、それぞれが白石の配置を変更しながらアーティスに最適な布陣を話し合った。皆が納得行くまで議論を重ね、最終的に白石は西に十、北に六、首都に四つ置かれた。地図上で見ると、西が十対二十四、北が六対十六となる。片寄りを持たせるとのことだったが、そこまで大胆な片寄りを作ることは、アーティスの兵数では難しかった。


「首都が二百であるか。心許なくはあるが、やむを得まいか」


 中年のキーネがそうぼやくように言う。

 シュールは軍議に口は挟まなかった。アラレルと、軍略に明るいルーザーもだ。自分たちは軍議の前にビースの予測を聞いていたが、この軍議ではその予測は考慮されていない。余計な発言をして、ビースが隠しているのだろうそのことが露呈しないよう気づかったのだ。

 それからビースが七枚の長細い札を取り出した。手のひらに収まる大きさの、黄色に染色された木の札だ。


「それは?」

「切り札や懸念点でございます。戦力が数以上の効力を持つことを示します」


 中年のキーネが尋ねると、ビースがそう答え、その五枚の札を西に一つ、北に三つ、中央の首都に一つ置いた。それから敵の赤い石の隣に一つ、もう一つを地図の外に置く。


「敵の懸念点は今回の大将軍と悲哀の子ですね。悲哀の子は不確定な要素が多いため、盤外に置かせていただきます。そしてこちら側の切り札は、アラレルと、治水の魔法と、森人の戦力、それからティナ軍が五十ではなく百二十になっていること、そしてライト王でございます」


 ライトにアラレルほどの活躍を期待するわけではないが、ライトが王として立つ軍の士気は高まることが予想される。士気とは時に数を凌駕する力を生む。ティナ軍や森人の民など、敵が計算に入れていない勢力もそれだけで高い価値がある。


「その治水の魔法というのは何でございます?」


 初老のキーネの問いにはシュールが答えた。


「俺のチームの子供が開発した、わずかな間で傷を癒やすことのできる魔水を作る魔法です」


 武官二人がそれを聞いて目を丸くした。文官たちが驚かないのは、彼らがすでに治水のことを知っていたためだろう。


「それはまたとんでもないものでございましょう?」


 初老のキーネはそう応じてから険しい顔をした。


「それは持ち運べる性質の物ではないので?」

「はい。わずかな時間なら大丈夫ですが、治水を維持するためには常にマナを与え続けなければなりません」

「ではそれを教え広めて、各所に治水を使える魔法師を置くべきではないか? いや、そもそもそのような魔法であらば、戦争とは関係なく広く世に普及させるべきだろう」


 中年のキーネは苛立ったようにそう発言した。彼の言うことは正しく、その苛立ちからは彼の出来た人格がうかがえた。


「はい。俺もそれには賛成です。治水の完成は半年ほど前のことで、ギルドで何度もけが人の治療を行い、試験をいたしました。使いどころに多少気を付けなければならない点はありますが、大きなデメリットのない魔法です」


 シュールが説明をしていると、途中でビースが口を開き、説明を引き継いだ。


「この戦争が終われば、他国と足並みを揃えて治水を普及させようと考えております。ですが今はまだカンとヨーテスに知られるわけにはいかないのです。万が一にでも敵国に治水を使われてしまえば、アーティスの滅びが確定いたします」


 足並みを揃えるということは、何か外交的な事情もあるのだろう。中年のキーネも外交については明るくないようで、そこに対しては何も口出しはしなかった。


「そして治水を開発したルーンという少女の話では、その魔法はマナの構成がとても複雑で、溶水の魔法を使えない魔法師にはまず覚えられないものだということです。今この国で溶水が使え、敵への寝返りが確実にないと断言でき、さらに拷問や脅しに屈しない人物となると、三名しかおりません」


 呪詛の魔法は二名以上の魔法師で重ねがけができる。複数人の重傷者を同時に癒すとすれば、各所に治水の使える魔法師を分散させる余裕はない。


「そうか。失礼した。得心がいった」


 識者が集う青年会より、この軍議の場にいる面々は優秀だ。シュールはすみやかに理解をした中年のキーネを見て、そう思った。


 それから軍議はそれぞれの黄札の影響力についてや、カンの魔法具部隊について、誰がどの軍を指揮するのかなど、細かい認識共有や調整に入った。青年会とは比べものにならない的確で深い考察が重ねられ、シュールは自分の役割と足りていないスキルを正確に知った。

 軍議は終わり、再びシュールはアラレルとルーザーと三人で、ビースの執務室に向かった。軍議では語られなかったビースの予測について話し合うためだ。


「父さんの予測通りなら、このままだとアーティスはかなり危ないよね?」


 執務室に向かう途中、また三人で会話をしながら歩いたが、今度は誰も冗談を言わず真剣な話をした。


「そうだな。アラレルもルーザーもかなり辛い戦いを強いられることになるな」

「ああ。だけど予測が外れれば、治水がないシュールの方がはるかに危険だ。正直砦がなければ一時間も持ち堪えられない兵力差だよ。それに、」


 ルーザーはそこまで言ってから、自分の言葉にはっとして何かに気付いた素振りを見せた。


「くそ、これはとんだ貧乏くじだ」


 執務室に着いたときにはまだビースの姿はなく、しばらく到着を待った。その間ルーザーは黙々と何か考えをまとめ、最後ににやりと笑みを見せた。そしてビースが入室すると真っ先にそんな彼が話し始めた。


「ビース。先ほどの予測について、私から懸念を申し上げてもよろしいですか?」


 少し自慢げな表情で、ルーザーは驚くべき事実を告げた。


「スニアラビスの砦は防衛には向かない砦です。もともと濠が掘られているような砦ではないですし、おそらく防壁の帰空すらもう切れているでしょう。騎士の時代ならいざ知らず、アレーの軍隊相手には野営のテントとそう変わらない代物です」


 勉強家なルーザーの頭には、国中の砦の情報まで刷り込まれていたのだろう。ルーザーの発言にはシュールとアラレルだけでなく、ビースも驚きを示した。しかしビースの驚きはシュールとアラレルとは別の意味でのものだった。


「まさかルーザー、あなたがそれをご存知でしたとは。そのことは文官たちの誰も把握しておりませんで、調べるのに時間がかかったのですよ」


 最初からルーザーに聞けば早かったと言うビースに、ルーザーはどこか残念そうな顔をした。ビースに対抗心でも持っていたのだろうか、シュールは少し可笑しく思った。


「それに関しては、首都の呪詛の魔法師全員をそちら方面の軍に入れ、敵軍の到着前に帰空をかけ直していただく予定です。シェンダーの砦はガルーギルドへ定期的にかけ直しを依頼しておりますので、問題ございませんでしょう」

「ビース、俺からも一つよろしいですか?」


 ルーザーの懸念が片付いたと判断し、シュールも先ほど気付いた自分に足りないスキルについて、質問をすることにした。


「俺は籠城戦の経験がありません。野戦と攻城戦なら十年前に一応の経験がありますが、それも今にして思えばずいぶん運に助けられたものでした。思う通りに兵士を指揮することは多分できます。しかしその指揮が適切な判断によるものかの自信は正直ありません。これについてもすでに手を打っていますか?」


 話しながらビースの目に面白がるような光を見つけて、最後の部分はほとんど確信を持って尋ねた。案の定ビースは軽い笑みを見せてうなずく。


「ええ。おっしゃる通りでございます。あなたの軍にはコライを副官に付ける手はずです。コライは覚えておいでですよね?」


 シュールはビースのあげた名前に安堵を覚えた。


「コライですか。もちろん覚えています。今でも手紙のやりとりを続けていますよ」

「ああ、なるほど。それは結構でございますね。彼女とあなたが話し合って決めた判断なら、きっとシェンダーでの戦いを勝利へ導くでしょう」


 ビースはおだてるようにそう言った。滅多に表情を読ませないビースが、少し安堵したような気がした。シュールがコライと反目し、適切な判断力を失うのではないかと不安に思っていたのだろうか。


 いや、それともビースは、俺の不安を取り除こうとしてくれているのかもしれないな。


 シュールは政治家としてのビースの手腕に思いを馳せ、そんな可能性も考えた。だとすれば、ビースの期待に応えるためにも、この落ち込んだ心を前向きに改めなければならない。


 ルックたちのためにも、俺がこの国の平和に貢献できるように。……


 シュールはずっと揺らぎ続けていた覚悟が、このときようやく固く定まったのを感じた。


「さて、それでは具体的にジルリーの策を逆手に取る手についてお話いたしましょう」

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