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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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「はぁぁぁ」


 ライトの剣が、金色の髪が、驚くべき速度で通りすぎていったのだ。影と鉄の男は、ライトの剣に腰の辺りを串刺しにされ吹っ飛んだ。


 シュールは目の前を吹き抜けた黄金の戦士に、一瞬我を忘れたように立ちすくんだ。アラレルにたった一日稽古を付けてもらっただけでこうなるのだ。知ってさえいれば誰でも簡単に物にしてしまう手法なのだ。シュールはライトの成長を嬉しく思うと共に、恐ろしく思ったのだろう。


 ライトに刺された男二人はそのまま民家の塀に打ち付けられた。現時点で生きてはいたが、受けた傷は大きく、助からないことは明らかだった。ライトは興奮しきった目でそれを見やると、まるで次の獲物を探すように義足の男を見る。


「炎上」


 義足は慌てて魔法を放つ。ライトの足元から火柱が立ち昇る。


「ライト!」


 それを横目で見たシャルグが悲鳴を上げた。彼の立ち位置からだと、ライトがそれに飲み込まれたように見えたのだ。義足の男の魔法は強力だ。ものすごい轟音で炎上は立ち昇ったのだが、なんとライトはその金色の剣で炎上を切り、二つに割ってしまった。割れた炎の中心からライトの金色の目が光った。ライトが義足の男に向かって地を蹴った。


「はっ!」


 義足の男を守ろうと大地の魔法師が隆地を放つ。しかし、遅い。ライトの速度は大地の魔法師の想像を遥かに越えていた。隆地が発生しようとしたときには、すでに義足の男の腹に金色の剣が突き刺さっていた。


「バカな」


 風の衣とまでは言わないが、男が身に付けていたのはそれなりの魔法具だったのだろう。それをやすやすと貫かれたことに義足の男は驚愕した。

 そしてそれを見たルックは大きく後ろに跳んだ。大地の魔法師が隆地を使ったためだ。そして距離を取ったルックは剣に溜まったマナを全て使って掘穴を放った。深く大きい穴が開き、対峙していた男二人は足を取られる。


 ルックが飛び離れたのを見て、すかさず待機していた灰色髪が魔法を放ってくるが、ルックは難なくそれをかわして、そのまま足を取られた男の一人に突進した。ルックは大剣を薙ぐ。男はそれを自分の剣で受けようとしたが、穴に落ちた男は不運にも剣を地面に引っ掛ける。

 男はバランスを崩していたし、これほど大規模な掘穴などは恐らく見たことはなかったはずだ。さらに地面よりも低い位置での戦闘など経験したこともないのだろう。男が自分の失態を呪ったのと、ルックの剣が男の首を跳ねたのがほとんど同時だった。もう一人の男は慌てて掘穴から逃れ、ルックと距離を取る。ルックはその男に駆け寄る。一対一なら分があると踏んだのだ。


 手の空いたシュールは早打ちで小さな炎上を続けざまに打ち続ける。周りにいる魔法師はいつ足元に火が立ち上がるか分からなくなり、まともにマナを保持できなくなる。

 さらにライトは黄色の髪の女を狙い身を低くする。突進をするまでに多少の溜めが必要だと見抜いた女は細かい氷擲の魔法で牽制をしてライトの動きを防いでいる。もしひとたび突進を食らえば、避ける術は彼女にはない。ライトの速度はアラレルとも遜色がない。もちろん細かい剣戟では劣るものの、もともと接近戦が得意ではない女にとっては、ライトはスピードだけでも脅威だろう。

 シャルグも三人を相手に確実に押している。三人が二人となるのも時間の問題だ。


「女狐! どうする?」


 大地の魔法師の水色髪がそう叫ぶ。もう勝ち目がないのは明らかだった。


「どうするかだと? まさかこの私に逃げて生き恥を晒せと言うのか!」


 女狐と呼ばれた黄色い髪の女は、叫び返す。プライドの高い人なのだろう。


「まだ八対四だわ。勝ち目はある」

「ふざけるな。上級アレーが二人にガキが二人だと思っていたが、ガキどもまでとんでもないアレーじゃねぇか。最初から俺たち程度じゃ勝ち目はなかっただろう」


 男は言いながらシュールの魔法を跳びかわす。そんな男に向かって女はさらに言い募ろうとしたが、そこで腹を刺された義足の男が大音声で一喝した。


「黙れ女狐っ!」


 とても腹に穴が開いているとは思えない声だ。


「生きていようが死んでいようがこの任務はもう終わりだ。失敗したことに変わりはない。死んで屍を晒すよりは生きて汚名を晴らさんか!」


 まさに鶴の一声だ。男がそう恫喝すると、悔しそうな顔をしながらも敵は一人また一人と民家の屋根に跳び移る。


「逃がすか」


 三人と対峙していたシャルグは、逃げ出そうとした敵の一人を切り捨てる。シャルグはライトの命を脅かそうとしたものを許す気はなかった。


「やめろシャルグ。敵はもう戦意を失っている」


 そんなシャルグを淡々とシュールがいさめた。シュールとて許しがたくはあったのだろうが、彼らは単なる駒でしかない。それを動かす大元を消し去らなければいくら駒を払ったところで意味がない。とすればそれは無駄な殺生と言う物だろう。


「ちっ」


 シャルグは軽く舌打ちをして他の敵を見逃した。


 敵は逃げたが、四つの死体と三人の負傷者は残された。空き地は血の臭いが充満する惨状の場となった。

 シュールは塀際で呻く腰を刺された二人の男に近付いていく。大量の血が血溜まりを作っている。彼はしゃがみこみ、呻く男二人に優しく声掛けた。


「楽になりたいか?」


 男二人は逡巡したが、やがて意を決し、頷く。助かる傷ではないことを、彼らも悟っていたのだろう。シュールは懐から小刀を取りだし、男二人に目を閉じるように忠告する。戦いの場で死を覚悟していないものはいない。男二人は潔く目を閉じる。シュールの小刀がそんな二人の喉に突き立てられる。

 シュールは胸に掌を当て、二人の冥福を祈ると、腹を刺された義足の男に歩み寄る。


「すまんな。できれば俺も楽にしてくれるか?」


 男は自嘲気味に笑み、不敵に言った。


「一つ聞いていいか? お前ほどの魔法師はこの国にもそうはいないはずだ。なぜこんなことをした?」


 傷が痛むのだろう。シュールの問いに男は億劫そうに目を閉じた。


「なぜかって?

 そんなのは俺たちには関係がない。ただ上の連中の言うことは絶対だ。そう育てられてきているんでね」


 男は言う。その言葉にシュールはしばらく考えを巡らす。


「なるほど。お前はそういう人間なのか。しかしお前はその体制の中で生きて来つつも疑問を持っていたんだろう? 少なからずお前からはしっかりとした意志を感じる。だがならばなぜライトを狙った? アーティス人としての誇りもないのか?」

「ライト? 知らねえよ。俺はお前たちを迎えにいって、ついてきた奴を皆殺しにするよう言われただけだ。その中の誰をどうして上の連中が煙たいのかなんて考えたこともない」


 男は言って咳き込んだ。どうやら彼はなんの事情も語られずに命令されたらしい。シュールはシャルグと目配せをする。シャルグは多少腑に落ちないところもあったのだろうが、静かに頷く。


「どうするの?」


 その目配せの意味を理解しかねたルックはシュールにそう問いかけた。シュールはすぐには答えずに、男の体を持ち上げる。


「俺はこいつをルーンの元に連れていく。まだ助かるはずだ。今回の戦争でこいつほどの戦力はそうはない」


 シュールははっきりとそう宣言した。それに一番驚いたのは義足の男だった。


「ちょっと待ってくれ、これはどんな名医に見てもらったところで治るもんじゃないぞ」

「騒ぐな。お前は誰かに命令されていなければ指一つ動かせないように教育されていたんだろう。歳と共にそれに疑問を持ちはしても、だからといって自分でどうこうする術も知らない。結構だ。それでいい。今日からは俺がお前に命令を下す。俺の下に付け」


 シュールの言葉に男は目を丸くする。


「シャルグはルックとライトを連れてギルドに行ってくれ。ギルド長に事情を話して、紹介状を書いてもらえ」


 城からの従者なしでは二の郭から先への郭門は通れない。しかし爵位を持つギルド長の紹介状があれば郭門は開かれるのだ。シュールはてきぱきと細かい指示を出し、義足の男を持ってルーンの元へと駆けていった。

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