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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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「やあ、おかえり」


 ルックとシュールが彼らの家に戻ると、そこには愚かな勇者アラレルの姿があった。彼らがルーメス討伐に行っている間、勇者はここでライトとルーンと共に留守番をしていたのだ。

 アラレルの他にも、広めの居間にはライトとシャルグの姿があった。他の面々は別の部屋にいるのだろう。彼らは居間のテーブルに付き、お茶を飲みながらくつろいでいた。


「ただいま」


 ルックはその光景を見て何となくほっとした。あの後からずっと、シュールの重たい空気にどう声をかけていいのか分からないままだったのだ。アラレルの存在はこんなときにありがたい。彼は自分があまり賢くないことを心得ていて、シュールやシャルグがなにか悩みを抱えているときは、いい慰め役になってくれるのだ。シュールたちも、アラレルの前では幼い頃の気持ちに立ち返れるのだろう。


「良かったら一緒にお茶をしよう」


 アラレルは空になったコップをヒラヒラと振って二人に着席を促した。それを見たライトが慌てて陶器のポットを手に取り、アラレルのコップにお茶を注ぎ足す。アラレルはそれを口につけ、どうもと軽く礼を言う。そんなアラレルの言動にシュールは苦々しく笑む。


「ここは俺らの家だぞ。何でお前が仕切るんだ」

「あはは、確かにそうだね。まあそこにそうやって突っ立ってる訳にもいかないでしょ。座りなよ」


 当然のようにアラレルは言う。まるで話を聞いていないようだ。


「全く」


 シュールは呆れたようにそう言って、しかし拒む理由も特にないので空いている席に腰を下ろした。ルックもそれに従って隣に座る。


「あ、今二人のコップ持ってくるね」


 ライトは立ち上がり台所に駆けていく。アラレルはそれを見やったあと、真剣な顔を浮かべ、口を開いた。


「ライトに昨日、全部話した」


 アラレルの言葉にルックの胸が跳ね上がった。対してシュールは冷静に、しかし少し寂しげな目で頷いた。ついにこのときが来たのだ。ルックは覚悟を決めていたつもりが、早鐘の様に鳴る心臓を止める術が見付からなかった。


「ライトはどうだ? それについては何て言ってる?」


 シュールは聞いた。アラレルはあっけらかんとした調子で特に変わった様子がないと告げた。だが、もちろんそれにはルックもシュールも疑いを持ち、シャルグの方に目を向けた。ライトをとても大事にしていた彼なら、ライトのことを一番よく分かっているはずだ。


「少し無理をしているように思う」


 シャルグは簡潔に言った。ルックはもう少し詳しく教えてほしいと思ったが、そこでちょうどライトが戻ってきたので、聞くことはできなかった。


「お待たせ。なんかこうしてゆっくりお茶を飲むのも久しぶりな気がするね」


 ライトは歌うようにそう言って、ポットから二人の分のお茶を注ぐ。まめまめしく働くのはいつものライトもそうだったが、確かに言われてみればどこか落ち着きのないようにも思える。


「そういえばライト、アラレルに修行をつけてもらってたんでしょ? いいな、強くなった?」

「うん、まだまだだけど少しはね。もうルックにも負けないかもよ」


 ライトは少し誇らしげに言う。彼にとってもアラレルは憧れの勇者だ。そのアラレルに修行をつけてもらえたのは、理由はどうあれ嬉しかったのだろう。大きな金色の目をキラキラと輝かせ、にこやかに笑った。少なくとも盛大に落ち込んでいるわけではないようだ。ルックはそう見てとって安堵を覚えた。


 しばらくするとルーンが他の部屋から顔を出し、そのお茶会に加わった。ルーンはいたずらっぽい茶色い目に、柔らかな輪郭を持つ少女だ。深い緑の髪は、まとまりの悪いくねくねとした癖毛で愛らしい。彼女はとても明るい性格で、ともすれば暗くなりがちなこの状況でも、彼女がいては自然と明るくなってしまった。

 六人は久しぶりの団欒を満喫した。アラレル、シュール、シャルグと幼馴染みの三人は仲がよくて、話はとても弾んだ。シュールも暗い気持ちを一旦は脇に追いやることに決めたようだ。もしかしたら最後になるかもしれないお茶会を心行くまで楽しんでいた。




 その夜、アラレルが帰ったあとで、彼らのチームはそれぞれの無事を祈って、少し豪華な晩餐をした。料理の得意なドーモンが、嬉々としながら大量の食材を刻んだり、煮たり、焼いたりと慌ただしく動き回った。ドーモンが腕によりを振るった料理に皆舌鼓を打ち、最後の晩餐は終わった。


「明日にも徴兵がかかるらしいよ」


 寝室の三つ並んだベッドの真ん中で、誰ともなしにルックは言った。ベッドはトップの家にあったものと違い、固くて飾り気のないものだ。けれどそれは幼い頃から慣れ親しんだものなので、ルックにとっては高価な宿のベッドより居心地のいいものだった。

 仰向けになったルックの右隣にはルーンがいて、左隣にはライトがいる。いつもこの三人で眠っていたのだ。しかし明日には徴兵があって、そのときついにライトは国王になる。国王の名でみなに決起を呼び掛けるのだ。

 この三人で眠る夜はこれが最後になるかもしれない。


「戦争か。よく分かんないけど、起きないでほしかったな」


 ライトは細い声でそう答えた。

 ルックもその言葉には共感できた。十年前の戦争のとき、彼らはまだ四歳だった。戦争の恐ろしさなどはよく分かっていなかった。だが今は大人たちの様子から、それがどれだけ重いものかは理解できた。そして漠然と自分がそれに飲み込まれなければいけないと思っていた。

 ルックにはまだ選択の余地がある。逃げ出そうと思えばそうできる。しかし国王であるライトにはそれはできない。そしてライトの友達だから、ルックにも逃げるという選択肢はない。

 しかしそれは覚悟とは違う。戦争というものへの覚悟はルックにもまるで感じられなかった。ただ何となく、アーティス人だから、ライトの友達だから、他に行く当てがないから、戦争に臨もうとしている。


「ね、ライト。ライトは自分が国王だって聞いてどう思ったの?」


 ルックの左側から明るい声が響いた。その質問はルックも気になっていたことだ。しかしライトを傷つけるかもしれないと思い、言い出せなかったことだ。ルーンはそういったことを遠慮なく聞く人だった。良くも悪くも自分の気持ちに純粋なのだ。ライトは少し考えたあと、二人の方に向く。ルックは目を閉じていたが、寝返りをうつ音からそれを察した。


「やだよ。僕はずっとこのチームにいたかった」


 歳は同じでも、ライトはルックよりも幼い。ルックがすでに考え始めていたことを、まだ認められてはいなかったようだ。しかし、否応なしに時は流れる。まれにこのような急激な変化も起こりうる。そこに人一人の意思などは反映される余地はない。しかしライトもそれは察していたようだ。か細い声に力を込めて言う。


「けど大丈夫。ルックもルーンも僕が王様になっても変わらないでいてくれるでしょ?」


 自信のうかがえる口調だ。彼らの仲はそう言い切ってしまえる深いものだ。ただの幼なじみと言ってしまえばそれまでだが、狭い彼らの世界で、同じ年頃の彼らの絆はとても深い。


「当然」


 ルーンはそれにすかさず答える。とても真剣な口調だ。自分自身に誓いを立てるようでもあった。


「そうだね。ライトの方こそ王様になったからってふんぞり返らないでよ」


 ルックは少しおちゃらけて言う。しかし、心の中ではルーンと同じ誓いを立てた。


「ひどいなぁ。こっちは真剣なんだよ?」


 ライトもルックの言葉に笑顔を見せる。


「ははは、ごめんごめん。どうせ王様になったってしばらくは暇でしょ? 何をしていいかも分からないんだし。だからちょくちょく遊びに行くよ」

「あ、そうだ。僕王様になったら何をすればいいんだろう?」

「王様っていうのは立派な椅子に座って威厳を持って頷いてればいいんだって。昔誰かが言ってた」

「えー、僕威厳なんて出せないよ」


 ルックはルーンとライトのやり取りにクスクスと笑う。

 三人は珍しく夜更かしをした。というよりも弾む会話の落とし所が見付からなかったのだ。明日からのことを思うと終わりにしたいとも思わなかった。しかし夜が更けるにつれ、眠気に耐えられずぽつりぽつりと沈黙が多くなった。そうして幾度目かの沈黙の後、三人はそのまま眠りの世界にいざなわれた。

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