⑫
やはり大した速度は出ないが、視力強化はもうほぼ物にしていた。ドゥールがカウンターを用意していたのを、かわせるはずだと見切りを付けてそのまま突っ込む。ルックの剣はドゥールにひらりとかわされて、予想していたものよりも大分速いカウンターが来る。今までのルックなら、間違いなくそれで伸されていただろう。だが、ドゥールのカウンターをルックは辛うじて避ける。
「ほう」
楽しげにドゥールは感嘆し、続けてその太い足でルックの顎を蹴りあげようとして来る。
「隆地よ」
ルックはたまらず宝石のマナを一つ使った。カウンターをかわした後の体勢では避けようがなかったのだ。ドゥールの足元で大地が起き上がり、ドゥールはバランスを崩す。彼は仰向けに地面に倒れるかと思いきや、曲芸師のようなバク転をしてルックから距離を取る。ルックもいったん小休止を取り、ドゥールの出方を窺った。しかしドゥールがマナを集め始めたのを見て、急いで再び距離を詰める。キーンという固い音が鳴り、ルックの剣はドゥールの左の掌に受け止められる。ドゥールはそのままルックの剣を掴み、押し込もうとする。
ここで押し込まれてしまえばルックに勝機は消える。押し返すか、はたまた何とかしてドゥールの手から剣を振りほどかなければならない。ドゥールは余裕の笑みを浮かべ、徐々に徐々に押し込む力を強めてくる。ルックの剣は両手剣だ。手も塞がっている上、ルックの剣の剣先はあらぬ方向に向いている。これでは魔法も使えない。
このまま膠着状態が続いたら、ドゥールにマナを集める時間を与えるだけだ。手加減のつもりで一気に押し込んでこないのかと思ったが、マナを溜めて次に備える時間を作っているのかもしれない。
ルックは今のうちにドゥールを押し返せないかと考えた。もし押し返せれば状況も好転する。
リリアンに教わった体術を今、物にできれば、力の強いドゥールにも対抗できるかもしれない。ドゥールがまだ本気を見せていないのならなおさらだ。
ルックは視力強化をやめ、腕にだけ意識を集中する。要は体内にあるマナを腕に寄せればいいのだ。魔法で世界にあるマナを集めることは訳がない。それと同じ要領でないだろうか。ルックは意識を研ぎ澄ませ、体内にあるマナを強く思い浮かべる。
何かを掴みかけた気がした。けれどそれがまた闇の中へと消えていく。
ルックは歯噛みした。もうそろそろドゥールの力を押さえておくのも限界だ。ルックはやむ無く剣を手放し飛び離れることにする。
「放砂」
その際ドゥールに自分のマナを使われるのを防ぐため、ルックは残りの宝石のマナ全てで魔法を放った。剣から大量の砂が巻き上がる。殺傷能力は期待していない。目眩まし程度には使えるかもしれないという判断だった。大量のマナで放った放砂は、辺り一帯を砂のベールで覆い隠した。
ルックが剣を離して後ろへ跳ぶと、それを追うようにして放砂の中から鉄槍が飛んでくる。ルックは内心ヒヤリとしてそれをよける。もし当たっていたらただでは済まない。ドゥールは先程までのルックの身のこなしを見て、それくらいならよけられると判断したのだろう。だけどルックは今視力強化をしていなかった。剣で受けようにもそれもない。よけられたのはほとんど奇跡だ。
そこまで思って、ルックははっとした。今の瞬間、確かにルックはいつもより速く動いたのだ。
ルックは距離を取り、地面に手を突く。
「降地」
マナを溜める範囲を意識した降地の早打ちだ。今は特大の放砂の中で見えないが、ドゥールがいるであろう位置を狙い足場を崩す。少し考える時間がほしかったので、時間稼ぎだ。
ドゥールが尻餅でもついたのだろう。ドサッという音が聞こえる。
ルックはできた時間を利用して、先程の行動を思い返した。鉄槍に気付いて、それをよけるまで時間はほんの一瞬だった。間違いなくよけきれる間ではなかったはずだ。ルックは無我夢中で地を蹴って回避したのだが、そのときは確か……
「!」
ルックは気付いた。ルックはそのとき体のマナを意識していなかった。普段なら戦闘中はマナを全身に巡らせ、マナで体を動かしている。だが、あのときは腕にマナを集中させるため、体にはマナを集めていなかった。そこまではリリアンに言われルックがイメージしていた通りだったが、さっきはその状態で腕にマナを集中させても、全く効果はなかった。
違ったのだ。マナを集める場所を限定させることよりも、大事なことがあったのだ。あの暗いトンネルの中で確かにリリアンは言っていた。しかし暗いトンネルで表情も分からなかったためだろう。ルックはリリアンの言葉でどこが大事なのかを勘違いしていたのだ。
タイミングとコントロール。リリアンはそう言っていた。大事なのはそう、マナを集める場所のコントロールではなく、マナを使うタイミングだったのだ。
ルックはその考えを確かめるため、左へ跳んだ。まだ完全にタイミングを掴みきれてはいないが、確かにスピードは上がっているように感じた。やがて放砂がマナに帰り、視界が晴れる。ドゥールはどうやらマナを集めていたようだ。視界が回復するのと同時に鉄槍を放ってくる。
実はドゥールは鉄槍と鉄壁と鉄皮以外の魔法を使えない。馬鹿の一つ覚えのようだが、それだけに彼の魔法はどれも非常に強力だ。ルーメスすらも縫い付ける巨大な槍がルックに迫る。
けれどルックは落ち着いていた。
早打ちの隆地でその鉄槍を止めると、逆に隆地を避け、放物線で特大の石投を放った。正面からでは鉄皮に阻まれ意味をなさないが、上から狙えば下敷きにされるのを防ぐため、ドゥールもかわさなければならないはずだ。そしてドゥールがかわした隙に剣を取りに行ければと思ったのだ。
しかしドゥールはただかわすのではなく、その動作でルックへと距離を詰めてきた。ルックはそれを見て剣は諦めることにした。今の自分なら、拳でもドゥールにダメージを与えられるかもしれない。
隆地でできた壁が消え、鉄槍も消える。二人の間にはなんの障害物もなくなった。ルックもドゥールに向けて地を蹴る。ルックの思いがけないスピードに、ドゥールが目を見張りにやりと笑むのが見えた。
ルックとドゥールが衝突をする刹那、ドゥールは深くしゃがみルックの腹へ拳を打ち出す。予想外の変則的な動きだったが、ルックにはしっかりと見えていた。
ルックは身を捻りドゥールの攻撃をやり過ごす。すかさずドゥールは回し蹴りをしかけてくる。狙いはルックの足だ。けれど、それもルックは見えていた。ルックは縦に軽く跳びそれを避ける。身を低くしているドゥールは狙いにくかったが、その分ドゥールも回避がしづらいはずだ。ルックはこれを好機と見た。多少無理矢理でもドゥールに向けて拳を繰り出す。
ルックは格闘というものをほとんどしたことがない。型もなにも無茶苦茶だった。一応ドゥールに拳を当てはしたものの、体重も乗らない拳はいくらマナで爆発力を上げていても大きな効果は生まなかった。
勝負はそこまでだった。
鉄皮に阻まれた拳はドゥールに掴まれ、そのままドゥールはルックを背負い投げする。地面に打ち付けられ、ルックは咳き込む。そのルックの耳元で大きく鈍い音が鳴る。ドゥールの鉄の拳が、ルックの顔すぐ横の地面に窪みを付けたのだ。踏み固められた地面がへこむ攻撃だ。もちろんルックに当たらないようわざと外したのだが、もしもそれを食らえば、ルーンにも手におえないくらい重大な傷を負っていたことだろう。
周りの子供たちから歓声があがる。ルックは負けてしまったことを悟ったが、自分が確実に強くなれる手がかりを得て満足だった。
「しばらく相手をしないうちに強くなったな。いや、スピードなら俺以上だ。早打ちにも驚いた。格闘や剣技がもう少し良くなれば俺に傷をつけることも可能だったかもな」
幼い頃からルックを見てきた仲間だ。ドゥールもルックの成長を喜んだのだろう。彼は興奮ぎみにそう言うと、ルックへと手を差し伸べてくる。ルックは笑顔でその手を取った。
「ドゥールに傷はどうかな。アラレルでも無理なんでしょ? でもほんと惜しいね。ドゥールがティナ・ファースフォルギルドのトーナメントでちゃんと審判をしてもらえてれば、英雄になれるよね」
ルックはドゥールの手を取り、彼を称えた。ドゥールの強さを改めて感じ、純粋にそう思ったのだ。
「だな」
ドゥールは臆面もなくにやりと笑む。ルックは起き上がり体についた土を払う。二人の元に子供たちが駆け寄ってきて、どうやったら、教えてと、尽きることない質問を二人に投げ掛けてくる。ルックにとって少年時代最後の平和は、こうして過ぎていった。




