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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 二の郭への門の前で、ルックはライトを抱擁し、短い別れを済ませた。ルーンの言った通り、これで会えなくなるわけではない。あまり大袈裟な別れをする気はお互いなかった。ルックはライトの肩を軽く叩き、ライトの幸運を祈った。ライトはルックの右肩をルックよりかは強めに小突き、穏やかに笑ってルックの幸運を祈った。


「じゃあ、行ってくるね」


 まるで簡単な依頼に向かって行くかのように、ライトはそれだけ言って背を向けた。

 時間は正午を少し回った頃だった。ルックは立ち去るライトたちが見えなくなると、一人になった。

 決意を固めて送り出したはずだが、少しだけ感傷的な気分になった。とぼとぼとした足取りで家へ戻る途中、このチームに来たときのことを思い返した。何となく、昔のことが懐かしく思えたのだ。


 ルックがチームに加わったのは彼が六つのときだった。アレーチームが孤児院から子供を引き取るのは珍しいことではない。それなり以上のチームならお金に困ることもないし、アーティス国を思うものなら、若手を育てていくことに疑問を抱きはしない。

 もちろんルックは当時、そんな事情は分かるわけもなかった。両親が殺されてから、そして彼が両親の仇を討ったあの日から、まだ二年も経っていなかったのだ。シュールの元に来たとき彼は、周りの世界を見る余裕はなかった。それは幼さゆえではなく、深い心の傷のせいだった。


 当時は良くあの戦争の日の夢にルックはうなされていた。


「殺せ」


 燃える街の中、尊大で、命令することに慣れきっている声が言う。子供といえどアレーだ。殺せ。と、残酷な高笑いが辺りに響いた。ルックのすぐそばにもう動かない父がいる。ルックを胸に抱き必死に懇願をする母がいる。


「この子だけは、この子だけは」


 高笑いが辺りに響く。兵士たちの容赦も慈悲もない凶刃が、ルックの母に向けられる。


 母の声が止んだ。

 ルックは理解していた。首を落とされた父は、胸を貫かれた母は、死んだのだ。


 殺されたのだ。


 このときのルックの気持ちはなんとも形容しがたいものだった。怒りでもなく、悲しみでもなく、絶望でもなく、逃避でもなく、まして喜びの類いでもない。例えて言うならそれは、虚無のようだった。いや、その感情をどうにか言葉に表すことなど、どう頑張ってもできはしない。ただ一つ確かなのは、その感情こそが、引き金だった。


 ルックの体を黒い空気が覆った。重たい何かがルックの体を包み込む。違う、黒いのは空気ではない。ルックが身に纏う気配が黒いのだ。

 それを人はルードゥーリ化と呼ぶ。


 兵士たちは気付くこともなかった。辛うじて最後に死んだものは何か違和感を感じた。その程度の間だ。それで十数名のアレーの兵士が全て、人の形を失ったのだ。


 ルックは血溜まりの中でただ雄叫びを上げた。両親が死んだ悲しみも、人を殺してしまった恐ろしさも、まだルックには理解できない。ただ本能が、彼に漠然とした不安を告げていた。

 それは一年以上がたった夢の中でも克明に思い出された。血溜まりの中で叫んでいたつもりが、気付くとそこは布団の中だ。ルックの頭を大きな手が優しく撫でる。父の手はもっと大きかった。母の手はもっと柔らかかった。


「大丈夫だ。大丈夫だ」


 まだ少年期を脱したばかりの浅く柔らかな声が降ってくる。頭の上に暖かい手があって、何度も何度もルックの頭を撫で付ける。


「もう大丈夫だ」


 今にして思えば、なんとも根拠のない慰めだった。だけど当時のルックは、その優しい手に、再び世界に色を与えてもらったような、そんな気がした。

 決していつも優しいだけの教育者ではなかったが、ルックにとってそれからのシュールは、兄であり、父であり、彼の世界の中心だった。


 さて、そんなことを考えながら歩いていると、ルックが思っていたよりすぐに、彼は自分の家の前までたどり着いた。

 家ではルーンの指示で、ドーモンとシュールが慌ただしく働いていた。風呂場で治水を行っているのだろう。義足の男は重症だった。だからルーンの治水だけでなく物理的な治療も必要だったのだ。ルーンはその治水の能力のため、たくさんの怪我を見てきている。そのため治水を開発してから半年で、多少医療の知識も身に付けていた。風呂場からルーンの慌ただしい声が聞こえ、それに応えてシュールとドーモンが手伝いに奔走していたのだ。


「ただいま。何か手伝える?」


 ルックは入ってすぐの居間でドーモンに聞いた。

 ドーモンは外の井戸から水を汲んできたのだろう。大きな桶から小さな水瓶へ水を移し替え、風呂場へと運ぼうとしていた。


「お帰り、ルック。ここ、大丈夫。もうすぐ終わる。ルーン、言ってた」


 ドーモンは彼にしては早口で言う。


「そっか。ありがと」


 ルーンはこういった場面をなぜか嬉々として迎える。そうなったときのルーンはとてもたちが悪く、人使いが荒い。ルックは内心、ルーンにこき使われないと知ってほっとする。彼は袋から布を取りだし、大桶に浸け水を含ませる。家の玄関で剣を抜き、愛用の大剣を丁寧に拭う。そして恐らく逃げ出したのだろう、ドゥールを探しに家を出た。

 ドゥールは近くの広場ですぐに見つかった。彼は孤児院の子供たちを相手にマナの使い方の指導をしていた。たぶん暇潰しに子供たちを付き合わせているのだ。子供たちも一流のフォルに教わることなど滅多にない。嬉しそうにはしゃいでいた。


「やあドゥール」


 ルックは明るくドゥールに声を掛ける。


「もしよかったら少し手合わせしてもらえないかな」


 ドゥールはルックに呼び掛けられ、子供たちから目を離しルックを見る。狂ったような目は一切歪めず、彼は口許だけでにっと笑った。


「ほう。ライトが強くなったらしいからな。触発されたか? よし、じゃあガキども、俺とこのお兄ちゃんで本当の戦いというのを見せてやろう。ビビるなよ」


 ドゥールは一番近くにいた少女の頭を撫でると、子供たちに少し離れるように指示をする。子供たちは歓声をあげその提案を喜んだ。ルックは厳ついドゥールが子供好きなことを思い出し、軽く微笑む。しかしすぐ顔を引き締め、背中に回した鞘を外し、剣を抜く。


「いつでも来い。今日はルーンが治水を張っているから多少怪我をしても大丈夫だろう」


 ドゥールは構え、言う。


「えー、痛いのはやだな」


 ルックは言って剣へとマナを溜め始める。ライトに触発をされたというのもあるが、これからのことを考えると、早くリリアンの技術を身に付けなければいけないと考えたのだ。視力強化も体の一部だけにマナを集める手法も、かなり神経を使う行為だ。それに手足にだけマナを集めるという体術の感覚が、まだルックには掴めていない。


 剣へとマナを溜め終わるまでドゥールは静かに待っていてくれた。きっとハンデのつもりなのだろう。ドゥールとルックの実力差がかなりあるのももちろんだが、ドゥールの鉄皮は圧倒的な固さを誇る。そして固める範囲も通常とは違う。ルックの使う大地の魔法では、ドゥールに太刀打ちをする術はないのだ。

 ルックは剣に溜めたマナを守りに使うと決め、大剣を下段に構え地を蹴った。

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