⑧
まだ午前のうちに雨は上がり、城からの使者がライトを迎えに来た。シャルグとシュールがそれに同行することになり、城へと向かうこととなった。ルックも特にこの日はすることがなかったので、途中までついていくことにした。
「ルーンは本当についてこなくていいのか?」
家から出る際にシュールがルーンにそう問いかけた。
「うん。別にこれが最後って訳じゃないし。むしろ王様になってもしょっちゅう遊びにいくつもりだから」
小柄なルーンは強い目でそう言った。
シュールは感慨深げにそうかと言って、家を出る。ルックもそれを追うように家を出た。
彼らの家から城までは、同じ首都の中にあると言っても近くはない。首都は北向きの扇形に一の郭、二の郭、三の郭、四の郭と高い石造りの防壁に区切られている。さらに扇の支点となる城の南側には、一つの防壁に区切られて五の郭がある。彼らの住む家はそんな形の首都の一番北側、四の郭にある。
フォルキスギルド本部がある三の郭までは、ルックたちでも比較的自由に出入りができる。しかし主要貴族の住居や別宅のある二の郭や、政治の中心人物と王族だけが住むアーティス城のある一の郭には、厳重な審査を得なければ進むことができない。五の郭へと進むときも二と一の郭は大きく迂回する。ルックが付いて行けるのは二の郭と三の郭を隔てる郭門までだ。
城からの使者は二人いた。それぞれ黄色と灰色の髪をしたアレーだ。黄色は若い女性で、灰色は四十前後の男性だった。十年前の戦争で多くのアレーが亡くなったため、四十前後のアレーはこのアーティスでは珍しかった。しかし厳しい大戦を辛うじて生き残ったのだろうか、男の足は片方が義足だった。
「不思議なもんだな。あの病気がちだったルーンがいつの間にかあんなに強い目をするようになっていたなんて」
少し気落ちをしているためだろうか、シュールは妙に感傷に浸ってそう言った。シャルグがそれに落ち着いた沈黙で答える。
「もう一年半であの子も十五だからな」
まるで独り言のようにシュールは言う。
「あはは、なんかシュールおじいさんにでもなったみたいだよ」
ルックはそんなシュールを笑って茶化した。重たい空気を嫌ったからだ。
「そうか?」
シュールはそれに自嘲するように答える。けれどシャルグはそれに感じ入るところがあったのだろう。やはり黙したままで、それとなくライトの方を見やった。
彼にとってはライトは自分の子のような存在だった。年齢差は歳の離れた弟といったところだったが、ライトの世話役は主にシャルグが引き受けていたのだ。当然のようにライトはシャルグを慕い、シャルグも純粋に慕ってくるライトに、並々ならぬ愛情を注いでいた。シュールの言葉には共感できる部分も多かったのだろう。
ルックたちは前を行く使者に指針を委ねていた。彼らはなるべく閑散とした場所を選んで通っているようだ。用心深いビースの指示で、例え城までの距離とはいえ細心の注意を払っているのだろう。
ルックは彼らに対してそんなことを考えた。
二人は無口で、腰から下げた剣の柄も麻で出来た服も、マナを蓄えやすい、金カーフススの糸で刺繍がされていた。
カーフススと言うのは、森の木に張り付き群生している白い綿毛だ。一説には動物だとも植物だとも、茸の一種だとも言われている。
古くからその綿毛からは丈夫で肌触りのいい糸が作られている。その糸はヨーテス北部の主要産業でもある。カーフススの糸は生産量が多く、色々なものに使われている比較的ありふれたものだ。
そのカーフススの中に時々金に光るものが生まれる。時々とは言っても、カーフスス自体がヨーテスには山ほど生息しているので、見付けるのに骨を折りはしない。だからその金糸もさほど高価なものではないが、それが使われている装飾具や武器、衣類は、十中八九魔法具だ。
魔法具は珍しい物でこそないが、そこそこ値の張る代物だ。そんなものを惜しげもなく身に付けている所を見ると、彼らはアーティスの魔法具部隊の者なのだろう。魔法具部隊はほとんどキーネで構成されているが、彼らのようなアレーの姿もちらほらとはある。
彼らはルックたちの知らない道を進んでいた。滅多に人が踏み入ることのないような裏路地だ。
念には念を入れてのことなのだろうか。しかしここまで人通りがないと逆に狙われやすいような気もする。ルックは少し、前を行く二人をいぶかしく思った。
それは他の三人も同じだったようだ。四人は目を合わせるとシュールが代表をして前の二人に問いかけた。
「本当にこの道で間違いないのですか? ずいぶんと寂しいところのようですけど」
路地は裏路地とはいえそれなりに広かった。背の高い家に挟まれた薄暗い通りだが、これほど広ければもう少し人通りがあっても良さそうだ。それなのに人通りがないということは、この先が行き止まりなのではないだろうか。無計画に広がったアーティーズ四の郭はそんな場所も少なくはない。
そして道はもう少し前に行くと右に折れ曲がっている。右は三の郭の入り口とは逆方向になる。
「いえ、こちらの道を通るように上から指示をもらっていますので間違いないですわ」
わずかの間を置いて二人のうち女性のアレーが答えた。落ち着いた声音だったが、わずかに空いた間が気になった。
ルックは頭の裏で両手を組むふりをして、背中の剣の柄を握り、剣へとマナを蓄え始める。取り越し苦労に終わればそれでいいが、時が時だ。用心するに越したことはない。シャルグとシュールもさりげなく剣帯を外した。鞘から剣が滑らないよう注意しながら、彼らは二人の後について角を曲がった。
はたして、彼らの用心は無駄にはならなかった。
角の先は何もない空き地になっていて、実に十二人ものアレーが待ち受けていた。
「これは?」
少し声に怒気を交え、シャルグが聞いた。
「見ての通りですわ」
やはり落ち着いた口調で彼らを誘導した女のアレーは言った。顔には嫌なにやにや笑いが張り付いている。恐らくは誰かの命により彼らを、いや、ライトを殺しに来たということだ。シャルグは怒りも露に剣を抜く。
道案内を含め、敵は十四人。対して彼らは四人だ。かなりの実力者であるシュールやシャルグがいるとはいえ、厳しいことに変わりはない。ルックは背中の剣を外して、鞘を先程の路地に投げて転がした。




